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第45話 禁忌の地

 生きていた時の自我を持たない不死者アンデッド……


 今やその肉体に宿るは仮初かりそめの生命……


 それ故に術者に操られる傀儡くぐつと化す……


 俺とフェスが見たのは……【悪魔の口】の入り口にさ迷う、行方不明になった、かっての冒険者達の成れの果てであった。


『相変わらず洞窟の入り口から強い瘴気ミアスマが溢れ出しています。やはりこの奥に元凶があるに違いありません』

 とフェス。


『ホクト様、私の降魔の剣は?』


『クサナギか、相手の数が多すぎるな。とりあえず対不死者魔法アンチアンデッドマジックを使うよ。お前には後で存分に活躍してもらう』


『はいっ!』


 俺はリッチのダミアン・リーから伝授された対不死者魔法アンチアンデッドマジックを発動する。


 ダミアンの呪文を頭の中に思い浮かべるのだ。


『さしたる理由わけ無く冥界よみに連れ去られた魂を持つ肉体よ、我は命ず、新たなる旅に出る為、今は土に帰れ! そしていつの日か気高く甦らん!』


 俺とフェスに気づいた死者達が虚ろな目でこちらに迫ってくる。


 それはかっての冒険者ギルドの同胞では無い、生ける屍に堕ちた人外の者。


鎮魂歌レクイエム!』


 俺の両手から暖かい黄金の光が溢れ、ゾンビ共を淡く包み込む。邪悪な者に操られたこの世のものではない肉体は俺の魔法を受け、あっけなく崩れ去っていく。


「この分では状況は厳しそうですね」


 フェスは唇を噛み締めながら言う。


「とりあえず進むしかない……行こう」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達は村人に忌み嫌われた洞窟、【悪魔の口】に足を踏み入れた。


 やはり入り口に比例して中も広い。


 これならグリフォンでも楽々、出入りできるだろう。


 俺とフェスの索敵には多数の不死者アンデッドの反応と共に、グリフォンらしい魔物の反応もいくつかあったのだ。


 ただ入り口以上に瘴気ミアスマの濃度が高い。


 この冥界の空気とも言える気体は人間や動物など通常の生き物にとっては有害な毒ガスと同じだ。


 普通なら3分と持たないで発狂するレベルであろう。


 やはりここは禁忌の地なのだ。


 俺とフェスは身体強化・隠密ステルス、そして暗視ナイトビジョンの魔法を発動し、目視はもちろん、魔力波オーラの反応にも注意しながら進んでいく。


 ちなみに罠には遭遇していないが、仕掛けた者の魔力波が微かに残るため、解除は出来ないが、避ける事は出来る。


 洞窟は最初は自然の造形であったが、途中から明らかに人の手が加わった跡が見えるようになり、さらに奥に進むと壁面に石が積み上げられた人工的な趣きに変わって来ている。


 奥に行けば行くほど瘴気ミアスマがどんどん強くなってやがる。


『フェス、クサナギ―――大丈夫か』


『私には問題ありません』『私も大丈夫です、こんな強い瘴気はそう無いですよ』


 その時、いきなり洞窟内にしわがれた声が響く。


「ワガチヲ、オカスモノハ、ダレダ……」


「…………」


「コタエヌカ? ワガチヲオカシ、ワガヘイヲ、ガイシタノハ、キサマタチカ?」


 我が兵―――だと?……

 

 ならばこの声の主が死霊術師ネクロマンサーか?


「貴様の兵とはあのゾンビ共か?」


「ゾンビ? ワガハラカラヲ、ブジョクスルトハ、ユルサンゾ」


「何が同胞はらからだ? 貴様が死霊術でゾンビにしたのか? だとしたら……こちらこそ許さんぞ」


「ガアアアアア…」


『ホクト様……凄く怒っていますけど』


『どうせ碌な奴じゃあない。もし村長の言う通り例の国王なら逆恨みもいい所だ。天に送ってやった方が良い.、いや、もう行き先は地獄かもしれないがな』


「ヨノクニヲ、トリモドスノダ。ジャマハサセンゾ」


 瘴気ミアスマの濃度が一気に高まる。


『数百の不死者アンデッドの反応……こちらに接近中』


『そうだな、後ろからは来ないな』


『はい、私達で言えば前方だけから接近中です』


『ここは一本道の通路だ…さっきと同じように対不死者魔法アンチアンデッドマジックを使うぞ』


『かしこまりました』


 俺は数百の不死者アンデッドを一気に殲滅すべく、魔力オドを練り始めた。


「ぐうううう」「がああああ」


「……………」


 ガチャガチャガチャ……

 びたっびたっびたっ……

 ぴちゃびちゃぴちゃん……


 声帯がまだその肉体に残っているものは言葉にならない呻き声を……

 肉体が腐り、崩壊し始めている者は無言で……

 鎧のブーツが共鳴する音。

 裸足の足が洞窟の石畳を踏み締める音……


 腐った肉体からしたたり落ちる肉汁の何とも言えない音が聞こえてくる。


 その集団は術者の邪悪な意思で操られた死の軍団であった。


 さっきもそうだが俺には彼等を倒す事に躊躇ちゅうちょは無い。


 元は人間でも今は既に人間では無いのだ。


 俺の魔力オドは先程の量の何十倍にも練られ、溜められている。


鎮魂歌レクイエム!』


 俺の全身から目を開けていられないほどの眩い黄金の光が放たれ、辺りを満たす。


「ぐああああああ」「はうううううう」「ぐおぐうううう」


「…………………」


 数秒後、そこには夥しい量の塵芥が残るのみであった。


「バカナ、バカナ、バカナアッ!!!」


 悲痛な叫びが驚愕の波動と共に伝わってくる。


「お前はあの悲しき思いをした王か? もしそうなら、残念ながら、お前の国はもう無い。少しでも早く妻と子の待つ冥界へ行く方が身の為だ」


「……ツマ……アドリアナ。ムスコ……コナン……」


「そうだ、お前の事を待っている筈だ」


「マツ?………チガウ! イキナガラ、ヒアブリニ、サレタ。ナンノツミモナイフタリヲ……ユルサヌゾ! ウンベルトメ」


 悲しみに満ちた呪詛の声と共に瘴気の濃度が更に高まって行く。


『ホクト様、この奥に大きな魔力波オーラを感じます』


『俺も感じている、ただそれ以上、この魔力波オドに何かを感じるんだ。とりあえず、先を急ごう』


『かしこまりました』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺とフェスはこの先に大きな空間があるのが索敵でわかっていた。


 そこには先程の王であると思われる魔力波オーラの持ち主と共にいくつかの大きな反応があった。


 俺達が通路を抜け、その空間に出ると……


「くおおおおおおおおおお」


 鷲の頭と翼と前足を持つが胴体はライオンである巨大な魔獣、グリフォンがそこにはいた。


 その体長は15m以上、頭の高さは2階建ての家よりも大きかった。


『見て下さい、ホクト様……グリフォンの後ろを』


 俺が魔獣の後ろを見ると最初のグリフォンよりひとまわり小さなグリフォンと、子牛ほどのグリフォンがいる。


 この3頭は親子?


 そして後ろの2頭は異質な魔力波オーラを発する首輪と鎖によって壁に繋がれていたのである。


 最初のグリフォンと2頭のグリフォンの間に立ちふさがるのが、さきほどの声の主である塚人ワイトである。


 ワイトとは高貴な人物に悪霊がとりついて不死化した怪物であり、強力な呪いの力を使う。


 今回は惨殺された妻子の怨みを抱いて死んだ古代の王がそのまま、自らの死体にとりつき、ワイトとなったものなのであろう。


『あれは束縛魔法がかかった首輪と鎖です、同じ物が人間の奴隷にも使われています。無理に外そうとすると首輪が食い込み、最悪、首を切り落とします』


『成る程な、あのワイトが無理やり従わせていたわけか、大方、グリフォンにとって大事な身内なんだろう。厄介なのはあの首輪と鎖だが、外せるか?』


『むしろホクト様であれば外せると、ホクト様は確か束縛の呪文を習得されていますね。それを逆行させれば解除出来ると思われます。術者としての力ではホクト様の方が上でしょうから』


『魔法の逆行? わかった、他に方法が無ければそれしかない。あの首輪と鎖を俺が外す間の時間を稼いでもらおうか。俺は、まずケルベロスを呼び出し、グリフォンを足止めさせる。フェスはタイミングを見て何とかあの王を足止めしてくれ。その隙に俺はグリフォン達を解放する』


『かしこまりました』


 俺はフェスに指示を出しながら、魔力を練り、召喚の言霊ことだまを発生させる。


「くおおおおおお!?」


 いきなりの魔力波オーラと魔法陣の発生に、不死であるワイトが身構え、グリフォンは鋭い声を上げる。


 黒い霧のような魔力オドが集まり、その中からケルベロスが現れた。


 俺は念話を更に凝縮した指示の念をケルベロスに送る。


『俺のこころの内はこうだ、分るな? ケルベロス!」


『リョウカイシタ!』


 俺は一瞬の間を置き、タイミングを計った。


『……よし、今だ! ケルベロス!』


 ケルベロスは大きく跳躍し、俺達とグリフォンの間に割って入り、その大きな咆哮を響かせたのだった。

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