第93話 アールヴの女
「お帰りなさいませ」
俺達は正体不明のアールヴの女を連れてバートランドの屋敷に転移魔法で戻って来た。
このような時に『お早いお戻り』とか『この女は誰』とか余計な事を言ったり聞かないのがスピロフスの良い所だ。
「2階の部屋を用意しましょう。物理的魔法障壁を発動させて簡易的な牢獄にしておきますよ」
やはり彼は話が早い、有能な執事である。
俺は横抱きにしたアールヴの女に視線を移す。
彼女は暴れずに抱えられたまま大人しくしているが、相変わらず憎悪の篭った目で俺を睨んでいた。
ぐううう……
その時誰かの腹が鳴った。
俺や精霊達は空腹を感じない。
食べる楽しみは有っても腹が減るという事が無いのだ。
―――という事は?
皆の視線が注がれる。
当然、アールヴの女にだ。
注目を浴びたアールヴの女は恥ずかしそうに俯いてしまった。
俺は彼女をそっと立たせてやる。
「お前の名は?」
「…………」
「直接、魂を覗いても良いんだぞ」
「……リューディアよ!」
女は俺を親の仇のように睨み、吐き捨てるように言い放ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はリューディアというアールヴの女に風呂に入るよう伝えると彼女はあっさりと従った。万が一何かあると不味いので俺はクラリスを一緒に入浴させる。
俺もフェスと一緒にさっと入浴して大広間に戻ったのだ。
その間にナタリアが手早く夕食の準備を完了させていた。
やがて風呂から上がって来たリューディアだが、未だに俺を睨むのをやめようとしない。
「そんなに見詰められて光栄だね」
俺がそう言うとやっとリューディアが目を逸らす。
苦笑した俺はフェス達に向き直ると今日の事を労わった。
彼女達も今日は屋敷に帰れるとは思っていなかったのでとても喜んでいる。
リラックスする彼女達に俺は食事を始めるべく合図をしていつもの挨拶をした。
「いただきます!」
「いただきます!」「いっただきま~す!」
皆の言葉に1人だけきょとんとするリューディア。
アールヴにもこのような習慣は無いので戸惑っているのであろう。
俺は彼女にも食事をするように勧めた。
「お前も遠慮せずに食え」
「く、口に合うものが無い!」
俺の言葉に食事を拒絶するような事を言うリューディアであったが……
「嘘だな」
「な、何っ!」
「お前から出ている魔力波が嘘だと言っている」
「う、う、嘘だぁっ!」
俺は顔を左右に振り、嘘じゃあないと笑った。
実際に食卓に上がっていたのは、牛のステーキ、スクランブルエッグ、スープ以外に色取り取りの野菜のサラダもあるわけなので、肉が駄目でもサラダだけは食べられる筈である。
俺がこの事をリューディアに指摘すると彼女はまた俯いてしまったのだ。
「お前達が情報を流した為に摑まって奴隷として売られた者は碌に食う事も出来ない。あまり文句を言わずに食うんだ」
「私達が―――情報を流す?」
「そうだ。お前達が商家のキャラバンが通る情報を山賊に流していただろう。そのせいで何人もが殺されたり、奴隷に売られたりしているんんだ。知らないとは言わせないぞ」
「ふざけるな! 私達がそんな事をする筈がない!」
ぐうううう……
「とりあえず話は食事を摂ってからだ。お前も腹が減っているようだし、どうのこうの言わずに食べろ」
俺の言葉を聞いてリューディアは小さくいただきますと呟くと恐る恐るといった感じで、一口だけスープを啜る。
その瞬間、スープを含んだリューディアの表情が変わる。
「お、美味しい!」
その言葉を聞いたナタリアが一礼する。
自分の料理が褒めて貰った時の彼女の感謝の気持ちだ。
それからはもう何がたべられないどころかリューディアは出された料理を美味しそうに全て食べてしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何て美味しいの……こんなの初めて」
リューディアは恍惚の表情で食後の紅茶を啜っていた。
彼女にとってはそれも初めての経験であるという。
この紅茶にしてもいつも飲んでいるアールヴのハーヴティとも趣が違ってとても美味しいのと呟いているのである。
「よかったな、リューディア」
落ち着いたのか、俺を見る彼女の眼差しがほんの少し柔らかくなっていた。
しかし一転して厳しい表情になると先程の俺の指摘に対して改めて否定の言葉を発したのだ。
「お前のその失礼な指摘、そして怖ろしい嫌疑は私には全く身に覚えが無い事よ」
証拠も無く不躾に言うとは謝罪すべき失礼な態度だと、このアールヴの美しい女は俺に抑揚の無い声で俺に告げる。
「そうか――では奴等は嘘をついているのかな? まあ良い。お前は女だから別人とは思っていたが事情を聞きたい」
俺はそういうとリューディアの菫色の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
「サイラス・ベインという男を知っているか?」
「知らないわ!」
俺は山賊から聞いた情報屋の名前をリューディアに突きつけたが彼女は全く動じない。
もしかしたら偽名かもしれないと思い、更に俺は質問を続けた。
ただ先程『私達』という表現を否定しなかった所が彼女が誰かと一緒に暮らしているのを証明している。
「お前が居たあの家はその男の名義だと聞いた。お前と一緒に居る筈の男の名を教えて貰おう」
「…………」
俺がそう言うとリューディアの表情に僅かながら動揺が感じられた。
「答えないなら魂を読む!」
「!」
俺は黙ってリューディアを見詰める。
今迄も俺は相手の魔力波の乱れを指摘したり、魂の表層の念話で相手の動揺を引き出し偽りを見抜く遣り方で真意を言わせるようにしているのだ。
「イェレミアス……イェレミアス・カルフよ! でも、でもイェレミアスがそんな事をする筈が無いわ」
「お前と彼の間柄は……」
「い、言えない!」
俺はそんなリューディアを見て俺は静かに首を横に振った。
「分ったわ……強引ね。貴方には敵わない、彼は私の従者よ」
「従者? とするとお前は?」
「ええ、……私はアールヴの元王女、リューディア・エイルトヴァーラです」
これが今後俺達と長い旅路を一緒に行く事になるリューディアとの出会いだったのである。
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