第56話 エンチャント習得
俺はクラリスから風属性の魔法を習得し、グリフォンの王、ラプロスを新たな従士とし、屋敷に戻って来た。
出迎えたスピロフスが俺に伝言があるのを告げる。
そしてスピロフス自身も俺に伝えたい事があるようだ。
事前に念話で連絡をしたら夜中だったが、スピロフスもナタリアも寝ずに俺達を待っていてくれたのだ。
まあこの面子で普通の人間と同様な生活習慣で寝ると言う概念も怪しいと言えば怪しいが。
しかし、通常の執事やメイドと違って、良い意味でカミングアウトしている関係なので、気を遣わなくて楽と言えば、このうえなく楽である。
俺達はナタリアが用意してくれた軽食を食べながら連絡内容を聞く事にした。
「まずはアルデバラン様からご伝言でございます。【悪魔の口】調査の日程が決まったそうでございます。出来ればご主人様達には同行していただきたい旨との事」
「日にちはいつ?」
「明々後日……3日後でございますな。朝8時30分に冒険者ギルドのマスター室にて顔合わせしたいと」
「了解だ、クラリス。 明日にでもOKと伝えて来てくれないか」
「わっかりました~!」
「次はキングスレー様からのご伝言でございます。マルコ・フォンティ様を交えての打合せがしたいとの旨」
「そうか、希望日は?」
「明後日ですな、朝10時からキングスレー商会会頭室にてでと」
「こちらも問題無い、これは明日フェスが…「はい、は~い」どうしたクラリス」
「私はどうせ暇ですし、場所を覚えて人には面通ししておきたいので、フェス姉と一緒に行かせてもらえますか」
「フェスは? クラリスと一緒で構わないか?」
「私は全然、構いませんけど」
「よし、じゃあ2人で行って来てくれ」
「で、ホクト様は明日どうされますか?」
フェスは、俺が明日どうするか気になるようだ。
「スピロフスに付呪魔法とかいろいろ、習おうと思ってな」
「……付呪魔法ですか~! 楽しみですね」
今度はクラリスが俺の顔を面白そうに覗き込む。
それを見たスピロフスが軽く咳払いをした。
最後に彼からの話があるようだ。
「では私めから、よろしいでしょうか」
「ああ、良いよ」
「屋敷の鍛冶工房で働いて貰うドヴェルグですが、やっと本人と連絡が取れました」
「で?」
「ご主人様とお会いしてから働くかどうか、決めるそうです」
ふ~ん、俺が主人として仕えるに相応しいか見極めるか、成る程。
ここに居る従士というか仲間としてでは無く、ドヴェルグに関しては単に従業員と言う感覚なんだが、まあ、お互い様ではある。
「誇り高いというか、まあ俺も相手を見て決めるわけだしな」
「ドヴェルグは皆そういう所がありますな」
スピロフスも俺と同じ認識のようだ。
「で、いつ俺に会いに来る?」
「実は今、この街におりまして、ご主人様さえよろしければ明日にでも」
「いいよ……時間は?」
「フェスティラ様とクラリス様がお帰りになってからが、よろしゅうございましょうから、午後……そうですね3時くらいにしましょうか」
「分った」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スピロフスからの話が終わると、いよいよクラリスに対しての真名の命名である。
「で……クラリス、クラリスの部屋でいいかい?」
「2人きりって、怖~い気もしますが」
「はあ?」
「ホクト様って、ノリが悪いですねぇ。ここは私を一匹の牡として荒らしい野獣のように押し倒すぞ! って言うのがお約束だと思いますが、だってこんなに男心をそそる私ですから」
「…………」
「お互いの吐息が感じられる近さで見つめ合う2人。やがて彼の手が彼女の肩にかかり…」
「…………」
「2人の影が重なり、後は荒い息遣いしか聞こえない……そして2人は結ばれたのであった」
「何1人の世界に入っている? ……某恋愛シリーズ小説の読み過ぎにしか聞こえんが」
「え~、私だって恋する可愛い乙女ですからね~」
「誰が恋する可愛い乙女だ、まあ可愛いのは認めるけどな」
「ほ、本当ですか!? じゃあ私の全てを奉げても良いですか?」
「クラリス! ……恋するって誰に? 正直に言ってごらん?」
最後にこわばった笑みを浮かべながらクラリスに突っ込んだのはフェスであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その30分後、俺とクラリスは屋敷のクラリスにあてがった2階の部屋に居た。
本当は訓練の後に彼女の真名を命名する約束をしていたのだが、訓練の終了が思ったより、遅かったので屋敷で行うと言う話になったのだ。
真名の命名とあって流石にクラリスも真剣だった。
事が事だけにルイやフェス同様、全て念話である。
『それでホクト様、私の真名は?』
『もう考えてあるよ、お前の真名は嵐だ』
『嵐……ですか?』
『俺の前世で暮らしていた世界には春一番と言う季節の初めに吹く南風があるんだ。お前は春に吹き荒れる嵐のような奔放さと情熱を持った女の子だ。お前に会った時からこの真名は考えていたんだよ』
『嵐……』
『お前が風の精霊と聞いてますますそうしようと決めていたのさ。そして春の嵐が吹きすさいだ後の暖かさもお前は併せ持っている』
『…………』
『お前はクラン黄金の旅には、いや、俺には無くてはならない存在さ。これからもよろしく頼むぞ』
『…………』
『どうした?』
『……ずるいですよぉ。どうしてホクト様は人の弱味に付け込むのが巧いんですか? 私……今までそんな事言われた事、一度だって無いのに』
『俺は自分の気持ちを正直に言ったまでだ。これは嘘、偽り無い事さ』
『…………』
『どうした? 真名が気に入らないのか?』
『そんな事無いです。クラリス・シルフィールと言う名前より好きになりそうですよ。ありがとうございます! そして…』
『?』
『私ね、フェス姉の気持ちが少しわかったような気がするんです』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その30分後、クラリスはフェスの部屋を訪ねていた。
「フェス姉、いい?」
「ええ……クラリス、いいわよ」
「えへへ……失礼します」
「その感じだと、いい真名を付けていただいたようね」
「ばっちりです!」
「これで正式にホクト様の従士という事になったわ。真名は私達の魂を使った契約書のような物だから」
「…………」
「どうしたの?」
「人に必要とされるって良いですね」
「どうしたの? いきなり」
「ううん……何でもないです……私、頑張りますから」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、朝食後にフェスとクラリスはキングスレー商会に向かい、俺は鍛冶工房でスピロフスと向き合っていた。
足元には付呪されていない、夥しい量のノーマルな剣と鎧が山積みされている。
そして、あのカルメンの使っているハルバードが1振り。
「私めに付呪魔法を習いたいと言うのは、これからやる【商売】の資金集めの為ですな」
「もしくはそれが当座のその【商売】になるかもしれないしな」
そう……この世界で付呪された武器防具はたまに見かけるが、大抵は迷宮や遺跡からの発見品なのだそうだ。
ちなみに鍛冶屋だけで言えばドヴェルグは圧倒的に多いが、彼等に付呪魔法を使える者自体が皆無と言っていい程少ないらしい。
これが鍛冶屋で本格的な付呪が品が出ない主な理由なのだ。
ちなみに付呪が、出来る魔法使いは各国で引っ張りだこだそうである。
「さて、教え方ですが、フェスティラ様からは聞いております。私めの場合も同じやり方で構いませんか?」
「ああ―――頼むよ」
同じやり方とはまずスピロフスに付呪魔法を発動してもらい、その魔力波を再現しながら覚えるいつものやり方である。
「では手始めに、この鎧に軽量化の付呪を付けましょう。……行きますぞ」
「おう」
スピロフスが鎧に手をかざしながら口元で何かを呟く。
今までに見た事のない魔力波が放出され、鎧を覆って浸透して行くのがわかる。
やがて魔力波は完全に鎧に吸い込まれ、付呪魔法は終了した。
「成る程な、普段使っている魔法とは違う、ちょっと異質な物を感じるな」
「ほう、魔力波を少しだけ見ただけで、それがお分かりになりますか」
スピロフスが感心したように呟く。
「うん、今までの魔法習得の経験があるからな、一応は」
「ほう、大したものですな。では、早速、実践ですが、大丈夫そうですか?」
「何とかな」
「ほほほ、結構。では私めと全く同じ事をしていただきましょう。この鎧に軽量化の付呪魔法を掛けてください」
俺は魔力を練り、スピロフスが先程放出した魔力波に近い物をイメージし、それを言霊として変換して詠唱して行く。
「人と共にある重き鋼の城よ、その足枷を外し、自由に走り、舞い上がる機会をそなたは得よう。さあ我が手に身体を委ね、飛ぶ鳥が如く変われ」
「おおおおおっ!」
スピロフスの感嘆する声が聞こえる。
俺の手から放出された魔力波は完全に鎧に浸透し、着ると鈍重な鋼の塊が羽毛のような軽量の鎧に一変していた。
「成る程―――成る程―――成る程」
「いつまでも驚いていないでくれよ、次に進みたいんだがね」
「ふふふ、ご容赦くださいませ。何と素晴らしい言霊のセンスと付呪魔法の発動でしょう。百聞は一見に如かず、ルイ様達からお聞きしておりましたが……聞くのと見るのとでは大違いとは、このような事でございましょう」
「これって凄い事なの?」
「そんな事をあまり仰らないほうがよろしゅうございます。私めを含めて、世の魔法使いや魔術師共の嫉妬を買うのは間違いございません故」
俺が何気に聞いた事がスピロフスの心の琴線に触れたようだ。
彼の目が怒りによるものなのか、異様に細くなる。
「では次は剣に付呪してみましょう」
「いつでもいいよ」
「ふむ、但し、ご主人様は水属性と土属性の魔法はご存じない。これは後のお楽しみと言う所でしょうな」
「スピロフスは、両方習得しているんだろ?」
「確かに私めは、両方使えますが、……それはおやめになった方がよろしいかと。ご主人様にその2つの魔法を教える者は他に居ると聞き及んでおります」
「ふ~ん、そうか……」
「はい、今までにご主人様に魔法を教授して来た者とは、確かな絆が結ばれていると思います。単に魔法の習得繋がりだけでは貴方様の為にならず―――これは、ルイ様の深謀遠慮でございましょう」
「…………」
「沈黙は肯定の意思と受け取ってよろしいですね」
確かにルイの言う事には一理ある。
ルイにフェスにクラリス、そしてこのスピロフスと、その場限りの繋がりではない俺との深い関係が感じられるからだ。
あの、リッチーのダミアン・リーだって何か意味がありそうである。
「では先程のやり方でようございますね」
「了解!」
「ホクト様がお使いになる風属性の魔法を付呪します。……そうですな、小手調べに風刃と行きましょうか? 剣はミスリル製の物に致しましょう」
スピロフスは一振りのミスリルの小剣を俺に見せる。
「まず、私めが手本をお見せしましょう。ミスリルは一番、魔力波の伝導性がよろしいのでこれに致します。まあホクト様であれば鋼の剣でも問題無いとは思いますが」
スピロフスは先程の鎧と同様のやり方で、ミスリルの小剣に付呪をして行く。
気のせいか、先程より魔力波の質が数倍上がっているように見える。
もしかして俺に対抗意識を燃やしているのか?
「ふう、無事に……付呪出来たようですな」
スピロフスは俺に付呪されたミスリルの小剣を渡して来た。
俺が剣の柄を握ると剣には強い魔力が込められている。
「紛い物は魔力が尽きて直ぐに効果が無くなります。先程の鎧もそうですが、この剣は気の中の魔力を取り込んで、半永久的に発動する優れものですよ」
「さっきより数倍強い、魔力波を感じたが……」
「はは、年甲斐もなく、熱くなってしまいましてな、分りますか?」
分るよ……
「ではホクト様、改めて私めと同じ手順でお願い致します」
「了解だ」
俺はまたスピロフスが先程放出した魔力波に近い物を練りつつ、言霊をイメージする。
とその時!
『私達の加護が欲しいの?』『面白そうだね』『力を貸してあげる』『任せて!』
急に魂に飛び込んできた温かい魔力波……これは風の精霊の子供達の声だ。
俺は彼らに頷いてみせるとゆっくりと言霊を発する。
「大地の息吹達よ! ……我に力を貸したまえ。大空を舞うそなた達と同様の力をこの剣に与えよ。さすればこの剣を愛し纏う者がそなた達を信じ、敬い、愛する事であろう」
俺の周りを舞う風の精霊達の数が濃密になり、彼等の俺への祝福の声とも言える魔力波が高まっていく。
それが頂点にまで達した瞬間、俺の全身は精霊達の眩い霊光に包まれ、その霊風に当てられたスピロフスが思わず、よろめく。
先程のスピロフスの付呪の時とは、桁違いの精霊の力が加味された魔力波が放出されたのであった。
「先程の剣の付呪は少々自信があったのですが……これは完敗ですな」
完敗って……やっぱり張り合っていたのかよ。
「気の中の風の精霊達まで使いこなす、いや愛されているとは! ふふふ、本当に我が主人に相応しい」
スピロフスは1人、感動しているようだ。
確かに手にしたミスリル剣は魔剣を超越した、圧倒的な霊感を感じる神剣に近い業物に変貌していた。
「スピロフス…これって売ったらどれくらいになるのかな?」
「売る!? 売るですと! この剣を!? これは下世話な! いや失礼。そうですな、ご商売にするのですからな。まあ売りましたら、最低でもこの世界の神金貨1枚は下りますまい」
「(1億!?)げっ…そんなに?」
「この剣の所持者は風刃に始まり、竜巻魔法まで、ひと通り風属性の魔法を使う事が出来ますぞ。それも使用者の魔力消費を一切無しで! また飛翔魔法までは使えませんが、風の精霊の加護でその身が一段と軽くなり、10mくらい飛び上がるのは問題ありません。その上、半永久的に使用可能ですから」
スピロフスは興奮したように、この剣の仕様を一気に喋ったのだった。
「それって……」
「まあ普通に国宝級と言う事ですな」
スピロフスは呆れたような嬉しいような複雑な表情をしている。
その後、俺はスピロフスに一度に複数の付呪をかけるやり方も教授され、問題無く、それをこなしたのだった。




