第57話 黒ドヴェルグ
俺はスピロフスから付呪魔法を伝授された。
これで、いろいろな楽しみが増えるだろう。
魔法の教授はお昼少し前に終わったので、俺はフェスとクラリスの帰還を待つ。
2人は程なく戻って来た。
昨夜からフェスとクラリスの雰囲気が、また少し変わったような気がするのは気のせいだろうか?
2人は早速、俺に付呪魔法の成果を聞いて来た。
「まあまあ……と言った所かな」
「まあまあ……ですか」「私達が教えた魔法ほど適性が無かったんですかね」
そこへスピロフスが一言。
「フェスティラ様、クラリス様、私めもお2人の仰っていた事がよく理解できましたよ」
「ホクト様、そのスピロフスさんが仰るのを聞くと、そのまあまあのニュアンスがとても怪しい気がするのですけど」
「う~ん、……実は凄いの出来ました! って感じらしいんだけど」
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「こ、これは……!?」
「風の精霊の私でもこんな剣……作れないですよ!」
2人は俺の付呪したミスリル製の風属性の魔法剣を見て驚嘆している。
「何かさ、スピロフスによれば……国宝級らしいんだけど」
「スピロフスさんの仰る通りですわ」
納得するフェス。
「もしかして―――ホクト様、これ風の精霊達の力を借りてません?」
魔法剣を見ていたクラリスが思い出したように切り出す。
「うん、気が付いたら話し掛けられてさ……面白そうだから手伝うって」
「やっぱり! 私が付呪する時とやる気が全然違う! 悔しい!」
じと目で俺を睨むクラリス。
精霊のやる気って言われても……
いや、そんな目で見られてもお兄さんは悪くないと思うよ。
「でもこのような剣は簡単には作れませんね、スピロフスさん」
「仰る通りですな。このような剣が量産され続ければ、このアトランティアル大陸の力の均衡は壊れますからな」
「そうですね、特に帝国は喉から手が出る程、欲しがるでしょうから」
フェスが遠い目で呟く。
帝国……ガルドルド帝国か。
かってカルメンの村を破壊し残虐の限りを尽くした連中……
「ただ武器を扱う限り、人の手を介して帝国にご主人様が付呪した武器が渡るのは否めません。念のためお聞きしますが、それでも武器を売買しますか?」
帝国と聞いて暗い表情を浮かべた俺にスピロフスが念を押す。
この世界はかって俺が生きていた平和な日本では無い。
人と人が争い殺し合うのはもちろん、人が魔物や野生動物の糧ともなる厳しい世界。
自分の身は自分で守るしか術の無い者に武器を持つなと、誰が言えるのであろうか?
「スピロフス……確かにお前の言う通りだ。俺が付呪した武器は帝国の手に渡って人を殺すかもしれない。ただそれ以上に弱い人々を守れるかもしれない可能性がある」
「はい! は~い!」
それまで話を聞いていたクラリスが手を上げて発言のアピールをする。
「だったら防具や魔道具だけにしませんか?」
「何?」
「話の流れから理解したんですけれど、ホクト様は今ある倉庫の物を商材にしたり、新たにドヴェルグを雇ってそのメンテナンスをやるおつもりなんでしょう?」
「おおよそ、そんな感じだ」
「武器は必ず何かを傷つけて破壊しますよ。であれば防具や魔道具だけ、取り扱えばいいんじゃあないですか」
「そうはいかないわ……クラリス」
「何故? フェス姉」
「防具以上に武器の需要は多いのよ。この屋敷に置いてある物もそう、付呪を武器にって声はそのうち必ず出てくるわ」
「そんなの……ホクト様が断固、お断りすれば良い事ですよ」
「断固って……世の中そんなに甘くないわ」
「甘くなくて結構……ホクト様には自分の意思を貫いて欲しいもの」
「待った、待った。 言い争うな。2人の言っている事は両方とももっともだ。じゃあ、こうしよう……俺が決めたら2人とも同意してくれるな」
「はい」「もちのろんです」
「基本的に店をやるのはやめだ、この屋敷の在庫やこれからの冒険で得た戦利品を売却していこう。付呪も極力やらない、知られればエスカレートするからな。どうしても俺が付呪した物を売る時は、効果を必要最低限にして、第三者が使用しようとすると商品が使用不可になるようにする。……これでどうにか、なりそうだが、どうだい?」
「いいですね! 流石、ホクト様です」
はしゃぐクラリス。
「……それはいいお考えですが、マルコさんとのご商売に関しては?」
「それは別案があるんだ、気にしなくて良い」
そんな俺にスピロフスがにやりと笑う。
「1つだけ問題がありますが……」
「どうした、スピロフス?」
「ご主人様はさっき仰っていた使用者を限定する、使用契約の魔法をご存知無いのでは?」
「いいとこ突くねぇ……スピロフス」
「どうなさるおつもりで?」
「当然、その魔法は知っているよな」
「私めは、習得しておりますな」
「なら簡単だ……俺がお前に習えば良い」
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それから1時間後……
「まもなく来る時間ですな」
「例のドヴェルグか?」
「はい、あまり、ご主人様に先入観をお持ち頂きたくないので、詳しい事は申し上げませんが、腕は確かです。……後、言葉遣いが悪いのでご容赦を」
「名前くらいは聞いても良いだろう」
「それもちょっと……」
リ~ン。
門の魔導鈴が押され、この屋敷に来客がある事が告げられる。
「癖があるって言っても、門を壊そうとしないだけ、いいじゃあないか」
俺の一言に思わずスピロフスが苦笑いする。
「では連れて参ります」
「ああ、俺の書斎に通してくれ……そこで会おう」
俺は先に書斎に行き、2人を待つ。
暫くすると書斎の外に2人の気配を感じる。
索敵の魔法を使わなくてもそれだけ感覚が鋭敏になっているのだ。
俺の続き部屋=フェスの部屋でもあるが、そこにはフェスとクラリスが待機している。
「ホクト様……そのドヴェルグが無礼な真似をしたら斬り捨てます」
「右に同じです」
「おいおい、最初から喧嘩腰でどうするんだ?」
俺がなだめても2人の表情は変わらない。
「スピロフスさんがそれだけ腕は確かなドヴェルグって、太鼓判を押すのはそうは居ません」
「もしその人が私達の想像通りの奴だったら……」
「2人とも心当たりがありそうだな」
腕は抜群だが、悪名高きドヴェルグか……ふむ、だからスピロフスは名前を言わなかったんだな。
「まあ、とりあえず会わない事には話にならない。2人には頃合を見て合図するから、それからな」
「ホクト様」「無礼な事されたらぐ~ぱんちでいいですよ」
ぐ~ぱんちって、あのな……
「よ~し入ってくれ」
「失礼致します」
2人が書斎に入って来る。
スピロフスと1人の色黒の男が一緒だ。
「ご主人様、ご紹介します。こちらがドヴェルグの……」
そう言いかけたスピロフスの言葉を遮るように唸るようなしわがれ声が響く。
「オルヴォ・ギルデンだ、何だ思ったより随分若いな、こんなのに仕えてるのか爺さん」
成る程な……こういう奴なわけだ。
「オルヴォ、ホクト様はお若いが、私の主に相応しいどころか、それ以上だと思っておる」
「がはは、耄碌したな、爺さん。あの世から死神が手招きしてるぜ」
「……ドヴェルグのおっさんよ」
「何ぃ」
「いい加減、挨拶くらいはさせてくれよ」
「若造がぁ」
「おいおい……雇ってもらう奴の態度じゃあないぞ」
「雇われるんじゃねぇ……これは契約だ、対等のな。俺は下僕にはならねぇ」
「尚更だ……対等な契約なら俺がどんな奴か分る前に、よくこんなのとか言えるな」
「糞が!」
「成る程……俺も言葉遣いは悪いがお前は俺の上を行っているな。そんな調子じゃあ、俺の身内には会わせられない」
そんな俺の言葉に激高したオルヴォはまたも吠える。
「おい! 爺さん。悪いが俺は、こんな生意気な若造なんぞと仕事したくねぇ! 遊びじゃねぇんだ……気分が悪い、俺は帰るぞ!」
スピロフスは止める事もせず苦笑いだ。
出口である扉の方に向かいかけたオルヴォを俺は背後から呼び止める。
「おい、てめぇはプロか?」
その言葉に反応したオルヴォは憤怒の形相で振り返る。
「何ぃ!?」
「鍛冶のプロかと聞いている」
「馬鹿野郎! ここらに俺以上の腕の奴はそうは居ねぇ……舐めんなよ」
「お前もわざわざここまで足を運んだんだ。だったらお互いと契約内容を知ってから、吠えたらどうだ」
「面白ぇ事言うじゃあねぇか。確かにわざわざ来てやった手間もあるしな、……よし、話だけだぞ」
こうして俺はひと癖もふた癖もありそうなドヴェルグの鍛冶職人、オルヴォ・ギルデンと話す事になったのだった。




