第46話 解放
ケルベロスは大きく跳躍し、俺達とグリフォンの間に割って入り、その大きな咆哮を響かせた。
オーク戦の時と同様、俺とフェスにはレジスト出来ている為か何の影響も無い。
ただ、グリフォンはいきなりの咆哮に戸惑い、不死者であろう王は体が麻痺している。
冥界の番犬でもあるケルベロスは死者が逃げ出さないように見張るのが、主な役目だと言われている。
その咆哮は生者にはもちろん、死者により有効なのである。
『今だ! フェス!』
『はいっ!』
フェスは俺の合図と共に素晴らしいスピードで王に迫り、炎を纏わせた愛剣フランベルジュレイピアを振りかざす。
完全な死者ではない王は麻痺していた体を素早く立て直し、何かの呪文を唱えようとしていた。
それがフェスの凄まじい斬撃を受け、中断されてしまう。
「があああああ」
呪文を中断された王はもどかしげに吼えると、古めかしい装飾の剣を素早く抜き、フェスの剣を受け止める。
しかし、間、髪を容れずにフェスの近距離での炎弾呪文が炸裂した。
アルデバラン戦で使ったあの戦法だ。
フェスの剣を受けようとして炎弾呪文には全く無防備だった王は、その威力であっけなく後方に吹っ飛ばされた。
俺は王が後方に吹っ飛ばされたと同時に身体強化と加速の呪文を発動し、繋がれているグリフォン2頭の元に移動する。
自分の主人があっという間に一撃を喰らったのを見たグリフォンは、ケルベロスとフェスを交互に見ながら、相変わらず戸惑っていた。
しかし俺が身内であろう2頭のグリフォンに近づくのを見ると、驚きと怒りの声を上げる。
「ケルベロス!」
俺が短く叫ぶとケルベロスはジェット機の爆音のように咆哮し、グリフォンの前に立ちふさがる。
「があああああああああああ!」
「くあああああああああああ!」
しかしグリフォンは鋭く咆哮すると立ちふさがるケルベロスに構わず、その嘴と爪をふるおうとする。
何とか嘴の攻撃を避けたケルベロスだったが、鋭い爪がその胴に食い込み、苦痛に低く唸った。
グリフォンは、その隙に衝撃波の息を吐こうと身構える。
その時、王を吹っ飛ばしたのと同様にフェスの炎弾が、グリフォンを直撃した。
「ぐああああああ!」
『頼むぞ……2人とも』
2頭のグリフォンは俺を警戒しながらも束縛の首輪のせいか、苦しげに呻いている。
俺は魔力を練り、束縛魔法をイメージし、それを逆行させる。
しかし、鍵穴に鍵が合わないようなもどかしさを覚えて、なかなか束縛の首輪の解除が出来ない。
「むう!」
『ホクト様、しっかり!焦らないで下さい!』
『クサナギ!』
『ホクト様の魔力と私の降魔の力、2つの力を合わせて発動してみましょう。これは普通の束縛の首輪ではありません! 何か強大で邪な力を感じますから』
『クサナギの降魔の力とか?』
『そうです、魂を無にして魔力を練ってください。私の力でホクト様を導きます』
俺は魂を無にし、ひたすら魔力を練る。
ぴいいいいいいいいいいん
背中のクサナギが振動し、彼女の魔力が流れ込んでくる。
『―――ホクト様! 今――『我の力……を使え!』で……す!』
クサナギの声に混じって違う声が―――神々しい男の声が降りかかる。
『!!!』
『――集中せよ、汝。今こそ、我が破邪顕正たる吹き荒ぶ力を使うがよい』
それはあのオークキングとの戦いの時に俺の内から聞こえた声。
『我はかって天を追われ、この地に辛苦みつつ、降りき者、我の末裔たる者よ、我の力を、―――すなわち其方の力を今こそ使うが良い』
『あ、貴方は!?』
俺の問いにその声は一切答えず、やがて聞こえなくなる。
『ホクト様!!!』
『!』
『大丈夫ですか?』
『クサナギ、あの声が聞こえたか?』
『あの声って?』
どうやらあの声が聞こえていたのは、俺だけだったようだ。
『ホクト様の魔力波が先程と変わっています。もう一度、束縛魔法を!』
『よしっ!』
俺は先程と同じように束縛魔法をイメージし、それを逆行させるよう、グリフォン2頭の首輪に意識を集中する。
俺の魔力波が届いた瞬間!
ぱあああ~ん!
……乾いた軽い音がして2頭の首輪が砕け散った。
俺は同様に束縛の鎖も消滅させる。
急にその身が自由になった2頭は信じられないものでも見るように、俺とクサナギを見つめていた。
「がああああっ」
ケルベロスが一声吼え、戦闘態勢を解く。
なおも襲い掛かろうとするグリフォンにケルベロスが一喝する。
「ナニヲ、チマヨッテイル! オマエノミウチハ、ワガアルジガ、スデニ、トキハナッテイル!!」
「!?」
「クオオオオオオオン」「クオッ!」
2頭のグリフォンがケルベロスと戦っていた1頭に駆け寄ると、体を体を擦り合わせ、睦みあう。
「があああああああ!」
それを見て絶叫する、かっての王であった人外の者。
やはり体はミイラ化し、完全に不死者であるようだ。
俺とケルベロスは王を牽制していたフェスの元に駆け寄る。
「貴様の手駒は尽きた。そして貴様が治めていた国も―――既に無いのだ」
俺が告げると王は身悶えし、呪詛の言葉を呟く。
「ウラメシイ、ウラメシイゾ! ワガツマ、ワガコヲ、ナブリゴロシニシタ、ヤツラガ!」
「貴様とその家族に害を成した者達も、もう既にこの世には無い。お前の言う当然の報いを受けて死んだそうだ」
「シ、シンダ!? ナ、ナゼダッ!! ―――ワレガ、ヒキサキタカッタノニ!」
「気持ちはわかるがさっきも言った通り、奴等も報いを受けて、今頃冥界だよ。それより見ろ、あのグリフォン達を!」
「?」
王の目の先には3頭の睦みあうグリフォン達の姿があった。
「貴様も貴様の妻子を殺した者共と、全く同じ事をしていたのだ……」
「ナ、ナニ!」
「貴様が長年に渡って不死者にした者達にも家族は居たんだ……」
「……ワレハ、マチガッテイタノカ? フクシュウヲ、ハタソウト、シタダケダッタノニ」
王の口調が一気に疲れたような物になる。
「俺は貴様をこれ以上、一方的には責められない。貴様の不幸は、そして悲しみは
結局、誰にもわからないだろうからな」
「…………」
「ひとつ教えてやろう。俺はここに来る前に貴様が襲わせていた村の村長に会って来た」
「…………」
「貴様に他に身内は居なかったのか?」
「オトウトガ、イタハズダガ……コロサレタハズダ」
「その村長の魔力波は貴様の魔力波によく似ている。多分、村長は貴様の弟の子孫だよ」
「!」
「貴様はとち狂っていて気付かなかったんだろうがな、実際、村はそんなに豊かとは言えないらしいが、皆、幸せそうな良い村だ。牛肉も美味いしな。今は、この国中を幸せにしているよ」
「ソウカ……ミナガ、シアワセカ……ワレモ、ソレダケヲ、カンガエテ、ガンバッテキタツモリナノニナ……デモ、ワガオトウトノ、シソンガ、ワタシノユメヲ、カナエテクレタ」
かっての王の口調は憑き物が落ちたようにすっかり落ち着き、威厳と実直さを取り戻していた。
「ワレハ、ソノスサンダ、ココロヲ、ツケコマレ、コウシテ、ワイトトシテ、イキテキタ……」
俺達は黙ってかっての王の告白を聞いている。
「ココハ、ワガオウコクノ、カッテノ、キンコウザンダッタ……タマタマ、キンヲマモルベク、ヤッテキタ、グリフォンノ、ツマトムスメヲ、コウソクシ、グリフォンデ、ヒトヲヨビヨセテ、アンデッドニ、スルタメノ、オトリトシタノダ」
「そして不死者をたくさん増やしてお前の治めたかっての国を再興しようとしたのか……」
「ワレハ……オロカダッタ」
「この金鉱山に金は残っているのか?」
「マダ、ケッコウサイクツデキルハズダ」
「そうか! じゃあこの金山が開かれれば村も潤うな」
「!」
「そうすれば……村長も村人も喜ぶだろう。今のままじゃあ悪評ばっかりだからな」
「ホントウカ! アリガタイ……ワレハ、マダヤクニ、タテルノカ……」
かっての王は俺の言葉を聞いてホッとしたように呟くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「イロイロ、セワニナッタ。マタ、ツマト、ムスコニ、アイタイ……」
「俺には何とも言えないが……奥さんと子供に会える事を祈っているよ」
「ワレノ、チスジガ、マタ、コノクニヲ、シアワセニスル。ソウオモエバ、モウ、オモイノコスコトハ、ナイ。サヨウナラ……サイゴニ、ナヲ、オマエタチノナヲ、キカセテクレ」
「ジョー・ホクトだ」「フェスティラ・アルファン」『クサナギ』
「ジョーニ、フェスティラ、ソシテ……クサナギ、アリガトウ、ホントウニ、アリガトウ……デハ、ヤッテクレ」
俺は魔力を練り、今日3度目の対不死者魔法を放った。
安らかに、安らかに眠れとの想いを込めて……
俺の魔法、鎮魂歌を受けた、かっての王は、黄金の光の中で満足な表情をして冥界に旅立って行った。
「よかったな」
「王妃と王子に会えれば良いのですけれど……」『私もお役に立てましたね』
俺達3人が話しているとグリフォンが近寄ってきた。
グリフォンの魔力波には、殺意が感じられないのでケルベロスも悠然としている。
「ヤツガ、ワガアルジト、ハナシガ、シタイソウダ。アルジヨ、【ネンワノカギ】ヲ、アケテモラエルカ」
ケルベロスが俺に告げてきた。
俺が了解するとグリフォンの思念が俺の魂に一気に流れ込んで来た。
『ワタシハ、ルキアノス……ワタシノ、ツマト、ムスメヲ、タスケテクレテ、アリガトウ。ソレダケデハナイ……ホコリタカキ、グリフォントシテノ、キョウジモ、アナタハ、スクッテクレタ』
『俺はジョーだ……よかったな、これからは気をつけろよ』
『ツマトムスメモ、アイサツシタイソウダ』
『ルキアノスノツマノ、エウラデス。タスケテイタダキ、アリガトウゴザイマシタ』
『ルキアノスノムスメデ、ドロテアデス。タスケテクレテ、アリガトウ』
「2人とも怪我も無さそうでよかったな」
『ワタシト、ツマト、ムスメデ、ナニカ、オンガエシヲ、シタイガ……』
『そんなものはいいよ』
『ソレデハ、ワタシタチノキガ、スマナイ』
『それより、もうここには居られないだろう。……どうしたら? ……そうだ! ルイ―――聞こえるか?』
俺がルイに呼びかけると聞き覚えのある声が即座に反応した。
『ふふふ……やっと頼ってくれましたか?』
『俺の願いが分るのか?』
『ふふふ、私を誰だとお思いですか? そのグリフォンの親子をローレンス王国の未開発の金山で引き取れば良いのでしょう』
『その通りだが……可能なのか?』
『全然、容易い事ですよ』
『助かるよ、ありがとう、ルイ』
これでグリフォン達も人間に脅かされない生活を手に入れる事が出来たであろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ナニカラナニマデ、スマナイ。ヒトツ、ヤクソサセテクレ。アナタガ、コマッタトキニイチゾクヲアゲテ、タスケヨウ。ワガイチゾクノオサニモ、アナタノコトハ、ツタエテオク』
『わかった、何かあったら頼らせて貰う』
『ワタシノカオヲ、タテテクレテ、タスカル……デハサラバダ、オマエタチモ、ゲンキデナ』
グリフォンのルキアノスはそういい残すと妻と娘に合図をする。
グリフォン3頭は羽ばたき高く高く舞い上がると、礼を言うかの如く上空をゆっくりと旋回してから、夕暮れ迫る暁の空に消えて行った。
「行ってしまいましたね」
「そうだな、後は、あの王様に教えてもらった金鉱の確認と、この瘴気の浄化だけだ」
「ホクト様、もうひと頑張り、お願いします」『お願いしますね』
フェスとクサナギが俺を励ましてくれる。
そして、俺達が、この【悪魔の口】の後始末にかかろうとした時……
「ふふ、ちょっと待ってくださいよ、浄化なんかしたら、逆に私が息苦しくなりますのでご勘弁願います」
ちょっと皮肉っぽい口調の、口髭を蓄えた20代後半くらいの青年が、いつの間にか俺達の後ろに立っていたのだった。




