第3話 授業③
「次が最後の授業です。 私が自らホクト様を闇属性の呪文で攻撃致します。 ダミアンの時と同じように耐え、切り返してくださいね」
ルイは微笑むと、何かを思い出したかのように言葉を続けてきた。
「そうですね、あの方の加護のおかげでこのままだと魔法の効きが少し弱い。ホクト様へのあのお方の加護を少々弱めさせていただきます」
ルイの指先から淡い光が伸び俺の体を包むと同時に身体が重くなり奇妙な気だるさを感じる。
「では行きますよ」
ルイが何事か呪文を唱えるとルイの体から黒い触手のような魔力波が伸び、俺を包み込んだ。
さっき感じた倦怠感などと比べたら物にならないおぞましさが俺に入り込んでくる。
手足があっという間に硬直し、体力がどんどん奪われていくのが分る。
五感が崩壊して行く……
……孤独感が募り、自分が何も無い空間に置き捨てられるような感覚になってくる。
『それが私の闇魔法、黒き天使の触手です』
ルイの念話が唐突に頭の中に響く。
『この魔法は精神と肉体を完全に崩壊させ死に至らしめる呪いの魔法です。普通の光属性の魔法では対抗出来ません。……これを解呪するには』
一瞬の間を置いて神々しい光が俺を包む。
荒れ狂っていた黒き触手があっという間に消滅していく。
気が付くと片膝をついて倒れそうになっていた俺の目の前にいつもと変わらない笑顔で告げるルイが居た。
「ふふ、流石に黒き天使の触手は解除出来ませんね。
ホクト様、これが私の持つ最高位の光属性魔法、創造主の手。あらゆるBADステータスを全快させる魔法です、重宝しますよ」
究極の光と闇の魔法――こんなものを使いこなせるなんてルイって何者だ?
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「さあ、これで貴方は火、光、闇、無属性の呪文を発動させ、使いこなしました。後は土、水、風の魔法です。これらは他のあらゆる無属性魔法も含めて旅の途中で必要に応じておいおい覚えてくださいね」
「全部教えてくれないんですか?」
俺はルイに不満をぶつけてみる。
「最初から全部、覚えてたら学ぶ楽しみが無いですからね」
そうですか……そういう考え方もあるけれど。
「まあ、全てお教えしない理由は他にもあります。ふふ、餅は餅屋って事ですよ」
……顔立ちに似合わない、ことわざ知っていますね、ルイ先生。
「俺もルイみたいに召喚魔法使いたいんですけど」
「ふふふ……ホクト様がご興味のある無属性の召喚魔法でしたら、さっきのダミアンとのやりとりで多分大丈夫です。あれだけリッチに好かれるのであれば、魔の者を呼び出す魔法との相性は問題ありません」
何か説得力があるようで無いような……
まあいいか、いずれ教えて貰えるだろう。
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3日目は屋敷の中でフェスからこの世界の概要を習う。
そもそもこの屋敷って不思議だ。
部屋が20以上もありそうな屋敷に居るのは俺とルイ、フェスそして綺麗なメイドのお姉さんが5人程度……
フェスが言ったルイが作った亜空間の中にあるらしいが、まるで現実感の無い場所にぽつんと存在しているような、隔絶された世界の中に存在しているのだ。
身の回りのお世話をしてくれるメイドのお姉さん達もルイと同様、まともな人族ではないんだろう。
でも俺は自分に害をなす奴以外には差別とか偏見は全く無いし、彼女達はおしとやかで可愛くて料理も巧い。
もし個人的に付き合ってと言われたら大歓迎だ。
……え、女は怖い?、だまされてるって。
君はそれ、どれだけ酷い目にあって来たんだ、同情するよ。
何で分かるかだって? それは、かっての俺もそうだったからね。
陰で酷い事を言われたり、約束を平気ですっぽかされたり、そんな事は日常茶飯事だった。
でも、あきらめなきゃ何とかなるもんだよ、これ本当、うん。
ちょっと、話は脱線したがこの世界の膨大な知識をちまちま教えてもらうのは大変すぎるので知識模写の魔法を使う事になった。
これは片方の知識をもう片方に写す魔法。
若干の記憶のやりとりも生じると言う……
やり方は何と肉体的な接触。
つまり、一番、確実なのは男女のアレなんだと。
冗談でフェスに○○したいけど……いいの? って言ったら
「仕方がありませんね」
何とあっさり了解!?
いつもの超事務的な真顔でそっけなく言われたので思わず焦ってしまう。
今の俺は前世の記憶を持っているし、30歳のおっさんだったわけだから
見た目程、初心では無い筈なんだがね。
何故だか彼女とは簡単に一線を越えてはいけない気がしたんだ。
肝心な所でヘタレが出たとも言えるけど。
そんなこんなで一応、出来る限りの笑顔で丁重にお断りしたら……
意外にも何故か大きな溜息を吐いて途端に元気が無くなったフェス。
普段、俺とのやり取りがあんなに事務的なフェスなのに何故だろう?
仕事とは言え、好きでもない男に抱かれなくて良くなったんだからここは喜ぶべきところじゃあないだろうか?
俺にはそれが全く分からなかった。
結局、肉体の接触なんて一見大袈裟な表現だが、手を合わせるだけで事が済むという話になった。
俺とフェスは言われた通りに両手を合わせる。
これも幼稚園のお遊戯みたいで充分に恥ずかしいが……
フェスの手は思ったより小さくて凄く柔らかくほんのりと温かかった。
やがてフェスの口から呪文が唱えられると、膨大な彼女の知識が滝のようになだれ込んで来た。
この大陸の名はアトランティアル大陸。
1日は24時間、1週間7日、一年が365日は前世の世界と同じ事。
世界は前世で言う欧州風の西方国家、東洋風の東方国家の2つの国家群に分かれている事。
2つの国家群合わせて計20余りの国と多くの未開地がある事。
人種はまず世界で一番多い人族が中心でアールヴと呼ばれるエルフ、ドヴェルグと呼ばれるドワーフ、そしてノーム、ホビットなどの妖精族がそれに続き、獣人族、竜人族などの亜人も相当してそれぞれ独自の国家を作っている。
そして人間に対して敵愾心を持っている怖ろしい魔族が居る事。
また文化レベルはやはり地球の中世レベルで国や地方によって大きな格差がある。
通貨はこの世界共通で日本の十円ほどの小銅貨から始まって銅貨、銀貨、金貨、白金貨、王金貨、竜金貨、神金貨で十進法に基づいている事。
※神金貨1枚で何と1億!!!
宗教は創世神を中心とした多神教で共通の神も居るが各国ごとに信仰されている神も居る事。
後は身分制度や細かいしきたりなど。
これらの事にフェスの考えというか主観もあるらしいけど、それは俺にとって今は余計な情報なんでオミットされているそうだ。
知識模写が終わってルイとフェスの2人が改まって話というか
頼みごとをして来る。
何だい、お兄さんに相談してごらん、言っとくけど金は無いぞ……って口癖の会社の先輩が居たなぁ……ああ、懐かしい。
何かと聞いたら、俺から主として2人に真名をつけて欲しいそうだ。
真名とはいわゆる通り名(仮名)と対極にある言葉で本名という意味。
つまりルイとフェスは通り名って事なのか。
本当の真名はもうすでに2人にあるのだけれど従士としての魂同士の契約を結ぶ際に主=契約者からの真名は必ず必要らしい。
ただこの真名が契約者以外に知られると強制的に支配される恐れもあると。
上司と部下といえどもルイとフェスの真名はお互いに秘したいとの事で俺と各自、念話でのやりとりになった。
結局、俺の直感でと言うか2人の得意とする魔法のイメージが強いのかもしれないがルイは光、フェスは紅と名付ける。
2人はその和風の名前に満足してくれたようだ。
ちなみに俺は、苗字はそのままにして、名前はこの世界風に丈二をジョーとし
ジョー・ホクトと名乗る事にしたのだった。