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第54話 風の加護

「そこまで!」

 俺の声と共に2人の試合は終わった。


「悔しい~!」


「ふふ……でも今回は私の負けね」


「ええっ!?」


 あっさりと負けを認めるフェスに首を傾げるクラリス。


「最後に使った瞬間移動テレポートは所詮、禁じ手ですものね」


「そうだな、内容はクラリスが押し気味だったし、良い試合だったぞ」


「う~ん……褒められてもいまいち嬉しくないです」


 俺とフェスがフォローしてもいまいち納得が行かないクラリスである。


 じゃあ―――と俺はひとつ提案してみる。


「じゃあ、クラリス。今度は俺とやってみようか?」


「ええっ! ……良いんですか?」


 俺の意外な申し出に驚くクラリスである。


 順番としてはフェスの次に自分の番が回ってくると思っていたのだろう。


「その代わり、容赦しないぞ」


「望むところです」


クラリスとの模擬試合が決まった所で俺はクサナギに声を掛ける。


『クサナギ!』


『やっと呼んでいただけましたね、……長かった~』


『はは、身内だが油断は禁物だ……それに峰打ちだからな』


『わかっていますよ』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺とクラリスが空中で対峙している。


「ホクト様と手合わせするのは初めてですね」


「よろしくな」


 今度はフェスが開始の合図をするのと審判役である。


「両者とも準備はよろしいですか? ……開始スタート!」

 

 クラリスは、いきなり圧倒的な量の魔力オドを練って行く。

 

 フェスの時には無かった事だ。

 

 最初から全力で来る気だ、 それも一気に自分の得意な魔法で!

 

 俺も同じように神速で魔力を練り、身体強化、加速の魔法を発動させる。

 

 その時である!


 俺に話し掛けて来る気配があった。


 何と俺とクラリスの周りにいる風の精霊の子達のようだ。


 当然、邪悪な気配は感じないので俺は念話の為のこころの鍵を開ける。


『ふふふ、兄様、大丈夫さ。クラリス姉様の事は皆、分るから』


『そうだよぉ、兄様。私達の加護をあげるよ』


 風の精霊の子達の声がまた俺に囁く。


「はっ」


 クラリスは裂帛の気合とともに無詠唱で風弾ウインドブレットを10連弾で放って来た。


 が、俺には術者の魔力波オーラが先読み出来る為、軌道を見極めるのは容易い。


 かって、アルデバランやメフィストフェレスに使った魔眼の技だ。


 更に風の精霊の子達の加護で通常より魔眼の精度が上がっている。

 

 あっさりと全てかわすと同時に今度は風刃ウインドカッター10発、 そして竜巻魔法トルネードが止めに来た……

 

 これも予想通りだ。

 

 風刃ウインドカッター10発は、より強いウインドウォールの壁で相殺したが、 やはり先程のフェスと同様、竜巻に巻き込まれて上空に舞い上げられる。


『大丈夫! 風は敵ではないわ、兄様。この風に身を任せて! しっかり、私達が守るから』


 竜巻に巻き上げられていく俺にまたもや精霊の子達の声が囁く。


 風属性広域魔法である竜巻魔法トルネードは掛けられた者を巻き込んで、上下感覚を狂わせると同時に風刃の鋭利な刃で切り裂く強力な術だ。

 

 俺に向かって放たれたのは魔力波オーラの練度から言って、先程のフェスに対しての魔法トルネードより数倍の威力である。


 ただ俺の身体強化の魔法、そして精霊達が俺の身体の表面を障壁として、覆っている為、全くダメージを感じない。


 そして、その隙を狙って俺に近づく気配がある。


 来るな、クラリス!


 俺の方へ素晴らしい速度で迫ってくる1人の魔力波オーラの反応。

 

 スクラマサクスを振りかざし、錐揉み状態の俺を倒そうとするクラリス。


 しかし、俺の右手が一閃し、クサナギが鞘から抜かれると俺とクサナギの圧倒的な魔力に覆われた刃が難なくクラリスの攻撃の軌道を見極め、弾く。


 しかしその瞬間、「よしっ!」と叫ぶクラリス!


 至近距離に入った彼女から笑みがこぼれると同時に、剣を持たない片手より強力な魔力波オーラが炸裂するように発動する。


風の矢ウインドアロー!」

 

 これは避けられないタイミングである。


 そして俺はクラリスの魔法が発動される一瞬の間に身体強化魔法の段階を一気に跳ね上げた。


 いわゆる某有名GAMEの鉄の塊になるような魔法ものである。


 そして、至近距離からの複数の風の矢ウインドアローを全て弾いたのだ。


 流石にそれが最後の手だったのか、呆然とするクラリスの腹部にまたもやクサナギが一閃され、カウンターの峰打ちで気を失った彼女の身体は地上へと落下して行く。


 俺はすかさず加速してクラリスを抱えると地上に降り立ち、ゆっくりと彼女の身体を横たえる。

 

 そして峰打ちした箇所に手をかざし、魔力波を放出し、回復魔法を掛けてやる。


「ホクト様。だいぶ……羨ましいです」

 と呟くフェス。

 

 俺はその言葉を聞くと、つかつかとフェスに近づく。


「?」


 何をする気だろうと首を傾げるフェス。


 俺はタイミングを計って、いきなりフェスの身体を抱き上げた。


 いわゆるお姫様抱っこである。


「!!!!!」

 

 突然の事にフェスは驚き、言葉が出ない。


 俺も黙ってフェスの顔を見つめている。


 やがてフェスの顔に満面の笑みがこぼれると、それにつられて俺も笑った。


「何……してるんですか?」

 

 笑い合っていた俺とフェスはそんなクラリスの冷めた声で我に返る。


 俺はフェスをそっと立たせるとクラリスの所に向かう。


「大丈夫か?」


「……かないませんね、私」


「何?」


「全て……敵いません」


 そういうクラリスの目には涙が光っていた。


 俺は黙ってまたもやクラリスを抱え上げる。


「!!!」

 

 一瞬、驚きの表情を見せたクラリスが今度はこちらをにらんでくる。


「ホクト様って、節操もなく、どんな女の子にも……こうしてるんですか?」


 俺はそれに答えず、また先程の言葉を返す。


「大丈夫か? ……痛いのならもっと回復魔法を掛けるぞ」


「クラリス……その人はどんな女の子にもそうなのよ」


「フェス姉……」


「優し過ぎるの……多分ね」


「貴女は気を失っていたから知らないでしょうけど、そうやって地上に運んでいただいたのよ。それを見た私がちょっと……ねただけ」


「フェス……姉」


 フェスの方を見ていたクラリスは俺の方に目を向け、そしてしっかり抱きかかえられているのを知り赤面する。


「もう、大丈夫です」


「もう少しだ……な」


「え?」


「もう少し、こうしていようか」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「よ~くわかりました」

 

クラリスが納得したように頷いている。


「何が?」


「ホクト様が魔人じんがいだって事が」


「……それは以前からのネタだろ」


「い~え」


「?」


「強さだけでなく、女の子に対しても魔人じんがいって事ですよ」


「確かに!」

 強く頷くフェス。


『確かに!』

 強く共鳴するクサナギ。

 

 お~い……何なんだ、それ。


「以前、カルメンもお姫様抱っこしていましたね」


「カルメンって?」

 

 クラン鋼鉄の聖女アイアンメイデンを知らないクラリスがフェスに尋ねた。


「以前、組んだ女性ばかりのクランのリーダーですよ」


「おいおい、フェス。あれは不可抗力だぞ。ちゃんと経緯を説明してくれよ」


 そんな俺の言葉を無視してフェスの告発は止まらない。


「そのクランの中の司祭見習いの子も口説いていたような……」


「なっ!」


「さらに冒険者ギルドマスターの秘書の子とか」


 ひでーや、まるで、これじゃあ俺はドン・ファンだ。


 そんな俺に対してクラリスの詩的表現? が炸裂した。


「ホクト様が数限りなく口説くのって、子孫を多く残そうとする男の本能、いや、けだもの? いや鬼畜きちく以下ですね」


『そうそう、気を抜いたら犯されますよ』


「私はホクト様が満足なさるなら別に構いませんけど」

 

 ……気のせいか、特に過激な発言が入っていますけど。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺への糾弾がやっと落ち着いた所で今日、最後の目的の為の作業に入る。


「最後にホクト様の使役魔の補充ですが、何か良い候補はいますか」


「いい使役魔ねぇ、……使役魔? ……使役魔」


 何故か、俺は一瞬、気が遠くなる。


「ホクト様?」「どうしました」


「……黄金と矜恃(きょうじ)……」

 

 俺の中にすらすらと言霊が浮かんで来る。


 あの夢の中で意識に刷り込まれた言霊だ。


「フェス……」


「はい」


「俺……思い出したんだ」


「何を……ですか?」


「ラプロスって知っているか?」


 俺は夢の中で彼に会った事を伝える。


「確か、いにしえのグリフォンの王の中の王ですわ。いわば史上最強のグリフォンです。その力は神にも匹敵したと言われる程。確か2つ名は、黄金の矜恃王……」


「それだ!」


「?」


「今から召喚を行うけど、亜空間に行こうか、ここだと影響が強過ぎるかも」


「それって? まさか……」


「……多分、フェスが今、思っている通りの事だよ」

 

 俺達は俺の作った強固な亜空間に転移した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「今から召喚魔法を発動する。冥界とはまた違う異界と繋がるから注意してくれ」

 

 いつもは魔法障壁で全てを覆う亜空間だが、一方を開放し異界と繋げるようにしてある。

 

 俺は言霊を発する……俺にはわかる。


 ケルベロスの時とは比較にならないレベルの魔力波オーラが必要だ。


「黄金を守る宿命さだめの誇り高き戦士達よ。かって弱きものを守るべく矜恃の名の元に生きた戦士達よ。我は宣言する! 同じ志のもとに生き、固い絆のもとに死すと! 王の中の王よ……たゆたう魂が眠りし異界より目覚め……その姿を現せ!」

 

 俺の全身から練られた魔力波オーラが発生され、魔法陣が形成されていく。


 俺は発生した魔法陣にどんどん魔力波オーラを注ぎ込む。


 その力で異界への道が作られていくのを実感する。


 ただ冥界と結んだ時のような禍々しい瘴気ミアスマは全く感じない。


 逆に清廉な気配が俺の中に流れ込んで来る。


 やがて異界との道が完全につながるのと同時に閃光が走り、共に起こった光の粒子が一体の魔物の身体を形成していく。


『やあ、やっと呼んでくれたね』


 【悪魔の口】で囚われの身となっていたルキアノスや家族より3回りほども大きい、 はっきりと人語を発する黄金の羽を持つグリフォン……


 それがいにしえのグリフォン、王の中の王、ラプロスであった。

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