第42話 冒険者大量行方不明
ギルドの職員=ハンス・ダウテが声を潜めて俺とフェスに討伐依頼の内容を話し始めた。
周りの冒険者に聞かれたくない内容の依頼だからであろう
このバートランドから北西に100Km程行った所にネイビイス山という高い山がある。
この山に最近、グリフォンが出るというのである。
グリフォンとは鷲の頭と翼と前足を持つが胴体はライオンである魔獣だ。
山間や砂漠の洞窟に住み、黄金を守る性質があるという。
神界では神々の馬車を引くと言われ、また王侯貴族からは王と知識のシンボルとして尊ばれている。
しかし、ただグリフォンが出るだけなら何ら問題は無い。
ここ、ネイビイス山のふもとにはウイアリアと言う村が有る。
この村の産業はネイビイス山の麓の広大な広原を使った、ウイアリア牛というヴァレンタインでは有名な牛の飼育だ。
村人の約90%がこの牛の飼育に関連する事業に従事するこの村の基幹産業である。
余談だが、俺が【大飯食らいの英雄亭】で食べた、ヴァレンタイン王国産の牛のステーキもこれである。
そんなある日、腹を空かせたらしいグリフォンが突如現れ、牛を攫って行くという事件が起きた。
グリフォンはその後も出現し、この1ヶ月の間、10回も同様な被害が出たのである。
強大な空飛ぶ魔獣に半ば諦めていた村人達も、これ以上、生活の糧である牛を奪われると村の存亡に関わると判断し、グリフォン討伐の依頼を冒険者ギルドに出したのだ。
それを聞いた冒険者達は過敏とも言える反応を示した。
グリフォンの討伐がそんなにおいしいのか?
……いや違うのだ。
太古の伝説の民や様々な国の王がグリフォンの守る黄金を狙い、戦ったと言う文献が各地に残っている。
そう、グリフォンには【黄金を守る聖獣】としての言い伝えがあるのだ。
グリフォンの居る所には莫大な黄金が眠っている。
竜が光る宝石を溜め込むのと同様だ。
一攫千金を狙う冒険者達がこれを見過ごす筈が無い。
相手が相手だけに通常は1つの依頼に対して契約者を限定する冒険者ギルドもその縛りを無くした。
その結果、1,000人を越す冒険者達がウイアリア村に殺到した。
ちょっとしたゴールドラッシュの様相である。
皮肉な事に普段、静かな村は一時的な冒険者景気に沸いた。
村に2つしかない宿屋は常に満員であり、あぶれた冒険者達は、村の外にテントを張って野宿をした。
また村人だけの憩いの場であった、村で唯一の酒場も冒険者で満ち溢れていると言う。
「結構な事じゃあないか。村人に乱暴狼藉を働いているなら問題だがな」
「確かにな、いくつか、小さいトラブルはあったが、そんな事より目先の黄金が大事だ。何か起こして村に居られなくなる方が痛いからな。基本的には皆、大人しくしていたらしいぞ」
「大人しくしていた? 何故、過去形なんだ?」
「ふ~む、お前は注意深いな、感心するぜ」
ダウテは感心したように俺を見る。
外見は17歳の少年だからな、俺は。
中身は30歳のいい年したおっさんだから……
俺は苦笑いしながらダウテに話の続きをするよう促した。
「俺を褒めてもしょうがない、話を続けてくれ」
「わかった、村に着いた冒険者達は準備が出来ると、次々と山に入っていったんだ。しかし誰1人として戻ってこなかった。今じゃあ何と冒険者の半分、約500人程が行方不明さ」
「それは、おかしいな」
「そうだろ。いくらグリフォンが強くても、500人だぜ。歯が立たないわけはないし、第一1人も生き残りが戻ってこないとは異常だ」
「成る程―――そうか、それを調べるのが俺達の仕事か? ふむそうか、ついでにグリフォンも退治しろと言う訳だな」
「話が早いな、じゃあ依頼の条件を聞くか?」
「条件を聞いたらギルド命令で必ず引き受けろ、と言うので、ないならな」
「はっははは。さっきから感じるがお前の思慮深さって何だ? お前は本当に17歳か? 俺にはそうは思えんのだが」
「で―――どっちなんだ?」
「ああ、別に条件を聞いても受ける、受けないはお前達の任意だ」
「わかった、条件を説明してくれ」
「オークの調査をやったからわかるだろうがな、基本の雛形は一緒さ、これが依頼書だよ」
ハンスが出してきた依頼書の内容は次のような物だった。
【依頼書】
☆指名依頼ランク:ランクB以上
☆発注先:
☆依頼内容:【ウイアリア村での冒険者大量行方不明事件の調査及びグリフォン討伐】
☆依頼主:バートランド冒険者ギルドマスター
バートランド公爵
バーナード・サー・アルデバラン
☆報酬:調査報告書(要内容確認)提出にて王金貨3枚(=金貨300枚相当)
グリフォン討伐の暁には別途王金貨10枚(=金貨1,000枚相当)
☆期限:3ヶ月以内
俺は依頼を受けるかどうかをフェスと相談する。
「ホクト様はどうお考えですか?」
何故か、最近はフェスがいきなり意見を言う事は少なくなった。
俺の判断を尊重してくれるのはもちろん、俺がこの世界でどんな価値観を持っていくのかを見守られている感がある。
「俺は受けてもいいと思う」
「何故でしょうか?」
「まず依頼の内容の割りには報酬が魅力という事。第2にギルドマスターが依頼主で支払いに問題が無いという事。第3はグリフォンに会ってみたいという事。最後にあのうまい牛のステーキが食えなくなったら嫌な事―――以上だ」
「ぷっ! 最後の理由はともかく私も同意見です」
「へ~! じゃあ今度、あの美味いステーキが出ても俺とクサナギ2人でいただくよ!」
「……ホクト様、食べ物の恨みは怖いんですよ」
「冗談、冗談だよ」
食べ物の恨みより何か別の理由で、本気で怒ってない? フェスさん?
俺達は内容と報酬のバランスを考えて依頼を受ける事にしたのだ。
「じゃあ、俺達クラン、黄金の旅がその依頼、受けさせてもらうよ」
「はっははは! そう言うと思ったぜ。じゃあこの依頼書の発注先の所に黄金の旅の名前を入れるぞ。……これでよしと!」
「よしOKだな―――時間も無いし、俺達は行くよ」
「おいおい、明後日の約束があるんだろう。3日後に出発すればいいじゃあないか」
「俺達には俺達のペースがあるのさ。ハンス、いろいろありがとう……じゃあな」
「ハンスさん、ありがとうございました」
「……オーク3,000匹を倒したお前さん達だ。グリフォン1匹ならあまり心配はしていないが、気を付けて行けよ」
俺とフェスはカウンターのハンスに手を振りながら、冒険者ギルドを出たのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間後……
バートランドの北正門を出た所の衛兵詰め所前。
ネイビイス山はこのバートランドから北西100Kmだからあっちの方角となる。
クサナギを背負った俺は何となく北西の方角を見やる。
そんな俺にフェスが「とりあえず出発しましょう」と促して来た。
俺達にとって100㎞の距離はそんなに問題ないが、問題は移動方法だ。
俺はネイビイス山もウイアリア村も、どんな場所かと言う知識だけでしか知らないから、行った所にしか有効でない空間魔法の移動系は使えない。
使えるとしたら行った事があるかもしれないフェス頼みなんだが。
「少し街から離れて目立たない所で使いましょうか?」
「え、何を?」
「何って? ホクト様!」
ああ、そうか飛翔魔法だったよね。
そうだよね、すっかり忘れていたなんて言えないぞ……
「確信犯だったら……ぶちますよ」
御免、御免―――うっかりだよ、本当に怒らないでよ。
最近、フェスは沸点低いな……もう。
「何かおっしゃいました?」
「言って無いって!」
考えてはいたけど……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「この辺りでいいと思います―――では始めましょうか」
俺とフェスがいるのはバートランドの街から北西に、約5km程離れた街道の近くの草原である。
当然、索敵で確認済だが、周りに人の姿は無い。
そういえばこうやってフェスから初めての魔法を習うのも久しぶりかな。
「確かに―――懐かしいですね」
彼女も同じ気持ちだったようだ。
「ホクト様、幸い屋敷の地下倉庫で軽量化の魔法を付呪された魔道具を手に取りましたよね」
「ああ……あれか」
「あの魔力波を憶えてらっしゃいますか」
「何となくだけど、憶えているよ」
「まあ―――良いでしょう。ではいつもの通り身体強化の魔法を発動してください」
俺はフェスに言われた通りに魔力を練り、身体強化の魔法を発動する。
「ある程度の高度を飛翔びますので、気の薄さと抵抗、そして温度の低さの問題があります」
気の薄さ? ……ああ空気ね。
「気が薄いと呼吸が困難になりますし、強い風が起こって身体にかかる負担も大きいのです。第4段階くらいの身体強化魔法を発動しましょう」
俺とフェスはさらに身体強化の魔法レベルを上げて行く。
「さあ、もういいでしょう。次は先程の軽量化の魔法の応用です。あの魔力波をイメージして練ってくださいね、体をどんどん軽くするように―――そう、そうです。流石はホクト様、魔力波の再現は、お上手ですね」
俺はあの地下倉庫で感じた魔力波のイメージで、どんどん魔力を練り、放出している。
体がどんどん軽くなっていくのを実感する。
「最後に加速の魔法を垂直に打ち上げる感覚で発動します。ちなみに軽量化の魔法を発動しなければ、単なる跳躍になります。天に舞え、天を駆けろ、我が身よ!
解き放たれし時は今、じゃあ合図しますよ……5,4,3」
何かロケット打ち上げみたいだな、これ?
「駄目ですよ、集中しなきゃ…初めての魔法の発動時は特にです」
御免!
そうだな、集中しよう!
「私と同じタイミングで……2,1……飛翔!」
「飛翔!」
その瞬間、俺達の体は恐ろしい速度で垂直に真上へ真上へと上昇して行く。
風を切る音が凄まじく、周りの気温も上昇するにしたがって、どんどん下がってくる。
「この位の高度でいいでしょう。加速の魔法を徐々に緩めていってください。……そう、そうです」
俺達はあっという間に草原から高度1,000m程の上空にその体を浮かせている。
俺とフェスの身体が虚空に浮かぶ、何とも不思議な光景だ。
「では飛翔魔法での横の移動です。いつもの地上を高速で走る感覚で飛翔びますよ。まずは私の速度に合わせて私に付いて来てください。
行きます―――飛翔!」
その言霊に合わせて俺とフェスの体は、北西の方向へ矢のように放たれて行ったのであった。




