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第77話 フェスと2人で

 休み明け、朝餉を食べて寛いでいた俺だったが、何故かフェスが買いたい物があるから同行して欲しいという。


 そんな時には絶対同行すると主張するクラリスはナタリアから料理を習って女子力? を高めたいと言い、屋敷に残って留守番をすると言う。


 何故かクラリスは俺とフェスの方を見て片目を瞑っている。


 その視線を受け止めたフェスは何故か緊張しているというかばつが悪そうな表情だ。


『ホクト様……私は眠りに入ります。何かあったら起こしてください』


 クサナギまでもが、そう宣言すると、いつにない無防備な魔力波オーラを出しながら、深い眠りの状態に入ってしまった。


 これって……


 何故かフェスと2人っきりって事か?


 もしかしたら女子組の中で何かの申し合わせかもしれないな。


 フェスの方を見ると長い睫毛を震わせるそのワインレッドの瞳は俺を捉えようとせず、地面に向けられていた。


「フェス……」


 俺の呼びかけにフェスはぴくりと肩を震わせ、俯いたまま返事をしない。


 フェスに近づき、再度呼ぶが、彼女の顔は相変わらず伏せられたままだ。


 俺は思い切って手を伸ばし、フェスの手を握る。


 俺が手を握った瞬間、フェスは声にならない叫びを上げ、その身体は電流に打たれたようにびくっと震えた。


「フェス……少し、歩こうか」


 俺はもう1回、フェスに呼びかけると僅かな間を置いて、彼女はこくんと頷いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺はフェスの手を引き、ゆっくりと歩く。


 街は今日も春のおだやかな陽が差し、皆のんびりしている。


 フェスの手は温かく思ったより小さく感じた。


 俺達は街のあちこちを見て歩く。


 バートランドの街は大きく見ていない所がたくさんある。


 フェスの知識があるとはいえ、俺にはまだまだ物珍しいのだ。


 ある建物の前に差し掛かった時である。


「そちらはホクト様に必要ありません!」


 そちらとは……娼館街であった。


 フェスは今までの控えめな態度が嘘のように、強く俺の手を引っ張って、逆の方向に歩き出した。


 俺達は様々な露店や屋台をひやかして歩く。


 今日は食べ物系では無く、雑貨系の店を見て歩く。


 俺は鑑定の能力スキルを持っていないので物の良し悪しはわからない。


 フェスは俺よりは審美眼はあるだろうが、こういう物を見極めるのはまた別物だろう。


 まあ買う気は無いので本当に【見る】だけだ。


そんな俺達に店主達の威勢の良い声が飛ぶ。


「そこのお兄さん、彼女に何か買ってあげなよ、このブレスレットは凄く似合うよ!」


「このネックレスはさる滅亡した王家からの流れ品だ。買って損はさせないよ」


「こっちの指輪を付けると幸福が訪れるって言う伝説の指輪だ、どうだい?」


 俺はそんな呼びかけを適当にあしらいながらフェスと話す。


「どこにでもこういう店ってあるんだな」


「どこにでも……って?」


「ああ、フェス。朧げながらの記憶だけど、俺の前世でもこういう店をひやかして見た覚えがあるのさ」


「どなたと一緒に?」


「う~ん……誰かと居たまでは思い出せないんだよ……だけど」


「だけど?」


「お前と居るとそんな懐かしい記憶が甦って来るような気がする。不思議なんだよ―――こんな気持ち」


 俺がそう答えるとフェスはにっこりと笑った。


 ごみごみした露店と屋台のある通りを抜けると小さな公園があり、木のベンチがあったので俺達は腰を下ろした。


 周りに人影は無い。


「私を懐かしく感じるのは知識模写の魔法で、知識と記憶をある部分、共有しているからですわ」


「そうかな?」


「ホクト様、人の記憶なんて曖昧あいまいな物です。長い時間ときの中で美化されたり、逆に歪められたり……物の大小だって今の視点と子供の頃の視点とは全然違いますわ」


「確かにそうだけど……それとはちょっと違うんだ」


 フェスのいう事は尤もだ。


 しかし何か感覚的に違う。


「違うって?」


「懐かしくてあったかいんだ……」


 不思議そうに問いかけるフェスに俺は自分が感じたまま、思ったままの気持ちを告げてみる。


「そもそも俺は転生した人間だから、自分が他の人とは違う感覚で生きているんじゃないかと気になるのさ。他人がどう思ったりとか、どう感じるかとか――たまに考えるんだよ」


「転生……成る程、確かにそうお考えになるのはわかります」


「そもそもここはどんな世界なんだろう……とかも一緒にね」


「どんな世界って?」


「ここは俺の僅かな記憶とフェスの知識から考えても時代は違うけど、前世と全てが異なる世界ではない……かと言って同じ世界でも無いんだ」


「私には……よく分りませんわ」


「御免、フェス……ただ精霊であるお前と接点が無い筈の俺なのに、この気持ちはなんだろうなって疑問はいつもあるんだ……でも」


「でも?」


フェスは大きなワインレッドの瞳で俺を見つめて来る。


「きっとお前は俺にとって【特別】なんだ」


「…………」


俺にそう言われたフェスは睫を震わせ、顔を伏せた。


「どうした?」


「私は、ホクト様に付き従い、一生を終える覚悟でおります……」


 顔を伏せたまま話す、いつもは凛とした彼女の声が掠れている。


「ありがとう、フェス」


「いいえ、それはルイ様の命ではありますが、私が自分自身でも決めたことです……それより」


「それより?」


「はい、……薄々は感じていましたがクサナギさんがホクト様とあれだけの強い絆をお持ちなのを正直、羨ましく、はっきり言って妬ましく思っておりました」


 フェス……


 俺は声を掛けようとしたが、彼女は顔をあげ、いつもの凜とした声で言い放ったのだ。


「しかし! もう羨ましいとは思いませんわ」


「フェス……」


「貴方が仰ってくれた私に対する【特別】という言霊の重さ……そしてその言霊には彼女とは別個の、文字通り何か特別な絆が感じられたのです」


 特別な絆……


「何故、私が貴方とその絆を結んでいるかを知りたいと思う気持ちは当然あります……だけど」


 フェスはそこまで言うと大きく息を吸い込み、覚悟を決めたように俺に告げる。


「それより私はもっと貴方とその絆を深めたい! 主人と従士と言うだけではない絆を! 私はこんな女です……こんな重い女を貴方は受け止めてくれますか?」


 彼女の涙に濡れた瞳がきらきらと光る。


 フェスの告白を俺は静かに聞いていた。


 彼女との絆……


 それは俺とクサナギの絆とは違う……


 今は不確かで曖昧な物だ。


 しかし、俺の中では無くてはならない物であり、何故か暖かく懐かしい想いに満ち溢れた物である。


 もし喪失したら大いなる悲しみと苦しみに陥るに違いない。


「おいで……フェス」


 俺は両手を大きく広げ、フェスを呼ぶ。


 その声を聞き、フェスは俺の胸に飛び込んできた。


 俺はフェスをしっかりと抱きしめると顔を起こし、桜貝のような色をした可憐な小さな唇にそっと口付けをしたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「♪~」


 俺とフェスは手を繋いである店に向かっている。


 フェスはとてもご機嫌だ。


 しかし抱擁の後に念を押して来たのも、いかにも彼女らしかった。


「実は今日、他の子達からいい加減に私から告白しなさいって言われたんです」


「それって?」


「良いんです……私はクサナギさんの気持ちも知っているし、クラリスの気持ちも分っていますので」


「え? クラリスって?」


 ええっ、あのクラリスが?


 俺に?


「そうですよ……気付いていらっしゃらなかったのですか? もし彼女達が今日の私のように貴方を求めて、もし貴方がお嫌ではなかったら」


「…………」


「しっかりと全員を受入れてあげてください……お願いします」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【男性のみの来店おことわり】


 俺とフェスは昨日、女子組が来たという瀟洒なレストランの前にいた。


 彼女は昨日来た店だが、フェスは元々、俺と来たかったらしく、にこにこしている。


「本当だ……しっかりと書いてあるな」


 う~ん、【男性のみ来店おことわり】ってこんな店あるんだな?


「昨日、女子だけで来たんですけど、とても美味しかったのですよ」


「そう言えば土産の焼き菓子は美味しかったな。ここはフェスが?」


「いいえ。ここはクラリスが見つけてくれたんです。あの子は口が少し悪くて、おっちょこちょいですけど、何事も一生懸命やるいい子です。私は厳しい姉を演じますから……貴方は今まで通り優しくしてやってください」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1時間後、食事を終えた俺達は紅茶を啜って寛いでいた。


「美味かったな!」


 俺は感嘆の声をあげる。


 前世の頃は気取った料理が嫌いだった俺もほどよい気高さとカジュアルさがマッチしたこの店の居心地は悪くないものであった。


 実はフェスという美少女と食事をしたという事実が味と居心地を補完した事が1番大きいのだが……


「ね! 美味しいでしょう!」


 フェスがにっこりと笑いかけるが、俺にはひとつ感じる事があった。


「でも……」


「ホクト様、何を仰りたいかは、分ります」


「女子率……異常に高くないか?」


「だって、ここは女子御用達のお店ですもの。さあ、この前も好評だったようですからまたお土産に焼き菓子を買って帰りましょう」


 フェスは俺に得意そうに、そう言うとゆっくりと立ち上がったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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