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第31話 カルメンの窮地

 カルメン・コンタドールは疾走する!


 先ほどのエデとの会話が頭の中に何度も何度も反芻はんすうする。


「お、お、おねえちゃん……たすけてくれて…ありがと」


「大丈夫か……俺はカルメン……お前は?」


「エ、エデ……」


「エデか、いい名だ……」


「おねえちゃ……カ、カルメン……おねがい!」


「!?」


「お、おかあちゃんを……た、たすけて!」


「!!!」


「お、おかあちゃん……かいぶつにつれて…いかれたの。こ、こわいめにあって……ないてるの、おねがい、たすけて、カルメン!」


「…………」


「おねがい、おねがい、おねがい」


「…………」


「わかった……」


「カルメン?」


「エデ、お前の母さんは俺がすぐ助けてやる!」


「ほ、ほんとう?」


「本当だ! ……だからお前はここで待っていろ」


「こ、このしろいおへやで?」


「……そう、この白いお部屋でだ」


 ……あれは俺だ。


 あの日の俺だ……


 帝国に蹂躙され虫けらのように殺された【唯一の生き残り】の俺だ。


 綺麗な母も優しい兄も俺を助けるために目の前で死んだ。


 俺を見つからないように屋根裏部屋に隠した後、家の前の庭に引き出されて帝国の兵士の剣で滅茶苦茶に切り刻まれて……


 俺は一部始終を見ていた。


 屋根裏部屋の窓から……


 笑っていた……奴等は殺した後も母と兄の遺体を剣でなぶりながら笑っていた。


 奴等は殺しを楽しんでいた……俺達は奴等にとっては虫けらと同じだったのだ。


 ……いや違う!

 

 エデ……あの子は俺とは違う。


 まだ母親が生きている……そうだ、きっと生きている。


【唯一の生き残り】の俺とは違う!


 俺と同じにしちゃいけない……そう絶対にいけないんだ。


 助けないと……あの子の母親を!


 必ず助けるんだ!


 今はあの時の無力な子供だった俺とは違う。


 俺は強くなった―――筈―――なんだ! いや強いのだ! きっと!


 カルメンの瞳にオークの群れが映り込む。


 たおす!!!!


 「があああああああああ!!!!!!」


 カルメンは咆哮するとハルバードを振りかざし、最後尾のオークに襲い掛かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺の脳裏に浮かんだ索敵の魔法陣にカルメンとオークの反応が入り乱れる。


「カルメンがオークの群れに接触した! ―――戦闘に入っているぞ。約50対1か、急ごう」


「かしこまりました!」「姉御、待っててくれよぉ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達が着いた時には辺りは血の臭いと切り刻まれたオークの死体で一杯だった。


「カルメンの反応はもうずっと先だな」


「あっという間の瞬殺ですね…… 多分バーサーカー状態なのでしょう」


「フェス様? バーサーカーって?」


「狂戦士よ、神の力により忘我に陥った戦士の事……常人と違う凄まじい戦い方が出来るけどね。下手をすると敵味方の区別がつかなくなる狂乱の士となるわ」


「……そ、そんなぁ!」


「急ごう!」


 俺は2人を促し、カルメンを再び追ったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カルメンはひとちる。


 はははははは……いける! いけるぞ!


 俺は強い!


 あんな奴等など敵では無い!


 オークキングも問題ないだろう!


 エデ! ―――待っていろよ! お前の母親は俺が必ず助けるぞ!!!


 そう呟くカルメンの目に2つ目の群れが見えてきた。

 

 カルメンの口からまた、野獣の雄叫びが上がる。


「があああああああああ!!!!!!」


「ひぎゃあああああ!」「ぎぎきゃあああああっ!」「ひあああああああ」


 カルメンの咆哮とオーク達の悲鳴が入り乱れる。


 オークの群れは突然の闖入者により血飛沫ちしぶきを振りまきながら、真っ二つに割れた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 狂戦士化のせいだろうか?


 カルメンのペースが落ちない。


 こっちはビッキーがいるのでこれ以上ペースは上げられない。


「カルメンがまたオークの群れに接触した。戦闘に入っているが、あっという間にオークが減っていくぞ」


「凄いですね……でも肉体への負担も半端じゃあありません。正気云々もですが、体力の消耗も心配です。」


姉御カルメン……」


「この分では、このまま渓谷に着いてしまうぞ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……これがジョーの言ってた渓谷たにか?


 俺は索敵は使えないが―――分る、分るぞ!

 この渓谷たにはあいつらの穢らわしい気配で一杯だ。


「おおおおおおおお!」


 カルメンが咆哮し、渓谷に突っ込もうとしたその時……


 群れのオークメイジ達から魔法が発動され、火球と一迅の風が、彼女を撃ち抜いたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「カルメンの反応が弱くなった……」


「やっぱり突っ込みましたね。大方、敵のメイジの魔法に撃たれたんでしょう」


「あ、あねごぉ~!!!」


「猶予は無い! よし、ビッキー、俺におぶされ!」


「へ?」


「おぶされと言ったんだ!」


「!?」


 俺は呆然とするビッキーを強引に背負うとフェスに目配せをする。


 加速魔法の……本当の全開だ!


「しっかり摑まっていろよ!」


 俺は今までとは比べ物にならないくらい固く魔力オドを練り、一気に魔力波オーラを放出した。


「ひ、ひゃああああああああ!!!!」


 ビッキーを背負った俺とフェス、2つの影はかき消すようにその場から消えたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「くくく……あ、足が動かん!」


 今、カルメンは約3千余りのオークの大群に包囲されていた。


 オークメイジの放った火球がバーサーカー状態で消耗した体力にダメージを与え、風刃の魔法が足を切り裂き、彼女の自由を奪っていたのである。


 群れの一角が割れると周りのオークとは明らかに違う大柄なオークが進み出る。


「バカナオンナダ、コレダケノ、カズノオレタチアイテニ、ヒトリデ、クルトハナ……ミナ、ワラエ、ワラッテヤルンダ」


「ギャハハハハ」「ゲラゲラゲラ」「ヒッヒヒヒヒヒ」


「う、うるさい! だ、黙れ」


「ギャハハハハ」「ゲラゲラゲラ」「ヒッヒヒヒヒヒ」


 オーク達の笑い声はやまない。


 オークキングは仲間に充分に笑わせると、手を挙げ、声をストップさせる。


「ナゼ、ココニキタ? イチオウ、リユウヲ、キイテヤロウ」


「こ、ここにお前達がさらってきた、お、女が居る筈だ」


「ナニ? オンナ? ソウカ、フフ、オオ、イルゾ、ナンニンモナ」


「そ、その女達を返して貰おう」


「ハッハハハハハハハ……コレハオカシイ。オマエノ、ソノジョウキョウデ、ヨクソンナコトガイエルナ! ミナ、ワラエ」


「ギャハハハハ」「ゲラゲラゲラ」「ヒッヒヒヒヒヒ」


 オークキングは再度、手を挙げ、笑い声をストップさせるとカルメンに話を切り出した。


「ハハハ……イイダロウ、オマエノジョウケンヲ、ノマンデモナイゾ」


「な、何!?」


「オマエハ、ニンゲンノオンナニシテハ、タクマシイ。オレノ、コヲウムノニ、イイグアイノオンナダ。エイヨダトオモエ」


「な、何だとぉ!?」


「オマエガ、ツカマエタオンナノカワリニ、オレノオンナニナレバ、ホカノオンナハカイホウシテヤル」


「…………」


「ドウシタ、オンナタチヲ、タスケタクナイノカ?」


「……本当だな? 本当に女達を解放してくれるんだろうな?」


「ハハハハハ、オレハキング! キングハ、ウソハ、ツカナイモノダ。サア、ブキヲ、ステロ」


 カルメンは杖代わりにしていたハルバードを投げ捨てると、がっくりと膝を突いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 カルメンがオークキングから投降を促されている時に、俺達は渓谷の入り口から少し離れた場所に着いていた。


「ここらでいいだろう」


 俺はビッキーを下ろす。

 

 彼女は俺達を畏怖する視線で見上げていた。


「……本当に私達に合わせてくれていたんですね」


「そんなところだ。それよりも今から俺は召喚の魔法を使う」


「え?」


「悪いが、説明している時間は無い……行くぞ」


「!?」


「汝を従えし者に汝は解き放たれる。出でよ、我が従士たるケルベロスよ!」


 俺は魔力オドを練り言霊ことだまを投げ放つと、魔法陣が形成され、魔力波オーラが光の粒子のように昇華していく。


 魔法陣から洩れた冥界の瘴気ミアスマが一気に満ちる。


 その場の空気が澱み、重くなって行く。


 瘴気が噴き出す魔法陣の中から眼を赤く血走らせた三つ首の巨大な魔犬が出現していた。


 魔犬の大きく裂けたような口からは冥界の炎が溢れんばかりに燃えたぎっている。


「ヨウヤク、ヨンデクレタカ―――マチクタビレタゾ、ワガ、アルジヨ」


「は、はわわわわわわわ~! ケッ、ケル、ケルベロス~!!!!」


「ビッキー落ち着きなさい……と言っても無理ね、ふふふ」


「時間が無い、乗り込むぞ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「や、約束が違うぞ!」


「ヤクソク? ソンナモノヲ、シタッケナ?」


「汚いぞ! 王として約束すると言っただろう!!!」


「コノオレガ、ニンゲントノ、ヤクソクヲ、マモルハズガ、ナイダロウ。ダマサレルホウガ、バカナノダヨ、ハッハハハハハ!」


「くくく……」


「クヤシイカ? オマエノ、バカサカゲンヲ、ノロウンダナ。サア、ホカノオンナトトモニ、オマエヲ、オカシツクシテヤロウ。ソシテ―――オレノコヲ、ウムノダ!」


「ひっ!」


「オット、シタヲ、カムノハ、ダメダゾ―――フフフフフ」


 カルメンはオーク達に手足が動かないように縛られた上で、舌を噛んで自殺が出来ないように猿轡をかまされたのだった。


 カルメンは、薄れ行く意識の中でふと思う。


 俺はやっぱり駄目な女だ……


 エデの母親を助けるどころか何も出来ないで摑まり、自ら死ぬ自由も奪われ、ここでオークに犯される。


 女扱いされず、女を捨てた筈の自分なのに、こんな怪物に女として扱われるとは何という運命の皮肉さだ。


 怖い!


 俺の【初めての相手】がオーク!?


 こんなの嫌だ! 死にたい! 死んでしまいたい!!!


 こんな奴にみさおを捧げるんだったら、いっそジョーに……


 ええっ……なっ、何を考えているんだ、俺は!


 みんな……ご免……俺はここまでのようだ!


 オークキングは屹立した醜い巨大な生殖器を誇るようにカルメンに迫る。


「うううううう……」


 いやいやをするように、身をよじるカルメンにオークキングが覆いかぶさろうとしたまさに、その時!


「ごああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 ジェット機の爆音のような咆哮が辺りに鳴り響く!


「ごああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 度重なる咆哮に空気がびりびりと振動し、オークキングを含め、女を犯そうとしていた、オーク達の体が硬直し、動かなくなる。


 それは聞いた者を一切、麻痺させてしまうという冥界の番犬ケルベロスの咆哮であった。


「俺の仲間おんなに何してるんだよ、この糞豚野郎!!!」


「あ、あああああ!?」


 元々身体を縛られ手足の自由を奪われたカルメン自身も、その恐ろしい咆哮によりさらに全身全てが動かない。


 が! 朦朧とした意識の中に飛び込んで来た、聞き慣れた声に涙に霞む目だけを必死に見開く。


 すると自分の傍には長身の黒髪・黒目の少年が憤怒の形相で立ち尽くしていたのだった。

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