第33話 慟哭
「また派手にやりましたね……」
「うう……焦げ臭いです」
辺り一面は焼け焦げたオークの残骸しか残っていない。
俺はフェスやケルベロスとオーク共を殲滅した後、魔石回収をする為に1回亜空間に戻ってビッキーとセシリャを伴い、また、オーク達との戦ったボルハ渓谷に戻っていた。
ちなみにケルベロスはとっくに冥界に帰している。
「魔石をしっかりと回収しよう。これがあると討伐賞金がその分、増額になるからな」
「それはそうですが……」「この臭いは辛いですよ……」
泣きを入れるビッキーとセシリャ……
俺がアルデバランから預かった依頼書の討伐に関する要項には、保険の約款のように小さな文字でしっかり書かれていたのだ。
ギルドカードの魔法のおかげでカードを所持している冒険者は、討伐した分だけ間違いなく魔物の数はカウントされる。
しかしギルドの資材を補填する意味もあって魔物が持つ魔石を提出すれば討伐金を増額して受け取る事が出来るのだ。
魔物は死して魔石を残す。
心臓にある魔石、それはどんな魔法にもレジストするほど丈夫らしい。
どんな殺され方で、その魔物が命を失おうと、その肉体さえ粉々にされて失おうとも、魔石だけは何故か唯一残されるのである。
俺達4人は黙々と魔石を拾って歩く。
ノーマルオーク多数にに混ざって上位種のオークジェネラルとオークメイジが若干……
そして俺が倒したオークキングの魔石も確保する。
「よし何とか回収出来たな……撤収しよう」
「かしこまりました」
「疲れました……」「流石に3千匹は多いよ」
俺達は皆が待つ亜空間に瞬間移動して戻ったのであった。
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俺達が着いてみるとカルメンと村の女達は座って話せる程、回復していた。
「皆―――元気になったみたいだな、ブランカ」
「たいした怪我も無かったですから、私の治癒と回復の魔法でばっちり行けましたわ」
「よくやった、ブランカ!」
「!」
俺はまたビッキー同様、ブランカの頭を撫でてしまう。
「え!?」
「あ、悪い。また昔の癖で……」
「……もっと!」
「え!?」
「もっと……してください! ……撫で撫で」
ブランカの頬は茹でた蟹のように真っ赤であった。
フェスがまた【じと目】で見ていたのは言うまでもない。
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「この度は、本当にありがとうございました。エデの命も助けていただき、感謝のしようもございません」
「ありがとうございます」「ううう……」「助かったんですね、あたし達……」
「お、夫は?」「父と母が心配です」「む、息子は……」「友達は?」
エデの母親のように淡々とお礼を言う者。
ただただ嗚咽して言葉が出ない者。
身内や知り合いをを心配する者。
……俺は告げなくてはならない……彼女達に過酷な現実を。
「皆さん方、改めて自己紹介する、俺はジョー・ホクト、冒険者だ。ここにいるクラン2つをまとめるリーダーでもある。俺達は冒険者ギルドの依頼で、この地のオークの調査と討伐の依頼を受けてやって来た。皆さんの村を襲ったオークの群れは俺達が殲滅した」
「あの化け物達を……本当に!? よかった……」「これで安心……ね」
「早く、村へ帰りたいわ」
彼女達は安堵の声を洩らす。
ここからだ……でも俺が言わなくては……
「その上で皆さんには誠に言いにくいが……」
続いて出た俺の言葉に彼女達は皆、不安そうに耳を傾ける。
俺は大きく息を吸い込んで吐き出すと一気に言う。
「貴女方の村に生存者はもう居ない」
俺の口から漏れた絶望の言葉に彼女達は体を硬直させ、その目を大きく見開く。
「!!!!!!!」「ひいいいいいいいいい……」「あううううううう…………」
「うわあああああああああ!」
一瞬の間を置き、彼女達は徐々にそれが現実である事を受け入れると、慟哭し、じたばた身悶えした。
「俺達が村に入った時にはエデしか生き残りは居なかった……」
「な、何故ですかぁ!!!」
「…………」
「何故!? あなた方がもっと早く来てくれれば、私達の家族は死なずに!」
泣き叫ぶ女の1人が俺に向かってくるとその小さな手で、俺の胸をどんどんと叩く。
「や、やめなさい、サラ……この人のせいじゃ……」
「何よ! カリーネ! あんたにはエデが居るじゃあない! あたしにはもう、もう何にも……無いのよぉ……」
サラはかすれた声でそう言うと力なく膝をつき、手で顔を覆うと嗚咽し始めたのだった。
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「サラさんは鎮静作用のあるポーションのおかげで、落ち着かれて眠ったようです」
「フェス……助かる」
カリーネ、エデの母親らしい女が俺に頭を下げる。
「申し訳ありませんでした……こんな状況じゃサラも無理はありません。彼女は夫と息子、そして両親を一度に失い天涯孤独の身になったのですから」
「…………」
「でも私達にあなた方を責める事は出来ません。責めるどころか私達は命を助けていただきました。……あなた方には感謝の気持ちしか有りません」
カリーネが俺の顔を見つめながら淡々と語る。
先程まで嘆き悲しんでいた女達もいつの間にか魂を抜かれたような目でカリーネと話す俺を見ている。
それは明日という光を見通せないような虚ろで悲しい眼差しであった。
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それから数時間後、俺達は焼け落ちた村へ来ていた。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫です……実は私も叔母を失いました。ちゃんと葬ってあげないと。不死者になったらまずいでしょうから」
カリーネは相変わらず淡々としている。
俺達は村の墓地に道端や焼け落ちた家で倒れている犠牲者達を運び続けた。
中でも傷が癒えたカルメンは先頭に立って運ぶ、歯を食いしばって運ぶ。
まるで襲い掛かる過去と言う怪物を振り払うかのように……
ようやく犠牲者全員を運び、全員を葬った時には、もう日が落ちかかる時刻であった。
真っ赤な夕日が新しく出来た幾つもの墓標を染めている。
それはまさに葬送の光……
不死者にならぬように俺は光属性魔法の鎮魂歌で犠牲者を塵芥にして行く。
その中を司祭見習いであるブランカの葬送の言霊が静かに流れていく。
その時だった……
「ひいいいいいいいいいい!」
いきなり、カリーネが泣き叫び、慟哭する。
我慢していたのだ、この悲惨な有様を。
何とか受け止めようとしていたのだ、この厳しい現実を。
子供の手前……悲しみを抑えようという気持ちが、もう堪え切れなくなったのだ。
村の女の何人かが、カリーネに縋り、一緒に泣き始める。
その中には……サラも居た。
女達の慟哭を聞きつつ、落ちていく大きな夕日をじっと睨みながら、俺は、この無情な現実を何とか受入れようとしていたのだった。




