第62話 新事業のヒント
俺はキングスレーとマルコを見渡し、礼を伝えると、今日の本題に入るべく2人に告げた。
「チャールズ、先日の話はマルコに伝えてくれたのか?」
「ああ、既に伝えておるよ。まあ予想通りの反応だったがな」
「会頭も人が悪いですよ、業務命令なんて…… 僕の気持ちは分っているでしょうに……」
マルコがじれったそうに言う。
「そうは言ってもな、いろいろと余計な事を言う奴がおるのだ。正式な仕事としてしまえば少なくとも表立っては言っては来んだろう」
これはキングスレーの深謀遠慮であろう。
「じゃあ一応、話の内容を確認しておくぞ。先程の武器防具で捻出した資金などを元に俺が金主となってマルコと事業をやる。利益のいくばくかは、マルコの取り分としてキングスレー商会に還元する。ここまでは良いか?」
「先日、儂と話した通りじゃな」「僕もそう理解しています」
「わかった、じゃあ話を進めさせてもらう」
2人からは同じ認識と言う返事を貰ったので俺は話を続ける。
「今回の話で必要なのは仕事の内容と人手そして資金だ。まあこれはどんな仕事にも当てはまる。すまん、プロであるチャールズやマルコの前で講釈する事じゃあ無いかもしれんが」
「いやあ構わん、進めてくれ」「そうです、話を続けてくださいよ」
キングスレーとマルコは俺に話を進めるように促した。
「分った。まず俺の出す資金は武器を売るのと、クランとして仕事をこなせば捻出ができると思う」
「いざとなれば儂が融資しよう」
「助かる、肝心なのは仕事の内容とそれに伴う枠組だ。俺はひとつ考えて来たのだが聞いてもらえるか? もしキングスレーとマルコにいい考えがあれば先に聞きたいが」
「うむ、実はな。色々考えたが、わしも最終的にまとまらん」
「僕も苦戦中です、何を考えても今、商会にある部門で賄えますので」
「フェス、クラリスはどうだい?」
「ホクト様のお考えをお聞きしたいですわ?」「フェス姉に同感で~す!」
『クサナギは?』
『フェスティラ様、クラリス様と同じです』
「分った、俺のは全然、大した物ではないけど」
唯一アイディアを提案しようとすると俺に4人の視線が集まる。
「俺の考えたのは多目的に対応できる配送事業だ」
「?」「?」「?」「?」
俺の言葉を聞いた4人はきょとんとした顔をしている。
まあこれだけの説明では無理もないだろう。
「ジョーよ、そんな配送なんて物は既にたくさんあるではないか」
「そうですよ、大体、商会の部署で対応できます」
「ホクト様、冒険者ギルドでも山程、出ていますよ、そんな依頼」
「フェス姉の言う通りですよ、ホクト様」
『ホクト様―――私には分りません』
「まあ、まず俺の話を聞いてくれ、それが今までに無かった物なのさ。例えば街と街、国と国の間で物資を運ぶ荷駄だ。チャールズにマルコ、キングスレー商会の荷駄は通常、どう手配しているんだ?」
「それは各事業部の責任者が宰領して護衛を付けて運ぶな」
「会頭の仰る通りです、毎回毎回冒険者ギルドに護衛依頼を発注して……ああっ!」
「マルコは気付いたようだな。その監督の手間をある組織が常に受けるとしたらどうだ? それも危険な道中をその専任の連中に任せられれば」
「面白そうです! それ!」
マルコが意気込んでいる。
「ははは……わしにも見えてきたぞ。でも問題はあるぞ。運ぶ人間が裏切る場合もあろう、金や荷駄に目が眩んでな」
「会頭の言う通りだな、ただひとつ聞いていいか、マルコ?」
「は、はい! ホクト様」
マルコはいきなり矛先が自分に振られたので戸惑ったが、すぐ落ち着きを取り戻す。
「マルコ、ちょっと聞きたいんだが、キングスレー商会も含め、一般的に荷駄の輸送成功率はどれくらいだ?」
「輸送成功率?」
「ああ悪い、言い直そう、、荷駄を運んでちゃんと目的地に着くのは? 例えば荷物の割合に直すとどうなんだ?」
「ええと……大体良くて4割から5割ってとこですね。最初にお会いした時のような状況は日常茶飯事です。魔物はもちろん盗賊や食い詰めた傭兵、そして下手をすればその土地の貴族や騎士が身分を隠して襲ってきますから。魔物に襲われなくても積んでいる荷の何割かは彼等への通行料ですよ」
マルコは暫く考え込んだ末に大体成功率が半分以下という現状を教えてくれた。
「成る程、それは厳しいな。じゃあ運搬人にその分の金銭もしくは荷駄の一部を成功報酬として渡しても商会や商人にとってはそれほど痛くないな。その上、冒険者を雇う際の煩雑な交渉と相手の確認が省かれるんだ」
「ホクト様……面白そうですわ」『ふふふ……ホクト様』
「ええ~っ! フェス姉! 『クサナギさ~ん』教えて教えて!」
「……細かい所はまた決めるが、成果報酬に関しても多く届けたら、届けた分だけ多く払う仕組みにすれば良い。そうすれば、やる気が出るどころか皆、必死になる。命もかかっているしな。信用問題に関しては1つ1つ実績を作っていくしかない。逆に実績を作っていけばこれが強味にもなる」
「先程も言ったが雇う人間は厳選すべきじゃな」
俺の話をじっと聞いていたキングスレーが俺に念を押す。
「チャールズの言う通りだ。人材の見極めはちゃんとしないといけない。依頼主が同行しないでお任せが基本だからな。帰途は帰途で空は勿体無いから、帰途の依頼が無いなら別の依頼を受けても良いしな」
「ホクト様―――往復運べれば無駄が無いですね」
マルコが納得したように言う。
「ああ、その通りさ」
「荷駄以外はどうなんだ?」
キングスレーが興味深げに聞いてくる。
「そうだな……多目的と言うだけあって他の案件も受けるんだ。何でも運ぶのはやり過ぎだが、物を限定して実施できる枠組みを組む。例えば【大飯食らいの英雄亭】と組んでお昼の弁当を作る……とかな。注文もこちらで取って、小口や大口の配達をするんだ」
「ええっ! それ面白いです」
やっと話が見えて来たクラリスが叫ぶ。
「この街には事情があってお昼に職場や家から離れられない人が大勢居るだろう。そういう人の需要があると思うんだ。こっちの従業員は冒険者でなく、街の道の事情に慣れている人間とか荷駄の従事者とは全くタイプが違ってくるだろうがな」
「ジョーよ、お前の話を聞いていると夢が広がるな。運ぶ事に特化した事業か……」
「僕もですよ、会頭」
キングスレーもマルコももう脳内では新たな事業が展開しているような表情だ。
「でもまだアイディア段階だよ。実際に枠組みを作るだけでも大変だ。優秀な運搬人が必要だし金と時間もかかる。冒険者ギルドへの筋も通さないと行かんし」
「いや、儂が生きている内にやってもらわんとな。弁当の方なら、すぐ行けそうじゃあないか」
「いや、会頭! やるのなら荷駄の方を少しでも早く固めたいです」
「そうじゃ、他の会社に取られるのも嫌だな」
「そうですね……まずウチの会社の専任にしないと!」
俺が釘を刺してもキングスレーとマルコの2人は大いに盛り上がっていたのだった。
俺が提案したのは俺の生きていた前世では当たり前の物だ。
……すなわち宅配便である。
それに警備会社と弁当屋を付加したサービスであり、全くの真似。
だが、この世界で誰もやっていなければ、所詮やった者勝ちである。
しかもこの真似はこの世界の事情を考えると大化けする可能性があるのだ。
打合せの時間が終わり、俺達はキングスレー商会を後にする。
キングスレーとマルコが入り口まで見送ってくれる。
俺は2人に礼を言う。
「今日はいろいろありがとう。2人にはまたいろいろ良くしてもらった」
「お前にはいつも元気を貰っておる…今日もそうだ。わしらの出来る限りの事はやらせて貰おう」
「会頭の仰る通りです。僕は今までにやった事の無い商いってのに憧れていますから、今日ホクト様と話をさせていただき有頂天ってとこですよ」
「俺も今までで一番生きているのが楽しいよ。じゃあ俺は屋敷に戻る……またな」
「キングスレー会頭にマルコ様、ありがとうございました」
「チャールズ、マルコ、ありがとう! こっちにも遊びに来てね。あと教えて欲しいんだけど……あの焼き菓子どこで買ったの?」
「クラリス!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達は屋敷に戻った。
午後、俺はスピロフスから使用契約の魔法の教授。
フェスとクラリスは明日の準備に忙しい。
ナタリアとオルヴォはもう打ち解けて夕飯の献立の相談をしている。
皆が明日からの希望に燃えている。
それは確かな絆を感じさせる物だったのだ。




