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第37話 新居

 俺は改めてマルコに今までの住まいの礼を言う。


「ホテルバートクリードは最高だった。おかげで良い思い出が出来たよ」


「喜んでいただければ幸いです。おくつろぎいただけましたでしょうか?」


 フェスもマルコに感謝の気持ちを告げる。


「マルコさん、あのホテルのお陰で我々の絆も深まりました」


 確かに3人で一緒に寝たあの日から、俺達の絆は深まったのだ。


「そうそうホクト様とフェス様の噂もお聞きしておりますよ。お二人は既にBランククランにお成りになったとか。ああ、そうそう黄金の旅ステイゴールドでしたね」


「ああ、いきなり大仰な名前をつけてしまったがな」


「謙遜しますね。でも、今回の依頼を完了した事でもう誰もそんな事は思わないでしょう。何でもウチで依頼したクランと共にオークの大群を撃破し、奴等に襲われた村から生存者を救助したとか、凄いですよ! おめでとうございます、そしてありがとうございました……これであの時亡くなったウチの人間も浮かばれます」


 俺達がマルコの招待でホテルバートクリードに宿泊したと聞いて、キングスレーは驚きの表情だ。


「マルコ―――お前、自腹でバートクリードにお泊めしたのか?」


「僕の命の恩人のお二人ですから当たり前です」


「お前、頑張ったな、よくやった。しかしお前の恩人という事はあの馬鹿アンゲロスの命の恩人でもある筈だ。あいつは何かしたのか?」


「申し訳ありませんが……存じません」


「何?」


「一緒にお礼をしましょうと声を掛けましたが、アンゲロス部長はお断りになりましたので」


「はあ~、何じゃ、あいつは!?」


 キングスレーは不出来の部下の馬鹿さ加減に大きな溜息をついたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「話にもならんな、あの馬鹿アンゲロスは―――さて本題に戻ろうか。このお二人は新たな住居を探しておられる。で、担当はぜひお前にやってもらい、それをお前の売り上げ扱いとしたいそうだ」


 キングスレーは俺達に代わってマルコに希望を伝えてくれた。


「会頭、私は不動産部の担当ではありませんが、構いませんか?」


「全然、構わん! と言うかこの方達の担当はお前しかおらんだろう。儂からの業務命令としてやってくれ、そうであれば雑音も無いだろう」


「お気遣いいただき、ありがとうございます、会頭。……では拝命させていただきます」


 マルコが返答すると、改めてキングスレーが客に対する商人としての表情で俺達にマルコが担当になった事を告げた。


「ではマルコ・フォンティが、お2人・・・の新居を担当させていただきます」


 見ると―――フェスが滅茶苦茶嬉しそうだ。


 特に【お2人の】と言う部分に過剰に反応していた。


 インテリジェンスソードのクサナギの存在を知らない人間からすれば、同じ家に住むのは俺とフェスの2人きりの同棲生活にしか見えないからだ。


「まずご希望をお聞き致しましょうか?」


 俺はフェスに向けて頷くと先程3人で詰めた細かい条件を出して行く。

 俺達が出した条件は下記の通り


 賃貸と買取両方の物件を見たい事。

 家の仕様が優先なので家具の有無には拘らない事。

 冒険者ギルドから遠からず、でも近過ぎずの距離である事。

 部屋数は食堂と厨房が1つずつと個室が5つ以上ある事。

 庭がそこそこあり、外壁で囲まれている事。


 と主なところは以上の5点である。


 そして肝心の予算であるが


 買取なら金貨800枚から1,000枚。


 月極めの家賃の場合は金貨10枚から15枚を提示する。


「う~ん、わかりました。但し、お買い上げは難しいと思いますね。このバートランドの相場では、先程の条件でご予算の5倍はしますので……もし、案件が有ったとしたら、それは、大変な理由わけ有り物件でしょう」


 理由有りねぇ?

 やっぱりか……まあ想定内だな。


 ちなみに今の俺達の経済状況だが、 俺が金貨に換算すると600枚、フェスが同じく680枚を持っている。


 俺はカリーネ達に金貨200枚を渡し、【大飯食らいの英雄亭】の慰労会うちあげ代を負担したのだが、フェスはそれを了解する代わりに報告書提出での白金貨2枚と特別功労金の王金貨3枚の報酬は俺が持つように言ってくれた。


 残金を金貨に換算すると、この枚数である。


 ちなみにフェスはオークの討伐料をそのまま使わず持っていたのだ。


「ウチの不動産部に会頭命令だと伝えておけ、破格の条件を出すようになと」


 キングスレーの低音でいかめしい声が響く。


「かしこまりました。では不動産部に行って照会して来ますので、しばしお待ちください」


「うむ―――いや、やはり儂も一緒に行こう。2人とも、しばらく待っていてくれ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 20分ほど経ってからキングスレーとマルコが戻って来た。


「お待たせしました。会頭のお力でお客様のご期待に副えると思います。お2人は、これからすぐ現地へご案内できますが、行かれますか?」


「2人ともOKだ。すぐ案内してくれ」


 俺がそう答えるとマルコは嬉しそうに頷いた。


「そう思いまして、既に馬車を用意してあります。出かけましょう」


 表には商会の馬車が用意してあったので俺とフェスは客席に乗り込む。


 御者はマルコである。


 キングスレーは業務が溜まっているらしく、流石に同行はしないようである。


「では、儂はここで失礼させて貰うぞ、ジョーに、フェスよ。気に入った家が見付かる事を祈っておるよ、マルコ―――あとは頼むぞ」


「チャールズ、ありがとう」「ありがとうございました」


「かしこまりました、会頭。では行って参ります」


 俺達とキングスレーがやりとりするのを見届けると、マルコは言葉を返し、馬に一鞭当てると馬車を出発させた。


「いきなり押し掛けて来て、その上、無理を頼んで悪いな、マルコ」


「いえいえ、早速僕を頼りにしていただいて嬉しいですよ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達はマルコに案内されて一軒目の屋敷の前に立っていた。

 

 俺から見たら、提示した予算に見合わない豪壮なものである。


「さあ、まずは1軒目です。冒険者ギルドから徒歩10分、さる高名な冒険者の屋敷だった所です。多才な方だったらしく、いろいろな設備が整っています。築20年と建物が少し年数は経っていますが、外壁、内装とも先日手直しをしていますので問題ありません」


「中も広そうだな」


「はい、母屋は3階立てで部屋数は大広間を入れて16部屋。風呂とトイレが各階に付いております。他に1階に厨房がひとつ、地下にもワインセラー付きの食料庫と武器庫に使える倉庫を設置。また庭も広く、そこそこの広さの訓練場も備えております。別棟には鍛冶工房と錬金工房もあります」


「凄いな」 


「そして屋敷の周りは高さ5mの魔法壁で囲まれております。買取をされるのであれば神金貨1枚、金貨換算で10,000枚です。お借りになる場合は通常は月額金貨80枚ですが……破格値でご予算上限の15枚で結構です」


 いきなり1億円とは凄い物件である。


 ただ条件サービスも破格である。

 特に家賃の割引価格が全くの得値なのだ。


 リースカーのように借りといて、途中で買える金が出来たら、買い上げとかは有りなのかな?


 マルコに建物の内部見せてくれるように頼んだ。


「とりあえず中を見せてもらってもいいかな」


「ぜひ! どうぞご覧くださいませ」


 俺はそんな事を考えながらマルコに内覧を頼むと、快く応じてくれる。


 彼は懐から鍵束を取り出し、その中のひとつで、この屋敷の古ぼけた扉の鍵を解除した。

 

 扉が少し軋みながら、開け放たれる。


 俺達はマルコに続いて屋敷の中に入った。


 中に入った俺達は想像上の屋敷の造りにほうと息を吐いた。


 まず1階であるが、20畳ほどの食堂を兼ねた大広間がある。

 

 中央に大きなテーブルが据付けられており、大人数での食事が可能である。


 その脇には厨房、魔法にて調理する魔道具マジックアイテム式のシステムキッチンが備えられていた。


 厨房の隣には8畳ほどの部屋が3つある。


 1つは管理人用、もう2つはメイドなど使用人が寝起きする部屋だそうだ。


 2階は客間を兼ねた8畳程の部屋が設けてあり、これが8部屋。


 3階が主の部屋となっており20畳ほどの寝室、屋根裏に5畳程の納戸。8畳ほどの従者の部屋、そして、おびしい本がある20畳程の書斎があった。

 

 書斎には、どんな本があるのか、本好きの俺としては非常に興味深い所である。


 そして各階の風呂とトイレも魔法式の便利な物であり、トイレは何と水属性の魔法を簡易に起動させる 今のホテルと同じ水洗トイレであった。


 風呂は1階と2階のものは到って普通の広さの魔法式の風呂であるが、3階の主人用の物が規格外で広さが洗い場の広さだけで10畳。


 湯舟も一度に4人程も入れる巨大な物で、内装も凝っている。


 地下は2部屋有りワイン倉庫にはいくつものヴィンテージもののワインが並び、半永久式の水属性魔法がかかった冷蔵庫と冷凍庫も備えられていた。


 その隣の部屋は夥しい武器と防具、そして素材が蓄えられた武器防具庫である。

 

 最後の庭に入ってみると平屋の別棟があり、各20畳ずつほどの鍛冶工房と錬金工房が中に作られ、その 前の庭はちょっとした訓練が出来るスペースとなっていた。


 俺はもちろん、それ以上にフェスは目をきらきらさせ、クサナギが興奮する波動も伝わってくる。


 どこの世界でも女の子はインテリア好きなのかな……


 俺は少し可笑しくなった。


「実はこの屋敷の持ち主だった方は会頭の古いご友人でして、身寄りが無かったのでお亡くなりになった際に遺言で会頭にこの屋敷を託しました。ここでホクト様に会ったのはあいつの導きだと会頭は申しまして、失礼しました。話を戻しますと税金等の問題で便宜上、前金で金貨1,000枚いただければ、残金1,000枚を催促無しのある時払いでお譲りするそうです」


 俺はマルコの提示した条件に驚いた。


 いくら会頭肝煎りのサービスといっても桁が違っている。

 

 更に詳しい事情を聞くとキングスレー会頭の古い友人であったこの屋敷は、現在、会頭が個人所有しているとの事。


 譲るにあたっては相続手続きの金貨10,000枚の税金10%……


 すなわち金貨1,000枚がかかるので、金貨1,000枚は、その経費だと言う事。


 残りの金貨1,000枚は借用書も不要な事などを知らされる。


 本当に好条件どころじゃないぞ……

 

 実質、俺達に寄付するようなものだ。


「会頭は恩義には必ず報いる方であり、キングスレー商会の名をとても大事にされる方です」


「でも―――なあ。む、そうか! この前のオークの件だな」


「お分かりになりましたか、流石はホクト様ですね。まず商会への恩義、私への恩義、そしてアンゲロス 部長への恩義、及びご迷惑を掛けたお詫びがあります」


「そこまでは分るんだが、……なあ、まだあるだろう?」


「鋭いですね―――会頭は昔、アルデバラン公爵やこの屋敷の持ち主である親友であった冒険者、そしてあのダレンとクランを組んでいた仲間だったのです。あなた方に昔の自分達を見るようだと、いたく気にされておいででした。そしてはたと手を叩き、この屋敷の事を言い出されたのでございます」


「それは―――いたく気に入られたもので光栄だ。不動産部の長とやらが居たら、大変な事だったろう」


「それは―――もう。顔の色が何回も変わっていました」


「はははは、フェス? どうだい、俺はここに決めたいんだが」


「私もぜひお願いします! という感じです」


『クサナギは?』


『ここはとても魂が安寧に過ごした痕跡を感じる清々とした場所です。私は【ここ】がいいです』


あと、3件ほど案内する予定でしたが……こちらでよろしいでしょうか?」


「この街には、ここ以外―――無いだろうな」


「ありがとうございます! 会頭もお喜びになるでしょう。いつからお住まいになりますか? 最短で明日から魔力を通して住める様に出来ますが」


 おいおい手際がいいな

 

 ……ただ、これだとマルコの営業成績はどうなるんだ?


「そうだ―――でもこういう形だとマルコの売上げには貢献できないな」


「ははは、ホクト様は本当にお優しい……でも心配無用です」


「今回の話をまとめた事で会頭に対して覚えがよくなる……な」


「そういう事ですね」


 頭の中と気持ちがさっぱりした俺はマルコに告げた。


「すぐに手続きをしてくれ!金貨1,000枚は即金で払う」


 会頭が言う通り、冒険者兼商人として仕事をするならば、マルコと組んでみるのもおもしろそうである。

 

 俺はそんな事を考えながら、俺達の拠点となるこの屋敷を見上げ、明日からの新たな日々や可能性に胸を膨らませて行くのだった。

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