第14話(閑話)フェスの気持ち【後編】
私は、はしたない……と思いながら彼と彼女との話に耳を傾けた。
『クサナギ……』
『はい、ホクト様。本日はありがとうございました。 私はあの埃臭い倉庫から解放されて毎日が楽しいんです』
『今日は悪かったな。俺とフェスばっかり食事を楽しんでしまった』
『私は刀の精霊です。実体化できればいざしらず、この状態では当然、食事など取る事が出来ません。ホクト様が気に病む事ではないですよ』
『実体化? そうすればクサナギも俺達と食事をしたり、いろいろな事が出来るのか?』
『多分……でもいかなホクト様でも簡単には参りません』
『何故?』
『記憶を消されているので、理由は定かではありませんが、私にはある【呪】がかけられているのです。ホクト様と念話で話したり魔力共有して戦う事は出来ますが、この身を実体化したりする事などは何故か出来ないのです』
その言葉を聞いて改めて思った。
彼は相変わらず優しいと。
今日、確かに私は浮かれていた。
食事が、とても美味しく話も面白かったのを良いことに彼女の事など、すっかり忘れていた。
なのに――――彼はしっかりと彼女の事を気遣っていた。
私は、そんな自分がとても恥ずかしかった。
正直、嫌悪感を覚えたほどだ。
しかし私はそれ以上に吃驚していた。
彼女に【呪】がかけられている事ではない。
彼女がそれを彼に告げた事に対してである。
真名を告げてしまう事よりは致命的ではないといえ、【呪】をかけられているというのは彼女の弱みであり、彼に全てを託してしまう行為にほぼ近しい。
それは2人の信頼関係が最も高くなくては成り立たないのだ。
私は果たしてどうなんだろう。
彼にいくつも秘密を持つ私は……
『私は彼女が言う通り、呪われた精霊かもしれません。誰がいかなる理由で【呪】をかけたかはわかりませんが、悪しき存在だったかもしれません』
『でも滅せられず、生かされた私がホクト様と出会った。先ほどの商人ではありませんが、これも縁です。いや大袈裟かもしれませんが、ホクト様の温かい手が私の鞘に触れた時、間違いなく確信しました…これは運命だと! 私はこの方と出会うべくして出会ったのだと!』
私にも念話を通してクサナギのあの時の歓喜とも言える感情が伝わってくる。
私は彼女を呪いの剣なんて言っていたっけ。
そうか――――言い争いのきっかけは私なんだな。
『先ほども申しましたが、私は今幸せです。ホクト様がこれからどのような道を歩まれるか、分りませんが、私が滅する事がない限りお側におります』
『わかった、ありがとう、クサナギ』
『あとひとつお願いが……』
『何?』
『食事に関しては甘えついでに……』
『?』
『ホクト様の心の一部を食事の際に私に繋いでいただければ、料理そのものとはいきませんが私も味を僅かながら感じる事が出来ます』
『わかったよ、それでクサナギが少しでも俺達と一緒に楽しめるなら、そうしておくよ……それに』
『?』
『いつとは約束できないが、お前にかけられた【呪】を探り出し、絶対に術を解く。どうしても術者を倒すのが必要ならば俺はそれもやるよ』
『……あ、ありがとうございます、私は幸せです。ホクト様に会えて本当によかった!!!』
これが計算された台詞なら彼は、酷い男だ。
女の弱味につけ込む酷い男だ。
彼はやはり彼女の【呪】を引き受けるのか……
そう言うと思ったが正直、羨ましい。
『後、言いにくいがもうひとつあるんだ……』
『フェスティラ様の事ですね……』
『そう……だな』
『フェスティラ様はこの世界の知識も豊富で凄まじい炎の魔法を使いこなし、剣技も卓越した優れた魔法剣士です。ホクト様にとっては絶対必要な素晴らしい従士だと思います』
『そんなに認めているのか……』
『当然です。私が彼女に突っかかるのは実は単なる妬みですから。戦いの時にしかホクト様と時間を共有できない私と違って、いつでもホクト様のお側に居られて甘えられる彼女が本当に本当に羨ましかった……』
『クサナギ……』
『ただ私は彼女が人間では無い事をホクト様に明かしてしまいました。そんな私を彼女は許してくれるでしょうか?』
『……よし、その事はお前が悪いと思っているのなら俺から執り成そう。俺はお前とも、もっと話したいし分かり合いたい。その上でお前に頼みたい。俺は3人で仲良くやりたいのさ』
『はい! 私も素直になります! 3人で仲良くやりましょう!』
『これから俺はフェスを説得する。今後クサナギと仲良くして欲しいとな。……ちょっとした喧嘩くらいなら、一緒に旅をする仲間としてはガス抜きとして、たまにあってもいいけどな』
『わかりました、ホクト様。今日は心の内の話もする事が出来ました。私は元々あの方を認めていますし、彼女が私を許してくださるならば、全然異存はありません』
『わかった! ありがとうクサナギ!』
『はいっ!』
彼女はこんな私を認めてくれていたのか!
そして、か、彼に、わ、私が絶対必要と――――
必要と言ってくれるのか!
――――あんなに酷い言葉を投げつけた私を!
私が許せばなんて言っているが、とんでもない! 逆じゃあないか。
私を――――こんな私を許してくれるのか!
だが――――私は違う、私は貴女のように全てを彼には託せない……
こそこそと秘密を持ち、彼の信頼など得られない女なのだ。
その後、彼は私の部屋に来た。
『いろいろとホクト様にご心配をかけまして申し訳ありません。 今の段階では申し上げられる事と申し上げられない事がございます。心苦しいですが。も、もしそんな私がお、お嫌であれば従士の任を……と、解いていただいても……か、構いません……』
こんな事は言いたくない。
だけどこんな嘘に塗れた女が彼の側に居ていいのか?
葛藤に責めさいなまれた私はこんな心にも無い言葉を彼に告げてしまう。
言ってしまってからとんでもない事をしたという後悔が襲ってくる。
しかし、次の瞬間に私が聞いたのは信じられない言葉だった。
『そんな事、出来るわけないだろう。フェスの事を俺は大好きだし絶対必要だ! この世界の事を教えてくれた素敵な先生だし忠実な従士――――いや、かけがえの無い大事な大事な仲間じゃあないか!』
『あああ、ありがとうございます。そして御免なさい! わあああああああ!!!』
私は高ぶる感情を抑えきれずに彼の胸に飛び込むと大声で泣きじゃくった。
『御免なさ~い、御免なさい!!!』
彼は私をしっかりと抱きしめて、背中をそっと優しくさすってくれた。
決めた!
私はこれ以上後悔したくない。
残念ながら全てを話すことは出来ないが、彼には話せる部分まで話そうと。
『この前の彼女との喧嘩で露見してしまいましたが、ホクト様がご想像されている通り、私は人間ではありません。精霊、それも……火の精霊です』
『フェス……』
『私はクサナギさんが、かけられた呪と同様ある【業】を背負って生きている女です。今は……それ以上の事は申し上げられません。本当に…本当に御免なさい』
『いいよ、いいよ精霊だと俺が知ったからってフェスが明日から変わるのか、そうじゃあないだろう。それに業というのがどういうものか、わからないがそれを払い、無くす事でフェスが幸せになれるのなら俺はそうする……必ずな!』
今の私にはそこまで話すのが精一杯だった。
だけど彼はそんな私を問題なく受け入れてくれた。
それどころか…やはり彼女の【呪】同様、
私の【業】さえも引き受けてくれたのだ。
私を幸せにしたい、そうはっきりと。
女としてこれ以上の喜びは無い!
誰が何と言おうとも決して無い!
私はまた胸が一杯になり、涙が溢れそうになってしまった。
『…………あ、ありがとうございます。 私もクサナギさんと同様、私が滅ぶまで側に置いてください。
お願い致します』
言ってしまった。
私の正直な気持ちを。
本当は貴方を愛していると伝えたかったが……
それは彼女も同じだとしたら、ちょっと卑怯な気がしたのだ。
彼女もそれは言わなかったのだから……私には何となくわかる。
私がべそべそ泣いていると彼が茶々を入れてくる。
『フェスは案外、泣き虫だな。火の精霊がそれじゃあ、涙で火が消えちゃうじゃあないか』
からかわれてしまった。
私は焦って言い訳をする。
『いつもは、こうじゃあありません……ホクト様がお優し過ぎるから、いけないのです』
『俺は優しくなんかないぞ』
『私にとっては充分です。ありがとうございます』
つい斜に構える癖を持つ私も流石に最後は素直になれたのだ。
『後は……クサナギさんとの事ですね。私も彼女を認めています。私も彼女と同じく…単なる妬みです。
ホクト様が肌身離さず、ずっと一緒に居られる彼女が羨ましくて、羨ましくてたまらなかったのです…………御免なさい……後で彼女に謝ります』
彼女の事も素直に言えた。
彼のお前は可愛いな視線を感じた私は嬉しいくせに嫌味を言ってしまう。
『今、凄く上から目線じゃ、ありませんでした?』
それを聞いた彼はいつもの私だねという安堵を、満面の笑顔で返してくれた。
最後に少しでも彼女の助けになれればと感じた事を彼に言ってみる。
彼女は単なる刀の精霊ではない。
もっと高位の存在、多分神剣であろうと。
しかし彼女の出自にもかかわることなので、私からは、ほどほどにしておいたほうがいい。
彼に付き従い、彼に尽くすように。
ルイ様により拝命したこの任務だが、既に単なる任務ではなくなってしまった。
はっきりと自覚した。
私は彼を愛しているのだ。
私は不器用だ。
喜怒哀楽も素直に表現できる可愛げのある女ではない。
私の彼への接し方で、もし重い女と言われようと構わない。
積み上げて来た名声が堕ちるかもしれない。
でも私は彼への愛を貫く。
それが決して後悔しない私の人生。
万が一、彼が私を不要とするならば、私は静かに彼の元から去るだろう。
その晩、彼と彼女と私は3人で一緒に寝た。
男女の関係などなく子供みたいな雑魚寝だったが、私の今までの眠りの中で最も安らかなものだったのだ。