第36話 キングスレー商会
今日は俺達、クラン黄金の旅は今後について話し合いをする。
緊急課題に住居の問題がある。
現在、宿泊しているホテルバートクリードはこのバートランドでも指折りの高級ホテルだ。
いつでも入れる風呂もあり、サービスも最高であるが、なんせ1泊1人につき金貨3枚の高額な宿泊料金。
※金貨1枚は1万円です。
今回の依頼で結構な金を稼いだが、これはたまたま。
冒険者というものは基本、稼ぐ時は稼ぐ。
しかし装備の購入や整備、携帯品の手配、負傷した際の治療費など持ち出しも多いのである。
どちらにしろ、こんな高級ホテルにはこれ以上宿泊出来ないので、マルコが予約を入れた分だけ宿泊し、その後、引き払う事はフェスやクサナギとも合意していた。
「2つのクランのリーダーをおやりになって頼もしくなりましたね」
お、久々に褒められると嬉しいね。
「さあ、時間がありません、さっさと打合せをしましょう」
今日も持ち上げて落とすのね、フェスさん。
俺は気持ちを取り直して打合せを始めた。
ちなみにクサナギが居るので全て念話となっている。
『皆で相談した住居の件だがいくつかの選択肢があると思う。これからそれを詰めて行こう、クサナギも意見よろしくな』
『かしこまりました』『わかりました』
『まずありえないと思うが、ここの宿泊継続は無しと言う事でいいな』
『そうですね、ここは警備も含めて泊まり心地は本当にいいんですが』
『同感です。宿泊費がもっと安ければですが、最終的には非効率です』
『次に宿屋だが、これはピンキリだな』
『そうですね、調べてみないとわかりませんが、あまり安いところは、ちょっと―――風呂どころか鍵も無し、他人と相部屋という可能性もありますので』
『論外ですね』
フェスの言葉にクサナギが安宿に反対の意思を示す。
汚いのはNGという気持ちの表れでもある。
『う~ん、お前達と一緒だとしっかりした部屋に泊まりたいよな』
フェスが宿屋の利点を説明する。
『強いて言えば、宿屋の利点は店によって食事付きなのと掃除等のサービスが有る事ですね。物臭な人には良いと思いますが、私は家事は苦にはなりませんので」
その言葉の一番最後を聞いたクサナギが驚きの声をあげる。
『ええっ! フェスティラ様が家庭的って、意外ですね』
『クサナギさん……終戦協定破棄ですか?』
『もとい……フェスティラ様、素晴らしいです、流石、女の鏡!』
『よろしい! そうなると、最後は家を借りるか、所有するかですが、ここバートランドは所有するには家は高値ですね……まあ王都程ではないですが」
『家を持つメリット、デメリットは?』
『メリットは、プライベートと警備体制が保てる事ですね。我々は空間魔法の移動魔法や収納魔法を使えますので魔力の洩れさえ、気を付ければ、いろいろ日々の活動範囲や収納のキャパが広がり、行動し易く且つ、稼ぎ易くなりますよ』
『成る程な、で保安と効率はどうだい?』
『警備は普段、魔法障壁を起動させておけば済みますし、使役魔や自動人形、ゴーレムを配置してもいいですね。金銭的には家にもよりますが、宿泊費を支払うよりは家賃の方が遥かに安く上がると思われます』
『デメリットはどうかな?』
『保安は問題無いですが、普段の家の管理ですね。先程、私が家事好きと申し上げましたが、私が家にいる滞在率を考えると管理人とメイドを最低各一人ずつ、雇った方がいいですね。その分の人件費は別途、かかってしまいますが』
『確かにそうだ、今はクランと言ってもクサナギを入れて3人だしな』
『掃除していない家に帰ると―――あの埃臭い蔵を思い出すので嫌です! ぞっとします』
ふむ、クサナギは清潔好きなんだな、俺なんかあまり気にしないが。
『絶対駄目です、ホクト様!!!』
お、聞こえてたか?
『もう! 2人とも遊んでいないで―――で、どうします? ホクト様」
俺はそうフェスに言われて暫く考えた後に決定を出した。
『俺は家が良いと思う。買うか、借りるかは価格次第という事で成り行きだ。まあ今回稼いだと言っても高が知れているし、多分、借りるんだろうがな」
『家によっては家具付きの案件もありますし、そちらは家次第ですね。ホクト様がそう決めたのなら、私も家でOKです。 クサナギさんは?』
『わ、私も家が良いです! 掃除の件だけは譲れませんが』
『決定だな! で、どこの不動産屋に頼むかだが……』
『私はキングスレー商会のマルコさんに頼むのがいいと思いますよ』
俺が不動産屋に対して考えが及ぶとフェスがマルコに頼もうと提案する。
しかし、こういう場合、GAMEなどでは冒険者ギルドの斡旋がお約束なんじゃないのか?
『冒険者ギルドに不動産屋の紹介を頼むのは?』
『ここは特にヴァレンタイン王国お膝もとのギルドなんで、王家と直接、繋がっているんです。私達みたいなクランだと王家からいろいろチェックが入る可能性があります。今回の依頼をこなした事で目立っていますからね、私達』
『それも嫌だな。監視か、干渉かどっちかということだな』
この世界の冒険者ギルドはそんな体質か。
すなわち、どんな国にあってもヴァレンタイン王国の一機関というわけだ。
『まあ商会に頼んでも、気休めレベルかもしれません。この国に居る限り同じと言えば同じですから。ただ冒険者ギルドに斡旋を頼むよりは、マルコ氏の商会に頼んだ方が有意義です』
『一緒に組んだ鋼鉄の聖女が丁度、商会の依頼を完了したというタイミングも悪くないですからね」
『そうだな―――マルコには改めて礼を言いたいし。善は急げだ! キングスレー商会に行ってみるか』
更に家に関する細かい条件をいくつか相談して決め、俺達はホテルを出発したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達は今、キングスレー商会主任のマルコ・フォンティを訪ねている。
生憎、彼は外出中だったが、30分ほどで戻るらしいので、商会の入り口で待たせてもらうこととなった。
そこに聞き覚えのある声が聞こえて来る。
「おい―――お前等」
「…………」
「返事をしろ、貴様等!」
「ああ―――あの時のアンガラス? さんだったっけな」
「馬鹿野郎! アンゲロスだ!」
「ゲロ?」
「て、てめぇら!」
「ホクト様、遊ぶのは大概にした方が……あのおじさん怒っていますよ」
「ふん! あんなのは怒らせとけば良いんだ」
「相変わらず失礼な小僧だな。目上を敬うって事を知らないのか?」
「そっちが先に、おいとか、お前等とか言うからだろうが」
ここまで来たら売り言葉に買い言葉である。
俺はフェスが止めるのも構わず続ける。
「なななな」
「今日、俺達は客として来たんだ。それは店の人間に既に伝えている。それをおいとか、お前等とか呼んで、どういう言葉遣いなんだよ、この店は?」
「き、貴様! 何が客だ! ふ、ふざけるな」
「俺はふざけてなんかいない。ほう、事実を言われたら逆上かい? ますます始末が悪いな」
「!!!!!」
アンゲロスがますます逆上し、さらに怒鳴ろうとした時である。
「待て!」
重々しく厳しい声が、俺達のやり取りを一瞬、中断する。
「か、会頭!」
「会頭?」
【会頭】と言えば……
マルコの身元を教えて貰ってから、俺の中のフェスの知識を探ると彼の名が有った。
このキングスレー商会のトップである会頭チャールズ・キングスレーである。
「ふん、アンゲロス、お前と言う奴は相変わらずだな」
「は!?」
「弱い人間に居丈高に振る舞い、強い人間には負け犬のように尾を巻いて迎合する。恥ずかしいとは思わんのか!」
キングスレーはアンゲロスを一喝すると俺達を一瞥してから言葉を続けた。
「それにお前が今、相手をしている人達がどんな方か、知っているのか?」
「会頭! こんな餓鬼共に敬語など、やめてくださいよ」
「お前は―――本当に馬鹿だな。アンゲロスよ、儂がお前に商人にとっては何が一番大事か教えた筈だ、言ってみろ?」
「……はは、何を今更! 金に対する嗅覚でしょう! ……いや、度胸か……な」
「嗅覚か……下品な言葉だ。あながち間違いではないがな、嗅覚と言うのは言い換えれば何だ?」
「…………」
「答えられないのか、馬鹿め! 正確には【情報の収集力】だ。更に言えばそれを取捨選択してそのうちの有益な情報を活用できる判断力もだ」
「か、会頭! 流石です。私も頭の中では同じ事を考えていましたよ」
「商人に必要な素養のひとつに臨機応変という名の切り返し、つまり【アドリブの良さ】があるが、今のは最悪だな」
「か、会頭!!!」
「喚な! みっともない。お前に最後のチャンスをやろう」
「さ、最後?」
「この方々はBランククラン黄金の旅だ。お前もクラン名くらいは知っていよう」
「げっ……こ、この餓鬼共が!?」
「馬鹿が重ね重ねの失礼を……! お前がこの方々の「会頭さん、俺達の相手は決まっているよ」商いをな……何?」
「俺達はその人を待っている。貴方の商会の人間教育の為の教材になるつもりは無いよ。どうしてもその親爺を再教育したいのなら、別の方法で外の人間に迷惑を掛けないやり方でやってくれ」
「……そうだな、分った。貴方の仰る通りだ。儂もアンゲロスの事は言えんな」
アンゲロスは連れて行かれ、俺達は会頭チャールズ・キングスレーに商会の応接室に通された。
「改めて名乗らせて貰う、儂はチャールズ・キングスレー。このキングスレー商会の会頭をしておる者だ。あなた方の事は聞いている。実はわしはアルデバラン卿の古くからの友でな。彼を補佐する12士と言う執政官のうちの1人を務めさせてもらっておる。今回の依頼をこなす前から卿はあなた方を認めていたらしいな」
「アルデバラン公爵とは少し手合わせをしただけの事さ。改めて名乗ろう。俺はジョー・ホクト、Bランククラン黄金の旅のリーダーだ。こっちはフェスティラ・アルファン、同じくクランのメンバーさ」
「卿はバーナードとファーストネームで呼ばせているらしいな。儂もチャールズと呼んで欲しいものだが」
「分った、俺達もジョーとフェスで構わない、いいな? フェス」
フェスが黙って頷くのを見届けると俺は用件を切り出した。
「なるほど―――ウチの管理している不動産を紹介して欲しいと言う事だな。それも担当はマルコが希望だと、ああ、そうだ、うっかり忘れていたな。ウチのマルコとさっきの馬鹿を助けてくれたのはあなた方だったな。改めて礼を言おう、本当にありがとう!」
「行きがかり上、たまたまだ。逆に彼にはこの街に来た時に本当に世話になった。俺達が彼の売り上げに貢献して、その恩に報いたいのさ」
「ははは、マルコめ。良い出会いをしたようだ。ジョーよ、商人にとって大事なものはいくつかあるが、今の話からわかるか?」
「ふふふ―――チャールズは問答好きか? 答えは人だな。人は人とのとのつながり、いわゆる【絆】によって生かされているからだ。商人にとっては尚更だろう。
ただ絆云々(きずなうんぬん)は商人に限った事ではないがな」
「ははっ、合格だ。お前を我が商会にスカウトしたいくらいだ」
「冒険者兼任なら考えておこう」
「冒険者か……わしも若い頃はそうだったな」
キングスレーは懐かしそうに口元を緩ませる。
どうやら遠い日に思いを馳せたようだ。
とその時……
「申し訳ありません、お客様。お待たせ致しました。マルコ、只今戻りましたって
あれ? 何故ホクト様と会頭が????」
その時、商会の応接室は俺とフェス、キングスレーの笑い声に溢れ、その中で話の展開についていけないマルコは腑に落ちない表情で立ち尽くしていたのだった。




