第52話 グリフォンの王
その夜……俺は夢を見た。
いつぞやの【真夏の夜の夢】のようなある力に干渉されたような、現実感のある夢であった。
かって幼いカルメンの悲劇に立ち会った時のようなリアルな情景。
俺は何もない荒野を彷徨っていた。
地を踏みしめる触感もあるし、頬を抓ったら痛みも感じる不思議な異界である。
周りにはフェスもクラリスもそしてクサナギさえ居ない全くの1人。
夢でもいろいろあるだろうが、大きく分けると2つになると俺は思う。
すなわちこれは夢だと自覚できている夢と全く自覚できていない夢である。
今回は前者である。
この場所自体が荒野というイメージでありながら、全く現実感の無い場所である認識。
俺自身が精神体のような存在ながらも、触感がある奇妙な状態。
それでいて、はっきりとこれは夢だとの感覚がある。
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる、聞こえるような気がする。
感謝の気持ちが篭もりながらも、それでいて気高い声である。
俺は何とか声のする方角へ行ってみるが……誰も居ない。
ただ圧倒的な魔力波の存在を感じるだけだ。
俺の魔法波を探知する能力は、これは夢も現実も関係ないようだ。
一体、さっきのは誰だろう?
そして!
それは全くいきなりの事だった。
今まで何も無かった俺の背後にその圧倒的な魔法波を突然、感じたのだ。
振り向くと金髪碧眼の鋭い目付きをした1人の青年が立っている。
「失礼、本当はこんな回りくどい事はしたくないのだが」
「誰だ?」
「私の名はラプロス、今は話す為に人の姿をしているが、君に助けられたグリフォン一族の古の王だ」
「グリフォン? ああルキアノスとその家族の同族の者か?」
「覚えてくれていて光栄だ、ええとホクトでいいんだな」
「ああ、ジョー・ホクトだ。ジョーと呼んで良い、よろしくな」
「分った、ジョー。礼と一緒にゆっくりと話がしたかったので私が君を魔法で呼んだ。ここは現実と夢の狭間、安住を約束された今は亡き我が一族の魂達が蕩う世界。私はその魂の中のひとつなのさ」
「という事は古の王というが、もう精神体の存在なんだな」
「そういう事になる」
「状況は何となくわかってきたが、用は礼を言うだけじゃ無いって言ったな。そろそろ本題に入ってくれないか」
「ふふふ、物怖じしないね、君は。それに勘も良い。 ……分った、じゃあ本題に入ろうか」
本題ねぇ、こいつは何を言い出すのだろう。
「話は簡単、私をここから連れ出して旅の仲間に加えて欲しいのさ。理由は3つある。まず君に救われた仲間の恩返しに尽きる、これには本当に感謝している。何せ下手をすれば悪魔と不死者の奴隷に堕ち掛けたのを救ってくれたからな……本当にありがとう。そして次には君に対する興味かな」
「興味?」
「相手が相手だ、あの不死者のワイトはともかく、裏で糸を引いていたのがあの悪魔だからな。それを簡単に子供扱いする君の力にだ」
「待て、あんたが知りえない所で戦った筈なのに何故、知っている」
「噂話さ、そういう話はすぐ巷の噂となる。そして君にあの魔法王ルイが臣従しているとなれば尚更だな」
「魔法王?」
「おやおや―――知らないのかい? 彼の姓である【サロモン】は、魔法王の称号なのさ。初代のソロモン王から来ている名だが、歴代のサロモンは72柱の悪魔を使役するとも言われているんだ」
こっちにもソロモン王って居たのか?
魔法王って? あの真鍮の指輪でも持っているのか?
「彼自身、謎が多い人物だ。、まあ私もこれ以上、不用意に迂闊な事を喋ると呪いをかけられてしまう。だから、下手な事は喋れんがね」
ルイって、凄かったんだな。
「話を戻そうか、これはぶっちゃけ私の本音だが、聞いて欲しい。3つ目は単に私がこの安穏な世界に居る事に飽きたからさ。笑われそうだが、君が私に勝てば当然、私は君の使役魔となり、君の魔法で縛られる事で、一瞬だが仮初の身体で活動できる。強敵と戦う事が出来て、これからどんな事が待っているかわからない旅なんて最高だと思わないか?」
いわゆる押し掛け助っ人か、……お前は前田慶次かよ!
「君は近々、使役魔を増やす試みをする筈だ。その時に私を呼び出して相手をしてくれる事を祈っているよ。言霊のキーはこうだ……ではまた」
その途端、夢の場面が徐々に暗転し、俺の魂の一部に刷り込まれたその言霊以外には殆ど記憶から強制消去されていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その翌朝……
俺達はかってケルベロスを呼び出した草原にいる。
場所はバートランドから少し離れたところにある人気の無い場所だ。
ここは草原と言っても適度に大きな木と岩が混在し、これからやろうとする事の場所には最適である。
俺達が何をしに来たか?
クランとしてはクラリスが加入した中で3人の戦いの連携強化。
そして個人的には俺の風属性魔法の習得と使役魔の追加が主な目的である。
人気は無いが、万が一の事もある。
当然、周りには障壁魔法が かかっているので俺達の姿は認識出来ない。
ただ魔力波はどうしても出てしまうので、一応、余計な輩が近づくかどうか索敵は掛けてある
この訓練は空間魔法で造り出した亜空間でも出来る事は出来る。
しかし、ここまでしてセッティングするのは何故かと言うと、あの白い空間では味気ないし、実戦をするのと近い環境で行いたいと珍しく全員の意見が一致した結果なのだ。
「最初はホクト様が風属性の魔法を習得をされるのがいいと思います。多分、どれもこれもすぐに覚えてしまわれるでしょうから……」
「ちょっと、ちょっとフェス姉! そこらの魔法使いと違って、私レベルの風属性の魔法はそうは簡単には行きませんよ」
「クラリス、私もホクト様に教える前まではそう思っていたわ。でも私の火属性どころかルイ様やあのダミアン・リー殿から雷属性、光属性、そして闇属性まで全て1回の教授であっさりと習得、実施されてしまわれたの」
「ええっ!!!」
「それどころか、今や火属性の魔法の威力は私よりも上、それでいてホクト様が一番得意とされているのは多分、無属性の魔法よ」
「……それって……フェス姉きついわね」
「ええ……自信を失くしかけたわ」
遠い目をするフェス……
あの魔法習得の最初の日にそんなにショックを受けていたのか
「聞いといてよかったわ……私、ルイ様から【プラナリアの様な肉体】を持った
頑丈で生命力の強過ぎる魔法剣士としか、お聞きしていないから」
おいおい、俺はどういう存在なんだよ、……こら、ルイめ!
……まあ、実際は本当だけどさ。
「ルイ様の表現はともかく……時間も限られているしね。早速お願いするわ、クラリス」
「了解! フェス姉。じゃあホクト様、私が風属性魔法の講師クラリスです」
「講師? 何か、嬉しそうだな」
「気のせいです、では早速ですが、基本の風刃から行きましょうか」
「しっかり教えてくれよ、クラリス」
「教えてくれクラリスって? 違いますよ、教えてください、クラリス先生―――でしょう、ホクト君!」
「は? まあいいか……じゃあ、教えてください、クラリス先生」
「はい! 何かしら? ホクト君」
「まず先生がお手本を示してください、俺―――いや僕が真似してやってみます」
「そんな教え方は邪道です ……え?」
見るとフェスが首を横に振っている。
俺の言う通りにしろとクラリスに合図を送っているのだ。
「仕方がないですね、学年主任がああ仰っていますので」
クラリスは、さっきから相変わらずノリがいいな。
「クラリス、いや先生か、もうひとつお願いが、出来れば、無詠唱で発動してください」
「はあ!? ……それは幾ら何でも!」
またもや学年主任=フェスが首を横に大きく振っている。
それを見たクラリスはひとつ大きく溜息を吐く。
「この前、大公殿下の浄化魔法をそうしていましたけど。私の風の魔法もそれで習得しようと?」
「悪いな……」
「……仕方無いですね、では行きますよ、目標はあの大きな木です。―――風刃!」
一瞬の僅かな溜めと共にクラリスの小さな手から魔力波が放出される。
それは鋭い音と共に木をずたずたにして崩れ落ちさせた。
無詠唱で魔法発動までの溜めも僅かであるのに結構な威力である……
これでも所詮、クラリスにとっては小手調べであろう。
俺は初めて発動する魔法は言霊を唱える事にしているが、今回もそうしようと思う。
俺はクラリスの方を向き、その旨を伝える。
「この前の大公の浄化魔法を覚えた時と同様に感覚を具体化し易くする為に最初は言霊を唱えさせて貰うよ。試験の時でも紙に書くほうが覚えやすいのと一緒かな」
よし、行くぞ!
「この大地の息吹であろう風よ、お前達が唄い、踊り、その身を刃と化す為に祝福の言葉を贈る。我が為に敵を切り裂き、滅せよ! 風刃!」
俺が魔力を神速で練り上げ、先程のクラリスの魔力波をほぼ再現した同等のものを拳に込め、短くも裂帛の気合と共に一斉に放つ。
「なっ!」
クラリスが息を呑むのが伝わってくる。
あくまで初歩の魔法である風刃だが、俺が簡単にそして完璧に発動したばかりか、魔力波の威力が桁違いなので無理も無い。
あんぐりと口を開けたままのクラリスだったが、気を取り直して次々と新たな魔法を発動してくれた。
その魔力波を自分の感覚でほぼ忠実に再現した俺は、風弾、風の矢、そして竜巻魔法と次々に覚えていく。
今まで繰り返されたのと同じ光景である。
さらに支援魔法となる追風や防護魔法である風の壁も一発で完璧習得であった。
「はあ~、 ……私もフェス姉の気持ちがよ~く分りました」
クラリスが溜息をついているが、気にしないようにしよう。
「風属性の飛翔魔法はどうします? ホクト様はフェス姉からの手解きで無属性の飛翔魔法は完璧に覚えられていますから、あえて習得なさらなくても良いのでは……」
「いや、そんな事は無いぞ。風の精霊達の助けがあれば、空中における戦いはぐっと楽になると聞いている。ぜひクラリスに教えて欲しいのだが」
俺はいくつかの魔法を複合した無属性の飛翔魔法は発動できるが、やはり風の精霊の加護を受けた飛翔魔法も習得したい。
理由は簡単だ。
どちらかというと風属性の飛翔魔法の方が空中でトリッキーな動きが可能だ。
つまり、空中戦を行う時にどちらの飛翔魔法で戦うかによって優位性が全く異なると言える。
「やっぱり、私が頼りなんですね! かしこまりました! じゃあ、ど~んと覚えていただきましょう」
俺の意図を読んだらしいクラリスはごきげんだ。
「風属性の飛翔魔法は一般的には、とても難しいと言われています」
俺は曖昧に頷く。
「主な理由としては風の精霊の制御が難しいとの事ですが、私みたいに、こんなに素直で可愛くて優しい精霊の制御って、難しいですかね」
「おいおい、……何気にカミングアウトしているぞ、クラリス」
「いいんです! フェス姉だってもう正体―――いや素性を伝えているでしょう。もっとも私とは全く経緯が違うようですが」
「クラリス、もう……」
フェスがクラリスの言葉を聞いて軽く非難が篭もった口調で呟く。
「改めて名乗ります。私は風の精霊クラリス・シルフィールです」




