第75話(閑話)女子組の休日 後編
「もうこんな時間ね」
フェスが魔導時計を見ると、最初の店で思っていたより買い物に時間がかかったのでもうお昼を回っている。
「うっわ~、早く行きましょう」
「ええっ!? どこに行かれるんですか?」
慌てるクラリスにきょとんとするナタリア。
クサナギは先程、フェスに楽しみにするように言われたので静かに笑っている。
どうやらランチの店はフェスとクラリスだけが知っているようだ。
「ふふふ、行けば分るわ。そうね、急ぎましょうか」
フェス達4人は店への道を急ぐ。
15分程歩いて着いたのはいかにも女性が好みそうな趣の店であった。
何と【男性のみの来店おことわり】という札が目立つように掲出されている。
「ここって?」
「以前、キングスレー商会に来た時にやけに美味しい焼き菓子が出たのよ。商会の人にいろいろ聞いたら、このレストランが判明したの」
食べ物に妥協しないクラリスの執念である。
「クラリスがしっかりチェックしてたってわけね」
「フェス姉、ここで必要なのは褒め言葉でしょう?」
フェスの遠まわしな皮肉にじと目をするクラリス。
「はいはい、クラリスのおかげよ、さあ、とりあえず入りましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レストラン店内……
「見事なまでに女、女、女ね」
辺りを見回したフェスが呟くとクラリスが同意する。
「確かにそうですね……あとカップルがちらほら居るけど」
「う~ん……同性同士だと気が楽だと思ったけど微妙ね、カップルで来た方が良い様な気がするわ」
「フェス姉もそう? やっぱり【大飯食らいの英雄亭】みたいな店の方が落ち着くかなぁ」
それはお2人が男勝りだから? と喉まで言葉が出かけたナタリアは慌ててそれを引っ込める。
そして次のフェスの言葉で頭が切り替わったのだ。
それは……この店の料理が自分の作る料理と比べてどうかという事だ。
「私の作る料理とどちらが美味しいんでしょうか?」
「ええっ、それは比べられないじゃない」
唐突な事を言い出したナタリアを抑えようとするクラリスだが……
「うううう~どんな料理か気になりますよぉ」
ご飯のお預けを食らった犬のように唸るナタリア。
「ふふふ……ナタリア、落ち着いてね」
入れ込むナタリアを笑顔で落ち着かせるフェスであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2時間後……
どうやら食事は終ったようだ。
ナタリアを除いた女子3人の表情は明るい。
「美味しかったわね」
「確かに美味しかった~、街の話題になるだけはあるわね~」
料理の美味さに感嘆するフェスとクラリス。
『凄く美味しかったです、ご馳走様でした。皆さんありがとうございます。特にフェスティラ様……私と意識を繋いでくださって』
クサナギもフェスの意識を通じてその味を充分に堪能したようである。
『それはよかったね、クサナギさん……ん、ナタリアどうしたの?』
1人、微妙な表情なのがナタリアであった。
それに気付いたフェスがナタリアに声を掛けたのだ。
しかし、ナタリアは1人で悔しがっている。
「美味しかった! けどけど、う~悔しいです……でも私の料理とは方向性が違いますから」
どうやら、自分の料理が負けたのではと思い込んでいるようだ。
すかさず入るナタリアへのフォローの嵐。
「私はナタリアの料理の方が好きよ」「私も」『私もそうですよ』
「ううう―――皆さん、ありがとうございます、今度は負けませんよ!」
ナタリアは拳を握り締めて何かぶつぶつと呟いている。
「さあ男性陣に焼き菓子のお土産でも買いましょうか」
そんなナタリアの肩をぽんと叩いてフェスがそろそろ店を出ようと促したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
女子組4人はレストランを出た後、中央広場に向かって歩いている。
「お腹が一杯ね」「そうですね、フェス様」「まだ食べたいかも…」
「え?」
何か最後に信じられない台詞が……
「ねえ、フェス姉。屋台で何か買ってもいい?」
やはり底なしの胃袋? を持つクラリスであった。
「駄目です、クラリス。流石に食べ過ぎです」
フェスは当然、クラリスを止める。
「後は市場で夕飯の買い物ですね、まだお腹一杯であまり考えられませんが」
ナタリアはクラリスのまだ食べたい宣言をスルーしてフェスに話し掛けた。
もう気持ちは自分達が作る夕飯に飛んでいるのだ。
「そうね、ナタリア。私もお腹が一杯で頭が回らないわ」
フェスもナタリアに同意したが、まだクラリスは小さく呟いている。
「お腹空いた……」
「クサナギさんに、ナタリア、夕飯の内容を考えられそうな人が約1名だけ居ますから、その人に考えて貰いましょうか?」
フェスのその言葉にもクラリスは恨みがましい目で力なく頷いただけであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「只今、帰りました」「た、たっだいま~」
フェスとクラリスの声が屋敷に響く。
「お祖父様、ただ今、戻りました!」
「ナタリア……その様子だと随分楽しんだようですね。先程、洋服店から荷物も届いていますよ」
いつもは黙々と働く孫娘の笑顔につられて好々爺は禁止とルイに釘を刺されたスピロフスも満面の笑みである。
「はい! お祖父様……今日はとても楽しい1日でした」
「フェスティラ様、クラリス様、今日は折角のお休みの所をナタリアの面倒を見ていただき、ありがとうございました」
スピロフスがフェスとクラリスの方を向き、深く頭を下げる。
「スピロフスさん、そんな、良いのよ。今日はナタリアが一緒で随分助かったから」
「ナタリアは最高の中和剤だものね」
「確かにそうね……って、こらクラリス!」
まるでフェスとクラリスはボケと突っ込みの漫才コンビのようである。
『ふふふ、お2人とも、そしてクサナギ様もありがとうございました』
『そんな! 私もとても楽しかったですから』
そして俺の所にクサナギを背負ったフェスが今帰ったと現れた。
「ホクト様! ただ今戻りました」
「おお! お帰り……フェス、その感じだといい気分転換になったようだな」
「はい! それはもう! ホクト様、私、とても美味しいものを食べて来たのですよ」
普段、あまり表情を変えないフェスが子供のようにはしゃいでいる。
彼女……そんな表情も出来るんだ。
俺はとても新鮮な気持ちになり、そして嬉しくなった。
「よかったな! 美味しいものって気になるな」
「ふふふ……男性は禁止の店なんですよ」
男性禁止?
そんな店がこの異世界にもあるんだ?
「え、それは酷いな」
俺は思わず本音が出た。
「大丈夫です。女性同伴ならOKですから!」
いやそれも何だかな……
そんな俺を他所に一気に捲くし立てるフェスにクサナギも嬉しそうに追随する。
『ホクト様、フェスティラ様には本当に良くしていただきましたよ』
『クサナギも良かったな! よし、じゃあ皆で行こうか、今度俺を連れてってくれよ。ところでクラリスとナタリアは?』
「今、厨房で夕飯の準備をしていますよ。さあ私も腕を振るいに行って来ます。今夜は料理対決ですからね!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間後……
やがて夕飯の準備が出来、俺達は美味しい料理に舌鼓を打つ。
食事中も料理別にそれを作った者が説明と美味さを強調して盛り上がる。
女子組は今日の昼間の話で楽しそうだ。
休日の夜はこうしてゆっくりと更けていったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




