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第38話 ルイからの贈物

 キングスレー商会の会頭チャールズ・キングスレーの大いなる厚意と同商会主任マルコ・フォンティとの友情により、今の俺達は、分に過ぎたとも言える屋敷を得た。


 商会で仮契約書の内容を読んだ上でサインしたが、武器倉庫の中身やワインも一切譲ると記載されていたのには驚いた。


 マルコに聞くと武器防具や素材はアルデバラン、キングスレー、ダレンと屋敷の元の持ち主であるかっての親友が結成したクランが冒険の度に獲得した戦利品だそうだ。


 ワインのコレクションは個人的な趣味であったとの事。


 礼を言いたかったが、会頭のキングスレーは外出して不在との事で、マルコにお礼の言伝ことづてを頼んで一旦、ホテル【バートクリード】に戻る。


 屋敷はキングスレーが外装、内装とも補修して新築のような趣であり、潔癖なクサナギが喜んだのは言うまでもない。


 家具に関しては、古いが趣味の良い上品な物が残っていたので、とりあえず、そのまま使わせてもらう事にしたのだ。


 お店を借りる事に例えれば【居抜き】という奴だ。


 明日のお昼までにはこのバートランドの魔法省支部の担当魔法使いが、屋敷に置いてある魔道具マジックアイテムのいくつかに、魔力を込めに来ると言う事なので午後早めには屋敷に移る事にする。


 ちなみにこの魔法省というのはここヴァレンタイン王国内の魔力管理を一括して行っており、日本で言えば資源エネルギー庁と電力会社を足して2で割ったような役所である。


 作業はと言うと、照明・厨房の料理用の道具や風呂の各魔道具に起動と半永久の魔法をかけ、現在休眠している魔道具をまた再使用できるようにする作業をするのだそうだ。


 はっきり言って、そんな事は俺達にも容易に出来る事なのだが、こういう物は利権絡みだし、何か揉め事が起こっても面倒臭いので、そのままお願いする事にした。


 ちなみに料金の請求は1ヵ月後に来るそうだ。


 今夜はホテルバートクリードでの最後の夜である。


 俺達はホテルのレストランでの夕食を終え、部屋でお茶を飲みながらくつろいでいた。


あとは午前中に消耗品をいくつか買って行くくらいか」


 俺が満ち足りた表情で言いかけると、フェスが首を横に振った。

 

 そうか、大事なことをすっかり忘れていた。


「そうですよ、落ち着いたら、執事とメイドの公募をしませんとね。あれだけ広い屋敷ですから我々が居ない期間の問題もあります」


 確かに執事とメイドは雇わないと駄目だ。


 俺だってあれだけ広い屋敷だと掃除するのは辛過ぎる。


 自動的に掃除をしてくれる魔法があれば良いが。


 あれだけ大きい屋敷を手に入れるとは予想外だったからな。


「一緒に住むのだから、良い人が来るといいんだけどな」


「そうですね」『全くです』


俺達が執事とメイドの採用ネタで盛り上がっていた時、急に彼はやって来た。

やって来たと言っても、実は念話の声だけではあるが。


『……ホクト様!』


 わっ! その聞き慣れた【飄々とした】その声はルイ!?


『ホクト様、飄々なんて……出来ればもう少し美しい形容詞をお使いください。その表現は少々不満ですね』



『悪かったな。あっ! それよりルイは、ローレンス王国の皇帝だそうじゃあないか?』


『まあ、そうとも呼ばれています。次回は我が国の冒険者ギルドの依頼を宜しくお願いしますね』


 あっさりとスルーしやがったな、まあいいけど。


 ルイの言葉がフェスに向けられる。


『フェス、よくホクト様を助けているようですね』


『は、はいっ!』


『ただ、最近―――個人的感情が暴走し過ぎです。貴女の気持ちは理解できますし、禁じはしませんが、まず任務ありきですから』


『は、は、はいっ! ……かしこまりましたぁ!』


 さすがに上司と部下、流石のフェスもルイの前では形無しである。


『そこな刀の精霊よ……』


『な~によぉ!』


 クサナギのルイに対する敵意はまるわかりだ。


 しかし、ルイは全く意に介していなかった。


『そう興奮するものではないですよ。私は、お前の働きをよく見ています。これからもホクト様を助けて欲しいのです、宜しく頼みますよ』


『あったり前です! 貴方に言われなくても、この身が滅ぶまで、側に居てあげるつもりなんですからっ!』


『ふふふ、素晴らしい覚悟ですね。貴女のおかげでホクト様も新たな力も目覚め始めているようですから』


 ルイ……! 気付いていたのか。


 その言葉を聞いていたフェスが吃驚びっくりしたように俺を見る。


『フェス―――吃驚する事はありません。お前の最初の指導のおかげでもありますから。あとでホクト様ご本人から、じっくり聞くといいでしょう』


『…………』


 フェスはまだ無言だ。


『ああ、すっかり前置きが長くなってしまいましたね。今日は引越し祝いを伝えに来ました』


『引越し……祝い? ……ですか?』


 まだ呆然としているフェスがやっとルイの言葉を反復する。


『そうです。何でも執事とメイドを募集するそうじゃないですか? そこで私からのお祝いとして1年間の賃金付き、2人をセットでプレゼントしましょう』


 思いがけないルイの言葉に呆然とする俺達……


『考えてもみてください、皆さんには公に明かせない秘密が多々あります。執事とメイドがその辺を踏まえていれば、楽勝です。また【私の紹介】なので警備も、人間的にも安心です』


 警備が安心なのはいいけど人間的・・・ってどうなんだろ?


 ……多分、ルイが寄越すのは人間じゃあないだろうから。


『まあ細かい事は気にしないでください。明日午後に伺わせますから。午後以降であれば、ホクト様がいつでも召喚の魔法で、屋敷の大広間に呼び出す事が出来ますよ。では、私はそろそろ失礼します』


『おいおい、ルイっ!』


『…………』


 もう念話、切りやがったのか

 それにしても押し、つよっ!


 俺も少しは見習いたいよ……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「何か疲れたな……」


「…………」『…………』


「悪かったよ、フェス、そしてクサナギ。俺が新たな力に目覚めたことを言っていなくてさ。実はこの前のオークキングとの素手の戦いで初めて自覚したのさ」


「新しい……力……ですか?」


「うん、まだそんなによくわからないんだ。自分の凄い身体能力は自覚していたけど……」


「今までとそんなに違いますか?」


「今までの力とはけたが違うんだ。魔法を使わずに動体視力が異常に上がったり、力も凄く上がっていた気がするよ」


「魔法も無しに……ですか」

「御免な……」


 俺が隠し事をしていたのがショックだったのか、フェスは少し落ち込んでいた。


 そこにクサナギがいつものように辛らつな口調で斬り込んで来た。


『あの魔族は私が引き出しつつある力と言っていました。私には全然、自覚が無いのが残念です』


 ルイが魔族ねぇ……

 普通の人間でないのは確かだけど。


「話を元に戻しましょうか」


 クサナギの毒舌に美しい眉を少しひそめつつ、フェスはまだ疲れたような顔で俺に言う。


「ルイが送ってくる執事とメイドの事か?」


「はい―――そうです。いろいろな事を考えて、差し引きしても、ここはルイ様のご厚意を受けておいた方がいいと思います」


『不満ですが、フェスティラ様のおっしゃる通りだと思います』


「そうか、2人ともそう思うか、俺も実はそう思う。俺達の事情をわかっていて、改めて説明する必要も無いし、家で気を使わず、のんびりリラックス出来るのは大きい。警備もそうだが、賃金1年無料ってのも魅力かな。破格の条件とはいえ、この屋敷を買って、だいぶ金も減っているしな」


「私はホクト様と同意見です」『私もです』


 手持ちの金が心もとない中、執事とメイドの人件費が1年でも浮くのは大歓迎である。


 フェスとクサナギの意見も俺と一緒だ。


「意見は纏まったな。じゃあ、明日の午後、新しい仲間を迎えようか」


 俺達は結局、ルイの好意に甘える事にしたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝、俺達はホテルバートクリードをチェックアウトした。


 たった1週間余りの滞在ではあったが、この世界を旅慣れない俺を癒してくれた良い宿であった。


「ありがとうございました、皆様。また、ぜひのご宿泊を!」


 エルフの支配人をはじめ、何人かの従業員に見送られて俺達はホテルを後にした。


 そして―――


 俺達は商店街へ出て、午前中は身の回りに必要な物の買い物をする。


 さすがに普段着る服は後回しにして消耗品や肌着などを購入する。


 ただフェスから俺に女性用の肌着を一緒に選んでくれと頼まれたが、丁重にお断りしておいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 お昼前になった。


 俺とフェスは中央広場の店や近辺の屋台で簡単に食べられる物を昼食として購入した後、屋敷の門の前に立っている。


 昨日の古い鍵は本日、午前中に魔法鍵マジックキーに差し替えてある。


 俺が門に手をかざすと門に魔力が流れ、静かに両側に開いた。

 玄関の扉も同様にして開く。


 俺とフェスの魔力波オーラで登録してある鍵。

 これがこの世界のオートロックであった。


 俺達はとりあえず大広間に入り、大テーブルの上に買って来た料理を並べる。


 これから来る執事とメイドと一緒に食事をして、親交を深めようと言う俺の提案に2人が従った形だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 歓迎の準備は整った。


 さあ召喚である、一体どんな奴が来るのか。

 俺は魔力オドを練り、魔力波を放出。


 魔法陣を発生させた。


 ルイが繋げておいたらしい魔力波の通路はすぐ判明し、俺は魔法陣と結合させる。


 魔力波が徐々に高まり、黒く禍々しい霧が立ち昇り、それが段々と人の形となってくる。


 ほどなくそれは実体化した。


 実体化した人影は2人。


 霧が晴れ、そこから現れたのは70代前半の老齢の紳士と15歳くらいの小柄な女の子の2人であった。

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