第29話 非情
俺は索敵魔法を発動する。
ビッキーの反応がオークの群れに急速に近づいていく……
オークの群れがビッキーを認めたようだ。
赤いオークの反応が激しく点滅すると、やがて奴等はビッキーを追いかけ始めた。
「ビッキーがオークの群れに接触した。間もなく合図が上がるぞ」
カルメンがハルバードを構えなおし、俺の隣でブランカとセシリャが息を呑むのがわかる。
「セシリャ、竜巻呪文の発動にはどれくらいかかり、お前の魔力容量で合計何発撃てる?」
「ええと……1回約3分で計5発」
「よしオークが見えたら同時に詠唱を始めてくれ、ビッキーを追撃してくるオークは約40匹。俺はお前が詠唱を終えるまで、雷撃魔法を何発か打ち込んで奴等を足止めする。俺の魔法と合わせて1発で充分な数だ……魔力を使い切るな」
「OK!」
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「敵が来るぞ…5,4,3,2,1! 詠唱を始めろ、セシリャ! よしビッキーの反応だ、無事のようだぞ!」
俺は彼女がこちらに向かってくる距離と位置を測ると、真上に雷撃を軽く撃つ。
それを見て、ビッキーが転がるように横に避けるのが見える。
雷撃を見てオークの群れが戸惑っている。
俺は腕を構えなおすと雷撃を1発、2発、3発と撃ちだして行く。
俺の手から複数の雷電が走り、激しい音と光に動揺したオーク達が
その高圧の白光に差し貫かれて一度に何匹もバタバタと倒れて行く。
「ジョー……! セシリャが準備Okだ!」
カルメンが俺に声を掛ける。
どうやら詠唱が終了したようだ。
「セシリャ! 発動しろ!」
セシリャの竜巻呪文が発動した。
放たれた風は渦をどんどん大きくしていき、オーク達を巻き込んでいく。
竜巻の高さは15m程にも達し、オーク達は渦の中で体をズタズタにして絶命していく。
俺の雷撃とセシリャの竜巻から何とか逃れたオークがこちらに向かってくる。
数としてはノーマルタイプが4,5匹だ。
俺はカルメンとブランカを振り返る。
「セシリャがよくやった、思ったより殲滅できたぞ。カルメン、ブランカ、俺がセシリャを守っているから2人とも慣れる為に実戦……行ってみるか」
「わかった、その言葉を待っていたんだ!」
「あれくらいなら何とかなりそうですわ」
2人とも得物を振るってオーク達に飛び込んでいく。
俺も一応、左右を見回しながら警戒していると、流石にその数程度のオークは2人の敵ではなく、あっという間に切り伏せられる。
囮役のビッキーも戻って来た。
「ビッキー! お疲れさん、よくやったな。作戦はとりあえず成功だ」
「ふう、何とか巧くいったね」
俺は思わずビッキーの頭を撫でてしまう。
「え、ええっ!?」
「あ、悪い。昔の癖で……」
前世でよくこうして、小さい姪っ子の頭を撫でていたっけな。
「もう……」
ビッキーは少し頬を赧めていた。
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「フェスからの合図はまだ無いが、こちらの敵は殲滅した。索敵しながら注意してオークの群れが居た場所に向かおう。上位種が残っているからな」
「わかった」
「姉御大丈夫かな?」
「魔石はどうします?」
「まだ別の群れが出てくる可能性もある。無防備な採取中に襲われるのは不味い。とりあえず放置しよう。魔石は高く売れるが、もし無くてもギルドカードに討伐数がカウントされている。いざとなれば、俺がギルドマスターに交渉してやるさ」
「1匹銀貨3枚、40匹で銀貨120枚=金貨12枚か、悪くないわ」
とセシリャ……しっかりしていていい奥さんになりそうだな。
そうこうしているうちにフェスからの狼煙弾が上がる。
俺は念話でフェスに呼びかける。
『状況はどうだい、フェス』
『ビッキーのおかげでこっちに残っているのは10匹くらい。だけどオークジェネラルとオークメイジは残っているわ』
『囚われた人は?』
『状況は厳しいわ。捕まっているのはやはり女性。さんざん陵辱されて殆ど瀕死の状態だわ……魔力波の生体反応も弱々しい』
あの時の女性冒険者と同じか……
『とりあえず挟み撃ちにしよう、そこに待機していてくれ』
「あちらに残っているオークを殲滅する。向こうに待機しているフェスと挟み撃ちにしようと思う。今度は俺が行こう……4人は亜空間に入ってひと休みしてくれ」
俺の言葉にカルメンだけは不満そうにしたが、まだ先は長いからと言うと不承不承従う。
俺は勝手に外に出ないように念を押し、4人が亜空間に入るのを見届ける。
そして隠密、索敵、身体強化、加速と魔法を掛け、フェスの待機する反対側からオークの群れの残党に接近して行った。
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『フェス……こっちはスタンバイだ』
『ホクト様、こっちもOKです』
幸い人質の女性は1人、離れたところに寝かされている。
俺とフェスは、尋問する為の1匹を残して、残りは抵抗する間もなく瞬殺する気だ。
俺は魔力を練りクサナギに魔力を込める……
勘のいいオークメイジが見覚えの無い魔力に気づいたらしく、はっと顔を上げる。
だが、遅いんだ!
『行くぞ!!!』
『はいっ!』
俺 とクサナギは10匹ほど居るオーク達に向かって切り込む。
俺は一瞬の事で呆けているオークにクサナギを振るって、一刀両断にした後、呪文を唱え始めたオークメイジに向かって、踏み込む。
何匹かのオークが立ちはだかるが、俺がクサナギを一閃させると、あっけなく首が飛んだ。
それを見て恐怖の色を浮かべたオークメイジの腹に当身を食らわせ、気絶させると、逃げ出そうとしたオーク2匹をさらに切り伏せる。
フェスも同様にオークジェネラルをあっという間に倒し、残りの3匹も返す剣であの世に送っていた。
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結局、人質の女性は手遅れだった。
50匹ものオークに陵辱されたのだ―――身がもつ訳が無い。
『やはり……駄目か』
『オークの陵辱は人間と違って加減を知りません。こうやって死ぬのも構わず、行為をしてしまうのです』
『…………』
『まあ陵辱自体が女性にとっては地獄なので、加減を知っていたからと言って良いとは言えませんけど…』
俺とフェスは気絶しているオークメイジに近づく。
俺は以前オークを尋問したようにのように束縛の呪文をかけてから【活】を入れ、息を吹き返させる。
虫けらでも見るような冷たい2人の視線に気づくと、オークメイジは「ひっ」と息を呑み体を硬直させた。
「知っている事を吐いてもらおうか」
「……」
「王に忠義立てか…まあ、そうだろうな」
「これからお前に苦痛の呪いをかける……嘘を吐けば、お前の全身に激痛が走る……正直に言うんだな」
俺はまだ読心の魔法はあまり使えないが、放出する魔力の波長で真実か嘘かは大体読み取れる。
「お前達の王はこの先の渓谷か?」
「…………」
「黙秘も……嘘と同じだと言い忘れていたな」
俺はリッチのダミアン・リーから習得した闇属性魔法。
苦痛の呪いを発動した。
闇の王よ! その黒き不死の手でこの者に地獄の苦痛を与えよ!
俺が魔力を練り、魔法を発動させると、黒い霧が噴出しオークメイジの体を包む。
「ギャアアアアアア!クルシイ、クルシイ」
「痛みを倍にしてもいいんだぜ」
「イウイウ…ユルシテクレ」
「王が居るのはこの先の渓谷だな?」
「ナ、ナ、ナゼソレヲ……ソ、ソウダ」
「聞いているのは、こっちだ。総数は?」
「グググググ……サンゼン」
こっちの情報と合っているな、こいつも嘘は吐いていない。
「お前みたいな奴はその内どれくらい居る?」
「マ、マホウヲツカエルヤツカ?」
「そうだ……何匹居る?」
「10……ホドダ」
10か……まあまあ多いな。
主にどういう魔法を使うかだが?
「お前も含めてどんな魔法を使う?」
「オモニカラダヲツヨクスルマホウダ。オレタチノエイヨハチカラダカラナ。
オレモオウイガイニハジブンニツカウ」
「他には?」
「ヒトカゼノマホウヲツカウモノガスコシ」
「火と風が少し?……数は?」
「3……ホドダ」
ふむ……それなら何とかなるか、油断はならないが。
「あっちでくたばっている、あいつみたいな筋肉馬鹿は?」
「キンニクバカ? イミガワカランガ?」
俺は黙って魔法を発動させる。
「ギャアアアアアア! クルシイ、クルシイ。ナゼダ、ウソハツイテイナイ!」
「空気を読めよ……ああいう力が強い奴の事だよ!」
「イタイイタイ! 50……ホドダ」
50か……これは要注意だな。
「お前達以外に群れはいくつか渓谷の外に居るのか」
「アト2……ホド、ソトニイル」
「群れ1つの数は?」
「ワレワレトオナジクライダ」
「最後に聞こう。この先に村がある筈だ……お前等、襲ったのか?」
「アア、アノムラカ……ハハハ、オトコハミナコロシタ。オンナモイッパイ、オカシテコロシタ。イキノイイオンナタチハ、オウニササゲタ!」
「……それを聞いて安心してお前を地獄に送れるよ」
「ナナナ……ナゼダ! ヤ、ヤクソクガチガウ」
「黙れよ……もう喋んな……」
俺は苦痛の呪いを一際強く発動する。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
オークメイジは全身を見えない手で捻じられる様に不自然な形で折り曲げられるとあっけなく絶命した。
『容赦無いですね』
『褒め言葉として受け取っておくよ。ところで俺の判断で魔石は放置にしてもらっているが』
『雑魚の魔石はホクト様が仰るとおり置いておいて、上位種の魔石だけ回収しましょう』
俺はフェスから貰ったダマスカスナイフで心臓を切り裂きオークジェネラルとオークメイジの魔石を手に入れたのだった。
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亜空間に戻るとやはり待つだけなのは不安だったらしく
俺とフェスの顔を見ると、カルメン以下【鋼鉄の聖女】の
メンバーがほっとした顔を見せていた。
また囚われ人が気になったのであろう。
しかし俺とフェスがゆっくりと首を横に振ると、皆、悲しいような疲れたような複雑な表情をして俯いたのだった。




