第92話 意外な相手
山賊のアジトで助けた商家の女主人とメイドを送り届けるべく、俺達は行動を開始した。
ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ……王族が住んでいるからだろうか、この街は冒険者の街バートランドと違って排他的でありを他者を極端に嫌う。
正門からの出入りもヴァレンタインの他の街に比べると全然厳重だそうである。
その為、まともに彼女達を送っていくわけにもいかない。
いろいろな所で詰問されたり、取調べを受けたりして問題や誤解が発生するからであり、それに対する説明も面倒だ。
そこで俺は『神』として彼女と問答した時に事情や彼女の生活の内容を聞いた上で転移魔法を使って深夜に彼女の商会内部に侵入した。
彼女達が原因不明の失踪と言う形で行方不明になって早や1年が経っている。
彼女達の生存は世間では絶望的と噂されただろう。
実際、彼女達の足取りはようとして知れなかった。
何故ならば山賊達は用心深く商会のそれと分る積荷は遠くで売り捌き、痕跡を残さず足がつかないようにしたからである。
しかし夫の存命中から忠実に仕えていた番頭とも言える人物が彼女達の無事を信じて死亡届を出さず、彼女の部屋をそのままにしていたらしいのは幸いであった。
それも『番頭』さんの夢の中に入る魔法『真夏の夜の夢』で知った事だが……
彼はそれからずっと女主人不在である商会の留守を守っていたという。
俺達は女主人の部屋に本人とメイドをそっと寝かせるとで夢野の中の彼に神のお告げという風を装って彼女達の所在を知らせたのであった。
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俺達は彼女達を送り届けると転移魔法で抜け出し表通りに出た。
少し歩くと朝早くから営業している洒落たレストランを見つけたので朝食を取りがてら、休む事にした。
4人掛けのテーブルが20程もある結構大きな店で温かい紅茶にパン、そして玉子料理が付く。
運ばれて来た紅茶に手もつけずにぼんやりと外を眺めていたオデットが俺の方に顔を向けてぽつりと呟いた。
「主よ、彼女達は生きる事で幸せになれるだろうか?」
「ああ、なれるさ。彼女達が自分で選択した道だ。俺達は巡り合せてたまたま手助けをしただけに過ぎないからな」
それよりと俺はオデットに今回はよく働いてくれたなとその労をねぎらった。
俺の言葉にオデットは少し顔を赧めている。
「あ、当たり前だ。ルイ様が貴方に仕えよと命令されたからな。主が命じれば私は従うのみだ」
「ふふふ、頼むぞ」
そんな俺とオデットの会話をフェスとクラリスは面白そうに眺めている。
「そういえば山賊の背後にはキングスレー商会を敵視する存在がありそうだな」
「この街の情報屋を取り押さえて早い所、白状させてしまいましょう」
フェスが気にしているのは山賊を全滅させた今、情報屋が危険を察して地下に潜って行方を晦ましてしまうのは不味いからだと言う。
確かに彼女の言う通りだ。
「幸い住所も分っていますし、これ食べたら行っちゃいましょう」
クラリスが言うと何故か知り合いの所に気軽に尋ねるという感じになってしまう。
俺は苦笑しながら頷くと、頭の中に山賊から聞いたこの街の情報屋の名と居場所を思い浮かべたのであった。
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どんな街にもスラムというものが存在すると誰かが言っていたが―――この王都セントヘレナにもそれは存在している。
俺達が山賊から聞きだした情報屋の住所はそのスラムの中であった。
しかしそこまでどう辿り着くのかも問題である。
はっきり言って俺達は目立つ。
この大陸の西方では珍しい黒髪、黒い瞳の俺に3人の個性的な美少女達である。
目立たない方がおかしい。
また俺達のクラン、黄金の旅も最早Aランクの1流のクランに成り上がっている。
こちらからも俺達を特定する事はそんなに難しい事ではないだろう。
さすがのフェスもこの王都は知っていてもスラムの中までは把握してはいない。
「お役に立てず申し訳ありません」
俯くフェスに後ろから俺は彼女の小さなお尻をポンと軽く叩く。
「きゃっ!?」
「全然、問題無いぞ。フェス、そんなに気にするな」
もう! と顔を赧めて拳を振り上げるフェスを見てクラリスもにやにやしている。
信じられないといった顔をしているのはオデットだけだ。
「ば、馬鹿な! あの戦姫に……あ、あんな事をして冗談で済んでしまうのか?」
「うん! 今のフェス姉で相手がホクト様なら済んでしまうの!」
クラリスの言葉を聞いたオデットは相変わらず呆然として信じられないという表情であった。
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俺達は考えた結果、2手に分れる事にした。
俺とフェス、そしてクラリスとオデットの組にである。
クラリス達にスラムの出入り口を固めさせ、俺とフェスで情報屋の家に乗り込むという作戦であった。
俺とフェスは早速、出発しスラムの中に入って行く。
スラムの空気は独特の共通点があるとフェスは言う。
澱んで饐えた様な臭い……人間が絶望感に打ちひしがれ無気力になる気配。
「お金で愛は買えませんが、お金があれば愛を潤す可能性が出て来るのです」
貧困は全てを負の方向に導きますとフェスは言う。
「貧困に打ち勝つ事は大事ですが、最初からそうでなければそれに越した事はないのです」
住民たちの俺達を見る目付きが鋭い。
治安の悪いこの地域では掏り、強盗、強姦などは日常茶飯事である。
俺達などはそれを生業としている彼等から見れば、絶好のカモそのものに見えるのであろう。
それが証拠に何人かの人相の悪い男が俺達の前に立ち塞がるが、俺が一撃で昏倒させると相手が悪いとばかりに一目散に逃げて行く。
その中の1人を締め上げ、情報屋の名と住所を再確認し、この区画にいるかどうか改めて確認する。
情報屋の住所に索敵を行なっているが、反応は動かず相手が気付いた様子は無い。
また口封じに殺されているということもなく、生命反応はある。
聞いた名前からすると違和感はあるのであるが……
「相手を確保して、そのまま亜空間に運んでしまおう」
俺がそう言うとフェスは黙って頷いた。
―――10分後
俺達は情報屋の家の前に着いていた。
俺はフェスに目配せして裏口に回って貰う。
最後の最後で逃げられない為だ。
まあ、人間の力では俺達から普通に逃げられるとは思えないが。
俺はドアをノックした。
返事は無い。
即座に山賊から教わった合言葉を低く呟く。
中で人が動く反応がする。
暫くしてドアの覗き窓からこちらを窺がう気配がした。
しかしドアは相変わらず開かない。
俺はドアノブに手を掛けると構わず捻り、思い切り蹴飛ばした。
内開きの頑丈なドアがあっけなく吹っ飛ぶ。
俺は中に踏み込み、家の中を見渡した。
見ると床の上に誰かが頭を抱えて蹲っている。
人間より小柄な身体、尖った耳……アールヴ(エルフ)の女だ。
少し間を置いてフェスも裏口を破り室内に入ってくる。
そして蹲っている女を見て息を呑む。
「ホクト様……まさか、そいつが情報屋ですか?」
「いや、分らん。でも聞いている名は一応男の名だ」
アールヴの女は何故か悲鳴をあげない。
俺とフェスをその菫色の美しい瞳できつく睨むだけだ。
俺と彼女の視線がぶつかる。
「ホクト様! 撤収しましょう!」
ドアを蹴り破った音を聞きつけたのだろうか? たくさんの足音がこの家に迫って来る。
俺はクラリスとオデットに念話を入れ、一旦バートランドの屋敷に戻ると伝える。
ここは情報を整理して体勢を立て直した方が良い。
俺は僅かに抵抗するアールヴの女を横抱きにすると魔法を使ってフェスと共にバートランドの屋敷へ転移したのであった。
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