第85話 オデットの修行
「じゃあ、部屋はここで良いよね。荷物はここに置くよ。片付けたらとっととお風呂に入ってね~」
クラリスはそうオデットに告げると彼女を部屋に押し込み、後ろ手でドアをバタンと閉めてしまった。
オデットは床に座り込んでしまったが、徐々に落ち着いてくると途端に自分が情けなく、更に悔しくなったのだ。
「何故!?」
あんな男に身を任せてしまったのか?
どうして身体が動かなくなったのか?
拳を握り締めて悔しがるオデット……
そこに外の廊下からクラリスの声が響いて来る。
「オデット姉、悔しがっても仕方ないし、遅くなるから早くお風呂入ってくれる?」
「おわっ!? は、はいっ!」
焦ったオデットはそんなクラリスの声に急き立てられるように支度をして風呂に入ったのだった。
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オデットが風呂から上がって屋敷の大広間に現れた時に俺とフェスは一緒に入った風呂から上がって寛いでいた。
「おう、風呂に入って来たか。とりあえず座ってくれ」
家族のように親しげに話し掛ける主に戸惑うオデットである。
「う! ど、どこに座れば良いと言うより主と従士が一緒に食事をして良いのか?」
「誰がどこに座れとか特には決めてはいない、適当に座ってくれ。それにウチでは主が先に食べて従士が後なんて事も無いよ。悪いが、もう少し待っていてくれ、食事の支度が出来るのもまもなくだ」
「り、了解した」
食卓の椅子に座り、主とフェスが話すのを訝しげに見るオデット。
甘えるフェスを見て、彼女の表情は瞬く間に驚きに変わっていく。
「ど、どうして!? あの荒ぶる戦姫が甘えるなど?」
そこにオデットの後に風呂に入ったクラリスが上がってきた。
驚愕の表情を浮かべるオデットの近付き、耳元でそっと囁いた。
「オデット姉、フェス姉はホクト様と結ばれたのよ」
「え、ええっ!」
指に手を当ててし~っとジェスチャーをするクラリス。
「で、でも彼女は……」
口篭るオデットにクラリスはゆっくりと首を横に振った。
「戦いに明け暮れた彼女が今、幸せを感じている。先の事はどうでも、今は彼女、とても幸せよ。それで良いと思うわ」
そう言われたオデットは暫く考え込んでいたが、分ったわと小さく呟いたのであった。
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夕食が始まった。
ナタリアとクラリスがいつも通り配膳をする。
「おお、カルパンティエ殿。お久しゅうございますな!」
「え、ええ……」
オデットは戸惑っていた。
自分が知っているかつて地獄の伯爵と呼ばれたスピロフスとのギャップがである。
「ふふふ、戸惑っていらっしゃいますな? この私めの変貌ぶりに」
「…………」
「ははは、ルイ様には度々お叱りを頂いたのですが……駄目ですな、最近は好々爺が板についてきまして」
ルイに指摘を受けても直らない、直せない……そして結局それを許しているルイは……
「な、何故!?」
「我々は人外ですし、その理は当てはまらないかもしれませんが、人は変わっていくもので御座います」
微笑むスピロフスに違和感を感じながら、オデットは疑問をぶつけてみる。
「あ、あのスピロフス殿……あ、あの方は……主は一体どういう積りなのですか?」
「どういう意味ですかな?」
「ルイ様から聞いていた主とは……」
「違いますかな、ふふふ」
オデットは小さく頷き、全く違いますと呟いた。
周りを見れば、その主と呼ばれたホクトとフェスは楽しそうにエールを飲み、クラリスとナタリアは今日作った料理の話題なのか、真剣な表情で議論を交わしている。
鍛冶師のオルヴォは何かの資料を見ながら、料理をつついている。
「ルイ様は何と?」
「ただ、ただ規格外の主とだけ……」
「ふふふふふ、確かに規格外の主ですよ。この食事はまだ序の口ですよ」
いずれ分りますと意味有りげに笑うスピロフスがオデットには何とも不可解に見えたのだ。
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翌朝4時……
オデットはいつもの通りの時間に起き、日課としている朝の訓練へと屋敷の中庭へ出向いた。
夕食後に屋敷の内外をチェックして訓練できる場所を既に確認していたのだ。
中庭に出た瞬間、彼女は驚きの声を上げた。
「ああっ!?」
「おっと、お前も鍛錬か? 一緒にやろう」
何と主である彼が中庭でクサナギで素振りをしていたのである。
それに彼だけでは無かったのだ。
「あら、オデット」「オデット姉、お早う!」
フェスとクラリスが模擬試合をしていたのだ。
いきなり、ペースを崩されたオデットであったが、何とか挨拶を返して暫く身体をほぐすと愛剣のレイピアを振りかざし、素振りを開始した。
フェスやクラリスの所持している剣と同様にオデットのレイピアも魔法が付呪されているのであろう、剣が鋭く突き出される度に空気を冷たく切り裂く音が迸る。
「良い突きだな……」
俺はオデットの剣捌きを見て呟いた。
俺の呟きが聞こえたのであろう。
オデットが素振りをやめ、こちらに近付いて来た。
「主よ、手合わせをお願いしたい」
「ああ、良いよ」
こうして俺とオデットは初めて手合わせをする事になったのだった。
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