第76話(閑話)アルデバランの憂鬱
俺達が休日を満喫していた日の夜の事……
ここ冒険者ギルドのギルドマスター室では3人の男達が真剣な顔つきで話し合っていた。
3人の男とは冒険者ギルドマスター=バーナード・サーアルデバラン。
後はサブマスターが2人、1人は【悪魔の口】調査に同行したジュリアーノ・ベリーニ。
もう1人のサブマスターはノーマン・ゴライアスと言うドヴェルグである。
「そろそろヴァレンタイン王家がジョーの事を気にしだしておるらしいな」
アルデバランが憂鬱そうに唸った。
「はい、オークキングとの戦いの件が王都でも噂になっています。討伐数にもどんどん尾ひれがついて英雄扱いになっているようですよ」
ベリーニもうんざりした様な顔付きだ。
「俺との最初の手合わせであいつの実力は分ってはいたが、この前のフェンリルの件でも再認識させられたからな」
「全くです」
「マスター……失礼ですが、貴方もジュリアーノも彼がフェンリルを倒す所を見ていないのでしょう。彼が嘘をついているとはお考えにならないのですか?」
ここでゴライアスから疑問の声が入った。
「ノーマンよ、つまりお前はこう言いたいのか? フェンリルの件は彼の虚言で現れた傭兵共とは一蓮托生……つまりこちらの味方に成りすました【ぐる】ではないかと?」
アルデバランがゴライアスに対して訝しげに問い質すが、ゴライアスが返事をする前にベリーニが顔を顰めて異議を唱える。
「マスター、私はそうは思いませんね。ゴライアス殿、私だって伊達にSランクを背負ってはいませんよ。先にガルムの群れが現れ、その魔力波でさえ私は死を覚悟したのです。更にそれを上回るあの恐ろしい魔獣の魔力波は彼の物では絶対ありません。現に私には彼が戦っている様がはっきりと感じられましたから」
ただ、ホクトの魔力波がいきなりその質と大きさを変えた事に関しては今の時点では触れようと思わなかったのだ。
あんな魔力波は……今まで彼は感じた事が無い。
自分の背負っているSランクという称号が完全にホクトの前では色褪せる、はっきりとそう自覚していたのである。
それはあの時一緒に居たメンバー、特にアルデバランにも分り過ぎるほど、分っている筈だ。
「そうだぞ、ノーマン。ベリーニの言う通りだ。仮にもしそうであればあいつの行動は不可解すぎる。あの財宝だってわざわざ俺達に報告する義務も無い」
「お2人にそう言われてみればそんな気もしますが……」
ゴライアスはまだ懐疑的だ。
「そうですよ、彼等が財宝の発見をわざわざ報告した上で所有権を放棄するなんて、そんな回りくどい事なんかする必要は無いんです」
アルデバランは更に言う。
「俺の拉致だって、ジョーがあの場で裏切って、俺を傭兵共に売り渡せば、いい金になっただろう」
「ははは、分りましたよ。確かに彼がマスターを害するつもりがあればとっくにやっているでしょう。ただ、お2人は相当、彼の腕を買っていますな」
サブマスターのノーマン・ゴライアスはあっさりと自論を取り下げる。
「そうだな、ここだけの話だが―――奴は多分俺なんかより遥かに上の力を持っているだろう。ギルドのランク認定の仮試合の際、俺は全く為す術がなかったのだ」
ほっと溜息を吐くアルデバランだが、衝撃の告白に2人は驚きの表情を向ける。
「マスター、……そこまでの腕ですか、彼は?」
ゴライアスは開いた口が驚愕の余り塞がらない。
「私も相当な腕くらいはと思っていましたが……そこまでとは」
ベリーニにもそれは衝撃の事実だったが、フェンリルを軽く凌駕したジョーの力を持ってすれば然もありなんと思う。
アルデバランは黙って腕組みをし、目を瞑っている。
「でもマスターには【見切りの魔眼】があるじゃあないですか?」
ベリーニはこの偉大なマスターが有する奇跡の力について尋ねてみた。
「ジュリアーノ、……その魔眼があいつには一切通じないとしたらどうだ?」
「え!?」「なんですと!?」
またもや絶句する2人……それを見ながらアルデバランが先程とは比べ物にならないくらい重い口を開く。
「我々はギルドの規定によりそれぞれの手の内の8割はお互いに晒しておるのは分っているな」
その言葉に対して黙って頷く2人。
「俺の見切りの魔眼は放出される魔力波を読み切って対処するものだ」
「え?」
「それを晒してもいいのですか?」
「構わん……お前達だから話すのだ。お前達もわかるだろうが……どんな人間でも魔物でも何か行動を起こす時、いや……考えるだけでも魔力を変換した魔力波を出すのは知っているな?」
「それはもちろん」「常識ですよ、そんな事」
ベリーニとゴライアスは言われなくとも分るという顔付きだ。
「ふふふ……常識か、ジュリアーノ。普通に魔力波を読むだけなら、ある程度訓練すれば可能なのだよ」
「それもわかっています。問題はその後でしょう」
「天賦の才と並々ならぬ努力……そして運、そうですな、マスター?」
ベリーニのその言葉に追随するように続いてゴンザレスが補完する。
「その通りだよ、ノーマン……魔力波が放出されてしまった後に対応しても遅いのだ……そんな事では簡単に敵に打ち倒されてしまう」
「それを極め、会得した中の1人がマスターですからな」
卓越した力の剣技に加えて、この能力がアルデバランを剛腕と言わしめた理由なのだ。
「ははは、そうだノーマン。俺はいつもの通りあいつの魔力波を読もうとした。その前にあのフェス、フェスティラ・アルファンとも戦っておったからな。その時の魔眼の発動は何も問題は無かった」
「アルファンさんも相当な腕ですよ」
「ああ、ジュリアーノ、そうだよ、彼女も凄い。だがあいつは更にその上を行った」
「その上?」
「そうだ、俺があいつの魔力波を読み切れなかった理由……それはあいつが一度に10種類もの違う魔力波を意図的に放出したのだ!」
2人は予想もしていなかった内容に二の句が継げない様子だ。
「は!? 何ですか? それっ!?」「馬鹿な……そんな事が可能なのか!?」
「可能だ!……実際に戦った俺がそう言っているのだ」
驚愕する2人に、アルデバランはゆっくりと、しかしはっきり言い切ったのである。
「一度に10種類もの魔力波なんて……」
おかしい! 馬鹿げている! とベリーニは思う。
しかし、これは現実なのである。
「確かにそんな事が出来る事自体、人間の域を超えている」
実際に戦ったアルデバランはその時の事を思い出した瞬間、身体に震えが走るのを感じたのだ。
「マ、マスター……そ、それならば、一体ど、どうやって彼と戦えば?」
「ははは―――ジュリアーノ、あいつと一戦する気か? その意気や良しと言いたいが、どうやって彼と戦う?」
「……10のうち、9はダミーでしょうから、何とかそれを見破れば」
必至に食い下がるベリーニだったが次のアルデバランの言葉がその希望を打ち砕いたのだ。
「いやダミーなどでは無いぞ、ジュリアーノ」
「ダ、ダミーでは無い!?」
「そう……10全てが本物の魔力波だった。ダミーなら、まだ俺には分るからな」
10が全てダミーでは無い!? という事は……
詰んだ!
絶望的なアルデバランのひと言にベリーニはがっくりと首をうなだれたのだった。
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「それじゃあ彼にはお手上げって事ですかな?」
「そういう事になるな、ノーマン。不味い事態が起こっても……簡単に奴を殺す事も出来んだろう」
「え!? 殺す? 彼を殺すと言うのですか!」
ベリーニは簡単に物騒な事を言う上司に驚きと非難の声を上げる。
「いろいろと可能性の有る中で考えれば、そうおかしな事ではない。あいつは危険過ぎる男として抹殺される危険がある。俺もギルドマスターであると同時にヴァレンタイン王国の人間だからな。王国にとって危険な障害は排除しようと考えるのは普通だ」
「…………」
「ははは……怒るな、ジュリアーノ。お前は本当にあいつが気に入ったんだな」
「同じ魔法剣士として……彼は年下のようですが、よき好敵手……いや今となっては目標として行きたいですから」
「ははは……ジュリアーノ。大丈夫だろう、マスターにそんなつもりは無いようだ、そうでしょう?」
ゴライアスは笑うとアルデバランに同意を求める。
「ははは、ノーマンよ。分るか? 俺の考えが」
はい―――と頷き、ベリーニに落ち着けと諭すゴライアスである。
「ギルドマスターとして冒険者ギルドから彼に対していろいろな囲い込みをされるおつもり、つまり搦め手でしょう?」
ぴたりと心中を言い当てられたアルデバランだが然程、困った様子では無い。
「ははは……そうだ。この冒険者ギルドは世界的で冒険者の為の組織ではあるが、実はヴァレンタイン王国の国益を第1に運営されておる」
アルデバランはホクト達には知られざる冒険者ギルドの内幕を話していく。
当然、サブマスター達は知っている事だ。
「ヴァレンタインの国益の為の依頼を数多く達成するのは勿論だが、各国のギルドマスターには駐在国の様子を逐一報告する義務がある。ヴァレンタインの国益に反する依頼もギルドとして受けない方針を徹底し、そんな依頼を誰が出したかなど調査、報告する義務がある。そんな冒険者ギルドでもしあいつを特別な存在、例えばマスターの役職を与えて巧くギルドに忠誠を誓わせれば……どうなる?」
「成る程!」「そ、それは……」
ゴライアスは納得したように頷き、ベリーニは吃驚している。
「ははは……そうなればジョーは我がヴァレンタイン王国の人間になったのも同然。ルイ・ソロモンには悪いがな。とりあえず今回のような働きをすれば我が国への貢献度は大きいぞ。それになジュリアーノ、俺もお前と同じ位あいつが気に入っているんだよ」
奴を悪いようにはせんとほくそ笑むアルデバランであった。
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