第32話 怒り……そして殲滅
「俺の仲間に何してるんだよ、この糞豚野郎!!!」
今、あいつは何て言ったんだ!?
おれのおんな?―――女だとぉ!?
何を言っている……いつ俺がお前の女になったんだ?
無断で勝手な事を言うな!
いや、俺は全く素直じゃない……本当は、本当は……嬉しくて堪らない癖に!
しかし、カルメンは遠くなりそうな意識の中ではっきりとその声を聞いたのだ。
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俺はケルベロスの咆哮で硬直しているオークキングの首を右手で後ろから掴み締め付ける。
「がぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」
「王が聞いてあきれるな、やはり豚は豚かよ。いや、これじゃあ豚にも失礼だ。カルメンにその薄汚ぇ体を乗せやがって―――さっさと除け!」
俺はオークキングの首を持って振り回し、放り投げる。
ケルベロスの咆哮でまだオーク達は体が麻痺し、満足に動けないようだ。
俺はカルメンの猿轡を取り、縛めを解いてやる。
彼女は縛られていた苦痛と精神的ショックからか、すぐには立ち上がれないようだ。
当然、ケルベロスの咆哮による麻痺の影響もあるだろう。
え、俺? この前もそうだけど俺には効かないようだ、この咆哮。
ケルベロスの咆哮をレジストとは何というチートさであろうか。
ちなみにフェスにも全く効いていなかった。
「よく頑張ったな、だが―――ちょっと勇み足だったな」
「………………」
俺がそう声を掛けるとカルメンは僅かに顔を赧め無言で俯く。
「無事ですか?」
「あは、大丈夫? ……姉御!」
大きなケルベロスの影からフェスとビッキーが現れる。
「フェス! いいか?」
俺はフェスに3人が居る亜空間移動への段取りを指示する。
「よし、攫われた女達に魔法鍵をかけてくれ。オーク達が戦闘不能の間に運び出そう」
攫われていた村の女達は計8人。
軽い怪我はしていたが……命に別状は無い。
ただ…全員、気を失っていた。
その中にはエデの母親も含まれている。
まだ皆、奴等に陵辱はされていなかったのが不幸中の幸いだった。
ケルベロスに動けないオーク達を見張ってもらい、俺、フェスそしてビッキーが女達を1箇所に集める。
無論、俺のエリア対応の空間移動で、ブランカ達3人が待つ後方の亜空間に一度に運ぶ為だ。
村の女達を運び終わってから、最後にまだ動けないカルメンを運ぶ。
いわゆるお姫様抱っこだ。
何故かフェスが【じと目】をしている。
俺は仕方ないじゃないか! とアイコンタクトで返す。
無断で出撃し、捕虜となってオークキングに陵辱されかけたカルメン。
下手をすれば、命をも落としかけた彼女には流石にいつもの元気は無かった。
抱きかかえられたカルメンが嘆く。
「な、情けないよ……俺」
「そんな事はないさ、お前はエデとの約束を守ったじゃあないか」
「ジョーが来なければ、俺は犯され、下手をすると殺されていた。俺は何も出来なかったんだ―――俺は無力だ」
「そんな事はない、お前は強い女さ! お前は自分の体を投げ出して、村の女達を救おうとしたじゃあないか。誰が何と言おうと俺は認めるぞ! お前は素晴らしく【いい女】さ」
「あ、ありがとう、後さ……」
「ん? 何だ?」
「助けに来た時に―――俺の女! って言ってくれたよな……」
「え? ……言ったっけな? そんな事……」
俺は確か仲間って言った筈だが……
俺の言葉を聞いた瞬間、カルメンの心のモードがあっと言う間に切り替わった。
「は? ……おおお、お前はなんだ、誰にでも軽々しく、そんな事を……く、口にするのか!?」
『そうですわ』『そうですよ』
こらこら―――フェスにクサナギ、念話で合いの手を入れるな。
「お、お、お前みたいな軽薄な男はこうしてやる!」
カルメンの両手が抱きかかえている俺の首に容赦なくかかる。
「ば、馬鹿……く、苦しい。首を絞めるな。お前死にかけてたんじゃあないのか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『女心を弄ぶから……ですわ
『その通りです……一途な女は怖いんですよ』
フェスとクサナギが俺を詰る。
俺の首筋にはカルメンの両手の痕がくっきりとついていた。
……やっぱり俺が悪いのか……今後、気を付けますよ。
『な~んちゃって』『な~んちゃって』
フェスとクサナギの同じ台詞がリフレインしている。
『君達――キャラ変わってきたね?』
『真面目な話、あの時ホクト様の呼びかけで彼女は、気力を持ち直したんですもの―――良い事を致しました』
フェスは俺の質問には答えず、何と俺の行いを褒めている。
はあ、何?
落として持ち上げるって……
フェスさん、貴女やっぱりキャラ変わっていないや……
気を取り直して、俺はケルベロスの方に振り向くとオーク共を見張るよう命じる。
俺達が負傷者を亜空間に運ぶ間に奴等が逃げないようにだ。
「よし……ケルベロス、オーク共の見張りを頼むぞ」
「マカセテクレ。タダ、ミハルダケナド、タヤスイコトダ」
俺は魔力を練り、空間移動を発動させる。
俺達の体が光り輝き、一瞬にして搔き消えた……
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「おっ! 戻ったみたいだね」
「ああ―――よかった。皆、怪我はしていますが、何とか無事のようですわ」
セシリャとブランカが、ほっとしたように顔を見合わせる。
「おかあちゃん!」
「し~っ……エデ、おかあちゃんは疲れて眠っているから」
母親を見つけて駆け寄るエデにビッキーがそっと口に人差し指を立てて当てる。
「おかあちゃん…だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だよ。起きればエデを抱きしめてくれる筈さ」
「エ、エデ……」
「!」
声を掛けられたエデは、血だらけで横たわるカルメンを見て、息を呑むと飛びついて泣き始めた。
「わあああ、カ、カル、カルメ~ン! ……ご、ごめんなさい! あたしが! あたしが、おねがいしたから! カルメンが! カルメンがぁ!」
俺はわんわん泣き続けるエデに声を掛ける。
「お姉ちゃんは約束を守ったぞ、エデ…」
「ほ、ほんとう? おにいちゃん!? で、でもこんなにちがでてる、おけがしてるのよ!」
「お姉ちゃんは大丈夫だ。お前の願いを聞き届けて、お母ちゃんを連れて来ただろう。約束を守る美人で優しくて、強いお姉ちゃんだからな」
そういう俺にカルメンは目を見張る。
彼女の性格上、嘘をつくのは苦痛だろう。
「ジ、ジョー。それって? エデ、じ、実は……」
取り縋るエデの背中を優しく撫でながら言いかけるカルメン。
俺は彼女のその顔をじっと見詰め、ゆっくりと首を横に振ったのだ。
「ジョー……」
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俺は鋼鉄の聖女唯一の回復役、司祭見習いのブランカに負傷者の治療を指示する。
ブランカも周りに刺激を受けているのは明白で打てば響く勢いで快諾する。
「ブランカ、悪いが皆の手当てを頼むぞ!」
「任せてください! 魔力はたっぷり残っていますし、皆、軽傷なので私の治癒魔法でも大丈夫です」
「頼りにしているぞ」
「はっ、はい! が、頑張ります!!!」
ブランカは噛みながらも、はきはきと俺に返事をする。
何故、頬を赧めていたのか、俺には全く分からなかったが……
「ビッキー、悪いな。決着は俺達でつけるよ。後でまた呼ぶぞ、魔石の回収もあるしな」
「2人だけで大丈夫? とか、もう全然心配しません。逆に私達が居るとあなた方の足手纏いだと、よ~くわかりました」
そう言われて、複雑な表情の俺にビッキーは笑顔を見せる。
「気を遣っていただいてありがとうございます! 私、フェス様という良い目標が出来たので、いつかは対等にあなた方と仕事が出来るよう頑張ります」
ビッキーはそう言い残すと、負傷者の治療を手伝いに皆の所に戻って行く。
……あの前向きさがビッキーのいい所だな。
俺とフェスは出撃する事を皆に告げ、それぞれの瞬間移動でオーク共の元に移動した。
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俺達が瞬間移動で渓谷に戻った時、ケルベロスが睥睨する中、オークキングはふらつきながらも立ち上がりかけていた。
他のオーク達も麻痺が取れ、動き出している。
俺達はオークキングの立ち上がるのを待ってやる。
「グググググ……チ、チキショウ! オンナハ、スベテウバワレ、コンナブザマナスガタヲサラシテ。オレノ……オウノプライドハ、ズタズタダ。ヨッテオマエニ、ケットウヲモウシコム! ウケロ!」
「ソウダソウダ、ウケロォ!」「ニゲルナ! ニンゲン!」
「ワガオウニ、ブッコロサレテシマエ!」
オークキングの俺への挑発に周りのオークが囃し立てる。
「女を騙して犯そうとする卑怯者に王の自尊心も何も無いと思うがな」
「ウルサイ! ソノケルベロスサエ、イナケレバ……オマエヒトリデ、タタカッテミロ」
「安い挑発には乗るつもりは無いが……外道なお前は別だ。その勝負、受けてやろう」
「ギャハハハハ、ウケタナ、ゼッタイダゾ、ヒトリデタタカウンダゾ! アア、ソノカタナモナシダ!」
「注文が多い奴だ……いいぜ!」
俺はクサナギをフェスに渡す。
フェスはクサナギを受け取ると俺を見詰めて、ゆっくりと頷いた。
一方、ケルベロスは首を傾げている。
「アルジヨ、ワレニハワカラン? アンナ、オークゴトキ……ワレニカカレバ……」
「まあ、見ていろよ……ケルベロス」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺とオークキンガは今、お互いに武器を持たずに素手で対峙している。
「バカナニンゲンダ。ジョウシキテキニ、オレタチニ、チカラデ、カナウハズガナイ」
「お前から常識なんて言葉が出るとはな…」
「オレノチカラハ、カワイイブカタチノ20バイダ。オマエナド―――イチゲキダ」
オークキングは呪文を詠唱する。
やはり身体強化と加速の魔法である。
オークキングから大量の魔力波が放出され、身体強化と加速の魔法により相手の闘気が高まっていくのが分る。
その時突然、俺に内なる声が響く。
(こんな屑は敵ではないぞ!)
だ、誰だ、お前は?
俺はいきなり自分の中で響いた何者かの声に驚き、身体強化と加速の魔法を掛けようとした対処をストップした
その瞬間、オークキングが思った以上のスピードで、俺の懐に飛び込み、拳と蹴りを放ってくる。
それも1秒間に何発もだ。
しかし俺の瞳にはそれが、ハイスピードカメラで再生されている、とてつもなく遅い画像を見ているように映った。
奴の拳も蹴りもその軌道がはっきりと識別できるのだ。
加速の魔法も見切りの魔法も発動していないのに何故だ!?
何故、俺は今の攻撃に対応出来たのだ?
「ナナナ、ナゼ、サケラレル、オレノゼンリョクノ、コウゲキヲ! ガアアアアアアア!」
オークキングは悔しそうに咆哮すると両手を広げて俺を掴まえに来た。
岩のようなごつい手が俺に迫る。
しかし俺は微動だにせず、その両手を受け止めた。
「ナッ、ナニ!?」
驚愕するオークキングであったが、我に返ると自分に形勢有利と見て、にやりと笑う。
「フン、チカラクラベカ? フフフ、ナンジャクナ、ニンゲンメ、バカナヤツダ」
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オークキングはその逞しい筋肉に力を入れる。
しかし腕も、そして身体も動かない。
その状態がもう3分余り続いていた。
「……ムォッ! バ、バカナァ、ウ、ウゴカン!!!」
俺と組んでいたオークキンガの表情の余裕がだんだんと消えて行く。
「では、そろそろ遊びを終わらせようか? ―――むん!」
俺はその両手を掴んだ体勢のまま、オークキングの体を真上に持ち上げる。
丁度、俺の手を支点に奴が倒立をしているような状態だ。
「ワアアアアアアアアアアア!!!」
オークキンガは予想外の事態に狼狽し足をバタつかせている。
「しっ!」
俺は短い気合と共に手首の返しだけで、オークキングを遥か上に放り投げると同時に跳躍する。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺は裂帛の気合とともに空中に投げ出されたオークキングの顔に、渾身の右拳を叩き込む。
びぶしゃっ!!!!
俺の拳は音速を超え、その衝撃波で拳が当たる前にオークキングの頭部が消失した。
「バカナ! オウガヤラレタ」「ギャアアアアアアアアア」「ヒイヒイヒイヒイ」
「ニ、ニゲロ!」「アワッ! アワワワワワ」
残されたオーク達は烏合の衆となり、パニックに陥っていた。
群れの力の象徴だった筈のオークキングが、素手の人間にあっけなく殺されたのだから当然である。
彼等は先を争って渓谷の入り口から逃げ出そうとする。
「ごああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
ケルベロスのジェット機の爆音のような咆哮が辺りに響く。
逃げようとした、オーク達は体を硬直させ、へなへなと崩れ落ちる。
「ふふふ……逃がさないわよ」
フェスが氷のように冷たく笑う。
「あなたたちに殺された村人達と同じ苦しみを味わって頂戴」
炎の精霊たるフェスの口から魔力を最大限に発揮する為の言霊が発せられる。
「私の分身たる爆炎よ―――地獄で亡者をも焼き尽くす紅蓮の炎よ! この愚かな者どもを生きながらに焼き尽くせ!!!」
コオオオオオオオオ―――フェスの魔力が一気に高まって行く。
「は!」
短いが、力の入った気合とともに、フェスの手からいくつもの火球が生まれてオーク達を目指して、一直線に飛んで行く。
どどどどどどどどどん!!!!!!
火球が着地すると容赦無く、広範囲に爆炎が発生し、その高温の炎は踊りまくりながら、無防備なオークの群れをどんどん巻き込む。
「ぎゃっぴ~!!!!」「ひぎゃああああああああ!」「あおおおおん」
生きながら焼かれて行くオーク達の断末魔の叫びが渓谷を覆い尽くす。
「ニッ、ニゲロ! コッチダ」「アア、ニゲロ~!」
「アア、ダ、ダメダァ!」
フェスの爆炎から逃げようとしたオーク達の前に立ちふさがったのは、巨大な地獄の番犬ケルベロスである。
その威容にオーク達は絶望的な呻きをあげる。
「オロカモノメ! ナゼ、アルジニ、ワレガ、シタガウカ、カンガエナカッタノカ?」
ケルベロスはかっと開かれた真っ赤に裂けた口から、業火とも呼ばれる冥界の炎を吐き出した。
その高温の息が一直線に伸びると、残りのオーク達も一瞬のうちに炭化し、絶命したのであった。




