第23話 カルメンの過去
ここは一体!?
そう、ここは―――過酷な戦場。
違う、戦場などではない、一方的な虐殺の場だ。
口先だけの理想とは相容れない恐るべき現実……
俺は情け容赦ない真実を突きつけられ、しばし呆然としていた。
『ここはカルメンさんの異界の一番奥底ですね……』
『様々な歴史の中で何度も繰り返されて来た事です』
フェスとクサナギがそっと呟いた。
『私達が、ここに立っていても仕方がありません……行きましょう』
『行くって、この戦場の中をか?』
『これは異界の中の幻です。私達はカルメンさんのこの異界からすれば異分子です。意識を無理やり向けて、同調させなければ問題ありませんよ』
『何もしないって!? でも!』
『これは過去、もう既に起こった事なのです。何もしなければ、あちらからも干渉される事はない筈です。ここですぐ干渉できるのはこの異界の同質の精神体であるカルメンさんだけですから』
フェスとクサナギが先に歩き、俺は後を付いていく。
近くに行ってわかった事だが、人々は実体と言うものが無かった
追い立てる兵士達も逃げ惑う村の人々も朧げで希薄な存在であった。
俺にぶつかっても霧のように四散してしまう。
『この兵士の鎧はガルドルド帝国のものですね―――村人の服装から見て多分、ハイネス連合との国境にある、どこかの村でしょう。20年以上前に侵略戦争がありハイネスは圧倒的な力を持つ帝国の前に敗北し、降伏―――そして従属しました』
『……………』
『帝国は自分達の神の大義の元に他国を従わせようとする大国です。彼等に言わせれば、自分達に従わない事こそが悪! ―――と言う事らしいですから』
『で―――逆らえば、こうか。……容赦ないな』
『でも今、泡沫の夢を見ているヴァレンタイン王国だって、英雄と言われるバートクリードが、北の魔族達を追い、全く同じ事をやって建国したわけですし、他の国も似たようなものです。ホクト様が以前、いらっしゃった世界も同じような歴史を持っているのではないのでしょうか?』
『……………』
『ただいつも泣きを見るのは真面目に暮らして来たこのような人達です。権力者に翻弄され、踏みつけられ―――涙と血に塗れ、流されながら死んでいく』
遠い眼をしながら静かに語るフェス……
彼女の過去に何があったのだろうか?
『失礼―――喋り過ぎましたか。ホクト様はこの前の商人の言葉といい、この世界の価値観に戸惑われているでしょうね』
フェスは相変わらず穏やかに微笑んでいる。
俺は正直に今の気持ちを打ち明ける事にした。
『う~ん。俺は以前の俺とは性格も変わってしまったし、相手を倒す事にも躊躇は無いけど、これだけ一方的なのは……な』
しかし、フェスは今の俺の気持ちに違和感があるようだ。
『それこそ……ホクト様の勘違いじゃないですか?』
『え?』
『ホクト様の圧倒的な力はこの兵士達と一緒だとは考えませんか? 無力な人間や魔物に対してそうではありませんか?』
『そ、それは……』
『どこが違うというのでしょうか?』
俺はフェスにそう言われると…確かにわからなくなってしまった。
俺はこいつらと変わらないのか?
『全然、違いますわ!』
『クサナギ!?』
『大丈夫ですよ、フェスティラ様は分かって仰っているのですよ。ホクト様の力はいうなれば破邪顕正……魔を払い、そんな弱い者達が為にふるう正しい力……そう私は確信していますわ、そうでなければ私の降魔の力は発動しません』
『俺の力が、破邪顕正……』
『クサナギさんは、よくわかってらっしゃいますね。破邪顕正……なるほど、ホクト様は真っ直ぐなお心で力を自己の為でなく、常に他の人の為に使っています。この世界に転生されたのも、その身を犠牲にしたのが切っ掛けですしね……今までのご自分を振り返って見てください』
『…………』
『フェスティラ様の仰る、その通りですよ、ホクト様。ど~んと自信を持っていいんですよ。そうでなければ―――こんな美い女2人が惚れませんもの。フェスティラ様も落としておいて持ち上げるのはどうしたものですか?』
そこまで言われると俺、何だか、くすぐったいんだけどな……
『私は従士でもあり、ホクト様の【先生】でもありますからね。こんな厳しい事もたまには言いますよ』
『私も……これから、そうしますね』
おいおい……
でも2人とも、有難うな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……あれは?
俺はその時、見覚えのある魔力波を感じた。
燃え盛る家屋の側で倒れている血塗れの女性に覆いかぶさり
必死に呼びかけている赤毛の小さな女の子はもしや―――カルメン!?
『おかあちゃーん、おかあちゃーん!』
『だ、だめ! にげて……に、げ……』
『いやだぁ! いやだぁ!』
『カ、カルメ……ン……』
そのうちに遠くで悲鳴があがる。
『わ、わたし……はも、う……い、いきて、カルメン……おねが、い……』
『いやだぁ! いやだぁ!』
そこに迫る何人かの兵士達……
『なんだぁ?』
『おいおい、まだこんな所に餓鬼が残っていたぜ』
『どうする? 捕まえて奴隷商にでも売っちまうか』
『めんどうくせぇよ! 死に損ないの女ともども殺しちまえよ、ぎゃはははは!』
俺は!
……もう我慢が出来ず、その場へ飛び込む!
その瞬間……俺とカルメンの魔力波が同調した。
『何だ、貴様』
『何者だ!』
『この異界の者ではないな!』
『殺してやるぜぃ! ぎゃははははは』
幻であった筈の兵士達が実体化して襲ってくる。
『助太刀します!』
クサナギが鋭い声を放つと身を翻し、その姿が消える!
『同じく!たっ!』
フェスも短い気合を発し、炎剣をふるうと兵士は四散する。
そしてクサナギは何と! いつもの通り俺の背に居たのだ!
『クサナギッ!?』
『話は後です、先に幻を!』
『よっしゃ!』
いつもの通り俺とクサナギの魔力が高まっていく。
ぴいいいいいいいいいん!
あの時と同じ邪なるものを退ける降魔の剣だ!
『たあおっつ!』
瞬間、俺の剣技……見よう見真似の我流ながらも幕末の天才沖田の無明の剣が炸裂した!
それは一拍の間に神速の3段突きを繰り出す秘剣。
「きしゃん!」「くわああっ!」「ぎゃむ!」
残る3つの帝国兵士の幻は断末魔の叫びをあげて瞬く間に四散したのだった。
『おかあちゃーん、おかあちゃーん!』
『カ、カルメ……ン、こ、このひと……たちと……』
『いやだぁ! いやだぁ!』
『……………』
『あああああっ! おかあちゃーん、行かないで~っ! おかあちゃーん!』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『あおおおおおおおお!』
カルメンの母親は既に息絶え、カルメンはまだ縋って泣き伏している。
フェスが何かを彼女に言いかけようとするが……
俺はそれを手で制した……ここは俺の役目だ。
俺は泣きじゃくる幼いカルメンに声を掛ける。
『嬢ちゃん』
『…………』
『おまえのかあちゃんは天国に行っちまった……』
『!』
『お前のかあちゃんにお前を頼まれた……俺達と来い』
『…………』
『…………』
『…………』
『どうだ?』
『お、お墓…』
『ん? お墓?』
『む、村のお墓に…』
カルメンは出ない声を精一杯振り絞り、母親を指差している。
俺はゆっくりと頷くと息絶えた彼女の母親を背負い村の墓地に運ぶ
埋葬する前に俺は自分のナイフで、カルメンの母親の髪を一房切ってやり、彼女の手に握らせてやる。
墓地の土は血のような赤土で何故か柔らかい。
俺は素手で穴を掘る。
人一人分の穴が掘れてから、俺は静かにカルメンの母親を横たわらせた。
そこへフェスがやはり素手で土をかけて、母親を埋葬して行く。
俺もゆっくりと土をかける。
幻である筈の彼女の母親に触れ、埋葬出来たのは、やはり彼女と魔力波が同調していたせいだろうか…
カルメンが俺の鎧を引っ張った。
隣にある墓は彼女の父親の墓だと言う。
『おかあちゃん、これで寂しくない……あ、ありがとう』
カルメンが少しはにかみながら寂しそうに笑い、おずおずと小さな手を差し出す。
その目は泣き腫らしていて真っ赤だ……
俺がその小さな手を両手でそっと握ると、彼女の体温の僅かな温かさを感じ、その瞬間、辺りが暗転した。
『あれは彼女の昔の記憶です』
気が付くと彼女を含めて全てが掻き消え、俺達は何も無い空間に居た。
『彼女が殺されずに生き残れたのは事実ですが、現実はあの通りには行かなかった筈です。ただ、我々が関わった事で彼女の心が、僅かながら癒されたのを感じました』
あの小さな手の僅かな温かさがそうだったんだろうか……
『そうだ、クサナギはどうしたんだ?』
『ふふふ、ホクト様、私はいつもの場所に居ますよ』
この世界で実体化した筈のクサナギはやはりもう人の姿ではなかった。
現実世界の通り、ヤマト刀の姿で俺の背に居たのだ。
『クサナギ!』
『ご心配していただいてありがとうございます。一度、実体化を解いてしまえば、この異界と言えども、再び実体化する事は出来ません。でも、お役に立てましたし、嬉しいです。またこの異界でお会いしましょうね』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『さあ、急ぎましょう! 次の異界で鋼鉄の聖女のメンバーが、待っていますよ!』
フェスに促され、次の異界の扉を開けると、そこは何と冒険者ギルドの訓練場であった。
その場にはカルメンをはじめとした、鋼鉄の聖女のメンバーが複雑な表情をしながら、俺達を不承不承待っていたのだった。




