第50話 アルデバランとの相談
翌朝、俺達は冒険者ギルドへ向かう。
今回の報告とクラリスのクラン入りの手続きをしなくてはならないからだ。
俺達は今回の依頼を出してくれたギルドの職員=ハンス・ダウテを探す。
筋から言って、まず彼に話をしないといけない。
朝のギルドはいつもの通り、依頼を探す冒険者達で溢れ返り、そこかしこから喧騒が聞こえてくる。
相変わらず若い女性職員担当の受付は長蛇の列となっていた。
俺達がギルドの中に入るとまたもや好奇の視線とひそひそ話が始まった。
「ホクト様、バートランドの冒険者って暇なんですねぇ、人の事、話している時間があったら、より良い依頼を探したらいいのに!」
クラリスの鋭い突っ込みは健在だ。
「正論だ」
俺とクラリスの声は結構大きかったが、今や俺達のランクがランクなので、絡んでくる馬鹿は流石にいない。
ダウテはいつものカウンターに居た。
「おお、なんだよ。お前等、何か忘れ物か?」
「何、言っているんだ。とっくに依頼完了だよ」
「へ、ああっ!?」
俺がそう言うと、ダウテはまるで絞め殺される寸前の鶏のような声をあげる。
俺は苦笑しながら言葉を続けた。
「変な声を出すなよ、ハンス。まず、あんたに報告を入れるが、最終的にはバーナードにも話を入れなくちゃいけないだろう」
「ギルドマスターに? 大事とは思っていたが……やはりか?」
「まあな、報告の方は長くなりそうだから、簡単な話から聞いてくれないか」
「他にも何かあるのか?」
俺は後ろに居たクラリスを手招きしてダウテに引き合わせた。
「この子を俺達の黄金の旅に入れるんだ」
クラリスを一目見た、ダウテは怪訝な表情だ。
一見して、クラリスは猛者と言う感じでは無く可憐な少女だからだ。
「こりゃまた、 ……でもランクの方は大丈夫かい?」
「おじさん……私のギルドカードを見てから物を言ってよね!」
クラリスから冒険者ギルドカードを渡されたハンスは、クラリスのカードを見て仰天した。
「ああっ!? A!? Aランクか!」
「ふふ、問題無いわよね」
勝ち誇るクラリスに対して、すっかりやり込められた感じのダウテだ。
「も、問題ない……」
それから、登録はスムーズに済み、クラリスのクラン加入手続きは完了した。
「これで私もクラン黄金の旅の一員ね。ホクト様、フェス姉もよろしくお願いします!『クサナギさんもよろしくお願いしま~す』」
『こちらこそ、クラリスさん』「……よろしく」
何故かフェスに元気が無い。
昨夜も夕食後にクサナギと長く話していたようだ。
「じゃあ、本題に入ろうか、ハンス」
俺は改めてダウテに今回の顛末を話し始めた。
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「う~ん? にわかには信じられないが」
俺達の話に首を傾げるダウテだ。
「まあ普通はそう言うだろうな。ただ俺の冒険者ギルドカードに不死者達の討伐数が、カウントされているのは事実だ。それに【悪魔の口】は、障壁魔法で封鎖してあるから、中に入って確認すれば済む事さ」
「……でお前達はその黄金と金鉱をどうするつもりだ?」
「まず、聞きたいんだが、あの村と山の所有者、いわゆる【領主】は誰なんだ?」
「それがな、何とアルデバラン公爵なんだよ」
「じゃあ尚更、話を入れないとだな」
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幸いアルデバランはギルドに出勤しており、内容が内容だけにすぐ会ってくれる事となった。
無論、ダウテも同席している。
「はっはっは、お前達、しばらくぶりだな。おや、その子は?」
「俺達の新しい仲間、クラリスだ」
「おお! とうとうクラン黄金の旅も新たな仲間が増えたか! それもかなりの腕前の冒険者のようだな」
アルデバランに褒められたクラリスは得意満面だ。
「さっすが、おじさま、マスターだけあって、見る目がありますね。このおっさんとは大違いです」
またもや炸裂するクラリスの毒舌にダウテもたじたじだ。
「それにしても不死者500を瞬殺して、グリフォンを追い払い、莫大なお宝を見つけるとはな。お前達は本当に凄腕だ」
「たまたまだ」
と俺。
「たまたまです!」
とクラリス。
フェスとクサナギは苦笑いだ。
「で……お宝はどうするんだ?」
「……と言うかあの村と山はバーナードの領地だそうじゃあないか。そうなると話が早い」
「どういう意味だ?」
首を傾げるアルデバラン。
「バーナードの力を最大限、利用させてもらうという事さ。懸念される問題はいくつかある。まず各方面からのバーナードへのちょっかいの問題がある。次に俺が倒した不死者=冒険者のケア、最後にウイアリア村への支援か」
「至極もっともな心配だがな、お前が気にする事は無いんじゃあないか?」
アルデバランは俺の言葉に納得が行かないようだ。
俺は改めてアルデバランに説明する。
「それがあるんだよ。まず各方面からの【ちょっかい】だ。お宝もそうだが、グリフォンが守っていたと言ういわくつきの金鉱だと、噂が立てば、ヴァレンタイン王家とその周辺貴族が、何かしらの動きを見せる筈じゃあないのか」
「それは可能性大だな、金鉱開発にひと口もふた口もかませろと申し入れは来るだろう」
「次に不死者の問題だが……亡くなった500人の冒険者達の身内が居る。
彼等はギルドに対して理屈の合わない疑惑をぶつけてくる可能性がある。疑惑とはすなわち俺達の事さ。彼等を殺して宝を横取りしたとかな。俺達がそのままインゴット2,000本を受け取ったら、彼等の疑惑がいわれのない確信に変わりかねないのさ」
「ふむ、成る程」
「そこでだ、俺達はこのインゴッドをバーナードと冒険者ギルドに全て寄付するよ。使い方は一任するから、巧く使うんだ…」
「巧くとは?」
「説明するぞ、ようは先手を打つのさ。まずお宝と金鉱発見を公的な報告として、王家とキーマンとなる貴族に上げておく。そして開発は王家主導でアルデバラン公爵家と共同という形でやる。そうすると、他のどんな貴族も文句は言えなくなるだろう」
「実務は俺で、形だけ、王家を担ぐのだな」
「その通りさ、さっきバーナードが言ったように金鉱の開発費も結構かかるから、それを金のインゴット2,000本の内からいくばくかを充てるんだ。そして王家に金鉱の上がりの何割りかを渡す」
「成る程な。ははは、見えてきたぞ、ジョー」
アルデバランの顔に笑みが浮かんで来る。
「そうさ、初期投資も何もせず結構な上がりが入ってくるんだ。代わりに他の貴族の発言や動きを抑えて貰うくらい、王はふたつ返事でやってくれるんじゃあないか」
俺は続けて説明する。
「それから亡くなった冒険者の身内へのケアだが、俺達がインゴッドも金鉱の権利も一旦、放棄すれば、彼等もどうこう言わないだろう。ただ俺達も只働きは嫌だから今回の依頼の報酬に多少、色を付ける形にしてくれれば良い。ああ―――そうだ。グリフォンは討伐していないから、その分の支払いは当然発生しない」
「お前達への妬みや、やっかみもだいぶ減ると言うものか」
「その通り、そして最後に一番大事な村への支援だが、金鉱開発に伴い相当な景気が出るに違いない。金鉱自体はもちろん、新しい宿屋や施設を作ってやれば、新たな雇用も創出出来て、【悪魔の口】の悪評もだんだん消えていくだろう。そうだ、グリフォンに襲われた分の賠償金の支払いも必要だな。こうやって村人が豊かになればバーナードにも入る税金も増えて、皆が幸せになると言う事だ」
「お前が今言った通りに運べば、俺にとっては言う事無しだが、お前達クランにはあまり旨味が無い話となる、……いいのか?」
「今回の件は【損して得取れ】と思っている。俺達も必要以上の妬みや、やっかみを持たれたくない。ヴァレンタインの国やバーナードがこういう形で決めたことなら、皆、文句を言えないだろうし、うまく問題を捌いた冒険者ギルドの評判も上がりこそすれ、下がる事は無い筈さ」
アルデバランは黙って笑みを浮かべている。
「金鉱は、これもバートランド公、アルデバラン様に一任した方が必ず巧く行くし
ウイアリア村の発展も領主自ら実行するのがいい。……俺はただ美味い牛肉を食べたい」
アルデバランは俺の話を聞き終わると大きく頷いた。
「はっはっは、……所詮、俺に丸投げか。でも、いいぜ、冒険者ギルドの評判だけでなく、俺の立場や領地にも貢献してくれる話だしな。わかった! まずその洞窟を確認させてもらうぞ。俺と直属の部下何人かでな。当然、お前達クランにも同行して貰う。調査日が確定したら、お前の屋敷に使いをやって連絡しよう」
「分った、準備が出来たら早めに声を掛けてくれ。こちらにも予定があるからな。まあ、どうせ障壁魔法も、施した俺達にしか解除出来ないだろうしな」
「はっはっは! 分ったよ、決まったらすぐ連絡するさ」
俺とアルデバランの話が終わった後、ダウテの俺を見る目が変わっていた。
そして今後も美味しい依頼を出してくれる事を約束してくれたのだ。
とりあえず冒険者ギルドで必要な報告をした俺達は一旦屋敷に戻る事にした。
今はまだお昼前、午後6時の約束には早過ぎる。
屋敷の訓練場で軽く新メンバーでの連携訓練をしてもいいし、メフィストフェレスが送ると言っていた魔道具も気になる。
俺は念話でスピロフスに連絡を入れ、ナタリアに昼餉の用意をさせるよう命じておく。
「ホクト様、やりますね。私が考えた遺族救済よりずっといいですよ」
「そうか? クラリスの言葉がヒントになったのさ。遺族に関しては捏造やでっち上げもありそうだし、冒険者ギルドの負担も多いと思ってな。ただ補償なんて1回やると癖になりそうだ。基本、冒険者は自己責任だからな」
「私なんか―――まだまだですね。あのフェス姉……」
いきなり話を振られたフェスがびっくりしたようにクラリスを見つめた。
「私、このクラン黄金の旅では新参者だし、思った事すぐ言っちゃって迷惑掛けますけど……改めて、よろしくお願いします」
神妙に頭を下げるクラリスに戸惑うフェス。
そして俺は意味も無くおかしくなり思わず笑ってしまう。
「もう! ホクト様! そこは笑う所じゃあないですよ」
ぷんすかするクラリスを見て俺どころか、フェスも珍しく大笑いし、背中からもクサナギのホッとした波動が伝わって来たのだった。




