第19話 クラン鋼鉄の聖女
俺は今ギルドの訓練場でCランククラン【鋼鉄の聖女】のリーダー、女戦士カルメンと対峙している。
彼女は最初から喧嘩腰で俺の事を舐め切っていた。
また俺とアルデバランのやり取りを見て、絶対に彼の身内だと思い込んでいる節があった。
更に彼女は次の台詞で輪を掛けた痛いキャラだとわかってしまったのだ。
「俺はあんたみたいな男なんかに負けないよ!」
「そうだ! そうだ! やっちまえ! 姉御!!!」
「鋼鉄の聖女、万歳! 女が一番です!」
「男は全て女の敵だ! 男は死ね!」
こいつら男性不信の塊か!
まぁ俺も昔、女には酷い目にあったから気持ちはわかるが……
いや! でもそれは誤解か、あの娘は悪くない……
嘘を見抜けなかった俺が悪かっただけさ
今でもそう信じてる……はぁ~
……ちょっとブルーになってしまった。
「姉御って呼ぶなと言ったろう、何度言わせるんだい! あと、そこの餓鬼! 何をブルーになっているんだい!」
痛い上にキレキャラか……
これじゃあ多分不幸になるな……
「何、俺の事が分かったような顔しているんだい、舐めているんじゃないよ」
カルメンが鬼のような顔になっている……
はっきり言って怖い。
アルデバランが、にやにやしながら俺とカルメンを見ている。
「何だか夫婦漫才のようだな。お前達、実は相性グンバツじゃあないのか?」
……今時グンバツなんて言わないぜ、おっさんよ
というかこの世界で夫婦漫才知ってるのかよ???
「ふ、ふ、ふざけるな! 何が夫婦だ! 試合なら早くルールを決めな、俺は真剣勝負でも構わないんだぜ!」
「はっはっは! まあ、そういきりたつな。まず武器だが、刃を潰したギルドの備品を使ってもらう。カルメン、お前はどうするんだ?」
「俺はいつも使っているのがいい、このハルバードだ」
「ほう、なかなかの得物を使うな、ジョーはどうする?」
「じゃあ俺もハルバードだ、条件が同じ方がいいだろ、後で文句を言われたくないからな」
ハルバードはハルベルトとも言い日本では「槍斧」「斧槍」「鉾槍」などと言われる重装槍である。
槍状の穂先に斧を取り付け、その反対側に鉤爪が取り付けられている。
突き、切り、鉤爪で引っ掛けて叩くと4種自在の使い方が出来る。
便利だが重いので使いこなすには素養と修練が必要である。
「俺と同じ武器だと!? てめぇ、どこまで舐めた餓鬼だ、いい加減にしろよ。その細腕で使えるわきゃないだろ」
「さっきから大人しく聞いていれば餓鬼、餓鬼って俺が餓鬼なら、お前は年増かよ」
「!!!」
「あ~あ、あいつ言っちゃった!」「本当、言っちゃいましたね、禁句を!」
「あの馬鹿、絶対殺されるよ、可哀想にねぇ、きゃははは」
「ば、年増だとぅ! てめぇ―――こっ、殺す!!!!!」
「おう! 殺せるなら殺してみな!」
俺とカルメンが構えたのを見て、アルデバランが試合開始の合図をスタンバイする。
「開始!!!!」
アルデバランの合図がかかると、カルメンの魔力が急速に練られていく。
やっぱり戦士だけあって並外れたパワーが売りだろう。
当然、それを補う身体強化と加速の魔法は得意のようだ。
俺はわざと彼女の魔法が発動するまで待ってやる。
俺はカルメンが仕掛けてくるのを待つ。
む、来るな!
彼女から攻撃を示す魔力波が放出されたのだ。
「はっ!」
短い気合と共に鋭い踏み込みからの高速の突きが来る。
なかなかの腕だが、フェスやアルデバランの動きに比べると、格段に遅いので俺には余裕である。
俺が体をひねって楽にそれを避けると、次は手首を返しての薙ぎ払いが襲って来た。
俺は2歩、3歩バックステップしてそれも躱すと、今度はこちらから溜めを効かせたフェイントの突きを入れる。
相手がそれを躱すのは計算通りだ。
俺は素早く穂先を戻し、体勢を崩したカルメンの鎧に真横にした穂先の上部を突っ込み、
そのまま鉤爪で引っ掛け、宙へ投げ飛ばす。
カルメンは俺の人間離れした膂力で20mも空中高く舞い上がった。
「おおおっ! これは!?」
「あああっ!」「姉御~!」「いやっ! 死んじゃう!」
その場に居たフェスを除く皆が驚愕の表情だ。
カルメンは宙に飛ばされた恐怖からか必死に手足をバタバタさせながら落ちてくる。
こんな状況でも武器を捨てていないのは、ある意味、立派だ。
「よし!」
俺は持っていた武器を捨て、空中にジャンプする。
「な!?」「えええっ!」「あいつっ!」
何と落下するカルメンに向かって弾かれたかのごとく一直線に飛んで行ったのだ。
俺は空中で暴れるカルメンを捕まえると、当身を入れ、失神させる。
意識を失い、流石に武器を放した彼女をしっかり抱えると、回転しながら、落下スピードを落とし、ショックを和らげるよう着地した。
そして、そっと、その意識を失った体を地面に横たえてやる。
「勝負あった!ジョーの勝ちだ!!!」
その瞬間、アルデバランの声が高々と俺の勝利を告げた。
『いいな……いいな~』『全くですね!』
ん、何だ?
『私たちも抱っこして欲しいです』『そうですよねぇ~』
何とフェスとクサナギの念話が聞こえてくる。
あの君達……いつから、そんなに仲良くなったの?
リーダーを倒された【鋼鉄の聖女】のメンバー達は呆然とし、ぶつぶつと呪詛の言葉を呟いていた。
「姉御が負けるなんて……それもあんな男に」
「いやあああ……鬼畜、獣ですわ!」「この世の終わりだわ」
おいおい、あんな男で悪かったな……
よりによって鬼畜、獣ってよ。
それに、この世の終わりは大袈裟だろ。
悪魔じゃあないんだから、俺だって……
魔人だけど……さ。
補正されてふてぶてしい筈の俺も女性の言葉の暴力への耐性は無いようであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくしても、まだカルメンが起きない。
そこで俺は柔道の活を入れてやった。
そうしてカルメンはやっと意識を取り戻したが、何が起こったのか理解できていないようだ。
「…………」
「おい、気が付いたか?」
「……俺はどうなった……もしかして負けたのか?」
「そうだな……」
「お前に宙に飛ばされた後に……誰かに抱きかかえられたような? もしや……お、俺の体に……さ、触ったのか?」
「ああ、そうだよ。俺が助けた」
「い、いやああああああああああああ!!!!!!」
カルメンは絶叫すると俺を突き飛ばし、ギルドの訓練場から凄い勢いで飛び出して行った。
「一体、何なんだ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【鋼鉄の聖女】のメンバーは、鬼畜で獣らしい俺には口を利いてくれないので仕方なくフェスが話す。
「リーダーは男性恐怖症なんです」
「あたし達もそうなんですが」
「リーダーは特に酷いんです」
「でも彼とは普通に口利いていたじゃない」
「ああやって、話している分にはいいんです」
「男にきつく当たっている分には全然」
「だから最初から喧嘩腰だったのね」
納得するフェスである。
「でも明日から依頼よ。大丈夫?」
「姉御がいらして、いただければ!」「あの鬼畜からも守っていただけるし!」
「何とか…お願いします!!!姉御!!!」
「……何で急に私が姉御になるんですか?」
ふうん、違和感無いけど……な。
「ホクト様、何か失礼な事を考えていますね」
ぎくっ!
「無い無い……考えてない」
「姉御、あの鬼畜怪しいですよ」「そうですよ」「何か嫌らしい事考えていますよ、絶対に!」
何気に意気投合しているフェスと【鋼鉄の聖女】のメンバーであった。
この後、フェスと【鋼鉄の聖女】のメンバーは、フェスと簡単な戦闘の連携と出発の確認をし、リーダーの後を追っていった。
……俺? クラン【ぼっち】ですよ……
いや良い、俺にはクサナギが居るから。
『ホクト様って、鬼畜、獣はともかく悪魔とか魔人とかってその通りじゃないですか?』
…………いいさ、俺は、クラン【ぼっち】で。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、俺達はアルデバランから正式に今回の依頼の発注を受ける。
これが発注書である。
【依頼書】
☆依頼ランク:ランクC
☆発注先:Bランククラン【黄金の旅】
☆依頼内容:【キングスレー商会オーク襲撃事件の追加調査及び残オーク討伐】
※キングスレー商会から依頼受注の
Cランククラン【鋼鉄の聖女】との合同調査
☆依頼主:バートランド公爵
冒険者ギルドマスター
バーナード・サー・アルデバラン
☆報酬:報告書(要内容確認)提出にて白金貨2枚(=金貨20枚相当)
オーク討伐1匹につき銀貨3枚、同上位種は査定の上別途報酬
報告書って、大変そうだな…作成は主特権でフェスに任せよう。
日本円で20万円+討伐代@か
オーク1匹の討伐代3千円? って安っ!
……今の宿代1泊で金貨3枚はやっぱりたけぇ~。
マルコよ、いい宿に泊まらせてくれて、ありがとう。
頑張って稼がないと金欠まっしぐらなのは間違い無い。
書類を作成してくれたのはジュディだった。
「あの……私、頑張ります! 色々言われても…頑張ります」
やっぱりさっきの縁故云々(こねうんぬん)を気にしているんだな。
「おう……頑張れば、ちゃんと見ている人はいるんだ。ジュディなりに一生懸命やればいい。 それに…何かあれば言ってくれ。相談にも乗るし、愚痴が言いたかったら、いつでも聞いてやる」
「え? あ、あの、ありがとうございます! 何かあったら……絶対、甘えちゃいます」
俺がジュディにそう言うと彼女は俺がそんな事を言うのが意外らしく戸惑っていた。
しかし、俺の顔をもう一度見て、嬉しそうに笑う。
「ふ~ん……す・ご・く……お優しいんで・す・ね」
何、フェス……そのジト眼……
『さっきあの女戦士を抱っこしたね……私なんか誰にも抱っこされた事なんかないのにぃ』
クサナギったら、どこのアニメの台詞だよ……
こんなチートな俺でも、やっぱり心は疲れるのであった。




