第58話 サラマンダー
俺はひと癖もふた癖もありそうなドヴェルグの鍛冶職人、オルヴォ・ギルデンと話す事になった。
「まずは挨拶からだ、そっちは名乗ったからな。俺はジョー・ホクト、冒険者だ」
「んじゃ改めて、こっちもだ。俺はオルヴォ・ギルデン、見ての通り黒ドヴェルグよ」
「ドヴェルグでもいろいろ種族が居るのか?」
「てめぇ! 知ってて俺に喧嘩売ってんのか?」
またもいきり立つオルヴォに今度はスピロフスがやんわりと諌める。
「オルヴォよ、ご主人様は本当に何もご存知無いのだよ。ご主人様、ご説明しましょうか?」
「いや……説明は不要だ。理由は何となく分るが、この件では不要だろう。俺はギルデンの考えと実力が分ればそれでいい。ギルデン、俺の聞き方が不味かったようだな。申し訳なかった」
頭を下げた俺を見たオルヴォはびっくりしたようにスピロフスを見る。
「爺さん……こいつは世間知らずと言うか何と言うか、でも面白い小僧だぜ」
「ふふふ……よかった、お前さんも面白いと思ったか?」
スピロフスが、にこやかに語りかける。
「お前もって爺さんもか……それにさっきからおかしいと思っていたんだが」
「何がですか?」
「爺さんのその笑顔と笑い声さ、あんたのそんな話は聞いた事がねぇ」
「人の噂話などあてにならぬ物ですよ。いけません、話の腰を折ってしまいましたな。ご主人様、どうぞ話を続けてください」
確かにスピロフスのさわやかな笑顔って……
「では仕切り直しだな……用件を簡潔に言おう。オルヴォ・ギルデン、あんたに頼みたいのは、この屋敷にある武器防具のメンテナンスだ。つまり、あんたの手が入った武器防具を俺が売るために契約したい。ノーマルな物は俺が付呪魔法を掛けて、付加価値を付けて売る場合もある。契約は月給+出来高制でどうだ」
「ちょっと待て!? ……付呪魔法だぁ?」
「フェスにクラリス……俺がさっき作った鎧と剣をこちらへ」
驚愕の表情で俺を見ていたオルヴォは2人が持ってきた鎧と剣を見て、更に驚いたのだった。
「何じゃあ、こりゃあ!!!」
持ち込まれた鎧と剣を眺めて触り、必死で見極めようとするオルヴォの傍らをフェスとクラリスが悠然と立ち、見下ろしている。
「ば、ば、馬鹿な!……こんな物がそうそこらに……まさか……盗ん」
その瞬間、フェスとクラリスの剣が音も無く抜かれたと同時に刃がオルヴォの喉元に突きつけられる。
2人の目は氷のように冷たい。
「ひっ、なな、何でぇ……俺を口封じに殺そうって言うのか」
「よりによってホクト様を盗賊と疑うとは……許せません」
「フェス姉、本当に馬鹿ですね、この男」
「待て、待て、2人とも。こうなるのもしょうがないさ、改めて説明してやろう」
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「ホクト様の慈悲に感謝するのですね」
「全くです」
フェスとクラリスは怒り心頭だが、スピロフスは相変わらずにこやかな顔だ。
書斎から鍛冶工房に移った俺達は工房の片隅の休憩スペースの椅子に、俺、フェス、クラリスそして向かい側にスピロフスとオルヴォが座っている。
そして脇にはオルヴォの戦斧が立てかけられている。
オルヴォが屋敷に入る時にスピロフスに預けた物だ。
「論より証拠さ……オルヴォ、あんたの戦斧に付呪魔法を掛ける。……それでいいな」
「ああ、さっきは俺も取り乱しちまった。……本当にすまん、俺が悪かった」
流石に落ち着き、謝罪したギルデンだが、俺の付呪魔法には、未だ懐疑的なようだ。
「ギルデン、付呪魔法に関して何か、希望はあるか?」
「ああ、俺達は地の中に住み、土と火の神を信仰する。出来ればそのいずれかの加護が良い」
「残念ながら俺は土属性の魔法は使えない。ただ火属性の魔法は使えるから思う存分……」
「ご主人様、【国宝級】はいけませぬぞ」
俺の言葉に合いの手? を入れるスピロフス。
「スピロフスさんの仰る通りですわ」「同意で~す!」
フェスとクラリスも澄ました顔で頷いている。
「う……わかった」
「?」
全員から詰問されて、項垂れる俺とそれを見て、不思議そうにきょとんとするギルデン。
「よ、よしオルヴォ、もう1回、あんたの戦斧を見せてくれ。これは、あんたが作ったのか?」
「ああ、そうだ。仕事の合間に自分用にと打ったんだ。金に困ってもこれだけは売らないようにしていた」
「ん……じゃあ失礼してと」
俺はギルデンの戦斧を手に取る。
「これは、三日月斧か。……この刃の反りの角度がいいな、そして鋼の質もよさそうだ」
バルディッシュ、刃渡り60~80㎝の弓なりに湾曲した刃先を持つ三日月斧とも呼ばれる戦斧である。
柄の長さに比べて刃が極端に大きいのが特徴で重量を活かして相手を切り倒すことも出来る強力な斧である。
「おっ、こいつの良さが分るのか? そうそう剣や槍もいいが、俺達ドヴェルグにはこういった戦斧や戦鎚がぴったり来るんだよ」
「オルヴォにとって大事な物なんだな。精一杯やらせてもらうよ」
俺は戦斧を抱え上げると、先程、付呪魔法を行った、作業場にある作業台の上にそっと横たえた。
そして、その前に立つと魔力を練り、炎の感覚を魂に浮かべる。
「あ、あ、あ、あいつ、あのとんでもねぇ魔力波は?「しっ!静かに!」……」
俺の放出する巨大な魔力波を初めて感じて、動揺したらしいギルデンをフェスが叱り付ける。
「あの方のお姿をしっかりと見ているのです」
何者かの気配を感じる、それもかなりの数だ……
ざわざわと声がする……賑やかだが、何か温かみのある無数の魔力波が、俺を取り囲んでいる。
そのうちの1つが俺に念話をするように誘って来る。
風の精霊達とはまた違った親密さを感じるものだ。
俺は念話の鍵を開放する。
『…………』『…………』『…………』
俺を取り囲んだ者達は、全く言葉を発さないが、どうやら俺に力を貸してくれるようだ。
そんな意思が俺に伝わってくる。
魔力波が更に高まって行く。
部屋に満ちた膨大な魔力波が限界まで達すると、その瞬間俺と彼等の魂が同調する。
「こ、これは!……な、何と言う! 何と言う事だ!」
流石のスピロフスも思うように言葉が出ないようだ。
「やはり……ね。風の精霊の子達の話を聞いたとき、こうなる予感はしていたわ」
「ホクト様……凄いわ、凄過ぎる!」
フェスが静かに呟き、クラリスは歓喜の声を上げている。
「あわわわわ……」
オルヴォだけが言葉にならない声を洩らしている。
彼、彼女等が見ていたのは魔力波である紅の火球に包まれた俺の姿であった。
火球の中を無数の小さな蜥蜴達が嬉しそうに飛び回っている。
「火蜥蜴……」
スピロフスが呆然と呟いた。
「そう、私のかわいい弟妹達……あんなに嬉しそうに」
「フェス姉……私の弟妹達の時と一緒だわ」
そんな中、俺の唇が自然に動き、言霊が流れ出す。
「この大地に流れる溶岩の子達よ……お前達こそ、この大地の血潮であり、血脈である。地と水と風の精霊の祝福を受け、この大地の礎となったように、この地の精霊の子を我と共に祝福せよ」
俺の発する言霊と共に両手から眩い光が煌き、その魔力波は、オルヴォの戦斧に吸い込まれていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……やっぱり!」
じと目のフェス。
「こうなると思っていました……」
同じく、じと目のクラリス。
「ふふふ……まあ仕方がありませんな」
と鷹揚なスピロフス。
「風の精霊の子達に嫉妬したんでしょうね……あの子達」
フェスが疲れた顔で溜息をついた。
「お、おおお、お前等何で落ち着いて居られるんだ」
オルヴォはまだ動揺している。
「だってねぇ……あんただって先に風の魔法剣を見てたでしょう」
「クラリス……仕方が無いさ。スピロフス、フェス、どんな付呪の効果が望めそうかい」
俺は付呪魔法の効果を聞く。
「私めが語るより、フェスティラ様にお話しいただいた方がよろしゅうございます」
「ありがとうございます、スピロフスさん」
コホンとひとつ咳払いをしてから、おもむろにフェスが説明する。
「まず所持者には火属性魔法や火の息による損傷が半減されます。そして火属性魔法の火球、炎弾、爆炎そして火の壁の発動。さらに、この戦斧が敵を切る瞬間だけ刀身に魔力の炎を纏うことも出来ます。ちなみに魔力自動取り込みの半永久仕様です」
「ふふふ……また国宝級ですな」
「もう! ホクト様……もう少し自重していただかないと」
スピロフスは含み笑いをし、クラリスは悪戯っぽく俺を見詰めている。
「御免……皆」
つい、力の加減を考えずに付呪してしまうな。
……反省しないと。
「こら! クラリス、ホクト様を苛めちゃ駄目ですよ」
「じょ、冗談ですよぉ、フェス姉……精霊に祝福を受けている姿につい感動しちゃって」
フェスに窘められて、クラリスがぺろっと舌を出す。
「クラリス様の仰る通りです、あれは滅多に見られる物じゃあないですからなぁ」
「いいえ、スピロフスさん、ホクト様がいらっしゃれば、しょっちゅう、見れると思いますわ」
スピロフスの感嘆の言葉に対して、俺が今回と同じレベルの付呪を容易に出来ると、笑顔で自信たっぷり言い切るのはフェスである。
「あの~……俺は?」
俺達が談笑する中、オルヴォ・ギルデンだけが取り残されていた。




