第4話 クサナギ
4日目は今までの魔法や体術の反復訓練をする。
フェスは相変わらず事務的で冷たいが、ごくたま~に笑ってくれるようになった。
何日も一緒に居ると彼女の性格は真面目で、なかなか負けず嫌いなのが分る。
模擬戦をやって俺に何度負けても全く、闘志が衰えない。
いつも飄々としているルイとは対象的だ。
そうこうしているうちに俺の魔法も体術も練度が更に上がり、新たなイメージを加えて使うと、ますます能力が凶悪そのものになってくる。
5日目はルイに止められているので習わないまでもフェスに無属性魔法の事を少し聞いてみる事にした。
ちなみに召喚魔法以外にも気になる魔法がいくつもあったので記しておく。
☆空間魔法。
これは近・遠距離を瞬時に移動する瞬間移動や亜空間を作り出し所持物を収納する魔法だ。
瞬時に手元に物を移動させる引き寄せという魔法も便利だ。
武器や魔道具など貴重品を奪われたり落としても一瞬で戻せるから。
☆索敵魔法。
この世界ではどんな生物、ゴーレムなどの無生物でさえ魔力を体内に持っている。
魔力から放出される魔力波を感じる事でどんな奴がどれくらいの数でどこに居るのかを探知、察知する事が出来るのだ。
探索を行う際、障害物の多いところでは不意打ちを食らわないためには必須の魔法だ。
素養によって索敵範囲や状況識別力には大きな差があるらしいが、極めれば地形や建築物なども把握する事が出来ると言う。
☆予見魔法。
いわゆる先に起きる運命を見通す予知。
また見切りは戦いの際に発せられる魔力波を見極める事で相手の動きを先に読み切るもの。
見切りの魔法はもう一種類あって心の動きを読む……すなわち【サトリ】と言う物もあるらしい。
まあ予知はともかく相手の動きを予測してしまう見切りは戦いにおいては大いなるアドバンテージとなるだろう。
☆付呪魔法。
いわゆる付呪魔法。
武器やアイテムに魔法の効果を与えるもの。
魔法が使えない戦士でもエンチャントされた武器で魔法が発動できるのだ。
これも術者によって効果や持続力に大きな差が出るという。
☆飛翔魔法。
自身の魔力をコントロールして術者の体を浮かせ、空中に飛び上がったり
水上を沈まずに駆けたり、大空を飛行する。
また風の精霊達の力を借りても可能であり、こちらは風属性の魔法の応用となる。
ただ風の精霊はきまぐれでコントロールが難しいので難易度は高いそうだ。
これらの魔法はほんの一部。
術者の魔力量や素養次第でオリジナルすなわち特定の術者しか使えない
オンリーワン魔法も多いらしい。
ちなみにフェスの話では俺はこの無属性魔法に一番才能があるらしい。
魔力量は問題ないし、これからいろいろなイメージを持って誰にも使えないオリジナル魔法を創作してみるとしようか。
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六日目はいよいよ明日の出発に備えた準備である。
武器防具はルイの屋敷の武器庫から好きな装備を選んでいいといわれたのでいろいろ物色する。
剣は俺の好みでじっくりと選びたいので後回しにしてまずは鎧だ。
俊敏な魔法剣士のアタッカーを目指す俺としてはいかにも西洋騎士といった派手で重そうな板金鎧はスルーする。
大層な防御魔法がエンチャントされた派手な鎧もあるが、やはりパス。
タンクだろうって言葉は無視だ、断固無視!
結局、俺はフェスが着ているのに近いデザインと素材の漆黒の革鎧を選ぶ。
ある魔物の皮が材料らしい。
僅かな魔力は感じるが、部分部分に金属鋲を打った鋲付革鎧と呼ばれるすっきりとしたデザインのものである。
板金鎧と違って、ガチャガチャした不快な金属音もせず、凄く動き易いし、シンプルな造りの割りにとても頑丈そうに感じるのだ。
決めた!
こいつにしよう!
やはりルイの武器庫にあるだけの事はある。
当然、並みの魔道具では無いのであろう。
普通なら俺の体格への微調整が必要なのだろうが、身に着けてみると自動的に体にぴたっと装着される魔法の鎧だった。
このアーマーとセットらしいグリーブとブーツ、そしてグローブも一緒に装備する。
兜は好みに合う物が無かったので見送った。
次は剣であるが、これまた俺の好みにぴったり来る物が無い。
さっきの鎧もそうだが、俺はこんな場合は好みと直感を大事にする。
ショートソードやカトラス、スティレットは小さすぎて論外。
サーベルは形が俺の趣味ではない。
かと言って一見良さそうなバスタードソードは振ってみたら俺にはバランスが悪かった。
有名なクレイモアは嫌いじゃあないが、ちょっと違う気がする。
……迷う……とても迷う。
でも俺の前世での全く違う時代の剣が混在しているのも出鱈目っぽい。
流石に異世界か……
そうこうしているうちに俺は部屋の端に置いてある一振りの剣に目が向いた。
それは刀身が一メートル余りもある漆黒の鞘に収められた見まごうことなき刀=日本刀であった。
「おおっ」
思わず感嘆の声が出てしまう。
「ホクト様……それはヤマト刀ですね」
いつの間にか横にいたフェスが微笑む。
彼女も最近は余所余所しさが無くなり、とてもフレンドリーだ。
「なかなかお戻りにならないので、様子を見に参りました」
しかし俺がそのヤマト刀を手に取っているのを見るとそれまで、微笑んでいたフェスの表情にやや暗い影がさす。
「ホクト様、その……ヤマト皇国伝統の良い剣ですが……その剣は使えません」
「え、使えないとは?」
「その剣は鞘から抜けないのです。私はもちろんルイ様が試しても駄目でした。呪われた剣なのですよ」
ルイやフェスでさえ使えない、持て余す剣か……面白い!
俺が使いこなせるか試す価値はあるな。
俺は好奇心も手伝って鞘に左手を伸ばした。
その瞬間! 俺の魂に誰かの言葉が流れ込んできた。
『主様……私は待っていた、貴方を待っていたのです!』
これは……念話だ!
『お、お前は誰なんだ!?』
心の鍵も解放せずに何故、いきなり念話で話せるのか!?
そんな疑問も感じさせない程、自然に俺に入り込んでくる思念。
俺は呼びかけた声に対して思わず何者なのか問い質していた。
『私の名は……刀精クサナギ。 気が遠くなる神代からいくつもの刀に宿り、今はこの一文字刀に……必ずお役に立って見せます! この私をぜひ従士としてお召し抱えいただき、そして存分にお使いください』
クサナギって……草薙!? 日本語らしい何故か懐かしい響きの言葉だ。
俺はそんな想いに囚われながら言葉を続ける。
『何故、ルイやフェスはお前を従えられないんだろ?』
『私が自分で枷をかけたのです。私の魔力に合う方ではないと解放出来ない枷を! 私はこんな屋敷の奴等に仕えるなど真っ平御免ですから。それより貴方様の魔力に不思議な縁を感じました。 人の子である貴方様に仕えたいのです……もはや貴方が魔人と言われようとも。さあ早く私を解放して連れて行ってくださいませんか……』
クサナギは一気にまくし立てるとびりびりと刀身を震わせている。
『奴等って……君はこの屋敷のというか、ルイやフェスが嫌いなのか? それと俺は魔人扱いなのか。でも解放しろったってどうしたらいいんだ?』
俺の戸惑いにも構わずクサナギは俺に懇願した。
『残念ながら彼等は異邦人です。ヤマトの民ではありません。貴方は外見はともかく、中身は今や人とは言えない方ですが、このまま朽ち果てるよりは貴方に連れて行っていただきたいのです』
『あのさ、何気に失礼な事いっぱい言っているよ、君』
『申し訳ありません、切羽詰っていまして失礼は承知の上です。それより……私の鞘を掴み……私を抜き放ってください』
俺はクサナギに言われた通り、左手で鞘を掴み直し、右手で柄を持ち一気に抜き放った。
大量の魔力波が放出され、さすがの俺も軽く眩暈を感じる。
暫くしてようやく眩暈が治まり、掴んで抜き放ったクサナギを見ると、あれだけ抜けないと言われていた刀身が眩い光とともに燦然と俺の目の前に現れていた。
それは重花丁子の刀紋が咲き誇る【八重桜】の様に美しい。
『ありがとうございました、主様、いいえホクト様。 改めて名乗らせていただきます……私は刀精クサナギ。 これからの旅の中で悪しき魔や魑魅魍魎を退ける 私の降魔の力を、ぜひお使いくださいませ』
そんな俺に対してクサナギは改めて名乗りを上げる。
その声は喜びに満ち溢れていた。
クサナギの勢いに俺は押されっぱなしだ。
『お、おう』
『つきましては私にも真名をいただけないでしょうか』
『お前……女なんだよな』
『はい!』
俺は彼女の刀身の刃紋を見て直感的に浮かんだ名前を告げる。
『……桜だ。美しいお前の刃紋がそうだから』
『桜……ありがとうございます、大事に致します』
そんな俺達の様子をフェスは呆然として見詰めていた。
「そのヤマト刀が抜けるなんて……しかも只の刀では無く精霊が宿っているんですか? いわゆるインテリジェンスソードだったんですね」
フェスは掠れた様な声で小さく呟くとクサナギを軽く睨む。
「それに何故かその刀……同性的な私への敵意を感じますが」
鋭い! フェス……
「き、気のせいだよ……」
「そうでしょうか?」
「そ、そうだよ」
「…………」
「…………」
「ぷっ! もういいですわ、許して差し上げます!」
おどおどする俺に詰問したフェスだったが、最後には笑って許してくれる。
でも、でもだよ!
嘘をつくのは後ろめたかったが俺は別に悪い事はしていない。
なのに何で俺が謝るの?
悪いのって俺?
まるで悪い夫を許すって雰囲気だけど、フェスさん、貴方って俺の嫁?
「何か嬉しい事を考えているようですね、ホクト様」
え!?
嬉しい事!?
今何て言った? フェスさん!
長い刀身のため腰に差すより抜刀しやすく戦いやすいと背中にクサナギを装備した俺はフェスの言葉に思わず噛みながら尋ねた。
「そ、それはさておき残りの装備を揃えたいんだけど、 アドバイスしてくれないかな、後さっき聞いた無属性魔法も 今のうちに覚えたいんだけれど」
そんな俺に対してフェスの表情は和やかだ。
初日の冷たさは何だったんだろう。
「普通の旅行者の旅に必要なのは野営の道具と食料を日程分、そして水ですね。 野営の道具と食料は私が用意しておきます。水属性の魔法は私には使えませんので申し訳ありませんが、 ルイ様に習ってください。 後、ナイフがあると便利ですので……こちらを差し上げます。 宜しければお使いください」
フェスが差し出してきたのは美しい木目状紋様のダマスカス鋼のナイフであった。
「無属性魔法はルイ様のおっしゃるように 私との旅の道すがら覚えた方がよろしいですわ。 私が使えるものはお教えしますし、それ以外の魔法も発動のお手伝いをさせていただきます」
「では先ほどのお話どおり私は旅の用意をしてきますので、本日はこれで……」
フェスが一礼して去っていくと背中のクサナギが騒ぎ出した。
『あの女……ずうずうしいにも程があります。 それにあんな刃紋のダマスカスナイフを渡すなんて完全に私へのあてつけであり、挑戦ですわ」
喧嘩するなよ……って姑対嫁じゃあないんだからさ。
『ホクト様、当然、私が貴方の嫁ですわよね』
勝手に俺の心を読むなよ、クサナギ……
俺は2人の女のせめぎあいに辟易して、やっとその日を終えたのであった。