第8話 孤独な想い
「やっぱりオークキングが生まれていたんですね」
オークキングとはオークの王とも言われるオークの突然変異種の事である。
人語を操り、オークの大群を統率し、通常のオークの約10倍以上の能力を持つ。
魔法を使う個体も確認されている。
「オークが雄だけであり生殖行為で人などの女性を襲うのは、理解できましたよね」
「ああ……」
平和な日本に暮らして来た俺には衝撃的だったシーンだ。
逆にそんな事をしていた奴らだったのであんな殺し方をしても全く自分に嫌悪感は無い。
しかし本来の俺は碌に喧嘩も出来ない性格だった筈なのだが……
もしかしたら大いなる存在から肉体だけでは無く、精神への補正も掛けられたのだろうか?
そうじゃなければあれだけの度胸と冷徹さを発揮した俺自身が全くらしくないのだ。
「人でも亜人でも魔力の高い女性がオークに孕まされると、それを受け継いで突然、オークキングが生まれる事があるんです。オークキングが生まれるとオーク達は小さな群れを統合し、大きな群れで暮らすようになります。戦いの士気や征服欲も上がってさらに凶暴になります」
フェスの話を聞きながら、つい自分が変貌した事も考えていた俺である。
「ボルハ渓谷って言っていたな……このまま、放ってはおけないと言う事か」
懸念を示す俺にフェスは軽く答える。
「そうですね。ボルハ渓谷はここから東に20㎞ほど行ったローレンスとの国境沿いにある渓谷です。ホクト様と私ならそう時間もかかりませんし、数も3,000匹程度であれば大丈夫です。しかし商人達をこのままにしてはおけないでしょう。新たな群れが来るかもしれませんし、とりあえずバートランドに送ってあげましょう」
確かにこのまま彼らを放置する事は出来ないだろうけど……
って言うか……3千程度なら2人で大丈夫って言った?
フェスさん? 俺の聞き違い?
「ホクト様、貴方には実戦経験が足りなかっただけです。私は信じていましたから」
まあ、とりあえずフェスには本番に強い男として認めて貰えてよかった。
俺は一安心するとフェスを連れて、とりあえず商人たちの居る所に戻る事にした。
「改めて御礼を言いいます、あなた方達は命の恩人です」
馬車で震えていた商人2人は俺が聖壁を解除してやると、大喜びで駆け寄ってきた。
若い20代後半の茶髪で長身の男の方が俺に声を掛けて来る。
俺と同じで180㎝くらいの身長が有りそうだ。
「バートランドの街に着いたら、お礼はさせてもらいますよ」
「ふむ、助かってよかったな……」
「あ、あの……」
護衛を請け負っていた冒険者のリーダーらしき男が何か言いたそうに足を引きずりながら近寄ってきた。
「俺達はどうしたら?」
見ると残りの2人も満身創痍であった。
もう一人の50歳ほどの中背の太った口ひげを蓄えた商人が、冷たい視線をリーダーに向けた。
「ふん! 役立たずが。部下も殺されて契約金が払えると思うか」
「そ、そんな! それじゃあタマラの葬式だって出してやれない」
「そんな事は我々の知った事じゃあない。 契約不履行でギルドに賠償申し立てをしてもいいくらいだ」
「おい、それくらいにしておいてやれよ」
低く呟いた俺に対して、いきり立って話す商人が一瞬、ぎょっとしたように立ち竦む。
「よ、余計なお世話だ、部外者のガキが口を挟むんじゃあない。お前は我々を安全に街まで連れて行けばいいんだ、思い上がるな!」
俺は、こんな馬鹿を助けたのか……嫌になってくるな。
「助けて貰った人間の態度じゃねぇぞ。こいつらだって一生懸命やったんだ……仲間を1人犠牲にしてお前等を守るために身を盾にしたじゃないか」
俺は締められそうになる鶏のように五月蝿く、わめきたてる男に向かって、ずいっと一歩を踏み出した。
喚いていた商人は口とは裏腹に顔を恐怖で歪め後退りする。
俺がオークを何匹も惨殺したのを目の前で見ているからであろう。
「ま、待ってくれ、待ってくれ!」
最初に礼を言ってきた若い方の商人が間に割って入って来た。
「確かに彼の言う通りだ、僕達が間違っている。
さあアンゲロスさん、謝罪してください」
「……」
アンゲロスは俺の方を見て躊躇している。
「まだ、わからんようだな、手前だけオークの巣穴に突っ込んで来てもいいんだぜ」
俺がアンゲロスの首に手を伸ばすとアンゲロスは死にそうな顔になりながら絶叫した。
「わわわわ、わかった!ワシが悪かった。だ、だから許してくれ~!!」
俺は若い方の商人の顔を見ながらうなずくと冒険者のリーダーのほうに向き直った。
「俺はジョー・ホクト。あんた、名前は?」
「ガ、ガロだ。冒険者ギルドEランククラン【暁の地】のリーダーだ。もっとも、タマラが死んでもう解散だろうがな……」
「どうしてだ?」
「俺達のパーティでタマラは唯一の回復役だったんだ。
皆、孤児院出身で助け合ってやって来た」
「それは気の毒だったな……しかし彼女はもう居ない。
冷たい言い方だが……誰か代わりの回復役を雇うしかないだろう」
「金が無い、今回の件でもしくじっちまった。半端な俺達にまともな依頼は受けられんだろう。もっともあんたが俺達のクランに入ってくれれば助かるが……」
「悪いが、俺にも事情がある……お断りだな」
「そうか、そうだろうな……」
「おい、アンゲロスのおっさん」
俺はアンゲロスに呼びかける。
「なななななんじゃ? まだ文句があるのか?」
「文句? まだ反省していないのか? いや、おっさんの言う事にも一理はあるな」
「は?」
「おっさんの言う事に一理あるって言っているんだよ」
「……」
「どうした、黙って?」
「ワシだっていっぱしの商人じゃ、裏があると思うわい」
「裏なんか、ねえさ。確かにこいつらはおっさんの仲間を守れず契約不履行だ。
ただ職場放棄ってわけじゃあねぇ。だから契約金の半額だけ払ってやれよ」
俺の申し入れに難しい表情で腕組をするアンゲロス。
「……」
「ここはおっさんの侠気を見せてもいいんじゃねえか、どーんと」
「アンゲロスさん、僕は同意します。彼等に半金払ってあげましょうよ」
「マルコ!」
もう一人の商人がアンゲロスを説得する。
「こういう時は貸しにして最後に儲けるのが商人だって僕に手ほどきしてくれたじゃあないですか」
「むむむ……わ、わかった」
アンゲロスはしぶしぶ頷いた。
「おっさん、良いとこあるね。だけどマルコに、一番いいとこ、持っていかれてるじゃんか」
「う、うるさ~い」
『ちょっといいでしょうか、ホクト様』
俺とアンゲロスの会話を聞いていたフェスが念話で呼びかけてきた。
『魔物は死して魔石を残します。討伐の証拠としてだけでは無く、それ自体の価値から、冒険者にとっては貴重な収入源です。ホクト様さえよろしければ、彼等にオークジェネラルの魔石を渡そうと思いますが』
『そう言えば俺、金を全然持っていなかった。フェスは?』
『ふふ、大丈夫です。ルイ様から、いただいた旅費がありますので』
『わかった。じゃあ、そうしよう』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そんな……契約金支払いの交渉をしてくれたどころか、上位種の魔石までくれるのか」
「ただ、渡すんじゃあねぇよ。そのタマラって娘の香典代わりだ。あんなに気の毒な死に方をしたんだ。弔いくらい……しっかりやってあげてくれ。あとな、マルコやおっさん「アンゲロスじゃ!」じゃないけど、これは貸しだ。お前等が頑張って何かの時に返してくれりゃいい」
「す、すまない」
「恩に着る」
「いつかこの借りは必ず返す」
戦士のリーダーのガロ、シーフのイシドロ、魔法使いのホアンが口々に礼を言ってきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さっさと魔石を回収して出発しよう。馬車はどうだいマルコ?」
俺はマルコに馬車の具合を尋ねた。
「三台のうち一台は大破して走れませんが、馬が無事なのは幸いです。
二台は何とか大丈夫ですし、一台あたりに八人は乗れます。
少し荷は捨てないといけないですが、全員OKでしょう。
あなた方達も馬を持っていなさそうだし、馬車に乗ってください」
「荷物って、どれくらいですの?」
フェスがマルコに捨てようとする荷の数を聞いている。
「シーメリアン産の海産物10箱ですね」
「だったら大丈夫かも」
「え?」
「大丈夫ですよ」
「私達、収納の魔道具を持っていますので」
『フェス、そんなの初耳だぞ』
『ええ、私の私物ですから』
『助かったよ』
『お安い御用ですよ』
『本当に嫌な女ですこと!』
クサナギがまたフェスに憤っている。
『まあまあ』
『ちょっと、貢献したくらいで偉そうに! 私なんかホクト様が戦う手助けをしているのよ』
『……何かうるさい、押し掛け性悪刀が居るようですね』
『誰が性悪よ、誰が!』
『誰かしらねぇ~』
『ふん、どうせ、私はひねくれものの性悪刀ですよ、でも不細工な人間でもない赤毛女よりはマシですけどね』
お、おいクサナギ! 今、何て言った? 人間でもない赤毛女って……
フェスって……魔族か? 魔物か?
……まあ、良いか、今更、俺もまともな人間じゃあないし、関係無いけどな。
『ホクト様、言った通りですよ! 私の事を何度も性悪刀なんて言うから!』
『な、なんですってぇ~!!! ど、どうせ私は人間じゃあないわ! それに誰が不細工よ?』
『そうね~、誰かしらね~』
さっきのフェスとの会話というか痴話喧嘩が丸聞こえかよ
……一対一の念話の概念無いぞ~おいっ! ルイ……
まさかフェスがクサナギにわざと聞かせていたとか……
というか君達、本当に仲悪いね。
……いい加減に仲直りしてよ、頼むよ、本当。
俺の思念が伝わったのか二人から申し入れが来る。
『そっちの性悪刀が悪うございましたって言いましたら、考えますわ』
『そっちの不細工な赤毛が申し訳ありませんって言ったら、検討しても構いませんが』
『誰が性悪!?』
『誰が不細工!?』
あのな……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当に凄いですね、あなた方。これで荷を捨てずに済みます。死んだ者には悪いですが、皆、命を賭けて商いをしているのです。部下やあの子も浮かばれますよ」
マルコが話しかけてくるのを精神的に疲れ切った俺は複雑な気持ちで聞いていた。
これがこの世界の、このヴァレンタイン王国のそしてこの商人マルコのひとつの価値観。
ルイが俺に言ったのはこういう事か。
これから先もこのような事はありそうだな……
タマラを含めた3人の人間とオーク共は別々に俺の光属性魔法、【鎮魂歌】で塵芥にした。
彼女には気の毒だが死体を放置すると不死者になる確率がとても高い。
この世界の葬式は僧侶が俺のようにこの光属性魔法で塵芥にして灰を墓に収めるか、そういう事の出来ない貧しい地域では、火葬にするのだそうだ。
オークの魔石も本来なら全て回収したかったが、そんな時間は、無かったのだ。
※魔石は心臓にあります
魔法をかける前にタマラの髪をナイフで切り遺髪として収め、最後の別れをしていた3人の仲間達。
今まで、様々な日々を共有した仲間がいきなり人生の幕を下ろされたのだ……
じっと涙を堪えていた彼等に俺の心は少し乱された。
あの方と呼ばれる大いなる存在やルイからはそう言われても俺もこの世界で永遠に不滅と言うわけではないかもしれない。
家族も居ないたった一人のこの俺がもし斃れたり、居なくなったりしたら、悲しむ人はいるのだろうか……
そんな想いを胸に俺はバートランドへの道を馬車にゆられながら、向かって行ったのだった。




