第61話 商売相談
翌朝、自称料理王のフェスに対抗心満々のクラリス。
クラリスがナタリアにバックアップして貰った素晴らしく凝った朝食を平らげると俺達はキングスレー商会に向かう。
今は午前9時、約束の時間は午前10時なのでまだまだ余裕がある。
ちなみにメンバーは俺、フェス、クサナギ、クラリスである。
いずれはオルヴォも連れて行かねばならないが、いかんせん巷の評判が悪すぎた。
事前に事情を話して根回ししなければなるまい。
根回し―――いかにも元日本人の俺らしい言葉だ。
ちなみに昨夜のオルヴォはスピロフスの予想通り、地下倉庫で恍惚状態に陥っていたのをスピロフスが救出する羽目となっていた。
武器防具の山とそれに対する整備魂の喚起がそう言った事を引き起こしたのだ。
これはドヴェルグ独特の症状らしい……いわゆる武器愛って奴だ。
今朝からオルヴォには自分の仕事場になる鍛冶工房の整備と倉庫の在庫確認をスピロフスと共にやって貰っている。
俺は今日の午後、スピロフスに使用契約の魔法を教えて貰うことにもなっていた。
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季節は春の盛りに、これから差し掛かる頃だろうか……
暖かで柔らかな朝の日差しがふんわりと俺達を包んでいく。
この前のように屋台の脇を通る度にクラリスが目線を送ってくるが、今日の俺は全く無視であった。
恨めしそうなクラリスを尻目に俺はゆっくりと通りを歩く。
「今日もいい天気だな……フェス」
「ええ……とっても」
『そうですね~』
「くすん……お腹空いた」
ゆっくりと歩いたのだが、屋敷を早く出てきたので約束の時間の20分程前にキングスレー商会の正門前に到着する。
正門の前には何とマルコ・フォンティが立っていた。
俺達を見つけると人懐こそうな笑顔で駆け寄ってくる。
聞けば、約束の時間の1時間前の午前9時からここで待っていたと言う。
相変わらず真面目でいい奴だ。
顔に【義】とか【愛】って書いていそうだ。
「これは、これはお久しぶりです。そちらがクラリス様ですな……僕がマルコ・フォンティです。とりあえずご案内します。さあ、こちらへ」
俺達が会頭室付き応接室の前に着くとマルコがドアをノックする。
「入れ」
重々しい声がして俺達は入室を許可される。
キングスレーは入り口側のソファに座っており、俺達を視線の中に認めると、鷹揚に頷いた。
それに目ざとく反応したマルコが俺達に反対側のソファを勧めると自分は部屋の外に出て行った。
「チャールズ、お早う! 今日はよろしく頼む」
「お早うございます。お忙しいのに朝早くからお時間をいただきありがとうございます」
「お早うございま~す!」
俺達が3者3様に挨拶をすると、今まで険しかったキングスレーの顔に笑みが浮かぶ。
「ん――今、お茶を持って来させるからな」
俺達はキングスレーが再度、頷くのを確かめてから、ソファに座った。
まもなくマルコが人数分のお茶と焼き菓子を持って俺達の前に現れる。
いち早く焼き菓子に反応したクラリスが喜色満面の笑みを浮かべながら、必死に目線を送ってきた。
フェスもそれに気付き眉間に皺を寄せたが、俺は苦笑いしつつ黙って頷いた。
マルコは各自にお茶と焼き菓子を配り終えると俺達の右斜め前の椅子に座った。
「では始めるとしようか」
キングスレーの声で話し合いは始まった。
「それでジョーは何か商売のアイディアを考えて来たのかな?」
「その前に屋敷の地下にある武器防具についてなんだが」
「……あれは自由にして良いと伝えた筈じゃ」
「まあな、ただあれで俺が商売をしようとなると話は別だろう。あの屋敷には鍛冶工房もあるし、今ある武器防具を整備するのとちょっとした工夫をして新たな物も製作して売って行きたい」
「ちょっとした工夫だと?」
「そうさ、俺の知り合いにそれを得意にしている魔法使いが居てな。付呪魔法で付加価値を付けるんだ」
「な! 付呪魔法だと!?」「ホクト様! それは本当ですか?」
付呪魔法と聞いて、キングスレーとマルコの反応が変わる。
「まあ……これを見てくれよ」
俺は左腕のミスリルの腕輪に収納していた鎧を取り出す。
「な!」「おおっ!? これは!?」
「鎧が付呪した物だ」
「素晴らしい! ……重い鎧がまるで水鳥の羽のようじゃな」
「装備しても着ている事を全く感じないでしょうね」
鎧の持つ不思議な雰囲気、そして実際に持ってみての余りの軽さにキングスレーとマルコは驚嘆している。
「で……これをどうやって売るんだ。こんな鎧を売り出したら各国から問合せと注文が殺到するぞ」
驚きながらも心配顔で問いかけるキングスレー。
「手は考えてあるよ、まずどんな規格の物でも使用者を決めた特注品として売るんだ。それに相手や国によっては販売しない」
「そうは言っても強引に発注を迫ったり、販売したものが他の人間の手に渡って使われたりするだろうに」
「それも考えてある。まず強引に発注を迫られても俺達はローレンスの人間だ。それを盾にさせてもらうさ」
「ルイ皇帝陛下の威光を使うという事か。確かにあの王に正面切って喧嘩を売る国は少なかろう。しかし他の人間が勝手に使うのは止められないぞ」
キングスレーはまだまだ懐疑的だ。
「それも考えてある。売るのは店に来店した本人のみで、更に使用契約の魔法を掛ける。本人以外の人間が使おうとすれば最悪、武器防具は自壊し使用不可となる」
「な、何だと!?」「そんな魔法があるのですか?」
2人は更に驚いている。
「それがあるのさ。新造や整備をしてくれるドヴェルグも雇ったよ」
「そうか、何から何まで万全だな」
やっといつもの冷静さを取り戻しつつあるキングスレーが呟く。
「何かお手伝いできる事は無いのですか?」
マルコも興味津々といった感じだ。
「2人とも肝心な事を忘れているな?」
俺はキングスレーとマルコを見回しながら伝える。
「何だ? 力になれるなら力になるが」「私も微力ながら……」
「販路さ、俺達は店を持たない事に決めた」
「おお!」「で、もしかして!?」
「そうさ、2人が考えている通りキングスレー商会に委託販売をして貰う」
「おおおおお!」
キングスレーは言葉にならない声をあげている。
「チャールズは一体どうした?」
「ホ、ホクト様、貴方は今、凄い事をおっしゃったのです。こんな素晴らしい商品の契約を当商会に無条件で決めていただけるとは!」
「そうじゃ、ジョー! 普通は複数の商会に打診して1番良い条件の相手にするものじゃ」
興奮気味のキングスレーが捲くし立てるが、俺は首を横に振った。
「何、言っている。あんた達以外の商会なんて考えられんさ」
「おいおい、マルコ聞いたか!?」
「はい~っ! 確かに!」
「じゃあ、愚図愚図しないで契約書じゃ~っ! 持って来い!」
応接室中にキングスレーの声が鳴り響いた瞬間であった。
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「これで良いな」
「ああ……」
細かい文字で書かれた納品契約書を一瞥した俺はキングスレーに同意を求められ、頷いていた。
契約書は簡単に言うと下記の通りである。
販売者=キングスレー商会(代表者:チャールズ・キングスレー)
製作者=ジョー・ホクト
とする契約書
ジョー・ホクトの製作した任意の武器・防具・魔道具はキングスレー商会で委託販売する。
キングスレー商会は商品売却の手数料として売却金額の15%を受け取るものとする。
また代金はキングスレー商会が商品売却後10日以内に製作者に支払うものとする。
キングスレー商会は販売先に関して事前に製作者の了解を得て、販売する。
製作者は商品全てに使用契約の魔法を付呪するものとする。
また製作者も販売先の情報を秘するものとし、違反した場合は製作者との協議の上、賠償金を支払うものとする。
キングスレー商会は製作者の情報を秘し、違反した場合は製作者との協議の上、賠償金を支払うものとする。
ここに無い条項に関しては双方協議の上で善処するものとする。
「とりあえず、今日はこの鎧を置いていく」
「サイズが限られるのが辛いところだな、ジョー」
いかにも残念そうに呟くキングスレー。
「大丈夫だ、適正の魔法が付呪されているから、着用すればどんな奴でもサイズが合うのさ」
「…………」
「ありがとう。後、売り先からガルドルドは売り先から外して欲しいが」
「大丈夫だ、彼の国と我が国は武器の輸出入が禁じられておる」
「だったらOKだ。いろいろ時間と手間を掛けたが、こちらの件はこれで終わりにしよう。では本題に入ろうか」
俺はキングスレーとマルコを見渡し、2人にそう告げたのだった。
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