第6話 初陣
鬱蒼とした森の中、わずかに判別できる道と呼べないほどの一筋の痕跡。
名も知れぬ獣が通る獣道なのか、それともこの付近のどこぞの猟師が使う間道とも言えない道なのか……
そんな道を向こうの世界のラグビーの名選手のように鋭角にステップを踏み、時速80km近いスピードで走りながら俺とフェスはさらにスピードを上げていく。
フェスが念話で話しかけてきた。
『状況を整理しましょう。魔法陣を見ると襲われている人数は8人ほど、うち、3人は放出されている魔力波が生体的な物ではないので既に死亡していると思われます。 襲っているのは多分オークでしょう。20匹襲って来て4匹は倒され残りは16匹ほどで、うち3匹に関しては魔力波が強く放出されていますので、上位種かと思われます』
オークとはエルフが退化したと言われる、容姿が醜悪な豚のような魔物である。
背丈は人間とほぼ同じくらいだが個体により差があり、最低限の知能はあるが、暴力的で野蛮な本能を持つ。
種として雄しか生まれないせいか、他種の雌を攫い繁殖を行う。
ちなみに繁殖力は強い……
上位種または希少種とは全く違う異種間とは定義が異なるが、同じ種族の中では稀に生まれる個体の事である。
個体の大きさやそれに伴う能力等に優位性を持つ事が多い。
俺の雑学的知識と知識模写でフェスから受け取った知識が整理統合されて頭の中に浮かんで来る。
『上位種が戦闘系か魔術系かで戦い方は変わりますがこの魔力波は……皆、戦闘系のようですね。多分、オークジェネラルでしょう』
魔力波でそこまで分るのか――――俺も早くその達人の域まで行きたいものである。
オークジェネラルとはオークキングの下位種である。
通常のオークの能力の約3倍の力を持ち、人語も話す個体も確認されていて
オークキングほどではないが群れを統率する指揮能力を持っている。
『まず現場で戦場の確認と作戦を立てましょう。どちらにしろオークは女性――雌に興味を持ちますので私が先に囮となって奴らの興味を引きます』
『囮って……そんな事をしたらフェス、君が危険じゃないのか?』
『では他に方法が? 代案がなければ何も解決にはなりません』
冷たく言い返されてしまった……
俺は心配した積もりだったが彼女の心にはあまり響かなかったようだ。
最近、いい感じだと思った彼女との仲は錯覚だったのか……
俺達はほど無く森から街道に出るとさらに走るスピードを上げた。
無論、身体強化の魔法も発動している。
2分後……俺とフェスは現場の少し手前の岩陰に身を潜めていた。
襲われていたのは人族の商隊。
馬車3台ほどの小規模なものだ。
商人が4人に護衛が4人ほどだったらしい。
オークも4匹、倒されてはいるが、犠牲者もやはり3人出ていた。
既に動かないのは商人2人に冒険者らしい護衛1人……
商人の1人は棍棒で顔面を殴打されたらしく、顔が潰れたトマトのようにひしゃげている。
もう1人は剣でずたずたに切り裂かれて血の海に突っ伏していた。
倒れて動かない護衛は女性で僧侶服を無残に破られ、上位種らしいオークに、のしかかられていた。
無機質・無表情の顔……人形のように開かれた眼に一筋の涙が流れているが光は無い。
女性の冒険者にのしかかったオークのむき出しになった汚い尻がせわしなく動いている。
残った商人2人はオーク6匹に追われて必死に逃げ惑う。
商人達と仲間を助けようとする3人の護衛の冒険者達は、残りの2匹の上位種中心とした9匹ほどのオーク達に囲まれている。
吐き気がするほど……凄惨で情け容赦ない現場だった。
『生体的な魔力波を全く感知できませんし、あの女性はもう手遅れでしょう。 まず私はあの冒険者3人を阻んでいるオーク達を別の方向へおびき出します。 ホクト様は商人達を追っているオークを倒して彼らの安全を確保したら私に念話で連絡を! ただ商人が巻き込まれそうであれば広域呪文の使用は控えてください。頃合を見て私が念話で合図しますので、おびき出したオーク達を背後から攻撃してください。反転して私も逆側から攻撃して挟み撃ちにして殲滅します。そして、あの死者を冒涜している上位種は彼女の仲間に任せて――――手に余るようなら、彼らを援護しましょう』
一気に状況を判断して作戦を立てるフェスは恐ろしいほど冷静だった。
『ま、待ってくれ。俺は初めての戦闘なんだ、巧くやれるかどうか……』
『何を仰っているんですか? 模擬試合では私をも圧倒する方が! 情けない事を言わないでください』
フェスに怒られてしまった……
確かにフェスを心配するくらいなら男として彼女を守るくらいの気合を見せねばなるまい。
練習通りにやれば、オークなどに負ける事は無い……筈だ。
……後は度胸だけだ。
俺は覚悟を決めた。
『では……行きます』
フェスは俺に冷たい眼差しを向けると出撃して行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フェスは冒険者三人を囲んでいる後ろからわざと速度を落として、女性である事を見せ付けるかのようにゆっくり走る。
これで人間の女に目のないオークは欲情に狂い、フェスの後を追うだろう。
オークの二匹が、フェスに気づき不快な黄色い鳴き声を上げる。
それを見た上位種=ジェネラルの一匹が唸る様な声をもらす。
「オンナヲオエ!」
指揮官がいるせいか冒険者を囲んだオーク達は全部、フェスを追っていかなかった。
オークジェネラルの指揮能力のせいだろうか?
これは計算外であるが、俺は作戦を立て直す。
冒険者達は暫くは大丈夫だろう
どちらにしても商人達を襲っているオーク共の始末が先だ。
見ると上位種1匹とオーク2匹ほどが残って3人の冒険者と対峙している。
冒険者達も状況は把握しているらしく無謀には突っ込みはしなかった。
流石にオークジェネラルには脅威を抱いているらしく倒す機会をじっと窺がっている。
その状況を瞬時に頭に叩き込んだ俺は少し迂回しながら1人の商人を追いかけているオーク3匹の前に立ちふさがる。
丁度、商人とオーク共の前に立った俺は腹の下で魔力を練る。
一種の丹田式呼吸法のようなものだ。
『クサナギ!』
『はいっ』
3匹のオークは棍棒や錆びたロングソードをふりかざし、商人から俺に対象を代え、襲い掛かってくる。
戦う感覚を共有した俺とクサナギの魔力波が融合し、共鳴する。
俺の右手がクサナギの柄を掴み、常人の目に捉えないほどのスピードで刀身がオーク達に一閃される。
チン!
一閃されたと思われた刀身は軽い音を立てて一瞬のうちに俺の背中の鞘に戻っていた。
これは居合いを応用した俺とクサナギの魔力波の刃による高速の斬撃だ。
ちなみに魔力波で切った為、クサナギの刃自体には血糊も全く付いていない。
オーク達の下卑た表情が固まったまま動かなくなり、やがて俺が放った魔力刃の軌跡の通り腹から左肩にかけて体がずれて行き、奴らはそれぞれ2つずつ計6つの肉塊と化した。
俺は奴らが完全な肉塊になる前に次の相手の前に走り出していた。
同じように商人とオークの間に割り込む。
身体強化の呪文を使って硬化した拳を3匹のうち、右端のオークの顔面にぶち込む。
オークは顔の真ん中を陥没させ脳漿を撒き散らして絶命した。
残りのオークが憤怒の表情を浮かべると豚が泣き叫ぶような声で咆哮する。
俺は素早く真ん中の1匹の懐に潜り込むと右手で掌底を繰り出し、オークの顎先に打ち込んだ瞬間、高圧の雷撃を浸透させ即死させる。
崩れ落ちた仲間を絶望的な表情で見た残りのオークであったが、仲間の死を悼む間もなく俺の神速の左ひざ蹴りを受け、内臓を破裂させ、後を追ったのであった。
「大丈夫か」
「た、助かりました」
「い、命の恩人だ」
2人の商人は傷だらけではあったが、幸い命に別状は無いようだ。
「挨拶は後だ、まだ戦いは終わっていない。 残りのオーク達が戻ってきたら、あんた方を守りながらでは戦いにくい。 馬車の中に入って身を守ってもらえるか」
「いや……でもこんな馬車では奴らにすぐ壊されてしまう」
2人の商人のうち、年嵩の中年の男が不安げに呻く。
「大丈夫。馬車の周囲に聖なる壁を展開する。 邪なる魔物を排除する聖光の壁により上位種のジェネラルも含めて奴らは馬車の周囲に近寄れん。これは3時間は効果が持つ筈だよ」
「あなたが光の魔法まで使えるのには吃驚するが、たった3時間しか効果が持たないとは不安なのですが」
「大丈夫、強い俺の仲間がもう1人居る。3時間もあれば残りのオーク共は片付くと思う」
流石に6匹の仲間を俺に倒されたので護衛の冒険者3人と対峙していたオークジェネラル1匹とオーク2匹がこちらに向かって来ようとした。
が、彼らに必死に足止めされている。
フェスが囮になる作戦も囲んでいたオークが残っているのなら、変更も仕方がないだろう。
俺は残ったオーク共を倒してから行く旨を念話で話すとフェスは了解して合図を待つ事となった。
死んだ女性冒険者を陵辱しているオークジェネラルは、まだ――行為を続けている。
おぞましいほどの性欲である。
俺は商人2人を近くに残っていた比較的破損の少なかった馬車に押し込む。
2人は相変わらず不安がっていたが、フェスも心配だし愚図愚図してはいられない。
俺は聖壁を発動させると冒険者達のところに駆けつける。
「その上位種は俺に任せてくれ、あんたたちは2匹のオークを頼む」
疲れ切った彼等が力のない目を俺に向ける。
気合を入れ直した俺はオークジェネラルと対峙したのだった。