第73話 俺の休日
翌朝、眩しい朝日が差し込む春の晴天の日。
俺達は忙しい日々のスタートを切った。
まずはキングスレー商会に向かう。
今後の事もあるのでオルヴォとナタリアも同行してキングスレー商会の場所を覚えて貰い、商会の人間にも面通ししておく必要があった。
それにキングスレーに借りている金を返済しなければならない。
生憎、キングスレーは不在であったが、マルコが対応してくれたので、借りた金は伝言と共に託す事が出来た。
ところで、先日預けた鎧はあっという間に売れたらしい。
買ったのはこのバートランドの衛兵隊の隊長だそうだ。
俺は相手を聞き、了解した上で代金を受け取った。
キングスレー商会との契約で基本、相手を確認してから、相手に納品となる。
売却代金は何と金貨500枚であった。
へぇ~という顔をしている俺に対してマルコはぜひ違う商品を納品して欲しいと懇願している。
俺は曖昧に頷いてキングスレー商会を出た。
そんなこんなで時間を見たらもう昼をとっくに回っている。
皆、お腹が空いたと言うので手軽に食べられる屋台から何種類物もの食べ物を買い込んで中央広場のベンチに座って食べる事にした。
こういう時にすぐ動いてくれるのがクラリスで今や完全に妹分としたナタリアの手を引いて買出しに行ってくれたのだ。
ベンチに座ったクラリスは相変わらず俺やフェスの5倍くらいの量を食べているが……一体あの小さい身体のどこに入るのだろうか?
「きっとフェンリルの口と一緒で異界に繋がっているんですよ」
フェスが苦笑しながらクラリスに聞こえないように囁いたので俺は思わず吹き出した。
しかし、流石に風の精霊。
しっかりと聞こえていたようだ。
「ちょっと、フェス姉! 私の胃とフェンリルの口を一緒にしないで下さいよ!」
そんな喧騒の中、オルヴォやナタリアも普段とは違う食事で楽しそうだ。
「お祖父様も連れて来たかったですわ」
ちょっぴり残念そうなナタリア。
ああ見えて、スピロフスはこういう食べ物が大好きだという。
「ん、じゃあ今度はスピロフスも連れて来るか」
「本当ですか!? ご主人様! お祖父様も喜びますわ」
「ホクト様ったら、安請け合いなんかして留守番はどうするのです?」
飛び上がって喜ぶナタリアを横目で見ながら、こちらに向き直ったフェスが俺を軽く睨みながら問い質す。
「消去法で行けば……そうだ、ケルベロスかラプロスに……」
俺は苦し紛れに召喚獣の名を挙げてみた。
「却下です! 確実に大騒ぎになってこの街に居れなくなります」
「テイム用の鑑札を付けていれば、飼育許可済みの魔物として問題無いんじゃあないのか?」
俺はフェスにちょこっと反抗してみる。
「魔物の水準が桁違いです。誰もテイム出来ないような魔物が居たら、普通大騒ぎになりますから」
しかし、フェスはそんな俺の言葉には耳を貸さずにきっぱりと言い切った。
「俺は召喚出来たんだけど……」
「ホクト様は魔人ですから……基準にされない方が良いと思います」
「むぅ……どうせ俺は魔人だよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼飯を食べていたオルヴォがホッとしたような表情で俺に話し掛けて来た。
「しかし、ホクト様が付呪していただいたおかげであの鎧が売れてホッとしました。私も手伝った甲斐がありました」
最初の俺様チックな態度はどこへやら、今のオルヴォは控えめな優等生である。
「何、言っている? お前の整備ありきだよ。このまま順調に行けば給金ももっと出せるしな」
「と、とんでもない! あれでも貰い過ぎですよ」
俺は月額で白金貨4枚、金貨40枚分を固定給として後は出来高払いにしている。
鎧が金貨500枚で売れたので整備した商品の場合は売却代金の10%を支払う事になっている。
「良いんだ、お前は良い仕事をして俺達を助けている」
お前を家族と同様だと思っていると俺は改めてオルヴォに伝える。
「オルヴォ、家族は助け合って行かないと駄目なんだよ。ところで俺達には黙っていたそうだが、お前には妻と息子が居るそうだな。お前が俺達と頑張ればこの街に呼び寄せられるかもしれないじゃあないか」
「そこまでご存知だったのですか? そうです、私には妻子が居ましたが、私は彼等を捨てました。 ……今更もう遅いのです。家族を足枷として捨て、酒に逃げた私の事をきっと恨んでいる事でしょう」
肩を落とすオルヴォに俺達はそういう時の為の家族だろうと励ました。
「だからこそ……お前はしっかり償わなければならないのだろう。気持ちが萎えてお前が妻と息子の所に1人で行けないのであれば俺も一緒に行ってやる。お前を恨んでいるのなら……俺は一緒に土下座してでも詫びてやる。それでお前を許してくれるよう頼んでみるさ」
「…………」
俯いて黙ってしまったオルヴォ。
「どうした? オルヴォ?」
「オルヴォさん?」「どうしたの?」
「ご主人様、そして皆様……わ、私は、私は幸せ者です。あ、ありがとうございます!」
どうやら感極まってしまったようで、オルヴォはとうとう泣き出してしまう。
男泣きって奴だろう。
そっとフェスを見ると彼女も目のふちを赤くし、静かに微笑んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昨日は帰宅した後……翌日は全員が1日休日だと皆に宣言した。
それを聞いた皆の反応は様々であった。
まず食事の心配をしたのはナタリアである。
それに関しては昼だけ外食で朝夜は家で食べるという事で決着が付く。
屋敷に居残る留守番組にはナタリアが作り置きの昼食を作ってくれた。
また俺と一緒に誰が居るかという事で揉める。
リア充爆発しろ! という感じだが、この屋敷の書斎の本も気になっていたので、俺は屋敷で1人での留守番を主張し許しを貰う…
フェスは最後まで食い下がったが、結局女子4人全員で街へ出かける事で落ち着いた。
また女子組は市場で夕食用の食材も買い込んで、全員で夕食を作る事も決めたようだ。
フェスがその時、むきになっていたのは、クラリスが普段ベールに包まれているフェスの料理の腕を見たいと挑発したからのようだ。
スピロフスは錬金工房に籠もりたいと言うので了解した。
何の研究をするのやら……
しかしいつかは俺も錬金術をやってみたいので、いずれ彼に手ほどきして貰おう。
オルヴォは相変わらず鍛冶工房で武器防具の整備をしたいと言ったので、休みの意味が無いと諭したが、涙を流して迫るあまりの迫力に結局、許してしまう。
当然、ちゃんと食事を摂るという前提である。
彼が整備した中からキングスレー商会に納品する商品の選別もそろそろしなければならないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、休日……
今、朝食が終わり皆それぞれが休みを過ごす準備をしている。
俺は女子組に金貨を各100枚分ずつ渡す。
日本円にして約100万円の小遣いなので金銭感覚の無さが指摘されそうだが、普段、よく働いてくれている事から惜しくは無い。
休みも殆んど無しだし、こういう時には奮発だ。
夕飯の食材を買い込む生活費の方は別途スピロフス達に渡してあるので、ナタリアが預かり、そこから買うように伝える。
俺はフェスにたまには服でも買うようにと伝えている。
この世界では既製品が無い為に服が高い。
いわゆるオーダーの新品か中古品しか無いのだ。
身の回りの日用品なども併せて買うと結構な出費になるので、それだけ持たせたのである。
当然、クサナギの分も渡したが、彼女自身は自ら使う事が出来ないので、フェスに託し、彼女が有意義に買物出来る物があったら、購入を手伝うように頼んである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は玄関で女子組を見送る。
クサナギを背負ったフェスは母親か姉のように細々と俺の身の回りの注意を促し、そのクサナギは何かあったら引き寄せの魔法で自分を呼んで欲しいと念を押す。
クラリスは俺の顔をしばらくじっと見た後、ナタリアと夕食の食材に関してのお喋りをしている。
程なくして女子組が出かけると俺は水差しを持って書斎に引き篭もる。
それにしても大型の書架が4つも並ぶこの部屋は壮観だ。
キングスレーの親友は果たしてどんな本を読んでいたのだろうか。
今更だがこの世界の言葉をどうして俺が読み喋れているかというと、特殊な魔法とフェスと行った知識模写の魔法のおかげである。
ルイが流暢な日本語を喋っていて仰天したが、話を良く聞いてみると最初の念話――これは言語の全てがお互いの使用言語に変換されて話せるものなのだそうだ。
また俺が目覚めた後のルイやフェスとの会話も俺が読み聞く物が、全て俺の中で日本語に変換出来る念話仕様にしていたらしい。
この魔法は今も俺に掛かったままなのと知識模写でこの世界の言葉を理解する事が出来たので今の俺は会話も読み書きも全く問題は無い。
ちなみにこの西方国家群の言葉自体は基本、英語に近いものだ。
文字はアルファベットを崩したような言葉であり、それぞれにAからZに当たる物が振り分けられている。
書斎に入った俺は水差しを書斎の机の上に置いて書架を端から物色して行く。
最初の書架はこの世界のいろいろな国の歴史や風土及び地理を書いた本が並んでいる。
内容も真面目な物から眉唾な物まで様々だ。
その中から【ローレンス王国】、【ヴァレンタイン王国】、そして【ヤマト皇国】のガイド本を抜き出し机の上に置くと俺は椅子に座り、ローレンス王国の本から目を通しだした。
これ等はアトランティアル大陸シリーズと銘打った本であり、全てヴァレンタイン王国の人間が書いたらしいが…
【魔法国家ローレンス】
ヴァレンタイン王国の隣国であるこの国は古の頃から続く魔法国家。
歴代の国王はルイ・サロモンと呼ばれる称号を持ち、強力な魔法を使いこなす偉大な魔法使いである。
また臣下の者達も皆殆どが高位の魔法使いである。
王都はアルカディア…秩序と混沌の街と呼ばれている。
魔力が込められた水晶やミスリル、金、銀、銅、鉄などの地下資源を多く産出する。
希少なオリハルコンも産出するが、厳重に秘されて居る為、その実態は明らかでは無い。
【ヴァレンタイン王国】
英雄バートクリード・ヴァレンタインと12人の円卓騎士達が、建国した国。
冒険者だった彼と仲間達が魔物を斃し、北の魔族達をも駆逐し、建国。
今や全ての冒険者の始まりの街と言われるバートランドを築く。
バートランドは冒険者ギルドが初めて創設された街でもあり、バートクリードの存命中は、ヴァレンタインの首都でもあったがバートクリードと円卓騎士達がこの世から身罷るとバートランドの北に新たに王都が建設された。
それが今の王都であるセントヘレナである。
農産物と海産物が豊富。地下資源も多く産出するが、ローレンスの産出量には及ばない。
またバートランドは街の成り立ちから魔法も発達しており、差別も少なく現在も王都より住み易いと言われている。
【ヤマト皇国】
東方国家群の中心たる国であり、太陽神である天照大御神を信仰。
その子孫と言われるヤマト皇家が治め、その皇家を守護する東方騎士の称号であり、ヤマト刀を使う【サムライ】を擁する国である。
米を中心とした独自の文化を持っていたが、西方国家群からの通貨の流入により影響を受けつつあり、我がヴァレンタイン王国商業ギルドの努力が実を結んでいると言えよう。
また魔法に関しても西方とは違う術式が見受けられる。
フェスの知識で大凡の事は把握していたがこれ等の本を読む事で、知識が補完されていくのがわかる。
俺はその後も、【ガルドルド帝国】、【アルトリア王国】、【ハイネス連合国家群】などについて書かれた本を読み漁り、この世界の概要を学んで行ったのだった。
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何冊も本を読んで気が付くと、もう昼を回っていた。
俺は1階に降り、厨房の鍋に入れてあったスープを魔導調理器に置き、のんびりと暖め始める。
魔導冷蔵庫の中の野菜も出し簡単なサラダを作り、保存してあった黒パンを皿に並べる。
丁度、そこにスピロフスがやって来た。
「これは、これはご主人様、私めがご用意しましたものを……」
「これはこれはスピロフス様、たまにはこの不肖の若輩者がご用意させていただきますよ」
俺がおどけた調子でそう戻すとスピロフスは含み笑いをし、オルヴォを呼んで来ると告げ部屋を出て行った。
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考えてみれば男だけで食べる食事というのもこの世界に来てからは初めてで、これもなかなか新鮮ではある。
「オルヴォ、たまには休まないと身体に障るぞ」
「ご主人様、私は今まで休み過ぎていましたからね。元々、身体は丈夫ですからまだまだ行けますよ」
「そこまで言うなら、これ以上は言わないがたまには気分転換しろよ。ああ、そうだ。書斎に鍛冶関係の本が結構あったぞ」
「ほ、本当ですか! そ、それは大変だ。工房に持ち込んでも良いですか?」
すげぇ、食いつきだ!
「おお、構わないぞ」
「ありがとうございます! では早速食事が終わったら、拝見させていただき、何冊か借用させていただきます」
意気込むオルヴォを見て微笑むスピロフス。
「ふふふ、ご主人様、どうやら書物を勧めたのは薮蛇だったようですな」
食事が済んだ後…俺はオルヴォを書斎に連れて行くと、彼は目を輝かせ、何冊かの本を選ぶと俺に礼を言ってまた工房に戻って行った。
オルヴォが去った後、俺はまた書斎で本を物色する。
また面白そうな本を見つけた。
今度は【バートランド名物の迷宮入門】というガイド本だ。
【バートランド名物の迷宮入門】
我がヴァレンタイン王国が誇る冒険者の街バートランド郊外に素晴らしい迷宮がひとつある。
バートクリード12人の円卓騎士うちの1人が発見したとも造り上げたとも言われる8層の迷宮である。
その名を【英雄の試練場】と言う。
1人前の冒険者になる為の鍛錬には持って来いだし、Bランクもあれば最下層の攻略には問題無いだろうが無理は禁物であり、気を抜くと命を落とす事は間違いない。
最下層の階にはバートクリードの遺産が眠ると言われ、ヴァレンタイン王家から何度も捜索隊が出されたが未だに未発見のままである。
願わくば未熟な冒険者よ、迷宮都市ガリアの大迷宮に挑む前にぜひ我がバートランドのこの迷宮で鍛錬する事をお勧めする。
迷宮かぁ……何度そのようなGAMEに嵌った事だろうか。
俺も迷宮に……迷宮に行ってみたい!
俺はそのガイド本を見て迷宮に対する想像を大きく膨らませていたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




