第34話 別れと旅立ち
俺達Bランククラン黄金の旅とカルメン達Cランククラン鋼鉄の聖女はヴァレンイン王国とローレシア国境沿いのボルハ渓谷に巣食うオークの群れを殲滅しヴァレンタイン王国の第二の街、バートランドに戻ってきた。
当然の事ながら城門でチェックを受けた俺達から3千余りのオークが出現し、村がひとつ壊滅したと言う報告を受けたバートランド衛兵隊は大きな衝撃を受けた。
これはヴァレンイン王国国軍が対処すべきレベルの問題だったからである。
衛兵隊は、すぐに街の長であるバートランド公爵であるバーナード・サー・アルデバランに報告を入れていた。
アルデバラン公も当事者である俺達から詳しい報告を受け、執政官として直ちに王都へ報告を入れなくてはならない。
俺達2つのクランは依頼完了の報告とアルデバランへの、カリーネ達、村の生存者保護の申し入れをすべく、冒険者ギルドに向かっていた。
オークとの戦闘でカルメンの薄片鎧だけが惨憺たる様になり、そのまま着用する事が出来ず、すぐに鍛冶屋に修理に出されている。
彼女は宿に置いてあった予備のスケールアーマーを着用していた。
俺とフェスが先頭を歩き、カルメン達、鋼鉄の聖女が続き、その後を村=バウケットの生き残りである、カリーネ達9人がひっそりと付いて来る。
カリーネ達の表情は不安に満ちている。
それはそうだろう、まさに着の身着のままの状態で財産も全てオーク共に燃やされてしまったのだから。
こんな場合、この国はどのように対処するのだろうか。
ほどなく冒険者ギルドに着いた俺達は、ずっと1階で待っていたらしい男性職員に急き立てられながら5階のギルドマスター室付きの応接室に案内される。
別の職員に案内されたカリーネ達は4階の会議室に入ったようだ。
「彼女達、労ってやってくれよ」
「ああ―――わ、わかった」
「必ずだぞ!」
俺は心、ここにあらずといった生返事気味の職員を一喝する。
ギルド職員であるその人族の中年男は、我に返ったように、ひっと声を洩らし、かくかくとうなずいた。
応接室に入ってアルデバランを待つ俺達にギルドマスター秘書のジュディ・モリスンがお茶を入れてくれる。
香りの良い暖かい紅茶が俺の鼻腔をくすぐる。
高揚した気持ちを静めるのにその芳醇な香りは今の俺達の身体には心地よい。
俺達が10分ほど待つとアルデバランがその大柄な体をのしのしと動かして応接室に現れた。
彼が勢いよく座ると、ギルドマスター専用の丈夫な椅子がぐんと深く沈み込み、華奢なものに見えるほどだ。
「まずはお前達―――本当によくやってくれた」
アルデバランが頭を下げる。
およそ貴族らしくないこの男も所詮は貴族である。
貴族とは矜持だけで生きている生き物である。
バートランド市民より地位の低い冒険者に頭を下げる事は異例とも言っていい。
それだけ今回の事は大事なのであろう。
アルデバランが謝罪する。
「俺が軽く考えすぎていた、下手をすればお前等を死なすところだった。本当にすまなかった」
「少し群れがいるくらいしか誰も思わないさ。まさか、あんな事になっているとはな」
「バウケット村は全滅だったそうだが…」
「ああ、衛兵隊に報告したのと変わらないが―――最初から話そう」
ボルハ渓谷にオークキングと共に3千匹のオークの群れが住み着いていた事。
オーク共がバウケット村を襲い、壊滅させた事。
その場の唯一の生き残りであるエデを助けた事。
オークの群れをオークキングごと殲滅し、囚われていた8人の人間を救出した事。
惨殺された村人達を埋葬し、仲間である司祭見習いのブランカと共に供養した事。
バウケット村の生存者であるカリーネ達9人をこのバートランドまで、無事に連れてきた事。
俺は以上を話し、フェスがまとめた報告書を提出する。
え? 報告書なんて良く作る時間があったなって?
種明かしをすれば、無属性魔法に口述筆記と言う魔法があって、魔法道具でもある魔法筆が俺が言う事を自動的に書いてくれたのだ。
この魔法も、もちろんフェス直伝だった。
ちなみにカルメンの分も作ってやったら本当に感謝された。
あいつも―――報告書なんて作る柄じゃないからな。
「うむ! 改めて言う、本当によくやってくれた。依頼以外にもこれだけの働きをしてくれたからには相応の報酬を支払おう」
「ちょっと、待ってくれ」
「何だ?」
「バウケット村の生存者、カリーネ達9人はどうなる?」
「どうなるとは?」
「どうなるって? バーナード、俺は冗談を言っているじゃないんだ。彼女達の行く末を聞いているんだ」
「残念ながら俺も冗談を言っていない」
「何!」
「まあまあ、そういきり立つな。バウケット村と言うのは俺の領地では無い、別の貴族の領地なんだ。またバートランドの衛星的な結びつきのある村でもない」
「バーナード、何が言いたい?」
「と言う事はだな。残念ながら、直接の領主の許可が無ければ、何も出来んと言う事だ」
「四角四面な事を言いやがって、融通の利かない役人みてぇじゃあないか」
「はっはっはっ! 俺はバートランド公、正真正銘の役人なんだがな」
「…………」
アルデバランは渋面の俺に対して改めて真顔になった。
「不満そうだな、まあ国なんて決まり事で雁字搦めだ。現実なんてそんな物なのさ」
「伯父様―――何とかならないんですの?」
「ほう、ジュディまでも、そう言うか!」
「当たり前ですわ。その方々、それじゃあ気の毒すぎます」
「俺からも頼む。いや―――お願いします、公爵様」
「あ、姉御!?」「どうして?…考えられませんわ」
「今までの姉御じゃあない……」
何とカルメンがいきなり床に座り、アルデバランに土下座したのだ。
「何とか公爵様の力で彼女達を助けてあげられませんか? お、お願いします」
ギルドマスターとは言え、あれほど気嫌いしていた【男】に土下座。
そして丁寧な言葉使いで必死に頭を下げるカルメンの姿にクランのメンバーは戸惑っていた……
「わかった、わかった! 俺に任せておけ。出来るだけの事はしよう」
「バーナード!」
俺も驚いたが、それ以上にカルメンの喜びは異常なほどであった。
「本当ですか!? 公爵様! 恩に着ます! ありがとうございます!!!!」
そのカルメンを横目に見ながら、ジュディも伯父であるバーナードにホッとした様子で礼を言う。
「伯父様、ありがとうございます」
そんな姪を一瞥して、アルデバランは片目を瞑る。
「公爵としては越権行為で駄目だが、ギルドマスターとしてなら問題無いのさ。
難民保護としてギルドマスターの権限で対処しよう。まあ最初にジョーから頼まれた時点で何とかしようとは思っていたんだがな」
アルデバランが約束してくれたのは下記の内容だった。
住居は入居者の居ない冒険者用の賃貸住宅に無償で入居できる。
一時支度金として1人に付き白金貨1枚を支給。
その後も1年間に限って、毎月1人金貨5枚を支給する。
就職口を斡旋する。
俺達の泊まっているホテルは流石に高すぎるが、この世界の物価では贅沢さえしなければ、金貨5枚で大人1人が1ヶ月暮らしていけるそうだ。
家賃は無料だし、これで一息つけるだろう。
彼女達が失ったものに比べればささやかな支援だが、そこまで手を尽くしてくれるアルデバランにはとても感謝だ。
「さあて、次はお前達の番だな」
Bランククラン 【黄金の旅】
報告書提出=白金貨2枚(約20万円)
特別功労金=王金貨3枚(約300万円)
オーク討伐※個人別
【ジョー・ホクト】
オークキング1、オークジェネラル20、オークメイジ4、オーク1,100
※ケルベロスのような使役魔が倒した分も主人の カードにカウントされます。
【フェスティラ・アルファン】
オークジェネラル28、オークメイジ6、オーク1,700
ノーマルオークの討伐金は1匹あたり銀貨3枚と格安だが
オークキングは1匹金貨50枚、オークジェネラルは1匹金貨5枚、
オークメイジも1匹金貨5枚とそれぞれなる。
魔石も一緒に提出したので討伐金は50%増額となる。
となると俺は討伐のみで
金貨500枚+魔石分の50%金貨250枚
=金貨750枚(約750万円)
フェスは同様に
金貨680枚+魔石分の50%金貨340枚
=金貨1,020枚(約1,020万円)
あと、俺とフェスにオークスレイヤーの称号が付いた。
……正直、あまり、嬉しくはない。
Cランククラン【鋼鉄の聖女】
報告書提出=白金貨2枚(約20万円)※キングスレー商会より
特別功労金=王金貨2枚(約200万円)※冒険者ギルドより
オーク討伐※個人別
【カルメン・コンタドール】
オークジェネラル1、オーク98
【ビッキー・チャバリ】
オーク10
【ブランカ・ギゼ】
オーク2
【セシリャ・ベィティア】
オーク38
となると、カルメンは討伐のみで
金貨34枚銀貨4枚(で約34万4千円)
ビッキーは
金貨3枚(で約3万円)
ブランカは
銀貨6枚(で約6千円)
セシリャ
金貨11枚銀貨4枚(で約11万4千円)
となった。
全てではないが、それぞれに若干魔石のボーナスも付く。
ちなみに冒険者ギルドからの特別功労金の差は、オークの討伐数と内容によるものだそうだ。
……やはり俺とフェスが凄すぎるのか。
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「と言う訳で貴女達は、この冒険者ギルドのギルドマスターが、ケアしてくれる。もう心配する事は無い」
「ありがとうございます」「助かりました……感謝致します」
「不安でしたが……とりあえず、何とかなりそうですね」
バウケット村の女達は口々に返してくる
「あ、あの―――この前は取り乱してしまって失礼な事をしました。申し訳ありませんでした」
話しかけてきた女はサラであった。
「いや、気にしていないよ」
その時、俺の脳裏に2人の女の声がリフレインする。
「な、何故ですかぁ!!!」
「…………」
「何故、……もっと早く来てくれれば、私達は死なずにい!!!!」
泣き叫ぶ女の1人が俺に向かってくるとその小さな手で、俺の胸をどんどんと叩く。
「や、やめなさい、サラ……この人のせいじゃ……」
「何よ! カリーネ! あんたにはエデが居るじゃあない!あたしにはもう、もう何にも……無いのよぉ……」
「申し訳ありませんでした……サラも無理はありません。 彼女は夫と息子、そして両親を一度に失い天涯孤独の身になったのですから」
俺の中からあの時の彼女達の姿と声がフェードアウトして行った。
しかし、彼女達の悲しみはしっかり俺の魂に残っている。
後ろを振り向いても、もう誰も声を掛けて来る家族は居ない。
彼女達は前を向いて自分から声を出して歩いて行くしかないのだ。
俺は黙って頷くだけで、彼女に掛ける言葉がとうとう見つからなかった。
俺はフェスの了解を得てからカリーネに皆で分けるようにと金貨を200枚渡した。
彼女は最初は受け取らなかったが、エデのためと言うとやっと受け取った。
この街で暮らしていくのには金はいくらでもあった方がいいのだ。
俺達は冒険者ギルドから去っていくバウケット村の女達に手を振った。
彼女達も力強く振り返してくる。
それはこれからの新たなる決意の表れに俺は見えた。
「カルメンおねえちゃ~ん、またね~!」
カルメンに呼びかけるエデの声が、町並みと俺の魂にいつまでも響いていたのだった。




