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第68話 地を揺らすもの 

※北の旅団隊員の獣化後の魔獣をフェンリルからガルムに変更しました。

「危ない!ホクト様っ!」


 フェスの叫び声に我に返った俺が気が付くと、リルランクの膨大な魔力波オドを纏ったクレイモアがもう目前に迫っていた。


 その時であった!


 俺の身体を巡る魔力オーラが急に桁違いに膨れ上がり、放出された魔力の衝撃波がリルランクを弾き飛ばす。


 リルランクはさっきの俺の様にあっけなく吹っ飛んだ。


 それも俺の倍の20m程もだ。


「ホ、ホクト様……」「だ、大丈夫?」


 フェスとクラリスの心配そうな声が交錯する。


 俺は2人に軽く頷いて返すと、素軽い動きで立ち上がった。


 全身から力がみなぎって来るのがわかる。


「おい、お前はそれくらいでくたばる玉じゃあないだろう……立てよ」


 俺は倒れているリルランクに声を投げ掛けた。


「まったく……一体何だ……それは?」


 リルランクはかすれた声で答えつつも、ゆっくりだがしっかりとした足取りで立ち上がった。


「いきなりお前の魔闘気が膨れ上がって俺を弾いたが……ふむ……まだ本気を出していなかった……と言う事か。それも良し……だな。行くぞ!」


 一旦落ちたリルランクの魔力波オーラが再び高まっている。


 俺もクサナギに魔力波を込めていく。


 ぴいいいいいいいいいいいいん!


 俺とクサナギとの魔力波の共鳴が一段と激しい。


『この……魔力波オーラ……懐かしい……私、何かを感じる……いつもと違う』


 クサナギの様子がおかしい……


 何かうわ言を言っているような感じだ。


 トランス状態って奴だろうか?


『クサナギ?』


『……私の名は違う…クサナギではない』


 口調も変わっている。


 いつもよりずっと厳かなものにだ。


『どうした? クサナギ!』


『思い……出した……私の名は天叢雲あめのむらくも……』


『おい! クサナギっ!』


『我が主、建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと様……存分にご命令を!』


『…………?』


「ホクト様! 集中をっ!」「ホクト様っ!」


 先程のようにリルランクの姿が消えると、先程の斬撃より、更に凄まじい速度の一撃が俺を襲う……


 しかし今度は斬撃の速度も先程、感じたようなとてつもない速さを感じないし、リルランクの魔力波の圧力で身体が揺らぐ事は無い。


 俺は軽々と見切って避けるとカウンターでクサナギでの斬撃を叩き込む。


 その時、何故か、俺の唇より俺の物では無い声が洩れる。


『良い、天叢雲あめのむらくもよ……降魔の力により相手を斬り伏せろ!』


『はい! 建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと様! 降魔の力にて敵を殲滅します』


 これは!?


 俺のいつもと違う魔力オドの影響なのだろうか……


 俺とクサナギはどうなってしまったのか?


 俺が発動した桁違いな魔力オドであるスサノヲの力は、トランス状態のクサナギによって増幅され、更に爆発的な魔力波を生み出すようだ。


 がっばしゅっううううううう!!!


 カウンターの斬撃である俺の巨大な魔力波は、リルランクの魔力波とぶつかり、派手な音を立てると、奴のクレイモアごと軽々と断ち切った。


「な!?」


 リルランクの驚愕の声が響く。


 クレイモアを断ち切った俺の魔力波は更に奴の板金鎧プレートアーマーも紙の様に切り裂く。


 鮮血が飛び散り、またもや俺の魔力波の衝撃波で吹っ飛ぶリルランク。


 それでも並みの者なら一刀両断されていておかしくない所を僅かに身体を逸らし、急所を外して受けたのは流石だ。


 当然、奴は魔力オドを最高にして損傷ダメージも最小限に止めていた。


「ぐぐぐぐぐ……」


 起き上がろうと片膝を突くリルランク。


「お前の……その力は……断じて人の物では無い……まさか、神の力か?……くくく、……これは面白い……おおおおおおおお!」


 再び、奴の体内で膨れ上がるリルランクの魔力。


「くおんんん」「きゃうん」「きゅ~ん」


 それを感じて怯えたのか?


 口々に泣き叫ぶガルムと化した北の旅団の隊員達。


 戦闘不能に陥っているリルランクを心配するものではない。


 何とも言えない違和感を覚える……


「ど、どうしたの? こいつ等?」「何、何?」


 隊員達と戦っていたフェスとクラリスも相手の様子が変わったのに戸惑っていた。


「ふふふ、こ、ここまでとは……思わなかったぞ。お、俺の本当の姿を見せねばならんとはな」


 ぞわり……悪寒が走るような、その場の空気が変わる。


「きゃうん!」「ぎゃあああん」「きゃう~ん」


 ガルム達の泣き叫ぶ声が一層大きくなる。


「!!!」「えっ!……な、何、これ?」


 フェスやクラリスも改めて身構える。


 ばしゅっ!


 先程、隊員が獣化した時のようにリルランクの板金鎧プレートアーマーの1部が吹っ飛ぶ。


 ばしゅっ! ばしゅっ! ばしゅ! ばしゅ~ん!


 次々と吹っ飛ぶ鎧の破片が散乱する。


 リルランクの身体が人から何かに変わろうとしている。


 先程の隊員の獣化同様、肉体を収めきれない鎧が粉々に千切れ、弾き飛ばされているのだ。


 やがて……ガルムの比では無い小山のようなシルエットが浮かび上がって来る。


「あ……ああ」


 そこに現れたのはあのケルベロスをも凌ぐ巨大な狼の姿をした怪物……


「フ、フェンリル!」


 フェスがその姿を見て息を飲む。


 フェンリル……


 フェンリルとは【沼に棲む者】の意。


 世界の終末に神を呑み込んだと言われる巨大な狼の姿をした怪物。


 フェンリルが世界の破滅をもたらすと運命の女神が予言したため、神々は彼を拘束したが、何故か解き放たれて神々と戦い、結果……奴は世界の終末ラグナロクをもたらしてしまった。


「がああああああああああ!!!」


 リルランク=フェンリルがこの世の者とも思えない声で咆哮する。


 しかしクサナギ=天叢雲あめのむらくもは全く動じず冷静だ。


『我々の降魔の力を持ってすれば断ち切れない肉体などありません……いざ!』


『そうか、相手が何者であろうと俺とお前で敵を滅するのみ……だな』


 俺は発動した【スサの力】をクサナギに流し込む。


 ぴいいいいいいいいいいいいいいん!!!!


「がっがあああああああああ!!!」


 俺とクサナギの魔力オドの共鳴に興奮したのか、フェンリルが再度咆哮する、そして信じられない光景が繰り広げられたのだ。


「ぎゃううん!」


 ぐちゃっ!


 何とリルランクは自分の部下である筈の1匹のゴルムをその牙に引っ掛けると、その身体を真っ二つに食い千切ったのだ。


「何だと!」


 こいつは……


「ぎゃうん!」「きゃいん!」「があっ!」


 フェンリルは何と見境なくゴルムを襲い始めたのだ。


 ぐちゃっ! べちゃっ!


「ふしゅしゅしゅしゅ……」


 2人、3人と自分の部下をその牙で噛み砕き、口の中を真っ赤な鮮血で染めながら奴は笑った……確かに笑った。


「味方まで……ゴルムが人とは言えませんが例えれば殺人狂……ですね」


「全く……見境が無いとはこういう事です」


 フェスとクラリスが身構えながら呟く。


 ゴルムと化した北の旅団の隊員たちはもう4人ほどしか残っていない。


 フェンリルと化したリルランクがあっという間に9人もの隊員を噛み殺してしまったのだ。


「あ!」


 何かを思い出したかの様に俺の傍に来たクラリスが手を叩く。


「ホクト様、大公殿下メフィストフェレス魔道具マジックアイテムですが、私がお預かりしていいですか?」


「構わないが……どうした?」


「ホクト様、あの化け物とケリをつけるおつもりでしょう。私が役に立つ使い方をします……必ず!」


 真剣な目で見つめるクラリスに俺は魔道具を手渡した。


 クラリスは下がり、俺は改めてクサナギ=天叢雲あめのむらくもを構え直す。


 ぴいいいいいいいいんん!!!


 共鳴する魔力オドを警戒しているのか、フェンリルであるリルランクは迂闊に近寄ってこない。


 本能的に危険だとわかるのか……奴め!


 俺はじりじりと間合いを詰め、奴はその分、後退する。


 その何回かの繰り返しで生じた一瞬の隙……俺はクサナギを振りかざし、一閃する。


 膨大な魔力の刃がリルランクを断ち切るかのように見えた。


 しかし、その瞬間信じられない跳躍力で後方に飛んだ奴は外皮を僅かに切り裂かれただけで殆ど無傷であった。


 奴も俺の攻撃が読めるのか?


 多分、本能的に俺の動きを予測しているのだろう。


 それに俺との戦闘となると自分の身内を見境無く、食い殺したとは思えないほど冷静だ。


 どうする、冷静なら動揺させるしかないが……


 相手を動揺させる……それは速度スピードだ。


 常に先手を取れれば相手は動揺し、本能的な動きで俺の攻撃を避けている形も取れなくなって来るだろう。


 今までの俺ならあのリルランクの速度スピードを超えて、相手を圧倒するなど無理な話だった……


 だが今の俺ならそれが可能だ。


 俺はスサの力を発動させる。


 そして加速の魔法を今の俺が発揮できる最高レベルの物を発動させた。


 その凄まじい速度でリルランクの瞬間的に現れると、クサナギを一閃させる。


 ぶしゃああっ!


「ぎゃああああああああ!」


 いきなりの俺の出現で魔闘気を出す暇も無かったのであろう。


 奴の喉が切り裂かれ、鮮血がほとばしる。


 だが……何と致命傷ではないようだ!


 あらゆる動物の弱点のひとつである喉だと言うのに何という硬さの外皮であろう。


 俺は返す刀で仰け反った奴の腹部にもう一撃を入れた。


 更にもう1発、2発、3発と斬り込んで行く。


 しかし手応えはあったが、やはり致命傷を入れられていない。


 だが度重なる痛みと疲れで思考が混乱したのか奴に先程の動きの切れが見られない。


 俺は少しずつ斬撃を浴びせながら、奴の体力を奪って行く。


 リルランクも、その牙で噛み砕こうとし、鋭い爪で引っ掛けようとするが、そんな物にやられる今の俺ではなかった。


 段々奴が苛々してくるのが分る……


 それに伴い、とうとう致命的な一撃を入れる瞬間がやって来た。


 手応え有り!


 ぴいいいいいいいいいいいん!


「ぎゃうううううううううん!!!」


 クサナギとの魔力波オーラの響きが一段と大きく鳴り響いた時、俺の斬撃が深々と奴の胴を切り裂いたのだ。


「や、やったぁ!」


 まっ二つにされた身体がびくっびくっと動いている。


 俺は止めを刺そうと奴の頭部に近づいた。


 その時……俺は油断したのだ。


 まだまだ命の残り火が灯っていた奴の頭部。


 天地をも呑み込むと言われたフェンリルの巨大な顎門が俺への妄執か、いきなり音も無く開いたのだ。


 その奥にあるのは暗黒の空間……


 俺の身体がぐいっと引き寄せられる!


 かってのあの大神のように俺は吸い込まれ……滅せられてしまうのか?


「あっ! クラリスっ! 貴女っ!?」


 不意に響くフェスの絶叫!


「ホクト様……危な~いっ!」


 それに続いて必死に呼び掛けるクラリスの声。


 俺の視界に入ったのは小さな身体を躍らせ、奴の頭部に近づく影!


 それは俺を何とか助けようとするクラリスの姿だったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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