第79話 キングスレーの野望①
翌朝7時……
俺は朝食を食べ終わると先にキングスレー商会に出掛けると宣言して屋敷を出た。
フェスとクラリスは時間差で後から来るという約束でクサナギと2人での外出である。
それが昨晩のフェスとの一件絡みだとは彼女達も察してくれた。
俺は冒険者ギルドへの道をゆっくりと歩く。
クサナギもあえて俺に話し掛けようとはしない。
不自然な沈黙の時間が暫く俺達を支配する。
やがて、その沈黙に耐え切れなくなった俺は、中央広場の片隅のベンチに座り、念話でクサナギに話し掛けた。
『クサナギ……』
『は、はい』
クサナギの返事もどことなくぎこちない。
『俺からどうこう言い訳するつもりは無いし、とってもずるいようなんだけど……』
若干口篭った後に俺は覚悟を決めて話し始めた。
『昨晩、俺はフェスを抱いた! 好きだから抱いたんだ。だけどお前も……その……好きなんだ』
『…………』
『呆れるかもしれないが……これが今の俺の気持ちなんだ。あの時のお前は何か不自然だった……急に眠りに入ったりして、お前は全てわかっていたんだろう』
『駄目ですね……私……』
俺の問いには答えず急に自らを卑下するクサナギ。
『私がかって愛したのはスサノヲ様……申し訳ありませんが、ホクト様ではありません。今から考えれば、フェスティラ様と貴方を巡って言い争いをしていた頃は、貴方とスサノヲ様が私の中では重なっていたのですね』
『クサナギ……』
『でも貴方がスサノヲ様ではないと分った今となっても、私の気持ちは全く変わりませんでした。それどころか激しく激しく燃え上がって行ったのです』
クサナギはそう言い切ると暫し沈黙する。
そしてずばりと俺に聞いて来たのだ。
『ホクト様、貴方は何故、フェスティラ様を抱いたのですか?』
クサナギのいきなりの切り返しに俺は戸惑う。
『それは……好きだからさ』
『……それだけでは無い筈です。多分、私と同じように彼女とも感じた筈です……絆を』
フェスとの絆……そうだ。
俺はあえてクサナギに伝えていなかった事を逆に指摘され、改めて彼女と腹を割って話そうと思ったのだ。
『絆……そう、確かにそうだ。俺は彼女に絆を感じたんだ、今はまだ凄く不確かな物だけど』
『やっぱりですか、正直に仰っていただいてありがとうございます』
『いや、今の話はお前に言っていなくて申し訳なかったと思っているよ』
『良いんです、そんな事。今、貴方の気持ちはお聞きしましたし、私の気持ちもお伝えしました。私はこんな女ですけど……どんな形でも良いんです……愛していただけますか?』
『それはこちらの台詞さ……クサナギ、こんな俺を愛してくれるのか?』
『…………』『…………』
俺達はあえて返事を返さなかった。
お互いをよく分っていたからだ。
『ふふふ』『はははは』
俺達は一瞬の沈黙の後、お互いに笑い合ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キングスレー商会に着いたのは8時少し前である。
既にフェスとクラリスは商会で待っていた。
あれから道すがら俺とクサナギは他愛も無い話で盛り上がりながら商会まで来た。
その和気藹々の様子を見ながら、フェスがホッとした表情で息を吐いた。
事前に話を通していたとしても感情の問題になるとどう転ぶか分らない。
俺とクサナギの出す以前以上の親密な魔力波にかえって安心した様子である。
やがて約束の時間になり、マルコが来て俺達を会頭専用の応接室へ案内してくれた。
マルコが扉を開けるとキングスレーが満面の笑みを浮かべ、出迎えてくれる
「おおっ! 朝早くからいきなり呼びつけて済まんな。実はアルデバラン公爵から先日、お前達が見事にギルド直接の依頼をこなしたと聞いてな。こりゃ早く指名しないと他の依頼が入ると思って焦って呼んだのだ」
青田買いって奴ですね、分ります。
「実は公爵と儂は昔、同じクランで冒険をしていた仲間でな。公爵家の次男坊と商会の跡取り息子が何をしているんだと良く後ろ指を差されたものよ」
ふ~ん、やんちゃだったんですね、分ります。
「奴が18歳で儂がもういい年した28歳だったからな……家業継がんで何をしているんだと特に儂への風当たりは強かった」
キングスレーは遠い目をして呟いた。
「おおっと、いかん。昔話をしている場合ではなかった。マルコよ、説明を頼むぞ」
「はいっ! 会頭。 ではホクト様、フェスティラ様、クラリス様――宜しいですか?」
俺達が頷くとマルコは真剣な表情で説明を始める。
「今回の依頼は、魔境に接する北の大国ロドニアへの商品輸送と販路開拓です」
ロドニア……か
フェスの知識によれば夏でも気温が25度しかいかず、反面冬には零下30度以上に下がる極寒の地の筈だ。
「彼の地では農業で栽培できる事の可能な作物が限定されているのです。普段馴染みの無い我がヴァレンタインや南国の野菜とフルーツを売り込んで富裕層に購入して貰うという趣旨です」
俺が今回、解決したウイアリア村産の牛肉も売り込みたいと言う。
「あちらには良い牛が育たず、野生と飼育された大エルクしかいないのです」
エルクは美味ではあるが、やはり牛肉を食べたいという要望が結構あるという。
「大きな商売のチャンスがあるわけですね」
でもそう簡単なものではないとマルコは言う。
まずは北方のロドニアに向かう道中の危険さだ。
山賊や傭兵、下級貴族、ゴブリン、オークなどの襲撃は勿論、下手をすると北の魔族の残党が襲ってくる事もあるらしい。
先日、遭遇した北の旅団と称した奴等も北の魔族の一派だろうと俺は睨んでいた。
あんな奴等に襲われたら一般の商人や冒険者じゃ防ぎようがない。
「そこでお前達の出番だ」
キングスレーは鷹揚に笑う。
「条件は悪くないぞ、肉、野菜、フルーツ、香辛料などの食料品とタバコや酒などの嗜好品を運ぶが、それをマルコと一緒に宰領して貰う」
取引総額神金貨5枚、日本円で5億円に相当する大商いだと言う。
拘束期間は往復で約1ヶ月だ。
「最低でも神金貨3枚分の荷物は無事に運んで欲しいのだ。となれば残りがお前達の取り分となる」
おおっ! となると……約2億円の報酬か。
「それだけではないぞ、割増金として残り2枚分が無事であればあるほど規定の報酬を払う」
キングスレーによれば残りの2億円のうち、1千万分を無事に運ぶごとにその3割、つまり3百万の報酬加算があり、俺達が受け取る最大の報酬は2億6千万円になるという。
それを聞いたクラリスの表情が締りが無いくらい緩みだした。
一見良い事尽くめのようだが、そこでキングスレーの条件が入る。
「しかし、これはあくまで成功した上での最終報酬だ。それにお前達だけで人数的に無理な場合は他人を雇わないとならん。これにはその雇用費用も入っておる」
後はこういった場合、クライアント側が用意するのが慣習である旅費や装備費も自前になるとの事なのだ。
さっきまで緩んでいたクラリスの笑顔があっという間に曇る。
フェスは当初からの穏やかな表情のままだ。
キングスレーの話がまだ終っていない事を予測しているのであろう。
「それで支度金を前金で渡す」
キングスレーがマルコに合図をすると、マルコは抱えていた袋から神金貨1枚と契約書を取り出した。
前金!?
成る程な……
俺が新たな事業の話をした時に既にキングスレーは頭の中でこれをどう具退化するかで考え始めていたのであろう。
今回のオファーのやり方はその布石なのだ。
「今回の依頼、受けてくれるな? ジョーよ」
念を押すキングスレーに俺はそんな事を考えながら、金と契約書を受け取ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




