第39話 執事とメイド
黒い霧から実体化した男性と少女。
男は鋭い目つきをし、尖った鷲鼻がひと際目を引いた老齢の男。
見た目で70歳は超えていると思われるのに、肌には張りがあり、背筋はピンと伸びている。
黒い地味な背広に白いワイシャツで身を固めていて、体格は中肉中背。
一緒に現れた15歳位の少女は金髪をサイドテールにし、瞳は碧眼。
服装は黒のワンピース、白いフリルのエプロンにエプロンと同色のフリルのカチューシャを付けた典型的なメイド服姿だ。
「これはこれは、ホクト様とその従士様でございますか。ふふふ、アルファン殿とはお久しぶりですね。私共、2人はルイ様から命じられて、あなた様方にお仕えするようローレンスから参りました。以後、宜しくお願い致します」
老齢の男はフェスとは面識があるようだ。
「成る程、貴方が―――派遣されるとはね。 私は彼の従士のフェスティラ・アルファンです。主人を差し置いての挨拶、申し訳ありませんが、こちらこそ、改めてよろしくお願いしますわ」
「はは、フェスと知り合いなら話が早いな、さあ2人とも一緒に飯を食いながら話そう。
ああ、その前に改めて自己紹介だな。俺はジョー・ホクトだ、よろしくな」
『私は同じくホクト様のヤマト刀に宿る刀精のクサナギだです、よろしく』
俺達3人は先に名乗る。
クサナギに対してもルイから話が通じているらしく驚く素振りも無い。
「おお、これは、これは失礼を! ご主人様に先に名乗らせるなど! とんでもない下僕ですな」
「右に同じで誠に申し訳ございません」
2人は表面上、恐縮して詫びている様に見えるが、実は俺達の反応を見ているようだ。
「では、こほん、改めまして……私めの名はスピロフスと申します。このお屋敷で今後、執事を務めさせていただきます。至らない点も多いと思いますが、よろしくお願い致します。こちらはメイドとして務めさせていただく、孫娘のナタリアでございます」
続いて少女が挨拶をする。
「ナタリアでございます。このお屋敷で祖父と共に頑張ります。不束者ですが、よろしくお願い致します」
「スピロフスにナタリアか、これから一緒に飯を食べながら話そうか」
「とんでもございません! 我々は使用人でございますので、お食事を一緒に取るなどとは……」
「良いんだ、俺は貴族なんかじゃないしな。飯は大人数で一緒に食べる方が好きなんだ。ただ今日は間に合わせだから簡単なものしかないぞ」
戸惑う2人に対して俺達はさっさと大広間のテーブルに置いた大皿の上に広場の店や屋台で買って来た串焼きや黒パン炊込飯などを並べて行く。
飲み物は地下のワイン倉庫にあったヴィンテージ物らしいワインを開ける。
「じゃあ乾杯するぞ。縁あって、この5人でこの家で暮らしていくことになった。2人には面倒をかけるが、よろしくな! ―――乾杯!」
「乾杯!」『乾杯!』
「…………」「…………」
「―――どうした、2人とも?」
「ご主人様は我々がどういう素性か、今までにどうして来たのか、お聞きにならないのですか?」
スピロフスが不思議そうに聞いてくる。
「ん? ルイの紹介としか、聞いてないが、それが何か?」
「召喚魔法で呼び出された私達が何者なのか、気になりませんか?」「そうですよ」
今度はナタリアまでが俺の顔をじっと見つめながら聞いてくる。
う~ん―――2人が何者なのか気になるって?
……それが普通なのかな?
俺は何故気にならないんだろうか?
そう考えた俺は、ある答えに行き当たった。
「はは、実は俺自身、自分が今、何者なのか分っていないんだよ」
2人は俺を見て呆気に取られていた。
フェスはこちらを見ながら静かにワインを飲んでいる。
「2人はルイから俺の事は聞いているだろう」
スピロフスとナタリアはお互いの顔を見合わせると何度か頷いた。
「俺は前世の記憶はあるけど、何故死んだのかも不明だし、ここに居る理由がどうしてなのかもわからない。でも今となってはいいのさ。実際、こうやって楽しく生きている。いろんな人に会って良くしてもらって、美味いものも食べてな」
スピロフスとナタリアは何も言わずに俺の話を聞いている。
「そんな俺がどうして他の奴の事情を必要以上に根堀葉堀聞く必要がある。俺は答えられないのにだぜ……まあ、どうしても聞いて欲しいとか、是非言いたければ構わないさ。俺はこの世界に生きるにあたってルイに世話になった。お前達はそのルイが見込んで俺に派遣してくれたんだろう」
俺は一気にそう言うと、一息ついてこう言い切る。
「それ以上、余計な事を知る理由がどこにあるんだ」
それを聞いたスピロフスは大きな溜息を吐き出すとこう呟いた。
「ご主人様は変わっていらっしゃいますなぁ」
「そうか、こんな俺が嫌だったらルイに話して「違います!」やるけ……」
俺はスピロフスの言葉が俺とは分かり合えない気持ちだと受け取ったので暇を出しても構わないと思っていた。
そう言いかけた俺の言葉をスピロフスは今までの彼の口調とは思えない激しい言い方で遮った。
「ははは、ご主人様は気が早うございますなぁ、私が仕えたくないとでも? そんなつもりは毛頭ありません。逆に私には興味が出て来ました。ぜひとも貴方様に仕えさせていただきたい!」
「わ、私も!」
スピロフスがきっぱりと言うと、ナタリアが慌ててそれに追随する。
スピロフスは孫娘の狼狽振りを見て、微笑みながら俺に告げる。
「ルイ様の命令は絶対です。私の好み云々(うんぬん)ではありません。しかし、それ以上に私をそう思わせる何かが貴方様にはございます。改めてよろしくお願い致します」
「お願い致します」
「若輩で生意気かもしれないが、こちらこそ、よろしくな!」
ナタリアが祖父の最後のフレーズだけを反復したのを聞いた俺達は笑いながら
2人にこの屋敷にぜひ来てくれるよう頼んだのであった。
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「じゃあ改めて乾杯だな、乾杯!」
「乾杯!」『乾杯!』
「乾杯!」「乾杯!」
「皆、どんどん、食べてくれよ」
それから俺達の距離は杯を重ねるうちに縮まっていったのだ。
スピロフスは初めて食べたらしいパエリア風料理のおこげの部分に吃驚していたようだ。
「これは……野趣溢れていておいしゅうございますね」
「だろ……普通は皆、おこげなんか食べないからな。それに今度、その米を使って違う料理を試してみたいんだよ」
それを聞いたクサナギが俺に甘えて来た。
『ホクト様―――その時は私の事を忘れずにお願いしますよ』
『わかっているよ、クサナギ』
かたやフェスとナタリアが料理繋がりの話題で盛り上がっている。
「フェスティラ様、お料理が凄く得意とルイ様からお聞きしました。私もいろいろ作りますけど、もっと出来るものを増やしたいのです。教えていただいても、よろしいですか?」
「構わないわよ、ここは厨房が広いから腕の振るいがいがあるわ」
それを横目で見た俺はナタリアの服をまじまじと見てしまう。
いわゆる典型的なメイド服で俺の隠された趣味のゾーンど真ん中である。
「ナタリアはその服がとても似合っているな、良い、とっても良い」
「仕事着ですけど、結構気に入っています。色違いで紺のワンピースもあります」
ナタリア自身もとても気に入っているようで、そう話す目がきらきらと輝いている。
「そりゃ、楽しみ……いっ!?」
俺が満面の笑みでいると背中にぞくりと恐ろしい殺気を感じた。
おそるおそる振り向くとフェスが微笑みながら立っている。
しかし!
笑っているのは口元だけで目元は全く笑っていない。
「フェスティラ様!?」
ナタリアはきょとんとしている。
スピロフスも不思議そうだ。
「フェスティラ殿、どうしてお怒りなのですかな?」
フェスは能面のように全く表情を変えず、その眼差しは氷のようだ。
火の精霊なのに!
「―――何でもありません。後でホクト様に個人的に話がありますので」
それを聞いたクサナギが面白そうに茶化す。
『ホクト様ぁ……アウトォ!』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さあ―――流石に片付けは我々でさせていただきます。皆様はお休みになっていてくださいませ」
片付けはスピロフスとナタリアに任せて、俺とフェスはナタリアに入れて貰った紅茶を飲みながら寛いでいる。
「今日はどうします、ホクト様」
「今日はこの屋敷の中をいろいろ見てみよう。特に書斎と地下の武器庫が気になるな」
「地下の武器庫は各地の遺跡や迷宮から持ってきたものも多いかもしれません。
もし売れば商会の利益になったのに……キングスレー会頭はよほどそのご友人を大事にしていらっしゃったのですね」
「俺達もそうありたいものだな」
そう言う俺にフェスは頷きかけて、首を横に振った。
「もうなって……いいえ、それ以上の間柄ですわ」
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「スピロフスには当面の生活費を預けておくよ。足りない分があったら言ってくれ」
俺とフェスはスピロフスに金貨100枚を渡した。
「かしこまりました、大事に使わせていただきます」
稼いだ稼いだって思っていたら、残金が僅かだ
……そろそろ依頼を受けないとな。
そして、もっと経験を積んで腕を磨きたいし。
明日は新たな依頼を探しに冒険者ギルドへ行こう。
俺は手持ちの金の残りを計算しながらそう決めていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷地下倉庫……
「クサナギさんはあの倉庫を思い出すから留守番だそうです」
「仕方が無いな、フェス、行こう」
ひと休みした俺達はさっきの話通りに地下の武器庫にやって来ていた。
契約書では所有権は全て俺達に移っているが、会頭の想い入れもあるし、直ぐにどうこうするつもりは無い。
しかし、こちらで得たものが増えて、倉庫が満杯になるようだったら会頭に相談してから対応を考えよう。
ここの鍵も当然、魔法鍵に変更してある。
「ああ―――そうだ。スピロフスとナタリアの魔力波の登録もしないと、彼等がこの家の門やドアを開けられないな」
「忘れないようにしませんとね」
俺が手を当てると魔力波に反応し、倉庫の鍵が音をたてて開き、扉が開く。
「一体、何があるんでしょうね?」
「魔導灯がある……点灯けてみよう」
俺がまた魔力波を込めた手を魔導灯に当てると魔道灯が淡く光り、倉庫の中がぼんやりと浮かび上がった。
何か面白い物があるといいけど。
俺は小さな期待を持ちつつ、フェスと共に武器倉庫の中に入っていった。




