第86話 秘剣炸裂
「いつもの事だから伝えておくけど……」
「何でしょうか?」
「こうやって剣を交えた後には魔法を教授して貰っているんだ。フェスからもクラリスからも」
オデットは俺の言葉を聞いてフェスとクラリスの方を振り返る。
2人はオデットの顔を見ると黙って頷いた。
成る程とオデットは頷いた。
確かにルイからは自分が得意とする水属性の魔法を教えるようには命じられている。
しかしオデットは素直に魔法を教えようとは思っていない。
「承知!」
オデットはそう叫ぶと愛剣のレイピアを構えた。
俺もクサナギを抜き放つ。
彼女はゆっくりと剣先を動かして俺の喉に狙いをつけている。
突きで相手の1番の急所を狙うオーソドックスな攻撃である。
「しゃっ!」
オデットの口から気合の入った息が洩れ、鋭い突きが繰り出される。
俺は楽々とその突きを躱した……かに見えた。
「おおっ!?」
俺は間一髪の所でオデットの突きを躱したのだ。
自信の攻撃だったのだろうか、躱されたオデットは悔しそうに唇を噛んでいる。
成る程……攻撃途中で剣の軌道を変えたか……
「たああああっ!」
オデットは更に突きの速度を大幅に上げると数十発も繰り出して来た。
俺はそれを全て弾き躱す。
「うううっ!」
オデットは余程自信があったのだろう。
全ての攻撃を俺に簡単に封じられて本当に悔しそうだ。
俺はある剣技を試そうとしていた。
実は残っている前世の記憶の中に日本の様々な剣豪の使った秘剣と呼ばれる剣技が残っている……と言ってもゲームにしか過ぎないのだが。
画面の中で俺の操る分身とも言えるそのアバターは人間離れした動きをしていたのだ。
しかし常人には無理でも今や神力を纏った俺には容易い事であろう。
俺はクサナギを握り直すとやや下がり気味の平晴眼から刃を水平に構え、オデットを見据える。
オデットも防御の体制を取るが、俺は彼女の間合いに入り込み、1拍の間に篭手、胸、喉と神速の3段突きを繰り出す。
かの天才剣士、沖田総司が使った天然理心流奥義、無明の剣である。
あまりの剣速に3つの突きが1つの突きにしか見えないのだ。
当然、クサナギの刀身にはオデットを傷つけないようにあえて俺の魔力波が特別にコーティングされている。
あまりの俺の剣速にオデットは防御も出来ずに3発の突きを食らって崩れ落ち、そのまま気絶してしまった。
俺はそっとオデットを抱き上げるとフェスやクラリスと屋敷に戻ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気が付くとオデットはいつの間にかベッドの上であった。
確か主と手合わせをしていた筈である。
そうか……
私の攻撃は全て躱され、とんでもない突きにやられて失神してしまったんだっけ……
あの主……とんでもない食わせ物だわ。
剣技に関しては私なんて足元にも及ばない実力の持ち主なのだ。
でも魔法なら……私が水属性の魔法を教える際に主導権を握ってやる!
オデットはまだまだ優位に立つ事をあきらめていなかったのである。
その時……ドアがリズミカルにノックされる。
「起きてる? オデット姉? もう朝食だよ」
「わ、分った! 今行く!」
オデットは階下に降り、大広間のテーブルの席に着いた。
何気に座る場所が決められており、クラリスがフォローをしてくれたので戸惑わずに済んだ。
しかし今のオデットには余裕が無い。
クラリスの折角の配慮に礼を言える事も出来ないくらいのテンパリ状態だったのである。
クラリスはそんなオデットを見て肩を竦めた。
そして全員が席に着き、朝食が始まったのだ。
「大丈夫か?」
俺はオデットに声を掛けた。
オデットはそんな言葉が屈辱的だと考え、1番身に滲みるようである。
黙って食事を摂る手を止め、俯いてしまう。
暫くすると彼女は顔を上げ、俺を見詰めた。
「私の使う魔法を習得したいんですね?」
「そういう約束だった筈だ」
そう返す俺にオデットはにやりと笑う。
これは何か企んでいる顔だ。
しかし俺は余計な事は言わず、オデットの気が済むようにさせる事にした。
そして食事の後、俺が生成した亜空間で魔法の教授を頼むと彼女は悪意のある顔で頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間後……
俺は自ら作り出した亜空間でオデットと対峙していた。
「これもいつものやり方なんだが、お前にどんどん魔法を発動して貰う」
「どんどん、どんどん発動して構わないんですね?」
ああ、構わないぞという俺にオデットは獲物を視界に入れた肉食獣のような目をしたのだ。
「私の魔法は彼女達と同じく無詠唱です。これはこういう事です」
そう言うとオデットはから魔力波が立ち昇る。
様々な種類の水属性魔法が前触れ無く無差別に来るという事か。
「はっはははは、押し潰されて砕けろぅ!」
オデットが叫ぶと巨大な氷柱が俺を襲う。
1つ、2つ、3つ、4つ――オデットの手からどんどん生成され、俺を襲う。
俺は唸りをあげながら迫る氷柱に全てに魔力波を当てて軌道を逸らす。
それを見たオデットが驚きの表情を見せる。
「今度はこうだぁあ!」
オデットは指先から水流を打ち出す。
水流と言っても生易しいものでは無い。
触れた物を容易く切り裂く高圧の水流である、いわば水の剣だ。
俺はクサナギを抜き放ち、水流に向かって構え、それを振り抜いた。
何と水流はクサナギと俺の魔力波で俺の手前で2つに切り裂かれてしまう。
「凄いわ……」「そうですね、フェス姉」
俺とオデットの戦いを見ていたフェスとクラリスが感嘆したように呟いた。
「今のホクト様に神力があるとは言え、魔力波を鍛えて闘気に変換するとあんな事も出来てしまうのね」
「悔しいけど、あのフェンリルが言っていた通りですね」
「こうなると彼女の奥義を使わないと駄目かもしれないわ」
フェスとクラリスはそれぞれが1人の戦士として俺とオデットの戦いを見極めようとしていたのであった。
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