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第22話 真夏の夜の夢

【真夏の夜の夢】とは粋な名前を付けたもんだな……


 元々、【真夏の夜の夢】とは俺の知る限り、シェイクスピアの書いた喜劇形式の戯曲だ。


 2組の人間のカップルがその仲を引き裂かれそうになって、森に行き、妖精王オベロン妖精女王ティターニアの喧嘩に巻き込まれてすったもんだするが、結局ハッピーエンド……確かそんな話だったよな。


 夕食を終え、ホテルの部屋でお茶を飲みながら、そんな事を考えているとフェスがこれから行う魔法の訓練の説明をすると言う。


「この無属性魔法【真夏の夜の夢】は他人ひとの【夢】に入り込む魔法です。【夢】とは魂が創り出す人それぞれ個々の異界。その中を人は精神体アストラルとなって毎夜遊び暮らしているのです」


 ふ~ん……こっちの世界って【夢】はそういう概念なんだ。


「普通その異界は個々の結界によって守られていますが、その結界を解く事で、他人ひとの【夢】に入り込む事が出来るのです。あとは……当然、こちらも精神体アストラルにならねばなりません」


「それって……何だか……」


「その通り、元は夢魔むま淫魔いんまの使う邪法ですが、それをある魔法使いが人が使えるように改良したのです」


 あっさりカミングアウトしたけど……いいの?

 

 俺、淫魔になって夢の中でカルメン誘惑しちゃうよ?


「何か、よからぬ事を考えていましたね。冗談は顔だけにしておいてくださいね」


 ………だんだん口が悪くなるフェスさん、一体、誰の影響?


「冗談はさておき……元は邪法でもあくまで使い方によります。夢魔、淫魔のように悪用しなければいいのですから」


 悪用したくなる魔法だけどな……

 

 俺、覚えたらどんどん使おうかな!


「また何か、よからぬ事を……念のため……夢魔・淫魔のような意図で悪用しようとすると直ぐに魔法が解けるようになっています。愛を告白するくらいでは大丈夫ですが。実はその魔法使いが暴走よくじょうした為に魔法式に制約しばりが、かけられましたので……」


 ああ、そうやっぱりね……悪い奴がいるもんだ、気をつけよう女子!

 え、俺?、言うだけよ、言うだけ。冗談さ……口だけだって、これ本当。


「さあ……まず索敵の魔法で4人の魔力オドを捕まえましょう」


 俺が索敵の魔法を発動させ、探ると4人は中央広場の外れにある、冒険者向けの宿屋に居るようだ。


 たくさんの街の人々の反応だが、カルメンの魔力波を知っていたので即、捉える。

 何となく憶えていた3人の魔力波もすぐわかった。


「カルメンは1人、部屋に籠もっているな。後の3人は食事中のようだ」


「了解しました。では魔法を発動する前に発動後の打合せと連携の手順に関して

説明しておきましょう……」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「で、フェスさんよ…何故俺の部屋にまだ居るの? 魔法の発動は一緒の部屋じゃないといけないのかい、かい?」


「何ですか、その物言い? いえ……特にそういう訳では……」


『ホクト様、駄~目ですよ。3人一緒ですよ』


『ク、クサナギさん……ありがとうございます』


『わかっているって! 冗談だよ!』


『ホクト様、そんな意地悪な事を言っていると、また【鬼畜】って言われますよ』


『クサナギ……ジャストアジョークだよ、ジョーク、冗談!!!』


『変な事、言ってますね、フェス様』

『放置ですね、クサナギさん』

『そうですね、フェス様』

『…………』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「では初めてなので私がやりますね。先ほど言いました通り、発動すると当然眠りに陥りますのでご注意を。この魔法を発動する前に索敵魔法で警戒エリアを設定します。意識の一部は開放していますので危険な気配が近づけばすぐ目覚めるようにはなっています。今後、ホクト様が発動される際も私の発動を参考にして同様に願います」


「了解!」


異界ゆめを呼び覚ます夜のとばりよ、我、帳をおろした者として、眠りに付く者の扉を開けんとす。泡沫うたかたの夢の扉よ、開け! 我を受け入れよ!その一時の戯れと共に!」


 フェスの涼やかな心地よい詠唱が響くと俺の体はいきなり深い眠りに落ちていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 気が付くと俺の体は全身が眩しく光っていた。


 これが俺の精神体……か?


『ここは?』


『ここは私、フェスの夢である異界です』


 同じように眩く輝くフェスが居た、そして……?


『暖かい炎の力を感じる世界です…フェス様らしいですね』


『ええっ……君は?』


 そこに居たのは1人の光り輝く少女……


 日本の神代のような衣装を小柄な身に纏う。

 俺と同じ黒髪であり、鼻筋の通った切れ長の目を持つ利発そうな女の子。


『ふふふ、このような形で初めてお会いできるとは……クサナギです』


 俺はあまりのクサナギの可憐さに吃驚びっくりしていた。


『…………』


『どうしたんですか?』


『…………』


『吃驚し過ぎですよ、ふふふ』


『フフフ、こんなホクト様も珍しいですね』


 驚いている俺を尻目にフェスとクサナギがクスクスと笑う。


『ホクト様、両手に【花】……ですね』『全くです』


 やっと落ち着いた俺は……


『クサナギって…そういう子だったんだ、驚いたよ』


『そういう子って、一体どんな女だと思っていたんですか?』

『いや、何でもない……でもこの世界では実体化できるんだな。こうやって会えて嬉しいよ』


『【呪】の力が弱まっているような気はしますが、理由はよくわかりません。でもいいんです―――私も嬉しいです、本当に!』


『今後とも宜しく頼むよ』

『こちらこそ! 宜しくお願いします』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『ここはフェスの夢=異界なんだよな』


『そうです、……何か私自身をじっと見られているようで恥ずかしいです』


『あったかくてホッとする、とってもフェスらしい世界だよ』


『ありがとうございます! ここは自分の願望が叶う異界。……私がホクト様にそう思われたいと願っているのでしょうね』


 フェスはそう言うと微かに頬を赧らめた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『そろそろ彼女達アイアンメイデンの所に行かないとな』


『では……こちらへ』


『カルメンさんの魔力オドを追って私の異界ゆめ彼女カルメン異界ゆめを繋げてあります。それにカルメンさんの異界に他の3人の精神体も呼んでおきました』


 フェスにいざなわれ、異界の一角に向かうと、そこには古めかしい扉があり、僅かに開いている。


 ここがカルメンの異界ゆめへの扉か……

 そこからフェスの異界とは何か違う光が漏れているのがわかる。

 フェスが扉のノブに手を掛けると、ゆっくりと開け放った。


「え!?」


 逃げ惑う人達の悲鳴と追うものの怒号……


 命乞いをする人を情け容赦なく一方的に切り捨てる、全身黒尽くめの鎧の軍隊。


 木造の粗末な家々が燃え上がっている。


 他に何かが燃える、この胸がむかつくような悪臭……これは人が焼ける?


 俺達が見たのは、まさしく……戦場だったのだ。

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