第5話 旅立ち
フェスの知識から得た事だが、今更ながら俺が今居る世界は厳しい世界らしい。
以前、俺が居た世界とは違う意味で全く非情だと言う。
人種間の争い、人外や魔物・魔獣の跋扈、厳しい自然環境により……
ひとりの人が簡単に命を落とす…。
ひとつの家族が簡単に引き裂かれる……
ひとつの国が理不尽な暴力により蹂躙され、滅ぼされる……
ひとつの種族がこの世界から抹殺され、跡形も無くなる……
この世界自体が崩壊する危機にさらされる……
しかしそんな厳しい世界で人々は懸命に生きている。
人外や魔物でさえそうだ。
限られた時間を燃やし尽くさんとするばかりに……
俺はこの世界に旅立つに当たり、ルイからある覚悟を求められた。
前世での価値観は俺という人間を形成する上で重要な事だ。
北斗丈二としての記憶が朧げながら残っているからな。
……俺なりにちっぽけながら善悪の基準もある。
しかし、俺が一冒険者としてこの世界を旅していくにあたっては、それに囚われすぎてはいけない。
相手にそれを押し付けすぎてはいけない事など。
逆にこの世界に流されすぎてもいけない
……難しいな。
「一応そうは申し上げましたが……まあ、あまり深く考えない事ですかね」
ルイは相変わらず静かな笑みを浮かべている。
「人々は混沌が強まり乱世になれば規律や秩序を求めますが、その逆もまた然りなのです。 この世界の規律や価値観はひとつではありません。 何が正義か何が悪か……時代、種族、国により全然違うのですよ。ホクト様はご無理をせず、ご自分をまず第一にお考えになれば良いのです。以前のお国に、いい言葉があるでしょう……郷に入れば郷に従えとね」
ルイの言葉に対して俺は曖昧に頷いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いよいよルイの屋敷を出て外界へ……
すなわちこの世界に旅立つ日となった。
俺は漆黒の革鎧一式を着込み、クサナギを背負い、フェスと並んでルイの前に立っている。
ちなみにフェスも同じ型のワインレッドカラーの革鎧で一見、べたなおそろい(ペアルック笑)に見えなくもない。
珍しくフェスがちょっとだけでも嬉しそうだったのは内緒。
暫し時間が経っていよいよ出発の時間が来た。
ルイとともにこの屋敷の使用人であるメイド達が五人並び、俺達をお見送りだ。
「また、いずれお会いする事もあるでしょう。 ホクト様は折角、新たな人生を歩まれるのですから……いろいろな人と出会い別れ、見た事のない物を見てこの世界を充分に楽しんでください……良い旅を」
俺とフェスはルイ達に手を振り、屋敷の正門から外に出る。
屋敷を一歩出ればそこは何も無い白い空間が広がっていた。
訓練の時から感じていたが、この屋敷の外はとても異質な世界だ。
こんな容量の亜空間を簡単に造ってしまうルイは、やはり只者ではない。
俺を転生させたあの存在には及ばないとしてもたいへんな上位の存在だろう。
俺はそんな事を考えながらフェスに先導されて歩いて行く。
この空間は外界といくつかの結界門を通じて繋がっており、その結界はルイ自身かルイが許可を与えた者やもしくはルイの力を凌駕し、それを破れる者しか通る事は出来ないらしい。
それにしてもフェスは歩くのが速い、歩くというよりは軽く飛んでいるようだ。
ちょっと速い自転車くらいの速度である。
俺も身体強化と加速の魔法を発動させ楽々と後をついていく。
20分くらい進むと巨大なひとつの門が見えて来た。
門の側に何か居る……
牛ほどもある3つ首の恐ろしい猛犬である……それが2頭。
「ケルベロスですね」
冥界の門番と言われる番犬達か……
ルイが召喚して、この門を守らせているに違いない。
ケルベロスはじっと座り、俺達の方を見もしない。
俺達は問題ないと認識しているのであろう。
ケルベロスの側を通り、門の中に入る。
門の中は真っ暗で吸い込まれるような感覚に陥るが、フェスはどんどん先に進むので俺も無理やりついていく。
5分ほど歩いたところで天と地が逆さまになったような感覚になり、一瞬、眩暈を起こしかける。
立ちくらみがおさまり、気が付くと目の前の景色が変わっていた。
それは鬱蒼とした深い森の中。
ブナに近い広葉樹や見覚えの無い木々が生い茂っている。
聞いたことのない鳥のさえずりや遠くで獣の吼える声がしていた。
「ここはローレンス王国とヴァレンタイン王国の国境近くの森ですね
我々が向かうヴァレンタイン王国の街バートランドはあちらの方角です」
俺はフェスに言われた方角を眺めてからふと後ろを振り向くと……通ってきた門の痕跡は一切無かった。
ルイの強力な魔法結界がその存在を隠しているのだろう。
「さて、ホクト様。 ここで無属性魔法の索敵を使ってみましょう。 この森は当然の如く生命に満ち溢れる場所です。 我々に対して有害な存在と無害な存在が混在しています。それらを明確に捉え把握し、対応します」
いよいよ索敵魔法の実践か。
「まず、いつもの発動と違うのは放出する魔力波を極力抑える事です。 そして自分以外の魔力波を放つ存在を感じてください。 そうそう、いわゆる気配を断つという感覚ですね。 ただ発動直後に襲われる可能性もありますので いつでも敵に対処できる用意はしておいてください」
我にあらゆる物を捉える眼を!
俺は言われた通り、魔力を抑え気配を断つ感覚を持ち、集中して念じる。
すると頭の中に前世でいうレーダーのようなモニターが現れる。
そこにいくつもの光が点滅し、よく見ると青い光と赤い光がある。
「索敵の魔法陣は現れましたか?」
「魔方陣? というかレーダーのようだが……」
「レーダー? ですか……どんなものですか?」
俺が脳裏に現れたモニターのイメージをフェスに話す。
成る程、ホクト様の感覚ではそうなのですね。いわゆるホクト様の世界で言う探知機ですね。 理論は全く違いますが魔法陣の形状は問題ないでしょう」
「理論が違う?」
「ホクト様のおっしゃるレーダーがどういうものか正確にはわかりかねますが、 例えて言えば魔力波を放射して相手を感知し、把握するといったものでしょうか?」
「そうだな……」
「そうなると、相手にこちらの存在をわざわざ知らしめる事となります。 今、使っているのは自分の存在を隠し相手の魔力波を察知する魔法です。 練度が上がればこちらの気配をほぼ完全に遮断し相手の索敵魔法に引っかからないようレジストすることも出来ますよ」
いわゆる魔力探知と同時にこちらを隠密……隠蔽する機能の魔法という事か。
「いかがでしょう……魔力波の反応は? 青い点と赤い点が見ますか?」
俺が頷くとフェスは話を続ける。
「術者によって感覚がありますので 例外はありますが、大体そのような現れ方をしますね。青いものは無害な草食系の小動物など 赤い点は人間に敵意を持つ魔物や魔獣、動物などですね。この色は攻撃的かそうでないかの象徴のようなものです。 練度が上がれば植物はおろか、無機質な物の反応の読み取りも問題ありませんし、究極レベルでは地形も読み取れます」
「え?」
「この世界は生物は勿論ですがそれ以外の物も魔力波を出しているのです。魔力波とは単に魔法を発動したり、身体を動かす時に放出される物だけでは無く、全ての情報を発信する合図のような物なのです」
「…………」
「まあ、いきなりは無理です。 今回の話に戻りましょう。魔法陣をさらによく見ると大きさと形にバラツキがあると思います。基本、大きいほど体格も大きな魔力量を持っていると言えます。 小さな体で巨大な魔力量を持っているものもいますので例外もありますが。 形状はその個体を表します。最初から全ての個体把握は難しいですが、これも何度も繰り返せばだんだんと掴めてきますよ。点滅が激しいのは激しいほど我々に好戦的です」
「成る程……」
「距離も最初はなかなか掴めないでしょうが、これも慣れです……頑張ってください」
「敵も魔力波を断って居る時は?」
「いわゆる隠密魔法ですね。見破るのは術者同士の力量によります。味方同士ではお互いに識別できる魔力波の見せ方をするのはよくやりますね」
改めて知ったが距離の単位も同じメートル法らしい、全く出鱈目だが紛らわしくなくていい。
俺の索敵の魔法によって出現したモニターに反応がある。
たくさんの光が点滅する中でいくつかの青い光が大量の赤くやや大きな点滅する光に囲まれているのが見える。
ここから距離約3kmあまりだ……
「人間ですね。魔物の群れに襲われているようです、どうします? 助けますか?」
同じように自分の索敵魔法の魔方陣を見ていたフェスがこちらを見て、判断を仰いでくる。
「……とにかく行ってみよう」
俺達は加速の魔法を発動させると、急いで現場に向かったのだった。