第43話 悪魔の口
俺とフェスはネイビイス山を目指して北西に飛翔ぶ。
速度は時速150kmくらいだろうか―――まだまだ余裕だ。
速度を抑えているのは魔力制御が慣れるまでというフェスからの念話での指示があったからだ。
飛翔び始めて、しばらくするとネイビイス山の全貌が徐々に見えてくる。
高い山と言っても高さは富士山の1/3強くらいであるから、そんなに峻険というイメージでは無い。
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40分後―――俺とフェスはウイアリア村の上空を通り過ぎ、ネイビイス山の麓の高原上空に達していた。
『索敵魔法を発動していますが、真下の高原は牛の反応だけです。遠回りですが、ここから降りて、回り込んで村へ入りましょう。落下の際は加速の魔法を逆に発動する感覚で減速しながら降りてください』
『わかった』
俺達は魔法を発動し、速度を落としながら降下して行く。
上空からは一面緑色だった大地に徐々に近づくと、牛の群れがぽつぽつと見えてくる。
フェスが地上から3m程のところで一旦、体を停止させると、見えない壁から飛び降りるように、ストッと大地に降りるのを見て、俺も同様に着地した。
フェスの索敵通り、高原に居るのは牛、牛、牛―――人の気配は無い。
「グリフォンが出たのは、この付近でしょうか?」
「いつ出てもおかしくはないな」
俺は今まで飛翔んでいた真上を見るが、真っ青な大空が広がり雲ひとつ無い。
「とりあえず、村に入って状況を確認しましょう」
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「これは……」
「凄いですね」
村の入り口脇の空き地には冒険者が持ち込んだ夥しい数のテントが張ってある。
「ハンスの言っていた通りだな。これでも全盛時の半分の人数か」
「今は昼間のせいか、あまり人は居ませんね」
俺とフェスは村の入り口に近づいて行く。見ると村の周りは丸太で組んだ3mほどの防護柵で囲われており、革鎧にシンプルな槍で武装した門番らしい男が俺達に声を掛ける。
真っ黒に日焼けした精悍な感じの40代後半の人族の男だ。
「見ない顔だな―――この村は初めてか?」
こんなに冒険者が居て、よく新顔だって分るな?
俺の怪訝そうな顔を見て門番は豪快に笑う。
「がっはははは、不思議そうな顔をしているな。俺はウイアリア村の門番をしているラリーだ。俺は一度見た奴の顔を決して忘れない。それが俺が門番をしている理由だな」
ラリーとか言ったな。
あいつの言うことは納得だ。
と言う事はいろいろ話を聞く価値はあるな。
「俺はジョー、ジョー・ホクト。彼女はフェス。冒険者ギルドからの依頼で、ここに来ている冒険者が行方不明になった調査をするためにやってきた。2人ともBランク冒険者だ。いろいろ話を聞きたいが、一杯おごるからどうだ?」
俺とフェスはそれぜれのギルドカードを提示せながら、来訪の目的を伝える。
「一杯か、そりゃあ、有難てぇな。いいぜ。後30分で交代だ、その後で良ければな」
「助かるよ、どこで待っていればいい」
「村の中に【猛牛亭】と言う酒場がある。混んでいるかもしれないが、ラリーの知り合いと言えば席を空けてもらえる筈だ」
俺とフェスは村に入り、【猛牛亭】を探して歩く。
目指す店はすぐに見つかった。
看板から大きな角が突き出た所が分り易い。
果たして店は結構な混み具合であったが、俺達がラリーの名前を出すと、応対に出た店の名の通り、牡牛の様な逞しい風貌の人族の男の店員が、安エールで何時間も粘っていたような2人組を追い出して席を作る。
追い出された2人は悪態をつきながら、店から出て行く。
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40分後……
「待たせたな」
「いや、大丈夫だ、おいラリー、エールでいいか?」
「いいぞ!」
「じゃあエール3つ!」
しばらくするとオーダーしたエールが運ばれ、俺達3人は乾杯する。
カチン!
カチャ!
カチン!
「あんた達があのクラン黄金の旅か。ここは辺鄙な田舎だが、噂は聞いているぜ。若いのに大したもんだ、何でもオーク1万匹を倒したそうだな」
俺は心の中で苦笑する。
噂ってのは、得てしてこんな物だな。
尾ひれ羽ひれが付いてやがる。
「1万匹は出鱈目だが、ほんの少々な……」
「奥ゆかしい奴だな。冒険者なんて普通は大袈裟に言うもんだがな」
「まあ、いいじゃあないか。それよりグリフォンが出てから今までの事を教えてくれ。特に冒険者達が行方不明になった所を詳しく……な」
ウイアリア村の門番、ラリーはエールを飲みながら今までの事を話し出す。
「ある日の事だった。突然、巨大なグリフォンが現れ、放牧地の牛を1頭引っ掴んで攫って行ってしまった。たった牛1頭だって、それほど豊かではないこの村にとって大打撃さ。味をしめて、奴はまた必ず来ると考え、俺達は自警団を組織した。各自、得物を持って奴から牛を守ろうとしたんだ。……だが無駄だった。奴等は俺達をあざ笑うかのように俺達が居る反対側の遥か遠くの牛を狙い、軽々と引っ掴んで逃げ去った。その上、同じ月で何と10回も襲撃を受けてしまったんだ。それならばと村の名手が弓矢で遠くから狙っても殆ど痛手を与えられなかった。とうとう打つ手の無くなった俺達は途方に暮れて冒険者ギルドに依頼を出した」
ラリーの話は更に続く。
「村の代表が冒険者ギルドに申請すると事が事だけに、すぐ依頼は受理された。で、グリフォンの伝説は知っているか?」
「ああ―――グリフォンは黄金を守るって事か?」
「その通りだ、冒険者達は一攫千金を狙って村に大挙して押し寄せた。最初はよかった。
彼らも黄金のせいで意気盛ん、今にもグリフォンを討伐しそうな勢いだった。しかしだ。グリフォンと黄金を求めて出撃した最初の冒険者達は、その後何日経っても1人も戻ってこなかったんだ」
「1人もか?」
「1人もだ―――俺の特技はさっき言った通りだ。俺は出撃した冒険者達の顔は、しっかり覚えている、絶対に間違えんさ」
「…………」
「仲間だったらしい別の冒険者は準備が出来ると急いで、後を追ってネイビイス山の中に入っていった。しかし彼等も同様に戻って来なかった。そしてその数は増え続け、村に来た冒険者の約半分は、行方不明になってしまったのさ。最近じゃあ残った冒険者達は怖気づいて、酒場に入り浸って管を巻いている始末だ」
「ギルドの職員とも話したがいくらグリフォンが強くても、1人も生き残りが帰ってて来ないのは変だな」
「おう、俺もそう思うよ」
「あの……いいでしょうか?」
フェスがラリーに話しかけた。
「おう、赤髪の姉ちゃん、何でも聞いてくれ?」
「その渾名は微妙ですが……まあいいです。ラリーさん、山の中にグリフォンが隠れられるような洞窟とかは、あるのでしょうか?」
そう言われたラリーは一瞬、躊躇するような態度を見せたが、淡々と語り出す。
「実はな、山の中腹に【悪魔の口】と呼ばれる薄気味悪い洞窟がある。村人は決して近づかねぇ。奥には悪魔が住んでいると言われているんだ」
「【悪魔の口】……ですか」
「冒険者達は村人から聞いて、殆どの奴がそこに向かったようだ。多分、グリフォンと黄金がそこにあると思ったんだろう」
悪魔か?
どんな奴なんだろうか?
「悪魔ってどんな感じなんだ?」
「正体は一切わからない。ただとんでもない化け物だって話だが……まさか行くのか? お前等は強いらしいが悪魔とオークとでは全然違う。やめといた方がいい」
「ああ、俺達も無理はしない。まず調査が仕事だからな。慎重に行くさ」
「そうですね、私達は注意しながら行きますわ」
【悪魔の口】か、今回の鍵はそこにありそうだな。




