第65話 新たな敵
「多分、敵だ。いまこちらに向かっている」
「何!?」
【敵】と言う俺の言葉が皆の中に緊張を走らせる。
「ベリーニ、ちょっと良いか?」
俺はサブマスターのジュリアーノ・ベリーニに告げる。
「こういう時の為に居る俺達だ。まずお前達はバーナードを守る事を優先しろ」
「しかし……」
俺の申し出に対してベリーニは不満そうだ。
「フェスやクラリスの事を心配してくれるのは有り難いが、彼女達なら大丈夫だ。それより自分の役割を徹底しろ」
「…………」
「ホクト殿の言う通りだ……我々の役目はまずアルデバラン公をお守りする事だ」
僧侶のダニエル・ベンソンが諭すようにベリーニに言う。
「最悪の場合はあの亜空間に退避する。フェスとクラリスが足止めして、俺が瞬間移動でお前達5人をバートランドの街まで転移させる。相手の力が俺達と比べて圧倒的な最悪の場合を想定してだがな」
「相手の力か……」
「そうさ、まず俺達が相手の力を見極める。人数は15人だ……決して多くはない」
ベリーニは納得したのか、俺の方を向きやっと頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達が【悪魔の口】の入り口から外に出た時に幸いまだその【敵】はこちらに着いていなかった。
「フェス、クラリス、相手の位置は掴めているか?」
「こちらまで後、300mといった所です。まもなく接触します」
「人数もそのままです。但し放出する魔力波が増えています」
「よし! こちらが先手を取れるのは大きい。亜空間を背に迎え撃つ! 戦闘態勢は取っておこう」
俺の指示に対して気合が入ったのかアルデバランからもギルドのメンバーに指示が出る。
「よし俺達も戦闘態勢だ、ジュリアーノ、皆! いいな?」
「は! 了解です」「分った!」「了解だ」
「OKです、……化け物は苦手だけど」
最後に呟いたのはシーフのアメデオ・バンフィであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて姿を現したのは全員が白い板金鎧に姿を固めた戦士団であった。
クレイモアを背負い、ヴァイザー付きの兜を被っている。
旗持ちが持つ旗には青地に白抜きで巨大な狼の咆哮する顔が描かれていた。
俺達は【悪魔の口】を背に対峙し、睨みあった。
まもなくするとリーダーらしい大柄な戦士が進み出る。
リーダーは兜のヴァイザーを上げると鋭い視線を俺達に走らせる。
「バートランド公アルデバランとその従者達だな」
反論を許さないような傲慢な物言いである。
「いかにも俺がアルデバランだが、貴様達は何者だ?」
「ふふ、我々は【北の旅団】と呼ばれている」
北の旅団?
見た所、傭兵のようだが……
「その【旅団様】が何の用だね」
「ああ、我々の目的は2つ。そこの洞窟の金塊とアルデバラン、あんたの身柄さ。両方とも大層なお宝になると聞いてきたのでな」
「ほう! ……確かにお前さんの言う通りかもしれんが、はいどうぞと従う訳にもいかんのでな」
「当然、そう言うと思ったさ。念の為に言っておくが、あんた以外の者は殺してしまおうと思っている……邪魔なんでな」
そう言った瞬間、男の全身から異様な魔力波が立ち昇った。
「ははは……滑稽だな」
アルデバランは北の旅団のリーダーの言葉を鼻で笑う。
「相当な自信のようだが……何を根拠にしているのかと思ってな」
しかし俺は間に入り、アルデバランにこちらに任せて欲しいとの旨を告げる。
俺の勘がこいつが危険な男だと知らせたのだ。
「バーナード、あんたが出るまでも無い。こんな雑魚共は俺達で片付けるから、ゆっくり休んでいてくれ。ああ、帰り支度をしてもらっていても結構だ」
「若造……今、俺はアルデバランと話しているのだ。邪魔立てすると容赦はしないぞ」
リーダーの男がずいっと一歩踏み出すと、俺はアルデバランの前に立ち、両手を横に広げた。
「ほう……容赦しないとは? 弱い犬ほどぎゃんぎゃん吠えると言うが―――面白い、やって見せろ」
犬という言葉がリーダーの逆鱗に触れたようだ。
異様な魔力波が益々、高く濃密になり、立ち昇っている。
「何!? 犬だと? 俺達とあんな家畜を一緒にするな。おいサムリ、こいつのうるさい口がついた首を一刀の元に落としてやれ!」
北の旅団のリーダーに促され、サムリと呼ばれた1人の戦士が俺に向かってくる。
俺は先程、彼等の戦法の想定と装備の確認はしていた。
得物は全員、クレイモアを背負っている。
彼等は細かい技と言うより、圧倒的な膂力により相手を屈服させるタイプだろう。
但し俊敏さが無い訳では無い。
またスタミナは抜群であろうから単純に相手の攻撃を避けて体力切れを狙うのは難しい。
身体強化と体の切れを増す、すなわち加速の各魔法は使うと見てよい。
相手が本気で俺を殺しに来てはいるのは間違い無い。
俺はいつもの通り、魔力を練り身体強化と加速の魔法を発動する。
相手はクレイモアを抜き、振りかざす。
……がやはりだ。
俺と初めて戦う相手で俺の内なる魔力を読みきれない者は、この細い華奢な外見で俺を侮る事が多い。
……つまりは油断する。
顔色から見てこのサムリも同様で俺を舐めきっていたのだ。
俺は逆だ、特にこの世界では。
魔法や特殊な理があるこの世界では何があるか分らない。
この修羅の世界で戦い生き抜いている者は皆、他人に知られない奥の手を持っているものだ。
だから俺は最初から手は抜かないし、慎重に事を運び、油断はしないよう心がける。
今回、相手は個人では無い。
集団だ。
集団の場合は全員を相手にせずともリーダ-を倒せば士気は半減する事が多い。
すなわち作戦はこうだ。
サムリの実力を知り、戦意を失くす。
油断した所を突いて、あのリーダーを倒すのが最も効果的だ。
そうすればあの【北の旅団】とやらの戦意は落ち、統制は乱れるだろう。
「おい!小僧、何だその柔そうなナマクラはよぉ! そんなもん、俺のこの剣でぽっきりだぜ」
サムリは重そうなクレイモアを軽々と振り回して見せる。
「良いだろう、やれるなら……やってみろ」
「ひゃはははは、やってみろだと? 良い女2人も連れやがってよぉ! 糞なお前を殺した後に2人とも俺がたっぷり可愛がってやるから安心してあの世に行きな!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中に突き上げるような激しい衝動が湧き起こる。
下衆が!
命だけは助けてやるがな。
「サムリ……全力で行け!」
俺を見ていた【北の旅団】のリーダーが厳かな口調で言う。
「え、隊長……だってよぉ」
サムリは不満そうだが、隊長と呼ぶ男の鋭い視線に射られると、びくりと身体を震わせた。
「わかったよぉ! 畜生! こんな餓鬼に!」
サムリは俺の予想通り、身体強化と加速の魔法を発動する。
俺もクサナギに魔力を流すが、クサナギは怒り心頭のようだ。
『落ち着け……クサナギ、行くぞ!』
そんな俺に隙でも見たのか、サムリは短い気合を発して、クレイモアを振りかざして切り込んで来た。
力を誇示するだけあって、その踏み込みと剣の振りはそこそこ鋭い
しかしアルデバランなどと比べるとまるで児戯であった。
その上、俺には魔力波で攻撃を見切れる魔眼がある。
俺はクサナギを抜かずに全てサムリの斬撃をかわして行く。
「ちっくしょー! あ、当たらねぇ!」
『クサナギ……落ち着いたか?』
『も、申し訳ありません!』
『ケリをつけるぞ!』
『はいっ』
ぴいいいいいいいいん!
俺の意思を読み取ったクサナギの放つ魔力波が俺の魔力波と同調して激しく共鳴する。
「サムリっ! 気をつけろっ!」
「え!?」
【北の旅団】の隊長が放った言葉と同時に俺の斬撃が一閃し、一瞬の間にクサナギは俺の背中の鞘に刀身を戻していた。
サムリはクレイモアを構えたままで呆然と突っ立っていた。
しばらくして構えたクレイモアに切れ目が入り、刃の上部は柄から下半分を残して地面に音を立てて落ちて行く……
さらに兜の前面が綺麗に後ろ半分を残して落ち、額の真ん中がすうっと割れ鮮血がほとばしった。
「あおおおお~っ」
サムリは言葉にならない悲鳴を上げ、へなへなとその場に座り込んだ。
【北の旅団】の連中もあまりの出来事に言葉も無い。
俺とクサナギの強力な魔力波の刃が剣や兜をも断ち切ったのだ。
俺は黙ってサムリに近づくと、奴は恐怖のあまり折れたクレイモアを振り回し、後退りしながら逃げようとする。
俺は壊れた剣を持つ手首に蹴りを入れる。
ボギャン!
「ぎゃああああ」
嫌な音を立ててサムリの手首は折れ、壊れた剣は地面に音を立てて転がった。
「俺を殺してフェスやクラリスを可愛がるだと……冗談は顔だけにして…犬小屋に帰りな!」
俺はサムリの首根っこを掴むと【北の旅団】の隊長の足元に無造作に放り投げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「た、たいちょうぉ……」
【北の旅団】の隊長の足元に投げ飛ばされたサムリは、泥と涙に汚れた顔で隊長を見上げた。
「馬鹿が! ……旅団の名に泥を塗りおって。 ……皆、よく見ておけ……このように旅団の名を汚した奴はこうなる」
隊長は重々しく呟くと同時に軍靴でサムリの顔を踏みにじる。
「ぎゃああああ」
隊長に踏まれたサムリの顔は熟れたトマトのように潰れ、サムリは即死する。
こいつ―――部下を簡単に殺しやがった。
「さあ、次はお前の番だ。我が旅団の名を汚した報い、必ず受けて貰う。……まずは名乗って貰おうか」
【北の旅団】の隊長はその憎悪に満ちた狂気の目を俺に向けて来たのだった。
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