第74話(閑話)女子組の休日 前編
フェス、クサナギ、クラリス、ナタリアの4人は俺に見送られ、屋敷を出てバートランドの街に繰り出した。
「あ~~、久々の休日ですね」
「クラリスは毎日が休日みたいな物じゃない?」
「酷~い……フェス姉」
「あ、あのどこから行きましょうか?」
場を何とか和ませようとナタリアが2人に打診する。
「私はしっかり昨晩から考えていましたよ」
「クラリス……力、入っているわね?」
「当然です! 今日は女子として身だしなみを考えた休日にしたいと思います」
クラリスが3人に対して力強く宣言する。
「確かに普段は革鎧だものね、それも鋲がたくさんついた派手な奴だし……屋敷で着ている物も何気に地味なのよね」
フェスが思い当たるように小さく呟くとここぞとばかりにクラリスが反応した。
「そうでしょう? フェス姉! 1番可愛いのがナタリアが着ているメイド用の服なんてちょっと不満どころか、大いに不満です!」
そう言い切るクラリスにナタリアは不満気だ。
「う~~、お言葉ですがクラリス様。私はあれ、結構可愛いと思っているんですが」
「あ~! 御免。真意が伝わっていないわね、ナタリア」
ちょっとお怒りモードに入りかけたナタリアに御免御免とクラリスが手を横に振った。
「どういう事ですか?」
怪訝そうな表情のナタリアである。
「私もあれ好きだし、着たいと思っているの……ある予感がするからなの」
「ある……予感ですか?」
ますます怪訝そうなナタリアだが、それはクラリスのひと言で意外な展開となった。
「ホクト様がナタリアを熱い視線で追っていたから……」
「ええ~っ」
思わず大声で叫んだフェスを何人もの通行人が振り返る。
「フェス姉、し~っ…… いきなり大声出さないの」
「だ、だって……」
「本当に分り易いわね、フェス姉って。こらこらナタリアもぼーっとしないの!」
「ホクト様が……私を熱い視線で……」
クラリスは腕組みをして2人を呆れたように見詰めていた。
「あのね、2人共、これからちゃんと説明するから、よ~く聞いてね?」
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「よかったぁ! ちょっと複雑だけど」
無邪気に喜ぶフェス。
「私より……服がよかったんですか?」
対照的にがっくりと落ち込むナタリア。
クサナギはくすくす笑っている。
「2人共、これは私の予測だから。ちゃんと知りたかったら本人に聞いてください」
あくまでも仮定の話だと強調するクラリス、確かに本人に聞くのが1番の早道ではあるだろうが……
「ホクト様がメイド服フェチだなんて聞けるわけがありません!」
「そうですよ!」
勢い込んで叫ぶ2人ではあったが、クラリスの次の言葉に止めを刺されたのであった。
「良い方法がありますよ、2人でメイド服着てホクト様の前に立ってみれば分るわ」
「…………」「…………」
無言になってしまった2人にここぞとばかりに誘導するクラリスである。
「でもね普段着は普段着で持っていないといけないと思うの、それで2人の真の魅力が分るから」
「確かにね……今回はクラリスの言う事も一理あるわ」
今度はフェスが腕組みをして考え込んでいる。
「今回はって、フェス姉……いつも私の言う事は深いんですよ」
クラリスがどうだいという感じで胸を張るが、フェスの視線は懐疑的だ。
「さて、どうかしら?」
「さてって……どういう事!?」
「お2人とも往来でやめてくださ~い」
また口論になりそうな2人を慌てて止めたナタリアであった。
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「まずは……ここかしら」
「クラリス……ここは?」「クラリス様、お洒落そうな店ですね」
クラリスが3人を連れてきたのは華奢な女性のイラストが看板に描かれた白壁の映える瀟洒な店の前であった。
看板には【淑女の嗜み】……と店名が入っている。
「庶民の女性向けの洋服屋さんですよ。私達に貴族向けの服は多分合わないでしょう」
「洋服屋さん? 確かにね……あ」
「どうしたの? フェス姉」
『クサナギさん、クサナギさん』
「あ、そうかクサナギさんの事、すっかり忘れてたわ」
確かに神剣である彼女には服は着れないだろう。
しかし、肝心の彼女は……
『あれ……ここは?』
『寝てた?』
『はい……春の陽気が良いもので』
どうやら、すっかり良い心持で眠りに入っていたようであった。
『あの、御免なさい……貴女にはその…あまり関わり無い店に行く事になるけど』
フェスが言い難そうにクサナギに謝罪する。
『良いんですよ、今日はホクト様が女子全員で羽を伸ばしてって趣旨ですから』
クサナギは自分に対するフェスの気遣いを理解したようだ。
『本当に御免ね、その代わりお昼は期待してください』
『お昼?』
『良いお店を見つけたのよ、最近は屋台や冒険者向きのお店ばっかりですからね』
クサナギの唯一の楽しみは食べる事である。
当然、人間のように食べる事は出来ないが、意識を繋げば味覚を感じ取る事が可能なのだ。
いつもは主であるホクトとやっている事を今日はフェスとやろうという事である
『わかりました。お気遣いいただきありがとうございます』
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洋服店、【淑女の嗜み】店内……
「いらっしゃいませ……」
店主らしい1人の女性が静かに佇んでいた。
穏やかな微笑を浮かべた、落ち着いた物腰の人間族の女性である。
年齢は30代後半だろうか?
金髪碧眼で整った顔立ちをしており、背は160㎝程でそんなに飛び抜けて高くないが、スタイル抜群なモデル体型の女性だ。
「ええっと、洋服が欲しいのだけど」
「はい、ひと通りお品は揃っております。お客様専用のお品をお作りするオーダーとお値頃の中古商品いずれもございます。あ、肌着のみ全てオーダーになりますが、外衣に内衣、胴衣、肌着、そしてベルトなどの小物やお靴は牛革製の物や木靴も取り揃えております」
店主の言う通り、店の中は様々な商品で満ち溢れていた。
「目移りするわ、でも私がこんなに着飾るのは疑問ね……」
品物の多さとその華麗さに圧倒されるフェスであったが、このような洋服が本当に自分に必要なのかと呟いた。
「フェス姉は普段、無頓着過ぎるんですよ」
「クラリス!」
「ほらほら、もう! お2人ともお時間が限られていますから……」
ナタリアも少しずつ2人の扱いに慣れて来たようである。
お互いに矛先を納めた2人はナタリアを加えて改めて買い物に集中し出した。
「まず肌着は多めに買わないとね」
「確かにそうね」
クラリスの提案に同意するフェス。
いくつかの見本を触りながら、クラリスは店主に商品のお勧めとか無いのか? と問う。
「店主さん、どれがいいのかしら?」
「以前は毛織物製が多かったですが、最近は肌触りのいい亜麻製の物が主流ですね。こだわる方はヤマト皇国製の絹製などをお求めになりますよ」
「絹!?」
「そうですね、絹はお高いですが肌触りが抜群にいいですからね」
「フェス姉、思い切って買ってみたら」
「えええ~っ!」
「お似合いだと思いますよ」
「ほら店主さんもそう言っているし」
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「10、買った中の1つだけど……結局、買っちゃった」
フェスは絹の手触りの良さに抵抗できずに、1つだけ絹製の肌着を購入したらしい。
「良いじゃあない、フェス姉……ホクト様も大喜びよ」
「……本当?」
「でも胸が無いのが致命的ね」
持ち上げておいて落とす……今のはクラリスのコンボ攻撃がばっちり決まった瞬間である。
「何ですって! 人が1番気にしている事を! クラリス、胸の事を言うなら貴女なんて私以下の大きさでしょう」
「フェス姉! そんなわけないでしょう」
「お2人とも、どうどうどう―――落ち着いて」
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「フェス姉、いいの? 絹の肌着なんて買って貰って……その……有難う」
「フェスティラ様、本当に有難うございます」
「2人にはお世話になっているからね」
どうやらフェスは自分の肌着以外にも妹分でもあるクラリスとナタリアに絹の肌着を買ってやったようである。
2人から礼を言われて少し照れている。
その時クラリスが目敏く、クサナギに巻いた絹製の紐を見つけるとフェスに不思議そうに聞いたのだ。
「その絹の布は?」
「これは、クサナギさんの分よ、今買う了解を貰ったわ。 ……夜、眠る時にでもね」
せめて絹を鞘に巻いて気分だけでも味わって欲しいと言うフェスの気配りであった。
『フェスティラ様、ありがとうございます』
「フェス姉、やっぱり私の姉さんね」「フェスティラ様、お優しい」
その事を聞いた3人は当のクサナギは勿論、残りの2人もとても誇らしい気持ちになったのだ。
当然、フェスという姉貴分に対してである。
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更に彼女達の買い物は続いている。
「外衣に内衣、胴衣も買わないとね」
「先程の肌着のお買い上げで採寸は済んでおりますからオーダーであれば、見本画と生地を選んでいただくだけです、中古であればご試着ください」
クラリスの言葉に店主がすかさず反応して答えた。
「皆、好きなのを選びなさい」
フェスが2人に価格を気にせず買うように勧める。
肌着に続いて姉貴分らしい太っ腹な事をするつもりなのであろう。
「ほ~い」「はい」
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1時間後……
買い物は漸く終ったようである。
「では中古品は本日中にお届けさせます。オーダー品は7日後にお届けさせますので……
本日は誠にありがとうございました」
店主さんは店を出たフェス達を見送っている。
「フェスティラ様、ありがとうございます! お金、色々出していただいて。でも、結構しますね、服って」
「ふふふ、吃驚した? ナタリア」
微笑むフェス。
クラリスもナタリアが購入したアクセサリーが彼女に似合うと褒めている。
褒められたので、嬉しくなったのだろう。
ナタリアはテンションが更に上がっている。
「はい、クラリス様! でも良い物がたくさん買えてよかったです。可愛いアクセサリーも沢山買っちゃいましたね。それにベルトに靴も帽子まで!」
そんなクラリスとナタリアをフェスは微笑みながら見守っていたのであった。
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