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第66話 北の旅団

※北の旅団隊員の獣化後の魔獣をフェンリルからガルムに変更しました。

 俺は北の旅団の隊長が放つ狂気の視線を何と言う事も無く跳ね返し、言葉を返した。


「俺は別に名乗る必要があるとは思わん」


「では名などどうでも良い、俺も別に無理に聞こうとは思わん。……名も無い虫けらとして惨めに死ねばよい」


 隊長はそれを聞くとクレイモアの柄に手を掛け、無機質な……常人にはぞっとするような声でそう呟いた。


「ではこちらももう手加減はしない。先程の部下に対する扱いを見てもお前は俺が正々堂々と戦う相手では無い事がよくわかった」


 隊長は俺を見たまま、微動だにしない。


 俺は奴を見据えながら、話を続けた。


「ましてここはアルデバラン公爵領だ。もしお前が欲しがっている宝があるとしてもそれはお前の雇い主の物でも何でもない。その上、領主誘拐など…… 山賊紛いの略奪に拉致か、名を汚すなど甚だ可笑しいぜ、お前達は屑野郎の集まりさ」


「言ってくれるな……今の言葉だけでお前を八つ裂きにしても飽き足らないが、名乗るだけはしておこう……誰に殺されるか分らないで死ぬのは心残りだろう。俺はフェリクス・リルランク、この旅団の隊長だ」


「その言葉そっくりお前に返してやろう。俺はジョー・ホクト、冒険者だ」


「よし、これで心置きなくお前を殺せる……行くぞ」


「ホクト様、お気をつけて……」「ホクト様、大丈夫?」


「手合わせしないと分らないがな。大丈夫……油断はしないつもりさ」


 フェスとクラリスはそう言いながらも心配している素振りが微塵も無い。


 俺の事を完全に信頼しているのだ。


 俺はここからは念話でクサナギを含めた3人と話す事にした。


 会話の迅速さと内容の秘匿がその理由だ。


『俺達は多分大丈夫だろう、ルイの言葉もあるからな。それよりも最初にお前達が感じた魔力波オーラの質が気になる。もし危なくなりそうだったら、アルデバラン以下を逃がす事に注力してくれ。俺が時間を稼ぐから』


『かしこまりました』『了解です』


『ホクト様、ご一緒しますが……無茶はしないでくださいね』


 フェスとクラリスが頷き、最後にクサナギが気遣いの魔力波を送ってくれた。


 リルランクが怪訝そうな顔付きでクサナギを睨む。


「むう、不思議な剣を使うようだな、それは確か東国の剣と見た。それにお前の魔力オーラを纏わせて切る剣か、実に興味深いものだ」


「…………」


「俺との会話にも飽きたか。では行くとしようか」


 北の旅団の隊長、フェリクス・リルランクはサムリの物より、ひときわ大きいクレイモアを振りかざすと凄まじい速度で俺の間合いに踏み込んで来た。


 しかし魔力波オーラの動きでどのような攻撃か読んでいた俺は、身体を捻って刃をかわす。


 常人には怒涛のような連続攻撃も先が読めていれば何という事は無く、俺は難なくかわして行く。


 一連の動きから最後の斬撃を入れるとクレイモアを引き、首を傾げるリルランク。


「ふむ、俺の動きを全て読み切るとは……お前は見切りの魔眼を所持しているようだな。だとすれば、戦い方を変えねばならぬだろう。その前にだ……お前達、アルデバランを逃がさんようにな」


 リルランクは残った13人の部下達に命令する。


「俺がこいつと戦っている間、お前が指揮を取れ、副長」


「隊長、了解です」


「最悪、アルデバランを含めて全員殺しても構わんと言われておる。いざとなれば獣化しろ、副長」


 獣化?


 一体何だ?


 副長と呼ばれた男が頷き、クレイモアの柄に手を掛け、アルデバラン達の方に踏み出す。


 それを見たフェスとクラリスが旅団の隊員との間に立ちふさがり、アルデバランに小声で囁く。


「私が合図をしたら―――後ろにあるホクト様のお造りになった亜空間に退避してください。いいですね?」


「フェスよ、馬鹿を言うな! 俺もSランク冒険者【剛腕】と言われた男だ。戦わずして敵に後ろを見せるなど……」


 それを聞いたフェスのワインレッドの瞳が静かにも激しく燃え、アルデバランを見据える。


「今の状況で拉致どころか何か怪我でもされたら我々の負け……バーナード、今の貴方は一介の冒険者では無い。ましてや貴族として誇りを賭けて戦う相手でもないのです。大事なのはバートランド公爵であるバーナード・サー・アルデバランとしてバートランドに無事帰還する事なのですよ」


「フェス姉の言う通りです、バーナード」


「クラリスまでもが、そう言うか……」


クラリスの言葉に驚くアルデバラン……


「私達はクランではアタッカーだけど、今回の仕事ミッションでは盾役タンクです。調査の成功もそうですが……貴方を無事にバートランドにお連れする事が最大の任務なのですよ」


 クラリスの真っ直ぐな目を見てアルデバランは今、何が大事かを悟ったようだ。


 サブマスターのジュリアーノ・ベリーニが2人の言葉に納得したようにアルデバランを促した。


「フェスティラさん、クラリスさん……申し訳なかった。私からもお願いします、アルデバラン公爵、亜空間に退避してください」


 副長が【北の旅団】隊員達に指示を出す。


「アルデバランを逃がすな! 相手は少数だ、1人に多人数でかかり、護衛の数を減らして行け」


「クラリス!」


 フェスの声が響き、クラリスの小さな身体が前に出る。


「風よ! 我の御名と共に敵を切り裂け!」


 クラリスの手から一陣の風が巻き起こり、突撃しようとした北の旅団の戦士はそれに巻き込まれ、体勢を崩す。


「ちいっ! あの鎧、頑丈ね!」


 クラリスは素早く飛翔し、スクラマサクスを振り上げると、魔力を更に固く練る。


 風斬剣!


 風の魔力波を纏ったスクラマサクスが地上に向かって振られると倒れた2人の隊員の鎧を切り裂く。


「ぎゃああああああ!」「ぐわあああああ!」


 鮮血をほとばしらせながら、苦痛に身悶えする隊員2人。


 それを見た副長以下、北の旅団のメンバーが驚愕する。


「ば、馬鹿な! 我が主から賜った神聖な鎧をこうも簡単に断ち切るとは!」


とどめぇ!」


「さ、避けろぉ!」


 副長の叫びに苦痛の中で迫り来るクラリスの姿を認めた隊員の1人は避け、もう1人は苦し紛れにクレイモアを構えてスクラマサクスを弾こうとする。


 風を纏った魔剣の刃がクレイモアをあっけなく断ち切り、恐怖の表情を浮かべた隊員もその表情を浮かべたまま顔を深く両断され、絶命した。


「あ、あの女! 只者じゃないぞ!」


 フェスやクラリスを舐めていたのであろう。


 スクラマサクスを構えて鋭い視線を投げ掛けるクラリスを見て、慌てる副長であったが、隊員に対して大きく叫ぶ。


「じゅ、獣化しろ!」


「副長!?」「良いんですか?」


「構わん! 隊長も仰ったろう! 皆殺しにしても構わんと!」


「了解! 獣化―――します!」「獣化!」「じ、獣化!」


 北の旅団の隊員が魔力を練り、言霊を唱えると異様な音があちこちで聞こえる。


 クラリスが攻撃しようとすると副長が斬撃を繰り出し、足止めする。


「くっ!」


「さあ、今です! クラリスが足止めしているうちに早く亜空間へ!」


「分った!」


 アルデバランが頷き、ギルドの面々と亜空間に向かおうとした時……


「公爵! 皆と先に行って下さい! 私はクラリスさんを!」


 ベリーニが絶叫し、クラリスの方に飛び出そうとした。


「だ、駄目です! ベリーニさんっ!」


 フェスが静止するが、ベリーニは構わずクラリスの真横に並ぶ。


「クラリスさん!」


「ああ、ベリーニさん、何故来たんですか?」


「何故って!?」


「邪魔です!」


 そんなクラリスの言葉を聞き、驚きながらもベリーニは目の前の光景が信じられなかった。


 鎧が全て破壊され、中に居た人間だった筈の者がその姿を変えていた。


 巨大な逞しい身体に真っ赤に裂けた口、胸元に付いた鮮血。


 2人を餌として見詰める肉食獣の爛々と光る4つの眼。


 それは怖ろしい伝説の怪物である魔狼ガルムの群れだったのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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