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第27話 ビッキーの決意

 一時の休息が終わり俺達はまた仕事ミッションを再開する。


「フェス、この先に集落はあるのか?」


「10㎞先にひとつ村がありますね」


「じゃあとりあえず当面はその村が目標だ。さっきのペースで行くぞ」


「かしこまりました! ……ビッキー準備はいい?「はいっ!」行きます!」


 ビッキーの奴、【返事】が変わっている、本当に気合が入っているな。


鋼鉄の聖女アイアンメイデンで一番、変わったのは彼女かもしれない。


 フェスは再び身体強化と加速の魔法を発動し、ビッキーと共に進発する。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「よし、俺達も行くぞ。奴等の気配を探りながら、2人のあとを進む」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 フェスとビッキーはホクト達、後続ほんたいにあっという間に1Kmの差を付ける。


「索敵は……そうそう、もっと感覚を鋭くして、自らの気配を断つという感覚イメージね。ただ、いつでも敵に対処できる用意はしておかないとね」


「はいっ!」


 フェスはそう言いながら、つい5日前程の事を思い出す。


 言いようの無い懐かしさが込み上げて来たのだ。

 あの時は、こうしてホクトに同じ事を教えていたっけ……

 その時、フェスの索敵の魔法陣に多数の反応が上がって来る。


「!!!」


「フェス様!?」


「4Km先の森にオークの反応多数!」


「よ、4km!?」


「数は……50」


「ご、50!?」


「フェス様! ……ど、どうしよう?」


 ビッキーが慌てている。


 フェスの類稀たぐいまれな索敵能力と敵の出現により、軽いパニックに陥っているのだ。


「とりあえず、本隊クランへ戻りましょう。ここだと待つには離れ過ぎているし、戻って合流して策を練った方がいいわ。私達の役目はまず索敵よ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達は500mほど進んだところでフェス達と合流し、報告を受けていた。


「と言う訳で、ここから約3km半の場所にオーク約50匹を発見したわ」


「50か!」「結構な数ですね」「どうするの?」


 不安げに俺を見つめる鋼鉄の聖女アイアンメイデンのメンバー達。


 俺は、ゆっくりと彼女達の顔をを見つめながら話す。


「当然、殲滅せんめつだな。但しまだ情報が全く足りない。上位種がどれくらい混在しているかが鍵だ」


「ジョーとフェスは既に上位種と戦っているのだったな」


「まあな―――ただ、この前は力任せの戦闘系が3匹だけだった。魔法系がどれだけ居るかだな?」


 俺は安全策を取る。


瞬間魔法テレポートで、ここから2km先に瞬間移動し、そこで亜空間を生成し拠点として殲滅戦を行う。フェス、正確な場所を把握しているのはお前だ。瞬間移動の魔法は行けるか?」


「余裕です」


 当然といった様子で頷くフェス。


「助かる……」


 ここからの徒歩の移動は鋼鉄の聖女アイアンメイデンのメンバー達の体力と魔力オドを無駄に消耗するし、第一、フェスが作った亜空間の中は、ほぼ安全だからだ。


「各自に魔法鍵マジックキーを設定しておくから、危なくなったら中に逃げ込め。魔法鍵を持たない魔物は中に入れない。安心しろ! フェスの作った亜空間はオークごときなら上位種の物理でも魔法でも壊れやしない」


「亜空間って―――ぱっと見、分かるんですか?」


「亜空間の壁は見えるように色をつけて貰うし、壁に触れば魔法鍵が働いて中に入れる」


「でも空間魔法って魔力オドの消費も半端ないだろう。―――魔力切れは大丈夫かい?」


 カルメンが心配してフェスに尋ねるが、フェスは心配は無用だときっぱりと言い切った。


「まだ魔力オドも大して使っていないし、全然、大丈夫よ」


 俺はフェスに対してうなずくとメンバー全員を見渡した。


「よし作戦の再確認だ―――現場に着いたらフェスがまず砦代わりの亜空間生成。先行して索敵と偵察も行って詳しい情報を収集してくれ」


「ね、ねえっ! わ、私はっ!?」


「ああ、ビッキーは俺やカルメンと一緒に中盤組の護衛とそして随時の攻撃だ」


「フェス様を、その、1人で行かせるの?」


 フェスを師匠と仰ぐベッキーは敵陣のど真ん中に単身で乗り込む彼女が心配なのだ。


「大丈夫よ……私は」


「で、でも!」


「心配してくれるのね、有難う。そうね、私も絶対無理はしない、戦場では冷静さを無くした方が負けなのよ」


「で、でも!」


「ベッキー。今回は俺達もジョーの指揮に従うと決めたんだ。フェスもああ言っている、2人を信じて、依頼ミッションを全うしよう!」


姉御カルメン!?」


「ありがとう、カルメン! ではとりあえず亜空間を作る場所に瞬間移動テレポートしよう。フェス!」

 

「お任せください、ホクト様!」 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達はオークの群れから約1km余りの場所にクランごと瞬間移動テレポートした。


 フェスは早速、空間魔法の亜空間を発生させる。

 

 この砦代わりの亜空間を頼みとして俺達合同クランででオーク50匹を迎撃しようという算段だ。


 フェスはクランのメンバーに、この亜空間限定の魔法鍵マジックキーを付けると今度はオークの様子を確認する為の偵察の任務で出撃する。


「フェス……頼むぞ」


「はいっ!」


「……絶対に無理はするな!」


「はいっ! フェス出撃します!」


「フェス様、気を付けて!」


 この亜空間の付近にまだオークの気配は無い。

 

 フェスはひとつ息を吸い込んでまた吐き出すと赤い髪をなびかせて一直線に走り出した。


 フェスは隠密、索敵、身体強化、加速と魔法を掛け続けて行く。


 走る、ひた走る……


 彼女の索敵魔法のオーク達の反応がどんどん強くなっていく。


 オークの総数50は変わっていないようだが、問題は上位種の数とその種類である。


 群れにあと、500mの所まで近づいたところで、フェスは移動のスピードを落とし、木陰に潜みながら、少しずつ近づき索敵に集中する。


 群れにあと300mの位置に近づいたところで、索敵の魔法陣に詳しい情報が浮かび上がる。


「!!!」


 50匹のオークのうち……上位種は…2匹。


 この前よりも少ない……


 但し1匹は同じオークジェネラルであったが

 もう1匹はオークメイジであった。


 それより……人族の反応がひとつあったのだ。

 

 弱々しい反応だが……生きている。

 

 ……生かされていると言う事は考えるだけでもおぞましい事だが、多分女性だろう。


 彼等の習性からすると男は問答無用で殺すのだから……


 これは人質をどうするかで作戦を考えないといけないだろう。

 フェスは素早く判断するとまた来た方向に向かって走り出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「よかった! フェス様、無事で!」


「大丈夫よ……それよりもホクト様」


「ん、作戦は限られるな」


「どういう事だい?」


 カルメンが訝しげな顔をする。


「殲滅する事自体はそう難しくない。ただとらわれている人がいるなら、単純な殲滅だとほぼ救出は無理だな」


「え?」


「俺達なら、正攻法で戦う分には50匹のオークくらいは何とか圧倒できるだろう。ただ奴等は形勢不利になると、多分、足手まといの人間を殺して逃げ去る。更に、この群れ以外に群れがあれば、逃げた奴から俺達の情報が伝わるだろう。それはこの後、不味まずい状況になりかねん」


「またおとり……作戦ですね」


 フェスが呟く。


「そう……だな」


「囮?」

 

 カルメンがまた俺を見てどういう意味かと聞いてくる。


「奴等は人の女性を好む……妄執的にな。上位種が居ても女性に対しては本能で動くから冷静さを失う。そこが付け目さ」


「成る程、女としては嫌な習性を利用するというのだな」


「その通りさ。囮役がこちらに群れの大部分を誘き寄せ、砲台役が一気に呪文で殲滅する。群れの大部分が離れた隙に別働隊が群れの後方に回り込んでとらわれた人を助けるって段取りだ」


「そうすれば他の群れに俺達の情報が洩れにくいって事だな」


「そうだ。最後に呪文で殲滅し残した奴等やおびき出されなかった奴等を合わせて、挟み撃ちにして全部殲滅する作戦さ」


 カルメンは頷くと了解したとばかりにハルバートの柄を握り直し、地面に打ちつけた。


「戦力確認をしよう。砲台役は俺、フェス、セシリャだ。囮役候補はフェス、ビッキーのどちらかだ」


「お、俺は? 俺も戦わせてくれ!」


「カルメンは身体強化と加速の魔法は使えるが、呪文で撃ち洩らした奴等をハルバードで殲滅する役回りだ。ブランカとセシリャの護衛も兼ねている」


「よ、よし! 最前線で無いのが寂しいが―――ジョーの指示に従おう」


 カルメンが気合を入れるのを見て暫しの間考え込んでいたビッキーが、囮役を買って出る。


「私、やるよ! これがこの作戦の鍵でしょう」


「ビッキー?」「大丈夫?」


 彼女を見るセシリャとブランカが心配そうな表情だ。 


「任せて! 私は攻撃魔法が使えないけど、素早いのは売り・・だもの。あんなオーク共に捕まらないよ!」


「ビッキー……あんた、本当に変わったね」


 カルメンが息をひとつ吐き出すとしみじみと呟いた。


姉御カルメン! 私はCランククラン鋼鉄の聖女アイアンメイデンのメンバー、シーフのビッキー・チャバリさ。絶対にやり遂げるよ!」


 そう言いきるビッキーにフェスが静かにワインレッドの眼差しを向けた。


「大丈夫、貴女なら出来る。……冷静にね」


「よしビッキー、この狼煙弾を預ける。煙が出るだけで殺傷力は無いが、高く立ち上り、こちらへの合図になる。奴等を挑発して追ってきたら、投げつけてやれ! ……それが作戦開始の合図だ。こちらに引き付けて戻ってきたらお前の位置を見て俺が雷撃を真上に撃つ。それを見たら真横に避けてくれ」


 俺はフェスから貰った魔道具マジックアイテムの狼煙弾をビッキーに渡す。


「砲台役は俺とセシリャだ。俺は雷撃でセシリャは風属性の範囲魔法で―――行けるな!」


「OK! 竜巻呪文トルネードで行けるわ!」


「私は……?」


 おずおずと俺を見るブランカ。


「ブランカはカルメンと一緒に待機だ。乱戦になったらセシリャを守りながら剣を振るって貰う。大変だが期待しているぞ」


「はは、はい!、頑張ります!」


「最後にフェス……大変だろうが群れの背後に回り込んで救出役を頼む。お前が偵察して状況が判っているのと、この森で爆炎などを使うと火が回って逆に不味い状況になる可能性があるので火属性の魔法は使えないからだ。救出に成功したら狼煙弾を上げてくれ」


「かしこまりました!」


「じゃあ皆、準備はいいか?」


「大丈夫です」「行けるよ」「いいよ!」「準備万端ですわ」「OK!」


「よし! ビッキー頼む」


「出撃します!」


 ビッキーは小柄な体が弾かれる様に素晴らしいスピードで走り出す。


「次はフェスだな……1人で申し訳ないが。こちらを殲滅したらすぐ行くからな」


「私は……大丈夫です! フェス、行きま~す」


 フェスもビッキー以上のスピードで走り出し、あっという間に見えなくなる。


あとはビッキーの合図待ちだ……頼むぞ、ビッキー」


「きっと大丈夫……あの娘は巧くやるよ」


「ああ……そうだな」

 

 振り返るとカルメンだけでなくブランカ、セシリャも俺を見つめて、黙って頷いている。


 クランの誰も死なせないからな!

 

 俺は心に誓って、じっとビッキーの合図を待つのだった。

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