第113話 新たな襲撃
バルゲリー親子の供述(殆ど息子のルネの供述だが)により俺達は更に情報を得る事が出来た。
領主達の中に入り込んでいた謎の仲介者ユダ、その背後に暗躍する黒幕の存在、そして黒幕とされるアンティガ商会と冒険者ギルドとの関係。
それを解明して行けば最後に『真の黒幕』へ行き着くだろう。
そんな事を考えている間にも俺の乗った馬車を先頭に商隊は王都セントヘレナに向ってひた走っている。
そんな時、またもや俺の索敵に反応があった。
これは!?
何と三方から敵らしき者達が迫っているのである。
王都セントヘレナに向って左右から、そして今、バルゲリー親子の隊を倒した方角からも……数はそれぞれ50人程度の規模。
やはり騎馬と徒歩の混合部隊であり、もしかしたら同じような不良貴族や傭兵の襲撃かもしれなかった。
『ホクト様!』
『フェス! 背後から来る敵を倒して戦闘不能のバルゲリー隊を保護してくれ』
『!?』
『あのまま放置でも良かったが、襲撃して来た奴等が彼等を皆殺しにするような気がしてならない。ケルベロスと共に襲撃者を殲滅するんだ』
その時、馬車のドアが外から軽く叩かれる。
ドアを開けると報告を入れて来たのは馬に乗ったクラリスだ。
「ホクト様! 分っているでしょうけど敵襲ですよね。背後の敵は指示通り、フェス姉とケルベロスが叩くとして左右の敵はどうします?」
「ああ……今回は相手の数が多い。リューディア達をいきなり攻撃側に回して危険に晒す事はない。俺とお前達従士で片付けてしまおう。クラリスは伝令としてマルコとベリーニ達へ守備に徹するように指示を出せ。その後に向って右翼の敵は俺とお前で……左翼の敵はオデットとラプロスに制圧させる」
「もしや敵襲か!?」
俺とクラリスのやりとりを聞いていたデユドネが初めて口を開いた。
彼の問いに俺は頷くと、とりあえず後方に置き去りにしたバルゲリー隊の安全を確保すると伝える。
「……ありがたい! ホクトといったな? 申し訳ないが、あんたに頼みがある」
デユドネの表情は真剣だ。
立ち昇る魔力波も表裏の無い真っ直ぐで正直なものである。
これははっきり言って死ぬ覚悟を決めた人間の魔力波だ。
「俺に部下達と共にその襲撃者と戦わせてくれ。……多分、このままでは俺達は王国の法の下に死ぬだろう。山賊紛いの犯罪を犯した罪でな。だったら最後は戦士として死んで生を全うしたい!」
「…………」
「あんたからすれば我儘で無茶な願いの上に、俺達が裏切るかもしれないと思うよな。それが当然だ、俺があんたの立場だったらそう思う」
デユドネはそう言うと話を続ける。
「だが……あんたはとても強い。万が一俺達が裏切っても襲撃者ごと瞬殺するだろう。それに今、俺が言った事は嘘じゃあない! 部下も俺が必ず説得する」
父親の魂からの願いに感動したのであろう。
今迄、淡々と白状していたルネの態度も一変したのだ。
「ち、父上! 私は父上を見直しました! ここで戦って潔く共に果てましょう。ホクト様、私からもお願いです。領民だけが気がかりです。どなたかに執り成して頂いて領地の治安維持と領民の安堵を!」
息子ルネの必死な願いを聞いたデユドネはあっさりとそれを退けた。
「ルネ! それはならん! お前には父の言う事を聞いて貰う」
「え!?」
「ホクトさん! 重ね重ね申し訳ないが、更に俺は勝手なお願いをしたい! さっき息子がお願いした領民の中には従士達の家族も含まれている。こちらのお目こぼしと合わせて一般領民の安堵……そして俺の息子ルネの処遇だ」
「ち、父上!」
「ルネの罪も俺と同じ事は良く分っている。だから今後、20年間奴隷でも何でも良いから、こき使って罪滅ぼしさせた上で息子が望むなら殺してくれ。俺の話が道理や法に全く合わず滅茶苦茶な事は分かっている。でも……領主として最後の責任の取り方がこれしか思いつかないのだ。俺達29人の命、息子の重労働と引き換えに息子を含めた領民300人の命を助けて欲しいのだ……」
デユドネが死ぬ覚悟を決めたのを完全に認識したルネも必死である。
若いながらも、もうこの世に何の未練も無いのに違いない。
「ち、父上! お願いです! 私もバルゲリー騎士爵家の嫡男! 若輩ながら騎士の端くれとして父上と一緒に死にとうございます!」
そんなルネの叫びを無視して父のデユドネは俺に対して両手を合わせて深く頭をさげた。
「ホクトさん、お願いだ。薄汚い山賊に堕ちた俺は最早、騎士ではない。ただ男として責任を取りたいのだ。頼むから俺に最後の死に場所を与えてくれ!」
今迄にデユドネ父子や従士達が犯した罪を王都の役人に引き渡して処罰して貰うのが本来の筋であろう。
しかし領民と息子の事を託して死のうとするデユドネを俺は切り捨てる事が出来なかった。
「……分った。お前達が『名誉の戦死』をするのと引き換えに願いは叶えてやる。ルネはマルコの所属するキングスレー商会の丁稚として雇って貰おう。その代わり名前と身分は一切変えて貰うぞ。領地と領民の方はバートランドのアルデバラン公爵に頼んで安堵して貰うようにしよう」
俺の決定を聞いてルネは絶望的な表情になる。
「父上! そ、そんなぁ! 私にこれからたった1人で生きろというのですか!? 天涯孤独になっても!」
「そうだ! キングスレー商会に20年間奉公させて貰い、罪滅ぼしをするんだ。奴隷で知らない土地に売られない分、未だ良いじゃあないか。20年経ったらそれ以降は生きるも死ぬもお前の好きにしろ!」
「う、うわあああああ!」
父デユドネの決別の言葉に未だ12歳のルネはとうとう泣き出したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルネの保護とバルゲリー隊突撃という要素が加わり状況が大きく変わったので俺は改めて従士達に指示を出し直す。
フェスとケルベロスは後方からの襲撃者達をあっという間に殲滅し、バルゲリー隊の従士達を連れて戻って来た。
デユドネの説得に難色を示す者も居たが、領地に残した妻子の命が懸かっていると知ると皆、最後には納得したのである。
その間にオデットとグリフォンのラプロスは敵を一気に殲滅しないように上手くあしらいながら食い止めていた。
こちらは時間が来れば一気に攻撃するようにスタンバイしている。
そして右翼の敵は前面にバルゲリー隊を押し立てて、俺とフェスが魔法で後方から援護するといった次第である。
残りのメンバーは守備要員であり、クラリスに指揮をとって貰う
先頭の俺が乗っていた馬車の御者は引き続きベッキーが担い、落ち込んだルネにはリューディアにケアをさせる。
ルネはリューディアと共にいきなりマルコの馬車に乗り込ませ、護衛について貰う事にした。
その方が余計な事を考えずに済むし、新たな主に早く慣れて欲しいと言う俺の思いやりだ。
マルコは襲撃の報告を受けて、一難去ってまた一難とばかりに苦い顔をしているが、そんなに心配はしていないようだ。
フェスが既にそのうちの一隊を殲滅してしまった事も彼を安心させていた。
「ホクト様……相手は100名。多勢に無勢で状況は厳しそうですが、貴方がついているなら問題無いでしょう。まあ乗り越えましょう!」
マルコはにっと笑い、拳を固めて親指を突き立てる。
それを見た俺もマルコに対して同じ様に笑うと拳を握って大きく上に突き上げたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!