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第47話 悪魔大公

「これぐらいの瘴気ミアスマくらいが爽やかで実に清清しいと思いませんか、皆さん」


 口髭を蓄えた青年は俺達に微笑みかける。


 何を言っているんだ…こいつは?


「貴方は―――大公殿下」


「ほうほう、誰かと思えばルイ様の戦姫せんき殿じゃあないですか」


「…………」


 戦姫せんきって? 


 フェスは一体?


「ほう、貴女がお供という事は……では彼がルイ様お気に入りの例の人間ですか? たかが神が造った土くれ風情に何と言う力の入れ様でしょうか」


「大公殿下―――お言葉が過ぎませんか?」


 たまりかねたフェスが青年に抗議する。


「ほっほほほ、これは失礼。ちょっと、冗談がきつかったでしょうかね。ただね、私の邪魔をする者には言葉がきつくもなるものですよ」


「邪魔とはどういう事でしょうか?」


「私のささやかな楽しみをそこの小僧が奪ったと言う事です。あの王は私好みの憎しみの業火に身を焦がしていたんですよ。それを改心させたばかりか、魂の供給まで止まってしまいましたからね、これは、ちょっと許せませんね」


「おい、そこの詐欺師ペテン野郎!」


「…………」


「ホクト様!」


 いきなり、いろいろ言い放つこの得体の知れない男に対して俺は本当に頭に来ていたのだ。


「てめぇ、さっきから、がやがやと五月蝿うるさいんだよ。俺がどうのこうの、胡散臭うさんくさい物言いしやがって、大公だか何だか知らないが、はっきり言って邪魔なんだ。俺を怒らせないうちに、ここからさっさと消えろ」


「ふ、礼儀を知らない猿のようですね、私が教えて差し上げましょうか?」


「喧嘩を売ってきたのはてめぇが先だ、そうか――魂がどうのって―――てめぇが王をそそのかした悪魔野郎か?」


「だったら、どうだと言うのです、ひねり潰してやりましょうか? この土くれがぁ!」


「面白い、やってみろ! くされ外道が!」


『ふふふ、待ちなさい、2人とも』


 この声は―――ルイか!


『これはこれは皇帝陛下、こんな猿をいたぶるだけの事に何か用でございましょうか?』


『大公、私は皆の前でこう宣言した筈だ。彼は私のあるじであるとね。すなわちお前達も同様にこの方を主として仰げと申し伝えた筈だが』


『ほほほほほ……私は悪い冗談だと思っていましたがね』


『俺も部下が、こんな詐欺師ペテン野郎なんて絶対におことわりだな!』


『ふふふ、収まりがつかないようですね。そういう時はこぶしまじえるに限りますね』


 何!?


『2人ともやる気満々のようですからね。その場所では何なのでこちらへどうぞ』


 突然、大きな魔力波オーラが俺達を包むと、辺りが暗転し、気が付くと周りはあの異質な白い空間だった。


 いつの間にか目の前にはルイが居る。


「ふふふ―――ひょんな事で再びお会いできましたね、ホクト様。最近は念話ばかりでしたからね、お元気でしたか?」


「この通り、健在だよ。ただあいつのおかげでストレスはマックス状態だがな」


「ははは、まあまあ。あの大公は強敵ですが、私とフェスティラがお教えした事やホクト様が今まで経験された事を実践できれば、容易たやすく勝てる筈ですよ。私もいい加減、鼻っ柱を折ってやろうと思っていた所ですからね。何なら殺してしまっても構いませんよ」


 おう、ルイらしく怖ろしい事をさらっと言ったな!


 良いだろう、希望のぞみ通りにしてやるさ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まあ気分を晴らすのと暇つぶしにはなるでしょう」


 相変わらず大公は軽口を叩いている。


「一応、決闘扱いですからね。お互いに名乗っていただけますか?」


 ルイが俺と大公に名乗るように促す。


 フェスは、じっと見守っている。


「ジョー・ホクト―――冒険者だ」


「こんな猿に名乗るのもおこがましいですが……メフィストフェレスです。ローレンス王国、大公としておきましょう」


 メフィストフェレス……悪魔……何か聞き覚えがある。


『ホクト様! こんなドグサレ悪魔は潰してやりましょう』


『クサナギ、悪魔って? 本当にあいつは悪魔なのか?』


『ホクト様、私―――本当に怒っています! あんな鬼畜は許せませんから! 私の降魔の力をホクト様の身体に込めさせていただきます。あの者は魔の者、受ける苦痛も倍になる筈です』


 俺と大公=メフィストはルイの造った亜空間で対峙している。


「ほほほ、小賢しい猿め、いつでもどうぞ」


 余裕だな―――じゃあ先手で行かせてもらおうか。


 奴の構えは無しか―――もし悪魔なら人間とは違う。


 多分、呪文は俺と同じ無詠唱だろう。


 それにしても完全に舐められてるが、逆に油断してくれれば徹底的に潰してやるからな。


 あの余裕の表情がいつまで続くか、見ていろよ。


 俺は身体強化と加速をいきなり5段階まで掛け、メフィストに踏み込む。


 メフィストはアルデバランの様に、魔眼を使って俺の攻撃を見切ろうとする事を予想した上での作戦だ。


 だから―――あの時と同じ攻撃を仕掛けてみる。


「!?」


 予想通り、俺の攻撃にメフィストが混乱しているのがわかる。


 まずは挨拶代わりに俺は手刀で唐竹にメフィストの額を割る。


 クサナギの降魔の力も宿った手刀だ。


 予想通り奴は他の攻撃を予測していて俺の手刀を避けることは出来なかったのだ。


 びしっ……!


「がっ!!!」


 額にあざを作ったメフィストは小さな悲鳴を発すると無様にも尻餅をついた。


 アルデバランの時と同様に一度に10種の魔力波を飛ばしたのだから、いくら悪魔と言えども、どの魔力波が俺の本当の攻撃かを見切り、避けるのは難しいだろう。


 実は見切られたらすぐに切り替えられる、俺の攻撃は全てが本当の攻撃とも言ってもいい凶悪さなのだ。


「…………」


 メフィストの軽口が完全に止んでいる。


 今まで薄ら笑いを浮かべていた顔も無表情になっていた。


 プライドが高いだけに俺により無様に地に這わされたのが、どうにも我慢ならなかったようだ。


 奴の魔力オドがいきなり膨れ上がると、俺と同様に身体強化・加速の魔法がかかる。


 同じ攻撃じゃないだろうな? と思った瞬間、なんと手刀が飛んでくる。


 同じ事をやり返すとは……こいつ、まるで子供ガキだ!


 俺は楽々と避け、攻撃しようとしてきた腕を掴み、抱えて投げ飛ばしてやった。


 メフィストも今度は無様な事は無く、空中で回転しながら軽く降り立つ。


「今度は私から行かせていただきましょう」


 また俺と同じ攻撃ことをして来る可能性があるな―――と思ったら!


 やはり5種類の違う魔力波オーラを一度に打ち出し、それも格闘技で攻撃してきた。


 こいつ―――本当にプライドが高くて負けず嫌いなんだな。


 術者は基本、自分が行う攻撃の対処法は考えるものだ。


 この攻撃は最初の攻撃を見切られた時、次の攻撃に移る際に技の切り替えに僅かなタイムラグが出るのだ。


 俺はその隙を見逃さない。


 例え10種、20種の魔力波―――いやそれ以上の攻撃でも、異常なほどの動体視力や魔力波の感知能力が身に付いた今の俺なら容易たやすく見切ることが出来るのだ。


 これは格闘技などの体術も魔法も同様である。


 俺は奴の5種類の攻撃を全て見切ると返し技でジャブ、ストレート、アッパー、突き、手刀から正面蹴り、掌底と膝蹴り、回し蹴り、二段蹴りなどに到るまで、20種類もの攻撃を瞬時に繰り出した。


 メフィストは最初のいくつかは何とか避けられたものの、後の十数発はまともに食らってしまう。


「ぐぐっ」


 今、俺の目の前でメフィストはサンドバッグのように、叩かれた身を地に這わせ、呻き声を上げている。


「格闘戦は俺の敵にもならないようだな、今度は得意の魔法で攻撃してきたらどうだ」


「……ほざくな!」


 プライドを傷つけられたであろうメフィストは、何とか立ち上がるといきなり火属性の魔法を発動してきた。


 俺の予想通り、やはり溜めの要らない無詠唱の魔法である。


 放たれた魔法は爆炎……


 しかし今の俺はそんなものは全て容易に回避してしまう。


「!」


 一瞬、驚愕の表情を浮かべたメフィストだったが、凄まじい笑みを浮かべると、何と爆炎と雷撃の属性の違う魔法を同時に放って来た。

それも俺が避けられないように追尾機能ホーミングまで掛ける嫌らしさだ。


 異なる魔法を一度に発動、それも系統の違う魔法を放つなど普通、人間がやれる事ではない。


 ……しかし、この魔力波オーラレベルの威力だったら……


 よ~し、見切るより……受け切ってやる!


 俺は素早く両手を大きく広げ、正面に構えると、爆炎と雷撃をあえて迎え入れるような体勢を取る。


 魔力波オーラが硬く練られ、全身の隅々に達した瞬間である。


「はっ!」


 俺が叫ぶと、俺を撃ち果たそうとする爆炎と雷撃が魔力波に弾かれ、雲散霧消する。


「くく―――貴様。魔闘気オーラで私の魔法を無効化するとはなかなかやるね」


「じゃあ……今度は俺の番だな。てめぇにも同じ魔法を食らわせてやる」


「ふ、馬鹿な事を、生半可な爆炎の魔法などでは、私にかすり傷すら付けられないよ」


「どうかな? ……まあ受けてみろや」


 俺は素早く魔力オドを練り、爆炎の魔法を発動させる。


 以前、ルイの別宅で訓練場のゴーレムを粉々にしたものの強化版……


 もちろんさっき奴の魔力波で理解したお返しの追尾機能ホーミング付きだ。


 メフィストは最初は余裕だった。


 しかし俺の練り上げた爆炎の火球の魔力波オーラのとてつもない容量に気付いたのだろう。


 顔に驚きと怯えの色が走る。


 しかし、プライドの塊である彼は意地でも俺と同じようなやり方で防ぐつもりらしい。


 魔力オドを練り上げ、放出した魔力波オーラの一種、魔闘気で火球を弾こうとするが……


 どっごん! ばひゅっ!


 俺の爆炎の火球はメフィストが身を守る盾とした、魔闘気を問題にせず貫通し、爆炎が直撃した奴の身体は―――何と、右半分が消し飛んでいた!


「なんと……言う……威力……でしょう……かね」


 メフィストは千切れ、半分になった口を動かすと、かすれたような声でそういった。


「ただ……私も……大公。これく……らいの攻撃……だけでは、ね」


 そう言うと、奴は魔力オドを練り、あっという間に右半分の身体を再生させて行く。


 3分後……完全に再生を終えたメフィストは再び、俺と対峙する。


「一応、再生するまで待ってやったが―――まだやるかい?」


 俺はメフィストに問いかける。


「ほほほ、今の攻撃で結構なダメージを受けたのと、肉体を再生をするために魔力容量オドの殆どを使いました。しかもそちらはあれだけの魔法を連続して使っているのに、全く魔力容量オドが減っていないのには参りましたね」


 また口調が丁寧な物に変わっている。


 ……流石に悪魔、変わり身が速い。


「……まだ切り札を隠しているだろう? 使ったらどうだ?」


 俺はメフィストに対して、戦うかどうかの意思の有無を問いかける。


「ほう……見抜かれていたのですか……ただ、それも今の貴方には通用しないでしょうね」


「土くれ猿なんかに負けるのは、許せないんじゃあないのか?」


「ほ、ほほほ……だからあれは冗談と言ったでしょう」


「俺は……あのような冗談は好かんのだがな」


俺が陰惨な殺気を込めた目でそう言うと、一瞬怯えの色を見せたメフィストは俺から慌てて目を逸らした。


 それを見たルイが悪戯っぽく笑う。


「ふふふ、大公。勝負ありのようですね」


ルイにはっきり言われたメフィストは流石に顔を伏せた。


「ルイ様……」


「我々はまず力を信奉する主義―――そうですね大公?」

「…………」


 ルイは容赦なく止めを刺す。


「返事が無いのは肯定の意思と受け取ってよろしいですか、大公?」


「わ、わかりました、私はルイ様同様、ホクト様に誠心誠意お仕えさせていただきます。今までのご無礼をお、お許しください」


 メフィストには今までの傲慢さが微塵も感じられなかった。


 しかし、所詮は悪魔、俺は全く信用をしていない。


 その様子を見たルイが大きく頷きながら嬉しそうに言う。


「と言う訳で忠実な臣下がまた1人増えましたよ……よかったですね」


 ルイ、それ分って言っているだろ?


 ルイは更にメフィストに対して対価を払うように伝えた。


 「ホクト様が勝利致しましたので対価は払いませんとね、大公、お前の身分を考えたら、出し惜しんではいけませんよ」


 「は、はい、あの洞窟は私が瘴気ミアスマを取り除かせていただきます。また金脈も倍の大きさにさせていただきます」


「ふふふ、次は私からのプレゼントです。クラリス!」


いつの間にか、白い空間の片隅に立ち尽くす小柄な影。


「は!」


「そろそろホクト様の従士をもう1人増やさねばと思っておりました。さあクラリス、ホクト様にご挨拶しなさい」


「クラリス・シルフィールです! これから従士としてホクト様のお供の端に加えさせていただきます! 宜しくお願いします」

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