第30話 小さな生存者
俺とフェスの顔を見ると、カルメン以下鋼鉄の聖女のメンバーがほっとした顔を見せていた。
しかし囚われ人が陵辱の限りを尽くされて殺された事やこの先の村が襲われてほぼ壊滅したらしい事を聞くと皆、悲しいような疲れたような複雑な表情をして俯いてしまう。
「酷いや……」「ぞっとしますわ……」「寒気がするね」
ビッキー、ブランカ、セシリャが怯えるように呟く。
「で、どうする……ジョー」
カルメンが俺に判断を求めてきた。
「当初の作戦通りだとここで撤退だ。オークキングと約3千匹のオークが相手では分が悪すぎる。さらに奴等に近づくには2つの群れ計100匹を始末しなきゃならない。たった6人の俺達にはリスクが高過ぎる」
「…………」
俺がそう返すとカルメンはその長い睫毛を伏せながら悲しそうに俯く。
俺はカルメンが何を考えているかが分る。
分ってしまうのだ。
「しかし、俺達の仕事は【被害が出た場合の調査】もある。奴等が渓谷に居るらしいのはわかったが、村も気になる―――とりあえず村までは行こうと思う。もし生き残りが居たら助けてから撤収したいしな」
俺はびっくりしたような表情のカルメンに頷くとフェスを振り返った。
「フェス、残念ながら俺は村の位置がわからない―――またフェスの瞬間移動で行けるか?」
「私には大体分ります……問題ありません!」
「よしさっきと同じやり方だ、瞬間移動して、その先で亜空間を作る。皆の安全の為にな」
「ジョー……」
カルメンの顔に安堵したような俺への感謝の表情が表れる。
俺は苦笑いしながら彼女に頭を下げた。
「俺はリーダーとしては失格だな―――情に流されたんだ。確かに村人は気の毒だがクランの仲間を危険に晒す選択をしてしまった」
「そんな事は無い―――あんたは頼もしいリーダーだよ」
そう言いながら、俺を見詰めるカルメン。
それは俺の事を信じる決意として向けられた眼差しのような気がしてならなかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フェスの瞬間移動で村の近くまで来た俺達は、付近にオークの反応が無い事を確かめる。
亜空間の扉を開け俺達が見たものは、カルメンの記憶の中の村と同じく、無残にも燃え盛る村の姿だった。
どれだけのオークに攻め寄せられたのだろう。
圧倒的な力攻めを受けたのに違いない痕跡があちこちに残っていた。
塀は突き破られ、畑は踏み荒らされてしまっている。
村は何人もの犠牲者が倒れていた。
刃物でズタズタにされ倒れている血塗れの骸……
鈍器で力任せに殴られ倒れている、顔が原型を留めていない骸。
幼い子供を守ろうとした母親……
年老いた父を逃がそうとした息子……
抱き合っている幼い兄弟。
そして何人もの女達がオークの暴力と欲望を受けきって力尽き、物言わぬ骸をさらしている。
今までもこの世界でこのような場面を経験してきた俺も顔を背けたくなる様な凄惨さだった。
鋼鉄の聖女の4人はその惨事を目が張り裂けんばかりに凝視している。
「さあ、生き残りが居ないか、捜しましょう」
「あ、ああ……そうだな」「お、おう」「は……い」
皆はフェスの冷静な声で我に返ると、俺とフェス、ビッキーの3人の索敵魔法を使いながら、村を探索して行く。
行く所、行く所、死体、死体、死体…である。
セシリャが、とうとう我慢できずに嘔吐する。
「大丈夫か? きついなら亜空間に戻っていろ」
「だ、大丈夫……」
その時、俺とフェスの索敵に微かな反応があった。
か細い青色の光が淡く光っている。
この魔力波は人間の反応だ……生存者か?
反応が弱すぎて村に着いた時には見逃していたのだろうか?
俺とフェスは顔を見合わせると頷いた。
「皆、この先に反応があった……人間の反応だ。急いで現場に向かうが警戒は怠るな……索敵は継続しながら進む」
反応があった場所はとある民家の納屋である。
母屋は既に焼け落ちているが、納屋は無事であった。
「フェスとビッキーは索敵継続、周りを警戒しろ。ブランカはセシリャを守っていてくれ。カルメン、俺と一緒に納屋へ来てくれ」
「わ、わかった」
俺は外から声を掛ける。
「おい、誰か居るのか? 俺達は怪物では無い。人間の冒険者だ。もし居るなら助けたい! ――――返事をしてくれ」
応じる声は無かった。
「信じられないかもしれないが、本当だ。よかったら返事をしてくれ」
やはり応じる声は無かった。
「今からそちらに行く。悪いが、愚図愚図していられないんだ」
俺がもう再度、声を掛けるが……結局、反応は無い。
俺とカルメンは目で合図をすると、そっと納屋の古ぼけた扉を開ける。
扉は軋みながらゆっくりと開いていく。
中には誰も見当たらない……がこの距離ならば先ほどの索敵で俺は対象が どこに居るかを把握していた。
片隅に壊れかけた戸棚があった。
普段は物入れに使っているのだろう。
気配はその中からしている。
俺が静かに戸棚の引き戸を開けると中には8歳くらいの小さな女の子が震えていた。
怯え、涙を一杯に溜めた目で切なそうに俺達を見上げてくる。
「よく頑張ったな……偉いぞ」
「ううううううう……」
声にならない……無理もないだろう。
彼女にとっては想像も出来ないような地獄が訪れたのだから。
とりあえず安全な場所=亜空間に移さないとならない。
カルメンは黙ってそっとその子を抱きしめていた……
「俺が亜空間まで連れて行く……」
カルメンが女の子を背負い、静かに言う。
「そうだな……その子を頼む。俺達は探索を続ける。もう村のエリアも残り少ない、終わったら俺達もすぐ戻ろう。あっちで待機していてくれ」
「わかった」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少女は助けてくれた女戦士の背中におぶさられて運ばれた。
そして今は不思議な白い空間の中で寝かされている。
確か、こういう場合はありがとうと言うように母親から念を押されていたのを彼女は思い出した。
「お、お、おねえちゃん……たすけてくれてそ、その……ありがと」
「あまり喋るな……その大丈夫か? 俺はカルメン……お前は?」
「エ、エデ……」
「エデか……いい名だ」
「おねえちゃ……カ、カルメン……おねがい!」
「!?」
「お、おかあちゃんを……た、たすけて!」
「!!!」
「お、おかあちゃん……かいぶつにつれて……いかれたの。
こ、こわいめにあって……ないてるの……おねがい、たすけて、カルメン!」
「…………」
「おねがい、おねがい、おねがい」
「…………」
「わかった……」
「カルメン?」
「エデ、お前の母さんは俺がすぐ助けてやる!」
「ほ、ほんとう?」
「本当だ! ……だからお前はここで待っていろ」
「こ、このしろいおへやで?」
「……そう、この白いお部屋でだ」
カルメンはエデの物言いに微かに微笑みながら、頭を撫でると踵を返し、亜空間から飛び出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺達が亜空間に戻った時にカルメンの姿は無かった。
俺は女の子=エデにカルメンの事を聞く。
「おねえちゃ……カ、カルメン……わたしのおねがい、きいてくれた」
「お願い?」
「う、うん……わたしのおかあちゃん…たすけてくれるって」
「!」
カルメン、あいつ……昔の自分にエデがだぶったのか……だから。
「急ぎましょう!」
フェスが俺を促した。
「そうだな……今のカルメンは冷静さを失っている。オークの群れに1人で突っ込みかねない」
「あ、あ、あの、ごめんな……さい、カ、カルメンしんじゃうの?」
「大丈夫だ! カルメンは強い……それに俺達も行く。ブランカ、セシリャはここで待機してくれ。俺とフェス、ビッキーでカルメンを追う」
「かしこまりました」「わかったわ」
フェスとビッキーが応える。
「私達も行きたいですけど加速の呪文が使えませんものね。……悔しいです」
「この仕事の後は加速の呪文の特訓ね」
ブランカ、セシリャは無念そうに呟いた。
「では状況を確認する。俺達3人はオークを索敵、撃破しながらカルメンと合流する。なるべく討ち洩らさないようにしなければな。状況次第で捕らえられているエデの母親を含めて村人の救出を試みよう。……ただ、まずはカルメンの無事が第一だ」
俺はブランカとセシリャがエデを向こうに連れて行き、エデには聞こえないのを確認してからそう言った。そんな俺自身に自己嫌悪感が走るが……
割り切ろう、割り切るしかないのだ。
『仲間の安全をまず第一に考えるのはリーダーの務め。全然、間違ってはおりません。とりあえず、最善を尽くす事です……ホクト様』
『その通りです! ホクト様』
俺の心の揺れを察知したフェスとクサナギが念話で声を掛けてくれる。
『そう……だな、2人ともありがとう』
「よし! とりあえず最善を尽くそう。相手は強大で状況は不利だが、今の俺達に出来る事をしよう…行くぞ! フェス、ビッキー!」
「出撃しましょう!」
「準備、OKです!」
俺とフェス、ビッキーは亜空間を出て、加速の魔法をいきなり全開にして走りだした。
遥か前を走るカルメンの元を目指して!
※当然、加速魔法はビッキーのレベルに合わせています。




