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第48話 クラリス・シルフィール

「クラリス・シルフィールです! これから従士としてホクト様のお供の端に加えさせていただきます!」


 ルイからのご褒美は新たな従士であるクラリス・シルフィールだ。


 彼女もかってのフェスと同様に右膝を突き、左膝を立て左手を真横にかかげ、うやうやしく礼をする。


 フェスより少し小柄で身長は155cmくらいだろう。


 年齢も少し下だろうか


 栗色のさらさらの髪をショートカットにして、鳶色の大きな瞳が印象的なボーイッシュな少女タイプだ。


 やはり俺とフェスが装着している物に似たタイプ鋲付革鎧スタデッドレザーアーマーに身を固め、魔法剣らしいスクラマサクスを下げている。


戦姫せんきのお姉さまに負けないように頑張ります」


 それを聞いたフェスが露骨に嫌な顔をする。


 やっぱり戦姫せんきって、フェスの事なんだ。


「ふふふ、クラリスはフェスティラとはまた違うタイプの有能な魔法剣士ですよ。

しっかり使いこなしてくださいね」

 ルイが意味有りげに笑う。


 しかしルイの家臣団って精霊フェス悪魔メフィストか、まあ俺も今となっては魔人じんがいだし問題など無いが。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「とりあえず、【悪魔の口】での後始末だな。大公さんよ、約束は守ってくれるんだろうな」


「私は取り交わした契約はちゃんと履行しますよ」


「ん、よし、じゃあ契約だからな、守れよ! って……何だか話がおかしいぞ。それじゃあ悪魔との契約成立で俺が最後にたましいを取られるじゃあないか!」


 何気に契約に持ち込もうとして俺の言質を取ろうとしているのか。


 やはり悪魔は口が巧くて狡猾、したたかである。


「本来、我々と人間の約定けいやくとはそのような筈ですからね」


 メフィストフェレスは口元に冷たい笑みを浮かべている。


「ふ~ん」


 俺はひとつ思いついた事がある。


「何でしょうか?」


 俺の反応に怪訝な表情のメフィストフェレス。


「ふ、じゃあ逆でもいいわけだな」


「?」


 俺の言葉の意味をメフィストフェレスはいまいち飲み込めないようだ。


「ルイ、ひとつ聞いていいかな?」


「ふふ、なんなりと」


「俺がこの悪魔と契約して逆に魂を貰うっていうのはありか?」


「ふふふ、それは面白い余興ですね。結論から言うと、ありですよ」


「そして、俺がその魂を好きなように弄ぶのもありか?」


「ははははは! 人間が悪魔の魂を弄ぶ―――考えただけでも、ぞくぞくします。なんなら契約なんてまどろっこしい事などしなくても、悪魔の魂を縛る魔法を教えますよ」


 ルイは金と銀のオッドアイを輝かせると、さも楽しそうな様子で、珍しく大きな声で笑う。


 俺とルイの会話を聞いていたメフィストフェレスが完全に顔色を失っている。


「ル、ルイ様! そ、そんな!」


「大公、いつも人間の魂をもてあそぶ貴方が、逆に弄ばれるというのも一興では?」


「そんな!」


「ホクト様には造作も無く発動できますよ。なあに、私がお教えした魔法の応用で簡単にいけます。大公には抵抗レジスト出来ないような強力な言霊ことだまも……ね」


「!!!」


 悪魔でさえ抵抗レジスト出来ない魔法ってどうせ禁呪だろうな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さあ時間も無い事ですし、そろそろ出発しましょう」


 痺れを切らしたらしいフェスが促す。


 そうだな……


 いつまでも大公メフィストとばかり遊んでられないしな。


「久々に顔を見ましたが、お元気そうなので安心しました。この世界はまだまだ広いですよ。楽しんで旅を続けてください。フェスティラにクラリス、そしてクサナギ、ホクト様を頼みましたよ」


「はっ! かしこまりました、ルイ様」「了解です!」『わかっているわよ!』


「では、大公、後はよろしくお願いしますよ」


「はっ、はい。ルイ様! 私の瞬間移動テレポートで皆さんをお運びします」


「よろしい、では皆さんよい旅を」


 間もなくするとメフィストフェレスの瞬間移動が発動し、周りが暗転する。


 奴の瞬間移動って、発動が俺とはまた違うんだ。


 魔力波の質が根本的に違う。


 この世界の魔法は本当に個々の感覚イメージかもしれない。


 気が付くと俺達は【悪魔の口】に戻っていた。


「まずこの瘴気ミアスマの処理だな、メフィスト!」


「は! 私めにお任せを」


 メフィストフェレスは魔力波オーラを込めたを片手をあげると、見る見るうちに瘴気ミアスマの濃度が下がっていく。


 ああ、良いな……この魔法は使えそうかも。


「この浄化魔法は便利そうだな、俺にも教えてくれないか?」


「対価を……」


「ん?」


「対価をいただきたい。私が約束したのは2つのみ。こちらの瘴気ミアスマの処理と金脈量の増加だけです。浄化魔法の伝授は入っておりませんからね」


 融通が利かないと言うか……徹底した契約主義なんだ、まあいいか。


「ん……じゃあ、いいや。……多分、俺もう出来るから」


「!?」


 俺の予想外の言葉に驚くメフィストフェレス。


「行くよ……冥界に在りし筈の瘴気ミアスマよ……我が命ず……この地より去れ! 禁断の理による闇が取り払われし時、我は祝福を与えよう……浄化プリフィケーション!」


 魔力オドを練った俺の片手から魔力波の眩い光が生じると、残った瘴気が一気に消滅して行く。


「な、何故!?」


「さっきお前が浄化魔法を使った時に当然、魔力波が出るよな。その魔力波にほぼ近いものを練って発動させたんだ」


「は!?」


最初はじめての魔法の時はよくやるけど、発動をし易くするために詠唱をしてみるのさ。言霊ことだまを教えてもらえばそのまま詠唱する事もあるけれど、今回は魔力波の感覚イメージを即興で言霊にした。次回からは、お前と同じ無詠唱でいける筈だよ」


「……そ、そんな魔力波を見ただけで即興で発動!? ……たかが人間が?」


 メフィストフェレスは呆然としている。


「ふっ、と言う事で残念ながら、対価は払えないな」


 俺がふざけて片目を瞑るとメフィストフェレスは大声で笑い出した。


「……くっくっく……あっはっはっはっは」


「どうした? 何か面白かったか?」


「楽しいし、面白いですねぇ。そうそう対価は、もう前金でいただきましたよ」


「どういう意味だ?」


「貴方のその規格外さ、それが前金でいただいた対価だと申し上げているのですよ。いかに私とは言え、もう貴方には心服しますよ、ルイ様と同様にね。もう抵抗する気も失せました」


魔力波オーラを見ると、ほぼ嘘は言っていないようだな」


「はは、そんな事もわかってしまうのですか!? あっはっはっはっは、こりゃ完全にとどめを刺されましたね」


 さっきの亜空間で完全に止めは刺していると思うけど……まあいいか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さあ、これで終わりましたよ。金脈もホクト様が瘴気ミアスマを処理した分は、当然サービスして増やしておきました」


 おほっ、そんな所は融通が利くんだな、有り難いけど。


「大公、冒険者500人の魂をお持ちの筈ですが?」


 フェスがメフィストフェレスに問いかける。


「おお、戦姫せんき殿は鋭いね。確かに私は冒険者500人の魂を持っているよ。だけど、今更どうするんだい? 帰るべき肉体も腐り、その上、ホクト様が綺麗に浄化してしまいましたよね」


 何だよ……その嫌味な言い方。


 お前……俺に心服しているんじゃあないのかよ。


「はい! は~い! 私に名案がありま~す!」

 とクラリス。


「何ですか? 翔姫しょうき殿?」

 怪訝な顔のメフィストフェレス。


 で、クラリスは翔姫しょうきなんだ?


「大公殿下はお宝た~くさん、お持ちでしたよね」


「…………」


「それをどん! と放出しちゃいましょう!」


「……翔姫しょうき殿!」


 クラリスの申し出に口をあんぐり開けたままのメフィストフェレス。

 

 しかし、やがてその表情は怒りに満ちたものに変わって行く。


「怖い顔してお腹でも痛いのでしょうか? 大公殿下」


「何を馬鹿な事を言っているのです。それでは私にメリットが無いでしょう!全く話になりませんよ」


 とぼけて軽口を叩くクラリスに対してメフィストフェレスは怒りから、更に悪魔の本性を現してくる。


 しかし、クラリスは全然動じていないようだ。


 それどころか、どんどんメフィストフェレスを挑発する。


「メリットねぇ……いっぱい、い~っぱいありますよ!」


「…………」


「お聞きになりたいですかぁ? 大公殿下。ご返事は? ……そうOkですよね。

沈黙は【肯定の意思】ってルイ様も仰っていましたものね」


「勝手に決めるな!」


「あら? 言葉遣いが悪くなっていますよ、大公殿下」


「この小娘がぁ!」


「でもね、大公殿下。今日、ホクト様に完膚無きまでにやられていたのは、どこの誰? そんな貴方には元々、対価とか馬鹿な事をのたまう資格など無いのですよ、おわかり?」


「……くっ!」


 高性能の機関銃マシンガンのように飛び出すクラリスの毒舌に流石の悪魔メフィストフェレスも形無しだ……


「ではお望みのメリットを説明して差し上げますよ」


「…………」


「これは契約ですよ、大公殿下のお好きなね」


「さっさと言え!」


「あら……怖い」


「さっさと言えと言っている!」


「コホン、では申し上げますね。大公殿下は今日、ホクト様と言うあるじを得ました。ただ覚え目出度くは、無いですよね~」


「よ、余計なお世話だ!」


「話は最後まで聞いてください。ホクト様は今回の仕事ミッションで報酬が入りますが、500人の冒険者が全滅した報告と事後の処理がありますね」


「確かに……そうだな」


 クラリスが俺に話を振ってきた。


「冒険者が依頼ミッションを受けて命を落とすのは自己責任です。ですが残された身内はそんな事知っちゃいねぇってやつですよ。ホクト様の処にいろいろ愚痴が来る……何とか助けられなかったのかとか、何故、勝手に遺体を処分したとか、ギルドを挟んで間接的とはいえね」


「はぁ……そんなもんか」


 クラリスに言われて面倒臭がりの俺はうんざりする。


「そんなものです。そしてここで大公殿下のお宝の登場です……ジャーン! 駄目ですよ、ホクト様ったら、一緒に盛り上げてくれなきゃ……はい、ジャーン!」


「ジ、ジャーン!」


 何だか滅茶苦茶、恥ずかしいぞ。


「いまいち盛り上がりに欠けますけど……まあいいでしょう。お宝は大量の金のインゴットとかがいいですね。【古代の王の秘宝発見】とかの名目にして」


「それをそのままギルドに渡すんだな」


「さっすが、ホクト様! それをギルドに渡して、そのまま遺族救済にって寄付すれば、遺族からの愚痴も来ないし、ホクト様の名声もア~ップです」


「私のメリットがどこにも無いぞ!」


 焦れたメフィストフェレスが怒りの声を上げる。


「まあまあ、がっつく男は嫌われますよ。もしかして大公様、見た目より、全然もてないでしょう?」


「うるさい! 余計なお世話だ! ……早くメリットを言え!」


「メリットは……第1にホクト様の信頼!」


「何!?」


「し・ん・ら・い・です!」


「私を馬鹿にしているのか、小娘? ……何が信頼だ!」


「あら馬鹿にしているのはどっち? 貴方も私もホクト様とは今日が初対面なんですよ。少しでも貢献して信頼を得ようとするのは臣下の務めでしょう。貴方が、こそこそ貯めたお宝なんて、ここでどん! とお渡しして、おおメフィストは器が大きい奴だな、なんて好感度アップしておいた方がいいと思いますけど」


「くっ!」


「ただでさえ、貴方は初対面の印象が最悪なんだから、それくらい考えたほうがいいのに。それにルイ様の命令もあるでしょう? もう逆らう気?」


「…………」


「かわいそうな貴方に第2のメリットを教えてあげるわ、聞きたい?」


「…………」


「ホクト様は多分、この世界を大きく変えて行く存在よ。私達はしっかり仕えていくべきだと思うわ、例えこの身を投げ出してもね。そんな主には滅多に巡り会えない。これが第2のメリット。だってあの冷静なルイ様があれだけホクト様に入れ込んでいるのよ。今日だってノリノリだったし」


「それは私も認める。あれはいつものルイ様ではないな。私の知っているルイ様は……うっ」


 いきなり現れた圧倒的な気配、ルイ特有の特別な念話だ。


 それもいつもと違って冷え冷えとした恐ろしい気配だ。


『大公……余計な事は言わない方が身の為ですよ……クラリスもです』


『もっ!申し訳ありませんっ!』『ご、ごめんなさい、ルイ様っ!』


『お前達はホクト様がこの世界を好きなように、きままに旅が出来るようにお助けすればよろしい……わかりましたね』


『はっ! はいっ!』『り、了解しました!』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ホクト様、私から提供させていただく金のインゴット2,000本はここに置きます。そして特別レアな魔道具マジックアイテムをお屋敷に送っておきますので」


「お前……無理してないか?」


「今回はいただいた魂も500ありますし、私自身も魂を取られずに済みました。そしてホクト様に仕える事も出来ますので。では、とりあえず私は失礼致しますよ、いずれまたお目にかかりますので」


 最初と2番目がお前の本音で後は付け足し。


 こいつは、分りにくそうで分り易い奴だ。


 メフィストフェレスは瞬間魔法を発動させると、逃げるように黒い霧に包まれて消えて行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おい、クラリス」


 俺は顔面蒼白になっているクラリスに声を掛けた。


「ひっ!」


「どうした?」


「ルイ様があれだけお怒りになっていました」


「それで?」


「当然、ホクト様もお怒りでしょう?」


「はは、俺はルイとは違う。全然怒ってなんかいないよ。クラリスは俺の事を考えて、いろいろ言ってくれたんだろう、ありがとうな!」


「へ?」


「今後ともよろしく頼むよ!」


「はっ、はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 俺と話すクラリスにフェスは苦笑いを浮かべながらも慈悲深い表情でじっと見守っていたのだった

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