第112話 哀しき駒
項垂れるバルゲリー騎士爵へ傍らに居た少年が声を掛けた。
バルゲリーに良く似た顔立ちである。
未だ若い……
そう……年は……10代前半であろう。
「父上、私達も運の尽きです。潔く王都にて裁きを受けましょう」
息子らしい少年は覚悟を決めたらしく父バルゲリーに呼び掛けた。
しかしバルゲリーは相変わらず項垂れたままだ。
俺はそんな様子を見ながら、ベリーニに念を押す。
「ベリーニ、ここに居る30名全員は連行出来ないから、この騎士爵と息子の2人を連れて行く。家長とその息子を連れて行けば残りの者も下手な動きは出来ないだろう。そして尋問は俺が馬車の中でやる。王都に着いたら2人を騎士隊に引き渡す……それで良いな」
「……この護衛チームのリーダーは貴方です、ホクトさん。私は貴方に従いますよ」
俺の言葉にベリーニは笑顔で頷く。
ベリーニに異存は無いようだ。
残りの騎士と従士達はこの場に残して行く事にした。
後、30分もすればケルベロスの咆哮による麻痺は効果が無くなるだろう。
武器を取り上げなかったのは、もし魔物や魔獣が来た時に身を守る術がなくなるからだ。
もし麻痺の効果が無くなるまでに害されたらそれだけ彼等に運が無かったという事である。
「フェス、2人を馬車に連れて行け。俺はマルコに顛末を報告して来る」
「はいっ! かしこまりました、ホクト様」
フェスがバルゲリー親子を先頭の馬車に連れて行くのを見ながら、俺はこの商隊の責任者であるキングスレー商会のマルコ・フォンティの下に向う。
傍から見て、マルコも今回の襲撃を撃退した事でホッとひと息ついているようだ。
俺はマルコから労いの言葉を貰った後で、早速報告を入れる。
「相手を確認したら、この土地の貴族だったよ。家長親子だけ連行して王都で衛兵隊に引き渡す事にした」
ベリーニ同様、マルコも俺の決定に異存は無いようだ。
「分りました。とりあえず王都に入った方が良いでしょうね。あそこの支店で積み込む荷もありますから」
マルコが言うように王都セントヘレナにもキングスレー商会の支店は存在する。
商隊の荷馬車の何台かはそこで宝飾品や衣料品などの追加で積む荷と、食糧や水の補充を行うのだ。
「未だ何かありますね?」
俺の表情を見て何かを悟ったのだろうか?
さすがは一流の商人だけあってマルコの勘は良い。
「ああ、未だ推測だがな。とある商会と冒険者ギルドが裏で糸を引いているらしい」
「とある商会……ですか?」
俺の含みのある言い方にマルコの表情が険しくなる。
どうやらキングスレー商会は今迄もそういった妨害を受けた経験があるようだ。
「俺が王都のスラムで摑まえた敵の情報屋から入手した情報だ。アンティガ商会という名に心当たりは無いか?」
俺がここで『心当たり』と聞いたのはアンティガ商会の評判とキングスレー商会との関わりだ。
「アンティガ商会ですか……」
アンティガ商会という名前を聞いた途端、マルコの表情が更に険しくなる。
「アンティガ商会はとかく黒い噂が絶えない商会です。違法な取引や商品、そして不当な人身売買までに関わっているという話です。……ただ証拠が無いので、彼等が悪事を働いているという告発が出来ないのです」
アンティガ商会の話を聞いた俺は色々な謎が解けて来たような気がした。
「成る程な……だんだん点が線になって来たぞ。悪の大元がアンティガ商会だとしよう。奴等が今日、襲撃したような貴族を手先に使って奪った積荷と『人』を闇ルートで売り捌く。間に入ってその手助けをしているのが冒険者ギルド……アンティガ商会と冒険者ギルドは持ちつ持たれつという事になる」
「それが本当だとしたらとんでも無い事です。しかし我々は当初の予定通り、ロドニアに行って取引をして戻らねばなりません」
マルコにとってみればこの商隊を率いた商いを無事に完遂する事が1番の目的だろう。
しかしチャールズとバーナードの両巨頭が破格のギャラで俺達クランを指名したのも『これ』があったからだろう。
「……ははは、チャールズとバーナードめ。薄々この事を感づいていたんじゃあないか?」
「……それだけホクト様のお力を評価されていらっしゃるのでしょう。私にもそれを乗り越えて仕事を完遂しろという会頭の意図に違いありません」
マルコは珍しく厳しい目で俺を見詰めると唇を噛み締めていた。
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俺は馬車に戻ると御者役をベッキーに任せてバルゲリー親子を尋問する。
観念したのか、黙り込んでしまった父親と対照的に未だ少年である息子が色々と話してくれた。
父はデユドネ、息子はルネ……という名だと分る。
デユドネの妻、つまりルネの母は流行り病によりルネが未だ幼い頃に死んだそうだ。
困窮生活を送っている中で医者を呼ぶどころか、碌に薬を買う金もなかったという。
元々、デユドネは王都のさる上級貴族の従士だったそうだ。
ある時、戦功を立て騎士爵として異例の抜擢をされるが暫くしてその貴族が病死すると、厄介払いされてこの地の領主を命じられた。
厄介払いなのは、この土地が王都の付近にありながら領民も耕地も少ない貧しい土地であったからである。
デユドネは生粋の戦士である。
残念ながら彼に領主としての才は無く、与えられた土地で何か手を打って挽回する事も出来なかった。
はっきり言ってデュドネは詰んでしまったのである。
更に運が悪かった事は周囲の領主達も同じ様な境遇であり、既に山賊や野盗の真似をしていたのだ。
こうしてデユドネがこの『稼業』に染まるのにさして時間は掛からなかった。
「成る程……事情は分った。俺が聞きたいのはそこから先だ。お前達が奪った積荷と『人』を売り捌く為に誰かが介入している筈だぞ、答えろ!」
「…………」
デユドネは相変わらず黙り込んでいる。
それを見て溜息を吐いた息子のルネが再び、ぽつりぽつりと話し始める。
「父は周囲の貴族や傭兵、果ては山賊達とも取引をしている闇の商人と手を結びました。その男は我々が商隊を襲って奪った全ての物を買い取り、金貨と生活物資をもたらしてくれました。こうなると我々は既に彼の網の中だったのです」
やはりだ!
バルゲリー親子は巨悪に使い捨ての『駒』として使われたに過ぎなかったのである。
「そいつの名や顔の特徴は?」
俺が問うと、ルネは少し口篭った後に仲介の相手を白状した。
「……彼はユダと名乗っています。顔は……いつもフードを被っていて素顔を晒しません」
それを聞いて俺にはピンと来た。
「多分……偽名だろうな。それに顔を隠しているのは素性を知られたくないのと、時と場合によっては別人がなり代わる事も考えての事だろう」
「…………」
「そうか、情報もそいつが……流していたのだな?」
「は……い。鳩便で貴方様の事も報せて来ました。今迄もそうでしたので」
これは思っていたよりも大きい話になりそうだ。
俺はフェスを始め、従士達に早速念話で指示を送ったのであった。
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