第84話 ささやかな幸せ
バートランド通称男性のみおことわりの店……
「うぉう! 食べた、食べたぞ。ただ私の好みには合わないがな、それに主がどうしてもと言うから食べてやっているのを忘れないでくれ」
一杯になったお腹を満足そうに擦るオデット。
それをクラリスが無機質な目で見詰めていた。
「フェス姉、この女……ぷちっと潰しても良いですか?」
「うん、私も同感だけど、ここじゃ不味いから屋敷に亜空間を作って埋めてしまおうか」
「ははは、何か殺気を感じなくも無いが気のせいだろう」
食後のデザートのケーキを頬張りながら、紅茶を啜るオデットは完璧に寛いでいた。
俺達は冒険者ギルドの帰りにこの店に寄って小腹を満たしていたのだ。
俺はこれから戻る屋敷の使用人に関して簡単に話してやった。
「おお、スピロフスか? 懐かしいな。少し前にルイ様からお叱りを受けて追放になったと聞いたが」
地獄の伯爵も焼きが回ったかというオデットにフェスが指を鳴らしながら睨みつける。
「さっきの護姫のお姉さまの件と言い本当に口が軽い子ね。その軽い口に私の剣を突っ込んであげましょうか?」
フェスから立ち上る炎の魔力波にオデットは震え上がった。
彼女は普段、凍姫という2つ名で鳴らした猛者ではあるが、自分から見れば唐突にさしたる理由もなく本気で自分を殺しかねないフェスに驚いたのである。
「す、済まん! 以後気をつける! 本当だ」
「流石に3度目は無いですよ、オデット」
ぴしりと突きつけられたフェスからの最後通告に平謝りのオデットであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「只今戻りました」「たっだいま~」「失礼させていただく」
3人の精霊が三者三様の挨拶をする。
屋敷の中にはナタリアが腕によりをかけた料理の香りが漂っている。
「お帰りなさいませ! ご主人様! あれ? この方は?」
「何っ! 貴様スピロフスの配下の癖にこの私を知らないのか?」
オデットが悔しそうに唸る。
その余りの剣幕にナタリアが俺の後ろに隠れてしまう。
俺はいきり立つオデットを制止した。
「こらこら、オデット。ナタリアが怖がるからやめろって」
「にゃにおう! 私を知らぬ方が悪いのだ!」
ごつっ!
その瞬間、頭蓋骨が陥没するんじゃないかというくらい派手な音がしてオデットが頭を抱えて蹲った。
見るとフェスが自分の拳に、はーっと息を吹きかけ立ちはだかっている。
「オデット、貴女はこの屋敷では1番新参者でしょう。それなら新参者らしい立ち居振る舞いをしなさい!」
フェスも容赦無いな……
俺は流石に哀れに思ってオデットに手を差し伸べる。
「おいおい、大丈夫か?」
オデットは俺を睨むと差し伸べた手を跳ね除け、自分で立ち上がろうとした。
しかし、フェスの打撃は相当な物だったらしい。
膝に力が入らず、またも倒れそうになったのである。
「おっと!」
俺は素早く手を伸ばすと今度は彼女の手では無く、両肩を確り掴んで身体を支えてやる。
「ひっ!」
オデットが小さな悲鳴をあげるとその身体が硬直し、自由が利かなくなった彼女の華奢な身体がそのまま俺の胸に倒れ込んで来たのをそのまま受け止めてやる。
そうなると自然、オデットが俺に抱かれているようになってしまった。
「ひゃあああ」
「おいおい、オデット」
オデットは俺の腕の中で言葉も出ないようだ。
ただ、真っ赤になって俯いている。
……そのままオデットは動かなくなってしまった。
その時、俺は突き刺すような視線を感じた。
フェスである……
仕方が無い……このままでは拉致があかないので俺はオデットの身体をひょいと持ち上げて移動すると大広間の肘掛付き長椅子にそっと座らせてやる。
しかし、オデットは相変わらずの放心状態であった。
「これは昔のフェス姉より酷いかも……」
「何が昔の私よ!」
クラリスから思わず出た呟きに対してフェスはむきになって反論する。
確かに以前のフェスは初心な所があった。
最近はひと皮むけて、落ち着いた女性の趣がある。
オデットはその頃のフェスよりも確かに初心な所がある。
俺はまだぼうっとしているオデットにこの後の事を説明した。
「落ち着いたら、部屋に案内して貰え。2階の部屋が空いているから好きな部屋を選んで良いぞ。装備を外して荷物を整理したらさっさと風呂に入って来い。風呂から上がればすぐに夕食だぞ」
多分、碌に耳には入っていないだろう……俺はクラリスに目で合図を送る。
オデットの世話をしてやって欲しいというフォローのお願いである。
「は~いっ!」
クラリスはひと際い大きな声で返事をしてオデットの手を掴んで立たせると彼女を引きずるように階段を上がって2階へと連れて行く。
それを見た俺は、ほうとひとつ息を吐いた。
「申し訳ありません、ホクト様にお手間を掛けまして」
「いや問題ないよ。最初はとんでもない娘かと思ったけど根は純情で真面目そうな娘だな」
私達精霊は皆、邪悪な存在ではありえませんよとフェスは微笑する。
「じゃあフェスも自分の部屋に戻るか、いや俺と一緒に戻ろう」
彼女は相変わらず2階ではなく、俺の部屋に続いている従者の部屋で暮らしている。
そんな俺の言葉を聞いた瞬間、フェスは満面の笑みを浮かべる。
まるで、ぱああっと顔に喜びの光を満ち溢れさせているようだ。
俺はそんなフェスに手を差し出す。
彼女もすぐに小さな手を差し出してくる。
俺は確りとその手を握り、自分の部屋に戻って行ったのであった。
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